八月一日。驟雨歇まず。玄文社合評会の為菊五郎の牡丹燈籠を帝国劇塲に看る。初日の事とて幕合長くハネは十二時を過ぎて一時に近し。雨中池田大伍子と傘を連ねて帰る。

八月二日。新冨座に文楽座人形芝居を看る。偶然岡田画伯?に会ふ。

八月三日。玄文社合評会なり。席上にて初て右田寅彦氏に逢ふ。

八月四日。谷崎潤一郎氏来訪。其著近代情癡集の序詞を需めらる。雨漸く晴れしが風吹き出で夜に入りあらし模様となる。

八月五日。隂雲散じて快晴の天気となる。凉風秋を報ず。午後散策。山の手の電車に乗り図らず大久保旧宅のほとりを過ぐ。感慨限りなし。

八月六日。丸の内に用事あり。途次日比谷公園の樹䕃に憩ふ。

八月七日。半輪の月佳なり。明石町溝渠の景北寿が浮絵を見るが如し。

八月八日。谷崎君新著近代情癡集の序を草して郵送す。

八月九日。重ねて新富座に人形を看る。図らず場内にて八重次に逢ふ。夜、月佳し。

八月十日。晩涼水の如し。明石町佃の渡場に徃きて月を観る。

八月十一日。今宵も月明かにして、涼風吹きて絶えず。東京の夏は路地裏に在りても涼味此の如し。避暑地の旅館に徃きて金つかふ人の気が知れぬなり。

八月十二日。日ざかりは華氏九十八度ほどの暑さなれど、夕方より風涼し。新冨座人形三ノ替合邦と酒屋を看る。今夜月またよし。

八月十三日。唐人説薈に載せられし楽府雑録を読む。

八月十四日。終日大雨炎暑を洗ふ。

八月十五日。風冷なり。心地すぐれず。午後春陽堂の人来りて全集第二巻再版の検印を請ふ。

八月十六日。腹痛あり。袷羽織着たきほどの寒さなり。病躯不順の天気に会ふや、意気忽銷沈し憂愁限りなし。

八月十七日。寒冷前日にまさる。烟雨終日空濛たり。唐人説薈を読む。

八月十九日。風邪、腹痛去らず。

八月廿一日。大石国手を訪ひ調薬を請ふ。

八月廿二日。風月堂にて偶然小宮豊隆氏に会ふ。

八月廿三日。鄰家待合の庭に蝉の啼くを聞く。

八月廿六日。暑気再来。全集第三巻校正。風邪未癒えず。

八月廿九日。熱あり。


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Last-modified: 2015-01-02 (金) 23:21:15 (813d)