正月元日。晴れて風なけれど寒気の甚しきこと京都の冬の如し。去年の日記を整理し、入浴して後椅子によりてうつらうつらと居眠る中、日は早くも傾きたり。松莚子と晩餐を共にすることを約したれば、小星を伴ひ山形ホテルへ徃く。池田大伍氏を待ちしが来らず。市川荒次郎河原崎長十郎市川桔梗市川莚八等と、黄金の盃を挙げて災後の新春を祝す。黄金盃は松莚子多年大入袋の金子を貯蓄し、これを純金に替へしものなりといふ。去年罹災の際門弟これを取出せしなり。十一時過家に帰る。

正月二日。晴れて好き日なり。お栄を伴ひ先考の墓を拝す。夜『五山堂詩話』を読む。

正月三日。晴天。終日執筆。

正月四日。午後本村町曹渓寺藤森天山の墓を展す。門外左側貸家の間に在り。帰途宮村町より十番通に出で日暮家に帰る。

正月五日。今日もまた晴れたり。午後伊皿子?魚籃寺を訪ひ、其境内より台町裏通に出たれば、薬王寺?を訪ひ、大沼竹渓の墓を掃ふ。聖阪の古刹功運寺?を尋しかがいつか廃寺となりが如し。他日調査すべし。夜小雨。三更に至つてる。

正月六日。午後南葵文庫に赴き青木可笑江戸外史を読む。大阪の太陽堂葡萄酒を贈来る。

正月七日。松莚氏夜八時過ぎには芝居を終り旅館に在りといふ。其時刻を待ちて赴き訪ふに、荒次郎長十郎桔梗団次郎?等、居合せたり。談笑夜半に至る。

正月八日。午前執筆例の如し。昼餔の後南葵文庫に赴く。

正月九日。晴。午後南葵文庫に在り。

正月十日。雑誌苦楽のために草稾をつくる。題して猥談といふ。半生放蕩の追憶記なり。午後南葵文庫に赴くこと例の如し。

〔欄外朱書〕猥談後に桑中喜語ニ改ム

正月十一日。南葵文庫にて探墓会編纂の墓碣(ぼけつ)余志を見る。編者は大江丸旧竹といふ俳諧師なり。

正月十二日。旬日雨なし。市中塵埃(じんあい)甚しく歩むべからず。虎の門の床屋に赴かむとせしが途中より還る。

正月十三日。快晴。

正月十四日松莚子朝山形ホテルを去り、麻布宮村町に仮住居をなす由なれば、夕餉の後徃きて訪ふ。

正月十五日。黎明強震。架上の物墜つ。門外人(さけ)び犬吠ゆ。世臥床より起き衣服を抱えて階下なるお栄の寝室に徃き、洋燈手燭(てしょく)の用意をなす中、夜はほのぼの*と明けそめたり。此日軽震数回あり。

正月十六日。快晴。

正月十七日。晴。

正月十八日。晴。

正月十九日。南葵文庫にて偶然井阪梅雪君に逢ふ。

正月二十日。晴。麻布一本松散歩。

正月廿一日。晴。東光閣拙著二人妻再版奥附持参。

正月廿二日。晴。

正月廿三日。連宵(れんしょう)寒月皎々。

正月廿四日。小山内君の書に接す。此日また快晴。

正月廿五日。神田松雲堂を訪ふ。

正月廿六日。御慶事。深夜雪。

正月廿七日。雪歇みしが同雲黯澹たり。寒気甚し。

正月廿八日。大阪太陽堂より手紙にて、余の旧作新橋夜話中の一篇を雑誌苦楽に掲載したき旨申来れり。十年前の旧作を今日雑誌に載せられるゝは甚迷惑なり。近来雑誌編輯者の心掛甚気に入らず。不愉快なること多き故今回この事を機会として太陽堂と手を斬るべき由返事す。

正月廿九日。午後南葵文庫に赴く。阪田諸遠という人の手記せし展墓録野辺ノ夕露十三冊あり。前人未考證せざりし逸事を記録したり。毎日耽読。閉館の時刻来るを憾む。

正月三十日。晴。

正月卅一日。記すべき事なし。


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Last-modified: 2016-08-28 (日) 10:06:10 (300d)