昭和十一年七月十一日。晴後に陰。朝の中京橋第百銀行に徃き車にて帰る。午後岡崎栄来訪。夜久辺留に徃く。雨降出したれば高橋邦夫氏と車を共にしてかへる。

流行唄『忘れちゃいやよ』と題するもの蓄音機円板販売禁止。また右の唄うたふ時は巡査注意する由。喫茶店の女より唄の文句をきくに甚平凡なるものなり。

 乁 月が鏡であつたなら恋しあなたの面影を、夜毎うつして見やうもの こんな気持でゐるわたし、ネヱ忘れちやいやよ、忘れないでね。
 乁 昼はまぼろし、夜は夢、あなたばかりに此胸の、あつい血汐がさはぐのよ。こんな気持でゐるわたし。ネヱ忘れちやいやよ。忘れないでね。
 乁 あはい夢なら消えましよに。こがれこがれた恋の火が、何できえましよ消されましよ。ネヱ忘れちやいやよ忘れないでね。
*

七月十二日{日曜日}陰。為永春水の人情本数種を読む。盖徃年一読せしものなり。晩食後雲重く風断ゑ溽暑甚しければ、漫歩銀座に徃き久辺留に一茶す。高橋邦夫氏来る。杉野教授万本氏と新橋際なる駒子の酒場に立寄りて帰る。寝に就かんとする時俄に雨声をきく。

〔欄外朱書〕叛軍士官代代木原ニテ死刑執行ノ報出ヅ*


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-01-13 (火) 23:47:35 (801d)