三月一日。風なれど天気猶暖ならず。

三月二日。

三月三日。春風嫋々。唖々子を毎夕新聞社に訪ふ。倶に牛込に飲む。

三月四日。松莚清潭の二氏と風月堂に飲む。

三月五日。ラヂウムの治療を試みんがために日本橋高砂町阿部病院?に赴く。診察所にて藝者風の美人を見る。多年余の小説を愛読せりとて彼方より親しげに話しかくるなり。年は三十に近かるべし。深川冨岡門前に生まれた由にて深川座?真砂座?などの古き狂言須崎の燈籠?仁和加の事など語りつゞけぬ。阿部病院を出て本郷座に赴く。寒風吹き起こりて砂塵を巻く。此のニ三日夕刻に至るや必風吹出でゝ寒くなるなり。松莚出演の中幕を見て帰る。

三月六日。晴れて風寒し。

三月七日。帝国ホテルにて森鴎外全集編纂会開かる。世話人はいつも与謝野氏なり。出席者桑木文学博士入沢小金井の両医学博士、吉田増蔵浜野知三郎山田孝雄森潤三郎小山内薫江南文三平野萬里与謝野寛鈴木春浦、其他なり。帰途小山内氏と築地の幸楽?に一酌す。春寒料峭たり。

三月八日。細雨烟の如し。

三月九日。昼餉の後筆を秉らむとする時突然新演芸?記者の訪問を受け、感興散逸して復筆を秉ること能はず。市中を散歩す。夜平沢哲雄其妻を伴ひ来訪す。

三月十日。鴎外全集?第二回配本到着。夜帝国劇場に往く。偶然野口米次郎及夫人に逢ふ。小山内君作息子一幕を見て帰る。

三月十一日。玄文社合評会。帰途春雨霏々たり。

三月十二日。春雨歇まず。終日机に凭る。

三月十三日。松莚君と風月堂に昼餐を食す。風冷なり。

三月十四日。梅花開いて風卻て寒し。東仲通末広にて七草会例会。出席するもの松莚大伍紫紅清潭錦花、及余の六名なり。

三月十五日。春雨晩晴。泥濘の路を歩み高輪楽天居句会?に往く。

三月十六日。信州南安曇郡の人平出氏書を寄せて先人の詩集を求む。直に一部を郵送す。

三月十七日。快晴。新橋の妓鈴乃に逢ふ。

三月十八日。南風頭痛を催さしむ。日暮俄に雨。

三月十九日。春雨烟の如し。草藁用紙を摺る。レニヱーの小説La Double Maitresse(ママ)を読む。

三月二十日。春陰。

三月廿一日。松莚子に招がれて風月堂に飰す。

三月廿ニ日。帝国劇場を観る。深夜雨。

三月廿三日。九穂山人と南佐柄木町に飲む。春風冷なり。

三月廿四日。三年来飼馴らしたる青き鸚哥を籠のまゝ初瀬浪子の家に送る。余近日西京に遊ばむとするに付、小禽の始末をいかゞせむと思ひ煩ひゐたりしに、ふと芝居にて浪子に逢ひ、其家には既に文鳥かなりやなど飼へりとの事に、予が鸚哥を贈りしなり。正午酒井晴次君来談。山形ホテルにて食事を与にす。

三月廿五日。窗前瑞香花開く。

三月廿六日。松莚君と共に羽衣会?の舞踊を観る。拙劣にて興味索然たり。

三月廿七日。夜九時半の列車にて京都に向ふ。車中クロオデル東亜紀行を読む。

三月廿八日。午前十時過京都駅に着し東山ミヤコホテルに投宿す。此日暖気五月の如し。祇園の桜花忽開くを見る。夜島原に遊ぶ。

三月廿九日。午後より雨。気候再び寒冷となる。夜玉川屋?に飲む。

三月卅日。終日散歩。夜九時半の汽車にて東帰の途に就く。

三月卅一日。朝十時新橋に着す。風月堂にて食事をなし家に帰る。門前の瑞香依然として馥郁たり。


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Last-modified: 2015-01-09 (金) 15:46:39 (805d)