青空文庫のテキストを利用させいただきました。

十二月一日蝋梅の黄葉未落尽さゞるに枝頭の花早くも二三輪開きそめたり。予今年は病のため更に落葉を掃はざりしが、今になりては荒果てたる庭のさま却て風趣あり。

十二月二日。昨日の寒さに似ず今日は暖なり。母上来たまひて来青閣の広間にて余の蒲団を縫はる。

十二月三日。余が懸弧の日なれど特に記すべきこともなし。唯冬日の暖きを喜ぶ。

十二月四日腕くらべ印刷校正下摺はじまる。

十二月五日。中央公論社におかめ笹前半の草稾を渡す。九穂子来談。

十二月七日。日日寒気加はる。寒月氷の如し。

十二月八日。庭上の霜雪の如く白し。本年の寒気前年の比にあらずと新聞紙に見ゆ。午後風ありしが寒気甚しからず。福寿草の芽地上にあらはる。

十二月九日。正午新福主人来訪。本日帝国劇塲。松莚君連中見物の当日なればとてわざ/\さそひに来られしなり。久振りの芝居見物興なきにあらず。食堂にて花月主人に逢ふ。看劇後新福亭に一茶して家に帰る。夜三更を過ぐ。

十二月十日。快晴。紅箋堂佳話起草。

十二月十一日。快晴。園丁来りて落葉を掃ふ。肴屋白魚を持来りしが口にせず。

十二月十二日八ツ手山茶花共にちり尽しぬ。

十二月十五日。久振にて築地の梅吉を訪ふ。弟子梅之助手すきの様子なりければ清心始の方すこしさらつて貰ひたり。

十二月十六日九穂子来談。毎日好晴。蝋梅の花満開なり。

十二月十七日。午後九段を歩む。市ヶ谷見附の彼方に富嶽を望む。病来散策する事稀なれば偶然晩晴の富士を望み得て覚えず杖を停む。燈下バルザツクのイリユージヨンペリユデイを繙読す。就床前半時間ばかり習字をなす。

十二月十九日㧞辯天の縁日を歩み白瑞香一鉢を購ひ窗外に植ゆ。

十二月二十日。兼てより花月主人と午後一時を期し栄寿太夫を招ぎ清元節稽古の約あり。此日浦里上の段をけいこす。

十二月廿一日。今日もまた花月に徃く。帰途銀座島田洋紙舗にて腕くらべ用紙見本を一覧したれど思はしきものなし。

十二月廿二日。冬至。晴れて暖なり。紅箋堂佳話を書きはじめたれど興味来らず。筆を抛て神田を散歩す。夜半輪の月よし。沢田東江の唐詩選を臨写す。

十二月廿四日。毎朝霜柱甚し。水仙の葉舒ぶ。

十二月廿五日。午後花月に徃きしが栄寿太夫来らず空しく帰る。

十二月廿六日唖々子米刃堂用談にて来訪。この夜寒月氷の如く霜気天に満つ。未夜半に至らざるに硯の水早くも凍りぬ。

十二月廿八日米刃堂主人文明寄稿家を深川八幡前の鰻屋宮川に招飲す。余も招がれしかど病に托して辞したり。雑誌文明はもと/\営利のために発行するものにあらず。文士は文学以外の気焔を吐き、版元は商売気なき洒落を言はむがために発行せしものなりしを、米刃堂追々この主意を閑却し売行の如何を顧慮するの傾きあり。予甚快しとなさず、今秋より筆を同誌上に断ちたり。薄暮月蝕す。

十二月廿九日。この頃寒気の甚しさ、朝十時を過るも庭の霜猶雪の如し。八ツ手青木熊笹の葉皆哀に萎れたり。小鳥の声も稀になりぬ。大明竹の鉢物を軒の下日当りよき処に移す。午後花月に徃き浦里上の段稽古を終る。本年はこれにて休み来春また始めるつもりなり。帰途夕暮になりしを幸新福亭に立寄り夕餉をなす。主人も折好く芝居稽古を終りて帰来りたれば、清元一二段さらひて後、来合せたる妓雛丸とやらを伴ひ銀座通年の市を見る。新橋堂前の羽子板店をはじめ街上繁華の光景年々歳々異る所なし。唯余のみ年老いて豪興当時の如くなる能はざるのみ。鳩居堂にて香を購ひ車にて帰る。桜田門外寒月の景いつもながらよし。

十二月卅一日。風あり。砂塵濛々たり。午後空くもる。雪を憂ひしが夜に至り二十日頃の月氷の如く輝き出でたり。家に籠りて薄田泣菫子が小品文集落葉を読む。余この頃曾て愛読せし和洋書巻の批評をものせむとの心あり。依りてまづ泣菫子が旧著を取出して一読せしが思ふところ直に筆にしがたくして休みぬ。今余の再読して批評せむと思へるものを挙ぐるに、

落葉 薄田泣菫著     照葉狂言 泉鏡花

今戸心中 広津柳浪著   三人妻 尾崎紅葉

一葉全集 樋口一葉著   柳橋新誌 成島柳北

梅暦 為永春水著     湊の花 為永春水

即興詩人 森鴎外著    四方のあか 蜀山人

うづら衣 横井也有著   霜夜鐘十時辻占 黙阿弥

其他深く考へず。漢文にては入蜀記、菜根譚、紅楼夢、西廂記、随園詩話等。西洋のものはまた別に考ふべきなり。

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Last-modified: 2016-08-28 (日) 10:12:30 (300d)