六月朔。風また冷なり。岡村柹紅氏来訪。

六月三日。昨日柹紅子の依頼に応じ、玄文社新演藝観劇合評会のため帝国劇塲に赴き、梅幸が合邦が辻を看る。

六月四日。久しく雨なかりしが夕方より風雨おそひ来る。路地裏の夜は宵の中より寂寞として犬の声三味線の音も聞えず、点滴の樋より溢れ落る響のみ滝の如し。燈下旧稾を整理す。

六月五日。未梅雨に入らざるに烟雨空濛たり。玄文社合評会歌舞伎座見物。この日より単衣を着る。

六月六日。夕刻より日本橋若松家にて玄文社合評会あり。隂雲天を閉さして雨ふらず。溽暑甚し。

六月七日。笹川臨風氏に招かれ大川端の錦水に飲む。浮世絵商両三人も招がれて来れり。鈴木春信百五十年忌法会執行についての相談なり。

六月九日。築地波除神社此日より三日間祭礼なり。

六月十日。一昨日錦水にて臨風子にすゝめられ、余儀なく笠森お仙碑文起草の事を約したれば、左の如き拙文を草して郵送す。

笠森阿仙碑文

女ならでは夜の明けぬ日の本の名物、五大洲に知れ渡るもの錦絵と吉原なり。笠森の茶屋かぎやの阿仙春信の錦絵に面影をとゞめて百五十有余年、嬌名今に高し。本年都門の粋人春信が忌日を選びて阿仙の碑を建つ。時恰大正己未の年夏六月滅法鰹のうめい頃荷風小史識。

六月十一日。昨日より梅雨に入りしといふ。夕刻より雷鳴轟轟たり。

六月十四日。気温六十八度に下る。帝国劇場久米宇野?両氏来る。

六月十五日。鶴賀若太夫?方へ入門。新内節?蘭蝶のけいこをなす。近頃清元節の藝人奢侈僣上の沙汰折々耳にするにより追々清元はやめにするつもりなり。猿之助英国より絵端書を送り来る。

六月十七日。明治座にて名題下若手俳優の稽古芝居を看る。小山内平岡の二子に逢ひ、帰途銀座の風月堂に晩餐をなす。

六月十八日。也有が鶉衣をよむ。

六月十九日。くもりて風涼し。午後浅草公園を歩む。観音堂後の銘酒屋楊弓店悉く取払ひとなり、その跡は目下路普請最中にて以前の面影全くなし。吉原の娼妓遣手婆に伴はれ公園内を遊歩するもの多し。暫く見ぬ間に変り行く世の中のさま、驚くの外はなし。

六月廿一日。全集第二巻校正終了。

六月廿二日。銀座通にて画人岡野栄?氏に逢ふ。

六月廿四日。快晴追々暑気に向ふ。

六月廿五日。平岡画伯を花月に訪ふ。款語夜半に及ぶ。

六月廿六日。雨ふる。全集第三巻の原稿を春陽堂使の者に渡す。

六月廿七日。晴天。夜清元会にて図らず葵山子に逢ふ。三十間堀深雪亭に飲む。

六月廿九日。清元梅吉弟子藝者のさらひ一枝会。有楽座に開催。不入にて何となく物さびしき心地したり。近年遊藝の師匠清元長唄何にかぎらず芝居小屋を借りてさらひを催すこと流行せり。されど師匠も弟子も技藝は更に進歩せず、寧退歩の傾あり。思ふに当世の妓三味線をまなぶは藝が好きといふわけにはあらず、唯公開の塲所に出で名を售りたきが為なるべし。文士は雑誌に名を掲けむが為に筆を執り、藝者は何の事やら訳もわからず唯絃を鳴す。藝道の廃頽嘆くもおろかなり。


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Last-modified: 2015-01-06 (火) 14:26:50 (873d)