昭和二年十月八日 雨。春陽堂黄物持参す。正午女給お久また来りて是非とも金五百円入用なりと居ずはりて去らず。折から此日も邦枝君来合せたれば代りてさまざま言ひ聴かせしかど暴言を吐きふてくされたる様子、宛然切られお富の如し。已むことを得ざる故警察署へ願出づ可しといふに及び漸く気勢挫けて立去りたり。今まで心づかざりしかど実に恐るべき毒婦なり。世人カツフヱーの女給を恐るゝ者多きは誠に宜なりと謂ふ可し。余今日まで自家の閲歴に徴して何程の事あらむと侮りゐたりしが、世評の当れるを知り慚愧にに堪えず。凡て自家の経験を誇りて之を恃むは誤りのもとなり。慎む可し慎む可し。*

十月十三日 市ヶ谷見附内一口坂に間借をなしゐたるお歌、昨日西ノ久保八幡町壺屋といふ菓子屋の裏に引移りし筈なれば、早朝に赴きて訪ふ。間取建具すべて古めきたるさま新築の貸家よりもおちつきありてよし。癸亥(きがい)の震災に火事は壺屋より四五軒先仙石家屋敷の崖下にてとまりたるなり。されば壺屋裏の貸家には今日となりては昔めきたる下町風の小家の名残ともいふべきものなり。震災前までは築地浜町辺には数寄屋好みの隠宅風の裏屋ところどころに残りゐたりしが今は既になし。偶然かくの如き小家を借り得てこゝに廿歳を越したるばかりの女を囲ふ(=壺中庵)。是また老後の逸興といふべし。午後平井弁護士?来談。*


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Last-modified: 2015-01-10 (土) 19:26:44 (869d)