昭和十四年十月十八日。 晴。新寒脉々たり。火鉢を掃除して始て炭火を置く。本年は石炭欠乏のためガスの使用制限せらるべしとの風説あり。夕刊の新聞紙英仏聯合軍戦ひ利あらざる由を報ず。憂愁禁ずべからず。夜日本橋に飯して浅草公園の森永茶店に至る。常盤座楽天地の踊子群をなして来るに逢ふ。共に仲店に亞歩む。踊子の一群婦人用装飾品を陳列せし店頭を過る毎に立止りて物品を手に取りて品評して飽くことなし。余若かりし時吉原の雛妓を引連れ仲店を歩み花簪を買ひたりし頃の事を思起して、露時雨の一際見にしむが如き心地せざるを得ず。世は移りわれは老ひ風俗は一変したれど、東京の町娘の浮きたる心のみむかしに変らず。是亦我をして一味の哀愁を催さしむ。入谷町に住める女二人を其家の近くまで送りて後、上野に出で省線電車にてかへる。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 15:49:01 (896d)