七月五日。東南の風烈しく雲散じて雨歇む。午後杖履(ぢやうり)逍遥。九段を過ぐ。いつの頃より工事を起したるにや、阪道一帯の傾斜を緩かにせんとて、偕行社燈明台の辺より馬場の入口へかけて、数丈あまりも地面を掘り下げたり。経費は夥しきものなるべし。電車の未開通せざりし頃、この阪の麓には立ン坊とて車の後押しをなして銭を乞ふ者あり。小林清親が描ける名所絵に『雨中九段燈明台』の図あり。当時の光景今は唯この図によりて知るを得るのみ。*

七月十四日。晴れて暑し。午後曾て高木氏より聞きたる大島氏来り訪はる。二十五六に見ゆ。成嶋柳北の孫なり。神戸市成嶋氏の家には柳北が安政頃より易簀の時まで書きつヾけし日誌在りと云ふ。晩間鷲津貞二郎来訪。

大正15年8月?

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-01-13 (火) 10:59:40 (893d)