十月朔。

十月二日。驟雨あり。玄文社合評会。

十月三日。好く晴れたり。大川端を歩む。

十月四日。秋隂漫歩に適す。丸の内を歩み、神田仏蘭西書院に至り小説二三巻を購ふ。

十月五日。秋雨降りしきりて風次第に加はる。新寒肌に沁む。満城の風雨重陽を過るの感あり。

十月六日。秋隂夢の如し。石橋先生を訪ひ、其鄰家譲受の事につき地主へ直接問合せの事を中止す。価格思はしからざればなり。帰途伝通院境内の大黒天に賽す。堂内の賓頭廬尊者を見るに片目かけ損じて涎掛も破れたり。堂宇の床板も朽ちたる処あり。瓦落ちて鳩も少くなりたり。余が少年の頃この大黒天には参詣するもの多く、堂内奉納の額其の他さま/″\の供物賑かなりし事を思返せば、今日荒廃のさま久しく見るに忍びざる心地して門を出つ。安藤阪を下り牛天神の石級を登り、樹䕃に少憩す。

十月七日。秋霖霏々。岡鬼太郎来訪。来月松莚子歌舞伎座へ出勤につき、新作の脚本を需めらる。病来意気銷沈筆を秉るに堪へざれば辞したり。

十月八日。仲秋の月よし。明石町海岸を歩む。去年の仲秋は九月十九日にて同じく晴れたり。両年つゞいて良夜に逢ふ。珍らしきことなり。

〔欄外朱書〕仲ハ中ニ改可シ

十月九日。小春の空晴渡りぬ。陋屋の蟄居に堪えず歩みて目黒不動の祠に詣づ。惣門のほとりの掛茶屋に憩ひて境内を眺むるに、山門の彼方一帯の丘岡は日かげになりて、老樹の頂き一際暗し。夕日は掛茶屋の横手なる雑木林の間に低くかゝりて、鋭く斜に山門前の平地を照したり。雑木林の彼方より遥に普請場の物音聞ゆ。近郊の開け行くさまを思ひやりては、滝の落る音も今は寂しからず。大国家の方よりは藝者の三味線も聞え出しぬ。此の地も角筈十二社境内の如く俗化すること遠きにあらざるべし。掛茶屋を去らむとする時、不図見れば、この家の女房とおぼしく年は二十二三、丸髷に赤き手柄をかけ、銘仙の鯉口半纒を着たる姿、垢抜けして醜からず。余は何とはなく柳浪先生が傑作の小説骨ぬすみ、もつれ糸などの人物叙景を想ひ起したたり。帰途羅漢寺を訪ひ、道をいそぐに、十六夜の月千代ヶ崎の丘阜より昇るを見る。路傍の草むらには虫の声盛なり。

十月十日。昨日の郊行に日和下駄書き著したる頃の興をおぼえたれば、今日も亦晴天を幸に、有楽町より山の手線の電車に乗る。品川に近づく頃一天俄に暗く、雷鳴驟雨三伏の時節に似たり。雨の晴るゝを待たむとて其儘車中に坐するに、忽ち新宿を後にして遂に上野の停車場に至る。已むことを得ず車を下り雨を山王台の茶亭に避く。日は暮れむとして不忍池の敗荷蕭々として晩風に鳴るを聞く。寂寥愛すべし。昏黒家に帰る。余病を得てより三四年郊外を歩まず。此日電車沿線の開けたるを見て一驚を喫したり。小工塲と貸家との秩序なく入り乱れて建てられたる光景、其の醜陋寧市中の場末よりも甚し。日本人は遂に都市を建設する能力なきものゝ如し。上野公園の老杉古松の枯れ行くさま予想以上なり。夕餉の後旧著日和下駄その他を校訂す。深更雨歇みて月皎々たり。

十月十一日。正午大石国手を中洲河岸の病院に訪ふ。国手在らず。空しく帰宅す。晡時また家を出で、日比谷公園を歩み、樹下の榻に憩ひミルボオ?が短篇小説集ピープドシードルを読む。夜、全集第三巻校正の後、旧著を添削して深更に至る。十七夜の月斜に窗を照らす。

十月十二日。朝、神田末広町竹田屋の手代藝苑叢書を持参す。午後一睡の後、日比谷公園の樹間に読書す。晩秋の斜陽黄葉に映ず。

十月十三日。下谷の姪光代絵葉書を寄せ、女学校紀念会の催しに来らむ事を請ふ。幼きものゝ文章ほど人を感動せしむるものはなし。驟雨の霽るゝを待ち、浅草七軒町の女学校に赴く。溝店祖師堂に近きところなり。校内にて下谷の貞二郎大久保の母上に逢ふ。感慨窮なし。此れにつけても憎むべきはかの威三郎の態度なり。されど今は何事も言はざるに如かず。午後家に帰りて机に対す。築地に引移りてより筆持つ心になりしは今日がはじめてなれば嬉しさ言ふばかりなし。

十月十五日。薄暮愛宕山に登る。眼下の市街人家の屋根次第に暗くなりて、日の暮れ行くさま、久しく之を望めば自ら一種の情調あり。李商隠が夕陽無限好。只是近黄昏といひしも斯くの如き思ひにや。山上のホテルにて晩餐をなさむと欲せしに、仏蘭西航空団へ貸切となり臨時の客を謝して入れず。已むことを得ず銀座に至り、風月堂に飲む。枕上ヱストニヱーの小説 L'Emprinte を読む。

十月十六日。唖々子と三十間堀富貴亭に飯して、木曜会俳席に赴く。数年前富貴亭はわづか一円にて抹茶まで出せしに、今は一人前四円となれり。此夜露重く風冷なり。

十月十七日。天気快晴。終日校正並に執筆。薄暮合引橋河岸通を歩み、銀座に出で食料品を購ひ帰る。

十月十八日。小春の好天気打つゞきぬ。今年程雨少き年は稀なるべし。毎日薄暮水上の景を見むとて明石町の海岸通を歩む。

十月十九日。晴。

十月二十日。晴。

十月廿一日。ロツチの著 Turquie Agonisante を読む。欧洲基督教諸国の土耳古に対する侵畧主義の非なるを痛歎したるものなり。午後中洲病院に徃く。

十月廿二日。晴。小品文花火を脱稾したれば浄写す。全集第三巻印刷摺の校正漸く終了に近し。

十月廿三日。木曜会席上にて交趾人黄調なるものと語る。黄調は能く仏蘭西語を解す。多年易の八卦より算数の新法を研究し、又各国語発音聞取り書の法を案出し、此の二術を伝播せむがため来朝せしなりといふ。帰途秋霖霏々たり。

十月廿四日。小川町角仏蘭西書院に至りヱストニヱーの小説二三巻を購ふ。招魂社の祭礼を看て帰る。

十月廿五日。唖々子来る。雨中銀座のカツフヱーに飲む。

十月廿六日。書肆文久社?の主人来訪。

十月廿七日。暖気初夏に似たり。街頭の楊柳猶青し。唖々子と共に牛込の旗亭桃川に飲む。庭上虫猶啼く。

十月廿八日。夜三田文学会笹屋に開かる。帰途尾張町街上にて岡村柿紅子に会ひ清新軒に飲む。

十月廿九日。大掃除なり。塵埃を日比谷図書館に避く。山茶花既に散り、八手漸く花をつくるを見る。大久保旧宅の庭園を思出して愁然たり。

十月三十日。仏蘭西書院に赴き、帝国劇場に立寄りしに偶然新帰朝の松葉子に逢ふ。


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Last-modified: 2017-01-30 (月) 02:51:30 (55d)