九月朔。晩風残暑を払ふ。月明水の如し。

九月二日。二百十日に当るといふ。午後驟雨あり。木曜会に赴く。巌谷三一始て席上にて其の作品を朗読す。

九月三日。午後金沢の今村君?来り訪はる。其の令嬢今年二十二歳となり洋行したしと言居らる由を語らる。余徃年今村君と米国の各地を漫遊せし当時の事を思へば夢の如き心地す。世の親達は娘子供の事に心を労せらるゝに、余のみ十年一日の如く、苦労は唯何か面白きもの書きたしといふに過きず。喜ぶべきか悲しむべきか。日の暮るゝを俟ち銀座の風月堂に案内して倶に晩餐をなす。夜半大雨あり。

九月四日。綾部野圃来訪。夜また雨ふる。

九月五日。有楽座に立寄る。

九月六日。風なく蒸暑堪難し。時々驟雨あり。

九月八日。帝国劇場稽古を見る。

九月九日。三田連中有楽座総見物をなす。久米秀治この座の仕切塲をあづかりたるが故其の栄任を祝せむとの心なり。

九月十日。午後より雨ふり出して風寒し。

九月十一日。大雨夕刻に晴る。晩照燦爛たり。

九月十二日。晴天。偏奇館漫録を春陽堂に送る。

九月十三日。朝夕の寒さ袷あらば着たきほどなり。

九月十四日。氷川明神の祭礼なるべし。馬鹿囃子深更に至るも止まず。

九月十五日。去年の暮注文したる書籍巴里より到着す。

九月十六日。木曜会なり。

九月十七日。竹田屋春水の作と称せらるゝ春本千種の花を持ち来れり。

九月十八日。細雨晩蕭々。

九月十九日。日曜日。夜また雨。

九月二十日。有楽座に露国人の舞踊を観る。

九月廿二日。九穂致軒?の二子と浅草公園に安木節を聴く。近頃市中の寄席また吉原など、到るところ安木節大に流行すと聞きしが、吾等一たびも耳にせし事なきを以て此夜浅草まで出向きしなり。近在百姓の盆踊と浪花節とを混じたるやうなものなり。

九月廿三日。今年もいつか秋の彼岸となりぬ。偏奇館斜陽甚しければ、この日園丁に命じて窗前にプラタン樹?両三株を植ゆ。晩間風雨来らむとせしが深更に至り月を見る。

九月廿四日。秋暑未去らず。終日筆硯に親しむ。

九月廿五日。新橋旧売茶亭の主人関口翁を訪ひ其懐旧談を聴く。

九月廿六日。清元会の帰途梅吉夫婦及田村女史と築地の野田屋に飲む。此夜中秋なれど月無し。

九月廿七日。空くもりしが深更に至り始めて月を見る。

九月三十日。風月堂より歩みて家に帰らむとするに、豪雨盆を覆すが如し。三十間堀の春日に立寄り車を命ぜしが風烈しくして車通じがたしといふ。已むを得ず自働車にて帰る。四年前の今月今夜は築地一帯に海嘯あり。此夜もいかゞと思ひしに風雨夜半を過るに従ひ次第に歇む。此の夜区役所の吏国勢調査と号して深更猥に人家の戸を敲き、人員を調査せしといふ。


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Last-modified: 2015-01-12 (月) 11:42:48 (802d)