一二月廿二日。陰晴定まらず。午下銀座を過ぐ。偶然三田英児に逢ふ。倶に妓鈴乃をその家に訪ふ。風月堂に飰す。正宗白鳥山本実彦その他四、五名あり。太訝に登りて見るに、成弥邦枝日高ら居合せたり。吉井梅嶋?瀬戸ら来る。瀬戸突然予の傍に坐し怒罵して曰く、足下何ぞ妄にわが情婦お久を奪ひたりやと。言語陋劣聴くに忍びざるものあり。 吉井伯来て瀬戸生に代り、その無礼を謝しこれを拉し去れり。けだし婢お久なる者かつて尾張町獅子閣にありし時より瀬戸と情交あり、また菊地の門生酒井某なる者とも今なお慇懃を通ずといふ。余始これを知らず、既にして知る事を得たれどもまた如何ともすべからず、遂に今日に及べるなり。省れば瀬戸酒井両生の怨恨さぞかしと同情に堪えざるなり。この夜お久乱酔し頻に余の家に来り宿せむことを請ひしが、二生の心事を推察し、独艶福を恣にすることを欲せざれば別れて去る。秋来銀座の常時もとよりその場の酔興に過ぎざれども、その殺風景なることこの夜に至つて遂に忍べざるものにあるに至れり。嗤ふべく、また嘆息すべきことなり。寒月皎々たり。

一二月二十五日。晏起の後掃塵盥漱を終れば既に午なり。日暮成弥邦枝二氏来る。邦枝氏七世白猿の尺牘を示さる。太訝の婢お慶来る。昨夜深更聖上崩御の公報出て、銀座通の商舗今朝より休業。太訝は夕刻より戸を閉したるにより、お慶邦枝子に逢はむとて来りしなりという。余昨夜より家を出でず、また新聞を見ざるを以て、ここに始めて諒闇の事を知る。山形ホテル食堂に到り葡萄酒を酌み晩餐をなす。枕上柳北の『新誌』第二編を読む。この日改元。

一二月三十一日。天気好晴。竟日柳北の『日誌』を写す。黄昏太訝に往き夕餉を食し、歌舞伎座に行くに、一番目狂言の稽古まさに終らむとす。少時松莚子と語りて後、中幕『和蘭陀船』の稽古を見る。中幕は松嶋屋父子の出し物なり。再び成弥と太訝に一茶す。始めて福沢大四郎氏に逢ふ。沢村田之助、弟源平、生田葵山邦枝完二日高浩巖谷撫象三田英児、谷岡某ら来り会す。年既に尽く。午前一時諸氏と共に銀座に出るに、商舗夜市の燈火煌々昼の如し。散歩の男女肩を摩し踵を接す。妓山勇市川登茂江らに逢ふ。尾張町四辻にて諸氏に別れ谷岡氏と電車を同じくして帰る。筆硯を洗ひ書室の塵を掃つて後、眠らむとれば、崖下の人家既に鶏鳴を聞く。


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Last-modified: 2015-01-16 (金) 18:58:57 (804d)