昭和十三年八月八日立秋午後土州橋に行き薬価を払ひ、水天宮裏の待合叶屋を訪ふ。主婦語りて云ふ。今春軍部の人の勧めにより北京に料理屋兼旅館を開くつもりにて一個月あまり彼地に徃き、帰り来りて売春婦三四十名を募集せしが、妙齢の女来らず。且又北京にて陸軍将校の遊び所をつくるには、女の前借金を算入せず、家屋其他の費用のみにて少くも二万円を要す。軍部にては一万円位は融通してやるから是非とも若き仕官を相手にする女を募集せよといはれたれど、北支の気候余りに悪しき故辞退したり。北京にて旅館風の女郎屋を開くため、軍部の役人の周旋にて家屋を見に行きしところは、旧二十九軍将校の宿泊せし家なりし由。主婦は猶売春婦を送る事につき、軍部と内地警察署との聯絡その他の事をかたりぬ。{以下三行弱抹消。以下行間補}世の中は不思議なり。軍人政府はやがて内地全国の舞踏場を閉鎖すべしと言ひながら戦地には盛に娼婦を送り出さんとす軍人輩の為すことほど勝手次第なるはなし〔以上行補〕。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 15:39:05 (806d)