十月一日。築地けいこの帰り桜木に飲む。新冨町?の老妓両三名を招ぎ、新島原?徃時の事を聞かむと思ひしが、さしたる話もなし。一妓寿美子といへるもの年紀廿一二。容姿人を悩殺す。秋霖霏々として歇まざるを幸ひにして遂に一宿す。

十月二日。雨歇む。久しく見ざりし築地の朝景色に興を催し、漫歩木挽町を過ぎて家に帰る。晡時唖々子来談。

十月三日。鳥辺山けいこ漸く進む。桜木に立寄り、全集第二巻の校正をなし、妓寿美子を招ぎ晩餐を倶にし薄暮家に帰る。禾原先生渡洋日誌を写して夜半に至る。盖花月第七号誌上に掲載せんがためなり。

十月四日。微雨。夜松莚子を訪ふ。

十月五日。半陰半晴。午前梅吉方にて稽古をなし、午後常磐木倶楽部諏訪商店浮世絵陳列会に赴き、唖々子の来るを待ち東仲通を歩み、古着問屋丸八にて帯地を購ふ。浅利河岸を歩み築地に出で桜木に至りて飲む。唖々子暴飲泥酔例によつて例の如し。この夜寿美子を招ぎしが来らず。興味忽索然たり。寿美子さして絶世の美人といふほどにはあらず、されど眉濃く黒目勝の眼ぱつちりとしたるさま、何となくイスパニヤの女を思出さしむる顔立なり。予この頃何事につけても再び日本を去りたき思ひ禁ずべからず。同じく病みて路傍に死するならば、南欧の都市をさまよひ地中海のほとりの土になりたし。晩餐を食し唖々子と土橋際にて別れ電車に乗る。曾て新橋巴家へ出入せし呉服屋井筒屋の番頭に逢ふ。予が現在身につけたる袷もたしか此の番頭の持来りし品なり。徃事茫々都て夢の如し。呵々。

十月六日。空くもりて秋の庭しづかなり。終日虫鳴きしきりて歇まず。芒花風になびき鵙始めて啼く。旧友坂井清君夫人同道にて来訪せらる。

十月八日。雨始めて晴る。読書執筆共に倦まず。

十月九日。余今日まで男物のお召縮緬及び大島紬?を嫌ひて着ざりしが、近年糸織または節糸などの縞柄よきもの殆見当らざるにより、已むことを得ず試に薩摩縞?お召の袷を新調す。着て見れば思ひしほどにはにやけて見えず。時のはやりは不思議なものなり。三十間堀春日にて昼餉をなし夕刻新富座楽屋に松莚子を訪ふ。この日風冷なり。

十月十日。花月原稿執筆。黄昏雨あり虫の音少くなりぬ。

十月十二日。隂。左眼を病む。

十月十三日。新冨町?の妓両三人を携へて新冨座を見る。

十月十五日。築地けいこの帰途春日に立寄り三笑庵に赴く。服部歌舟子に招がれしなり。席上始めて市川三升に逢ふ。その面立何となく泉鏡花氏に似たり。此日雨。

十月十六日。雨歇まず。油絵師有元馨寧といふ人馬塲孤蝶氏の紹介状を示して面会を請はる。画会を催す由なり。燈下禾原先生渡洋日誌を写す。

十月十七日。十三夜なり。宵のほど月を見しが須臾にして雲に蔽はる。

十月十九日。晴。呉服橋外建物会社に赴き社員永井喜平に面会して売宅の事を依頼す。帰途唖々子と清水に飲む。銀座を歩み赤阪鳴門に憩ひまた一酌す。花月第七号校正。

十月二十日。土蔵の雑具を取片づく。明治十二三年頃の錦絵帖。先考揮毫扇面十余。暁斎玉章?扇面等を発見したり。此日中村吉右衛門鎌倉の別墅に清元梅吉夫婦、野間翁及余を招ぐ。余宿痾あり汽車の動揺病によからざるを以て辞して行かず。晩間唖々子来訪。

十月廿一日。終日机に対す。花月第七号校正。

十月廿二日。酒井好古堂を訪ひ芳年の錦絵数種を購ふ。日本橋やまとにて昼飯を食し夕刻三田文学会に徃く。帰途三十間堀春日に少憩し車を命じて家に帰る。

十月廿三日。微雨午に至つて霽る。築地桜木?に徃き妓寿美に逢ふ。月明にして新寒脉脉?たり。愁情禁じ難し。

十月廿四日。春陽堂店員来談。

十月廿五日。午後南明倶楽部古本売立会に赴く。姿記評林購ひたしと思ひしが五拾円といふ高価に辟易して止む。帰途風吹出でゝ俄に寒し。家に帰り案頭の寒暑計を見るに華氏六十度なり。

十月廿六日。安田平安居浜野茂の二氏に招がれて三十間堀の蜂龍に飲む。この日寒気厳冬の如し。綿入小袖を着る。

十月廿七日。雨。清元会に徃く。久振にて菊五郎に逢ふ。

十月廿八日。竜胆の花開きて菊花の時節来る。

十月廿九日。唖々子と日本橋に飲む。花月第七号発行。

十月三十日。隂天。晩来小雨。

十月卅一日。晴れて暖なり。竹田書房?主人来る。午後唖々子来る。庭上再び虫語を聞く。

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Last-modified: 2016-08-30 (火) 08:03:14 (206d)