十一月十一日 晴れ渡りて風無し、午後日高氏来談、終日執筆、夕餉の後壺中庵(=お歌)を訪ふ。空曇りて暴(にはか)に暖し、雨にやならむと気遣はれしが暖風を幸ひお歌を伴ひ虎の門より自働車に乗り酉の市に赴く、車は丸の内を抜け小伝馬町を過ぎ新堀端より菊屋橋に出ず、入谷町のあたりにて通行留なり、新開の電車道を歩むこと二三町、大鳥神社の幟(のぼり)高張挑灯(てうちん)を見る、此の辺の地曾て浅草の裏田圃にて東方には郭の裏手を望み西の方には根岸入谷の燈火を樹間に見たりし処なり、今は蓑輪行の電車道となれり、桑滄の感禁ずべからず、鷲神社に賽せんとせしが群集潮の如く境内に入ること能はず、中途より路地を迂回して廓内揚屋町に入り、群集に押されて大門に出でたれば千束町を歩み浅草公園に出でぬ、途次猿之助の宅址を過ぐ、今猶閑地となれり、銘酒屋の立ち続きし路地は尽く芸者家町となる、是浅草組合新見番に属するものなりといふ、仲店の玩具店伊勢勘にて熊手を購ひ雷門にて自働車に乗らむとする時驟雨沛然として灑ぎ来れり、群集狼狽芋を洗ふが如し、壺中庵に帰れば正に十一時なり、茶を喫して家に帰る、陰雲既に四散し明月皎々として昼の如し、*


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-01-10 (土) 15:02:04 (804d)