昭和十一年十一月十六日。小石川服部坂上に黒田小学校とよぶ学校あり。余六七才のころ通学せしことありき。今より五十二三年前の事とはなるなり。然るに右学校にてはこの事を探索し今夏七月ごろ寄附金を募集のため校員を遣し来りしことありき。余之に応ぜざりしに、昨夜またもや勧誘員を銀座金春新道喫茶店きゆうぺるに派遣し、演芸会の切符を売付けむと、余の来るを待ちゐたりし由。右茶店より通知の電話あり。余は事の善悪に係らず、現代人の事業には一切関係することを欲せざれば、いづれも知らぬ振にて取り合はざるなり。此日薄晴。風なく暖なれば墨堤に赴き木母寺其他二三個所の風景を撮影し、堀切より四ツ木に出で、玉の井に小憩し、銀座に飯して家にかへる。

  ○銀座巷譚

ある喫茶店に玉枝とよぶ女給あり。十六七のころ咯血せしことあり。其頃には山の手の良家に小間使となりゐたりしが、実家にかへりて後継母と折合ひよからず、女給となりしなり。初の中は胸の病をおそれ身をつゝしみゐたりしが、三四年過ぎて二十一二となり、仲間の女給等と郊外に遊びに行きしかへり、喫茶店にて心やすくなりし青年に誘はれ、初て男の味を知りたり。青年は真情を以て玉枝を愛し、正妻にしたしと云ふ。玉枝はその身の賤しきを知り、且は又胸の病ある事を慮り、青年の前途を思ひ、偽りて其身には他に約束せし男あればとて結婚を拒絶したり。玉枝は自殺せむと思ひしが、若しかくの如き事をなさばそれがために青年の前途に暗き影をつくるなるべしと思返し、自殺もできず、それより後は身をほしいまゝに振舞ひ、遂に一夜連込宿にて刑事に捕へられたり。是より先玉枝を愛したる青年は郷里にかへり、後に米国に遊学したりと云ふ。何やら椿姫に似たるはなしなり。書きやうによりては小説となすことを得べし。備忘のためこゝに識す。

〔欄外朱書〕玉ノ井?鎌田お花?といふ家に立寄り女の語る所をきくに昨夜一ノ酉過ぎて十二時より三時迄の間に客十二人取り其かせぎ四十円なりしと云ふ尤も客一人へのつとめ五分間とはかゝらず至極楽なものなりと言へり。*

十一月十七日。快晴。午後日高君両度来談。朝日新聞記者新延氏?日高君と共に来り拙稿『濹東綺譚?』の原稿料弐千四百余円小切手を贈らる。此日巌谷不二雄?氏来り出版物の用談をなして去る。夕飯後銀座漫歩。安藤歌川の二子に逢ふ。偶然千疋屋前にて杏花君夫妻門弟某々等の一行に逢ふ。此夜風なく暖なり。

▼〔朱書〕竹下英一 入谷町三一三池田茂太郎方

〔朱書〕巌谷たま 長崎南町一ノ一八九三(落合長崎三一五〇)*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 19:25:10 (895d)