正月元旦。睡を貪つて正午に至る。晴れて暖なり。山形ほてるに徃き昼餐を食し、帰り来つた炉辺にヂッドの作『ワルテルの詩』を再読す。日暮るるや寒月忽皎々たり。晩餐の卓上葡萄酒数盃を傾く。風は寒けれど月のあかるさに、酔歩葵橋に至り松莚子をその邸に訪ふ。門弟相集り酒宴まさに(たけなわ)なり。十一時過ぎ莚升荒次郎の二優と自働車を(とも)にして帰る。

正月二日。烈風暁に及ぶ。午に出で顔を洗はむとするに、水道の水凍りゐたり。新に小説の稿を起こさむとて黙想凝思徒に半日を費す。月明前夜の如し。

正月三日。晴天。寒気凛冽。水道午後に至るも氷猶解けず。アルフレット、モルチヱーDramaturgie de Paris を読む。此夜旧暦十一月の望に当る。日没するや満月皎々。樹影窓紗に婆娑たり。晩餐の後銀座を歩む。商舗多くは戸を鎖し、行人跡を断つ。月光蒼然。街上に並木の影を描くのみ。帰途江戸見阪を上りてまた寒月を賞す。

正月四日。晴れて寒し。新聞紙の報道によれば大正七年以来の祁寒なりと云ふ。顧れば当時大久保の家に在りし時、満庭の霜午に至るも解けず。八手青木の葉は萎れて垂れ下がり、蝋梅の花は半開きかけて萎れしことあり。麻布の爽塏は同じ山の手なれど、大久保辺に比すれば寒気稍寛なりと見え、霜柱少し。

正月五日。水道の水今朝は凍らず。雑誌女性の草稾をつくりし後、四谷の妓家に徃きお房と飲む。

正月六日。机上の水仙花開く。

正月七日。松莚子風邪のため劇塲欠勤の由新聞に見えたり。

正月八日。台湾喫茶店女給仕人百合子といへるもの、浅草公園に徃きたしと言ひければ、晡時自動車にて公園に赴き、活動写真館帝国館に入り、仲店にて食事をなし、安来節を看、広小路のアメリカンに憩ひ、タキシ自動車にて四谷愛住町なる女の家まで送り、麻布に帰る。方に夜半三更なり。此日の事元より偶然の興に過きざれど、他日笑草の種にもならむと、一切の費を記すれば、乗合自動車徃道一円。活動小屋木戸銭一円五拾銭づゝ。食事五円。自動車帰途五円。百合子へ祝儀五円。其他合計拾八円ばかりなり。予二十歳の頃、始めて吉原に遊びし頃の事を追憶すれば物価の騰貴驚くの外なし。

正月九日。晴れて暖なり。午後一中莭師匠管野吟平?来訪。夜平沢哲雄来談。薄暮雨あり。忽雪となる。

正月十日。松莚子の病を問ふ。寒風凛冽。厨房の水昼の中より凍りたり。

正月十一日。木曜会新年俳籍。黒田湖山満州より帰る。

正月十二日。銀座台湾茶亭にて唖々葵山の二氏と飲む。南風吹きつゞきて心地悪しきほどの暖気なり。市中雪解にて泥濘歩むべからず。

正月十三日。曇りて寒し。

正月十四日。雨ふる。冬の洋服を新調す。

正月十五日。雨。微恙あり。

正月十六日。病床温知叢書を読む。

正月十七日。厨房の水道管氷結のため破裂す。電話にて水道工事課へ修繕をたのみしに、市中水道の破裂多く人夫間に合はず両三日は如何ともなし難しとの事なり。

正月十八日。平沢哲雄来談。新舞踊山霊といふ曲を考案し、近日猿之助をして演ぜせしむる計画なりと云ふ。

正月十九日。風労未癒えず。枕上フローベルの語録を読む。

正月二十日。午後雪を催せしが夜に至り吹雪起こりて晴れる。宵の中より水悉く凍る。病床読書。

正月廿一日。風南に転じ寒梢寛なり。久保田萬(久保田万)手紙にて三田東光閣?といふ書肆、三田樷書と称する小説書類を刊行するに付、其の第一巻に予が二人妻を出したき由、問合せ来れり。午後女優小林延子年賀に来る。夜清元秀梅来る。

正月廿三日。早朝大石国手の許に電話をかけ病況報じ調薬を請ふ。

正月廿四日。微雨雪となりしが須臾にして歇む。

正月廿五日。午後再び雪。夜半に歇む。半輪の月低く鄰家の屋上に現はる。窗外の雪景甚佳し。

正月廿六日。仏蘭西書院去年の秋注文の書冊を送り来る。伊太利亜歌劇此夜より十日間丸の内にて興行の由。病後寒気を恐れて行かず。秀梅来る。

正月廿七日。晴れて風寒し。屋上街路の雪倶に未だ解けず。午後二時頃地震ふ。

正月廿八日。帝国劇場にトスカを聴く。

正月廿九日。晴天。

正月三十日。午後松莚子と風月堂に飰す。大石国手を訪ひしが不在なり。

正月卅一日。帝国劇場にトラヰヤタを聴く。風なく夜寒からず。


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Last-modified: 2015-01-09 (金) 15:03:44 (897d)