十一月初一(旧十月六日)小春のよき日なり。尾州熱田神社新殿落成祝賀のためなりとて銀行会社業を休む。明治以来未曾て有らざることなり。正午小山書店〻員来りて拙著すみだ川壹千部の印税検印を請ふ。

十一月初二。天気好晴。燈刻芳中に夕餉を食す。

十一月初三(日曜日)天気好し。二三日来花火の響終日絶ゆる間もなし。昭和以来暗殺挑灯行列祭礼など騒がしぎことのみ流行する世となれり。荻野忠次郎?といふ未知の人物手紙にて、余が二十四五歳の頃唖〻子と合著せし夜の女界、及唖〻子の著小説道楽(二書共に神田鍛治町大学館発行)とを古本屋にて購ひたる由言越しぬ。神代帚葉の書庫より出でたるものなるべし。

十一月四日。陰。新寒脉〻たり。山茶花未散り尽さず。終日読書。余事なし。昏暮尾張町竹葉亭に飰す。夜半より酉の市なりと云ふ。

十一月五日。書篋を整理す。三十年前巴里にて受取りたる先考の書簡を見出したればこゝに写置きぬ。

二月一日出の御手紙一見致候。陳者。種〻込入リタル事情ノ為メ銀行辞職支配人ヘ御申出之由御申越に候処只今何トモ御返事難致。全体一身ノ大事ニシテ殊ニ当初父ヨリ相馬君ニ御願申タル事柄ニ付独断進退致候事ハ難相成ト存候。今朝相馬氏東京宅ヲ尋ネ且横浜正金銀行本店ニテ山川?氏ニ面会仕候處其許ノ進退ハ銀行ヨリ解雇スルニモセヨ又其許辞職申出ニセヨ必ズ里昂支店ヨリ横浜本店ニ申来候上ニテ決定可致筋ニ付何レ近日何分之儀申来ルベキカニ被存候旨被申聞居候。依テ考フルニ先日山川?氏ニ面会ノ節里昂之報告ニハ壮吉子ハ仏郎西語ハ勉強ナレトモ文学ノ熱心ニ傾キ読書ニ耽リ銀行事業ニハ余リ熱心ナラザルヤニ申来居候由ニ候間此度ノ辞職ハ支配人ヨリ忠告ヲ受ケ其原因ニテ自ラ辞職ヲ決セラレタルニハアラザルカト相察候。現在之處辞職ヲ申出テタルモ銀行ニテ之ヲ許シタルニハアラザルベクト存候。尚善ク御考之上ニテ支配人ノ指示ニ従ヒ辞職願ヲ取消シ銀行ニ勤続相成候様可被成候。万一ドウシテモ銀行ノ仕事ハ相止メ度トノ事ナレバ其趣ヲ以テ支配人ニ申出ツルト同時ニ父迄御申越可被来[来に?マーク]候。辞職許可サルゝマデハ執務スルハ勿論ナリ。然ル上相当ノ順序ヲ経テ辞職ノ許可ヲ得直ニ帰国可被成候。
突然ニ辞職ヲ独断ニテ申出被成候ハ差向キノ生活費及帰国旅費ハ如何スル見込ナルカ。即チ父ニ支出ヲ頼ム積リナラン。是依頼心ニテ独立心ナキモノナリ。父ハ独断ノ処置ニ対シ其子ニ金ヲ支給スルノ義務ナク又支給スルコトヲ好マズ候。
前申候通相当之順序ヲ経テ辞職スルトキハ許可アルマデハ日〻出勤平生ノ通執務可被成。一方ニハ正金本店ヨリ父ヘモ其通知可有之候ニ付其時帰国ノ旅費ニ就テモ何トカ決定可致候。
感情ノ衝突等ヨリ一時ノ出来心ニテ辞職スルガ如キハ甚不宜。遠ク将来ヲ慮リ去就ヲ決スベク其決意ハ先以テ父ニ御申越可被成候。
此手紙之主意ヲ以テ再考シ支配人小野君ニモ父之申越シナルコトヲ言明シ兎ニ角従前之通執務可被成候。正金銀行本店よりモ小野君ニ文通有之候筈ニ候。
御再考之結果委細御申越可被成候。
此度ノ申越ニテハ送金不仕候。
万一帰国ト決スルトキハ倫敦(ロンドン)ヨリ郵船会社船特別三等(Intermediate)ニテ帰国可被成候。運賃ハ帰着之上当地ニテ支払可致候。愈帰国ト決シタルトキハ其手続更ニ可申入候。
私費仏国滞在ハ不同意ニ付其費用ハ支給不致候。
右御荅迄早々如此以上。
 二月廿一日 久一郎
 壮吉殿
再申今一時ハ兎ニ角小野様ニ御断リ申上従前之通執務シ追テ将来ノ目的委細御申越被下度切ニ相望候
 二月廿一日 久一郎
 壮吉殿
[欄外朱書]明治四十一年二月ナリ
[欄外朱書]相馬永胤正金銀行頭取ナリキ

十一月六日。きのふも雨。今日もまた雨ふる。昨夜書估小山すみだ川製本見本を持ち来りぬ。日暮雨霽る。銀座街上にて偶然伊藤謙三氏に逢ふ。

十一月七日。晴。微邪。門を出でず。午後降灰あり。屋根瓦上霜の如し。浅間山噴火のためなりと云ふ。天明のむかしは知らず東京の町に浅間の灰の降り積りしは余の生れてより一たびも見ざりしことなり。

十一月八日。晴。午後読売新聞記者某来る。晡下佐藤慵斎小山書店主人来訪。佐藤氏其の著我が成長一巻を贈らる。

十一月九日。晴天。平日よりも暖なり。晩間鼎亭に飰す。

 英国公使フレヱザア夫人日本通信中覚書

一江戸時代のサムライと今日の壮士(第三章) 一狆の事(第七章)

外務大臣大隈伯襲撃せらる(第九章)

条約改正(第十五章)

第三回上野博覧会(明治廿三年)(第十七章)

一英国コンノート大公来遊(第十七章)(明治廿三年 一八九〇)

一英国風の教育によりて破壊せられたる日本固有の思想(第一八章)

土耳古軍艦Estogroulの沈没(第二十七章)

議会開始式群衆魯国公使館ニ投石(第二十八章 明治二十三年)

一[此間八字抹消]議事堂焼亡(第三十章)

流行感冒(仝)

三条公葬儀(第三十二章)

一魯国皇太子大津事件(第三十四章 明治二十四年)

一逗子風景(第三十五章)

大婚二十五年宮中祝宴記事(第四十二章 明治二十七年)

[欄外朱書]一団子坂菊人形(第十章)
[欄外朱書]一英和学校教師加奈陀宣教師レージ惨殺事件(第十八章)

十一月十日。(日曜日)晴れて風なし。日曜日なれどめづらしく花火飛行機の響聞えず日はしづかに暮れたり。朝日新聞社色紙を送り来りて書を需めたれば

買直す老の眼鏡や年の暮

十一月十一日。晴。英人Douglas Sladen著すところThe Japs at Homeを読む(高橋邦太郎君古本屋にて発見し余に贈られたり明治廿三年頃の版也)晡刻日高笄阜来訪。款語刻を移す。晩食後黒麵麭買ひにと銀座に行く。明月皎々寒風落葉を吹き払ふ。茶店久辺留に少憩してかへる。淡烟蒼茫

十一月十二日。晴。晡時散策。神田猿楽町電車通の古書肆を見歩き英文不夜城?及英人ロードヱルヂン支那日本紀事安政四五六年間)二巻を獲たり。腹候不佳。夙く寝に就く。笹野堅氏その著室町時代短編集を贈らる。

十一月十三日。晴れて風あり。落葉紛々たり。

十一月十四日。晴れて風静なり。落葉を焚く。昏黒尾張町竹葉亭に飰す。島崎藤村の名義にてペンクラブとやら称する文士会合の集団に加入の勧誘状来る。辞退の返書を送る。連夜月明なり。

十一月十五日。南風烈しく飛雲屡日光を遮る。暖気甚し。燈刻地震。夜に至り驟雨歇みてはまた降る。三更を過るも霽れず。

十一月十六日。晴。植木屋来りての古葉を除く。浦賀奉行戸田伊豆守氏栄の事蹟を調べむとて終日蠧冊を検閲す。夜に至り雨俄に来ること昨夜の如し(是夜二ノ酉

十一月十七日。(日曜日)陰。後に微雨。晩食の後渋谷散策。空霽れて風甚寒し。

十一月十八日。晴。園丁来りて庭を掃ふ。午後羽生まさ来る。燈刻尾張町竹葉亭に飰す。

十一月十九日。寒雨霏〻。夜に至るも歇まず。

十一月二十日。くもりて寒からず。門前の枇杷花さく。終日ロードヱルジン支那日本紀行をよむ。

Narrative of the Earl of Elgin's mission to China and Japan in the year 1857, '58, '59 by Oliphant Laurence, private secretary to Lord Elgin(William Blackwood & Sons London) 1859.

十一月廿一日。晴。晡下羽生来る。晩食の後銀座裏茶店久辺留に至る。偶然城戸四郎氏に逢ふ。柴口より烏森横町の辺辻自動車往来留となり諸処に巡査張番をなす。数日前より斯くの如くなりしと云ふ。

十一月廿二日。雲多く陰晴定りなし。午前堀口大学君来訪。晡下丸ノ内より人形町に至り鼎亭に少憩し、燈刻尾張町角竹葉亭に夕餉を食してかへる。

十一月廿三日。空暗く風暖なり。晡時日本橋白木屋内古本展覧会に赴く。老鼠堂永機の日誌凡十巻(代償金弍拾円)ありしが購はずして去る。微雨須臾にして歇む。明治屋にて牛酪を購ひ車を車を(やと)つて帰る。霊南阪米国大使館の公孫樹落ち葉紛々たり。旧大村伯爵邸址の空地にも公孫樹の大木二株あり、隣接の宮内省御用邸にも年古りたる公孫樹二三株ありていづれも見事に黄ばみたり。

十一月廿四日。(日曜日)陰。古書肆一誠堂店員ツンベルグ東亜紀行を持来る。(代価参拾圓)過日新聞広告にて女中を募集せし時(十一月九日頃なり)羽生まさといふ三十近き女来り、五六日わが家に居たりしがこれまで働き居たる家に荷物寝道具取りに行くとて出で行き其まゝ帰り来らざりしところ、此日電話にて今明日の中間違なく帰りますから是非御使ひ下されたしと云ふ。此女今まで一年ほど青山高樹町仏蘭西人語学教師スピテ、ジヤン?方に働きゐたる由。西洋料理もすこしは出来る女にて容貌も十人並にて痩立?なり。目見得に来りし翌日の夜戯に袖ひきて見しに内〻待ちかまへたりといふ様子にて嬉し気に身をまかせたり。思ふに西洋人の家にて夜のつとめもし馴れしものなるべし。この夜八時過までかの女の来るを待ちしが雨降り出で、来るべき様子もなければ、銀座に行き食料品贖ひて後茶店久辺留を訪ふ。竹下安藤杉野の諸氏在り。竹下氏厳父享年八十四歳にて数日前没せられしと云ふ。

十一月廿五日。朝来寒雨霏〻夜に至るも晴れず。終日読書門を(おお)うて出でず。

十一月廿六日。晴れて俄に暑し。ツンベルグ日本遊記を読む。夜久辺留茶店に往く。偶然巌谷撫象に逢ふ。又高橋広瀬竹下安藤杉野の諸氏に逢ふ。帰途柴口の佃茂を過ぎ偶然清潭子に逢ふ。

十一月廿七日。陰。晡時改造記者佐藤績氏来談 此日より女中出入り

十一月廿八日。陰りて暖なり。燈刻尾張町不二あいす店に飰す。

十一月廿九日。陰。葉花よりも紅なり。夜物買ひにと銀座に往く。三越店頭に北原白秋五十歳祝賀夜宴の写真及島崎藤村著作祝宴の写真あるを見る。風寒し。京橋より電車に乗りて帰る。*

十一月三十日。晴。華氏六十度の暖さなり。初夜五日頃の織月箪笥町崖上の樹頭にかゝるを見る。


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Last-modified: 2016-08-01 (月) 07:19:48 (326d)