昭和十四年六月三十日 燈刻谷中氏の電話にうながされ浅草公園森永に至る。谷中氏の談に昨日警察署の刑事オペラ館楽屋に来り、楽屋頭取に向ひオペラ館楽屋に出入する人物の如何を質間して去りし由。其中には自然貴兄の事も話に出でしに相違なければ御用心然るべしとなり。此日午前市兵衛町々会の男来り金品申告書を置きて去る。余が手元には今のところ金製の物品無し。先考の形見なりし金時計の類は数年前の築地の歯科医酒泉氏に託して既に売払ひたり。今は煙管一本と煙管筒の口金に金を用ひしものゝ残れるのみ。浅草への道すがら之を携行き吾妻橋の上より水中に投棄せしに、其儘沈まず引汐にて泛びて流れ行きぬ。烟管筒には蒔絵にて、行春の茶屋に忘れしきせるかな荷風としるしたれば、これを拾ひ取りしもの万一余が所有物なりしことを心づきはせぬかと何とはなく気味悪き心地なり。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 15:41:10 (835d)