三月朔。春暖にして古綿衣も重たき心地するほどなり。窗を開くに表通の下駄の音夏近き心地す。此日兜町仲買片岡商店に依頼し置きたる株券王子製紙会社壱百株。猪苗代水電会社壱百株を買ふ。盖し余丁町売宅の金を以てす。

三月三日。朝鮮国王崩御の由。三味線鳴物御停止なり。但し市中芝居は休まずと云ふ噂もあり。

三月四日。千代菊来る。窃に猿之助に逢はむとてなり。

三月五日。明治座稽古に招がる。久振にて松莚子に逢ふ。古渡り紅地広東縞の羽織。結城お召かと思はるゝ小袖に紅縞唐桟の下着を重ねたり。由分なき渋いこのみなり。

三月九日。明治座初日なれど徴恙((ママ))あり、徃かず。

三月十日。くもりて風さむし。朝鮮人盛に独立運動をなし、民族自治の主旨を実行せむとすと云ふ。

三月十一日。病よからず。妓八郎来りて看護す。この妓亭主持なるにも係らず、近鄰の藝者家の忰ともわけありとの噂あり。折々余が陋屋に来りて泊ることもあるなり。梅吉はじめ皆々後難あらむ事を慮り噂とり/″\なりといふ。容貌は美しからず、小づくりの撫肩にて、何となく草双紙などに見る滛婦らしき心地する女なり。

三月十三日。風さむし。黒田湖山書を寄す。

三月十四日。竹田屋芳幾の錦絵両国八景といふものを持参す。明治初年に於ける旗亭妓女の風俗資料、追々あつまり来れり。夜大雨車軸の如し。

三月十五日。藝苑叢書本寒檠璅綴下巻出づ。終日之を読む。

三月十六日。黒田湖山来訪。三十間堀春日に赴きて倶に晩餐をなす。

三月十七日。松居松葉市川猿之助両氏の渡欧を東京駅停車塲に送る。帰途諏訪商店に立寄り浮世絵を見る。狂歌古本二三冊を獲て帰る。

三月十八日。春日麗朗。午後神田三才社を訪ふ。

三月十九日。清元梅吉に誘れ瓢家追善素人芝居を歌舞伎座に観る。

三月二十日。彼岸なれど六阿弥陀詣に出かくる元気もなし。

三月廿一日。空どんよりと掻曇りて蒸暑く、烈風終日砂塵を飛ばす。何とはなく吉原に大火でもありさうな心地する日なり。

三月廿二日。春の日うらゝかに晴渡りて表通下駄の音俄に稠し。日本橋倶楽部にて清元一枝会下ざらひあり。

三月廿三日。夜日本橋倶楽部にて清元一枝会温習会あり。権八上の段を語る。初更微雨須臾にして晴る。大川端雨後春夜の眺望方に一刻千金の趣あり。

三月廿四日。細雨霏々たり。午後電車に乗り外濠の春色を見る。柳眼既に青く雨中の草色一段にこまやかなり。

三月廿五日。市中処々の桜花既に開くといふ。

三月廿六日。築地に蟄居してより筆意の如くならず、無聊甚し。此日糊を煮て枕屏風に鴎外先生及故人漱石翁の書簡を張りて娯しむ。

三月廿七日。昨日より風さむし。家を出でず。夜雨ふる。

三月廿八日。正午雨霽る。妓八郎を伴ひ墨堤を歩む。桜花既に点々として開くを見る。百花園に憩ひ楽焼に句を書す。園中雨後の草色染るが如し。入金亭に至り蜆汁にて夕餉を食す。床の間に渡辺省亭筆蜆の画幅をかけたり。筆致清洒是真に似たり。余この旗亭に一酌せしは明治四十二年の春唖々子及び浜町の私娼おとしと共に、秋葉の有馬温泉に遊びし帰途なりき。指を屈すれば早くも十一年を経たり。入金の内儀客の来るを見れば誰彼の別なくそら/″\しく世辞を言ふこと昔年に異らず。其の元気寧羨むべし。夕餉終りし頃風吹き出であたり物寂しくなりたれば自働車を倩ひて帰る。

三月廿九日。寒風電線を鳴らす。置炬燵してピヱールロチの新著 Quelques Aspects du Vertige mondiale を読む。戦時の随筆小品を集めたるものなり。

三月三十日。築地本願寺の桜花を観る。此寺は堂宇新しく境内に樹木少く市内の寺院の中最風致に乏しきものなれば、余は近巷に来り住むと雖、一たびも杖を曳きしことなし。此の日桜花の咲乱るゝあり、境内の光景平日に比すれば幾分の画趣を添へ得たり。

三月卅一日。清元会なり。有楽座に徃く。


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Last-modified: 2015-01-02 (金) 17:17:44 (848d)