*

十二月初二。東京会舘にて帝国劇場懸賞募集脚本審査会?開かる。出席者巖谷小波?伊原青青園?中村春雨?岡本綺堂小山内薫中内蝶二?、及帝国劇場の部員一同なり。会散じて後東京会舘?楼上の各室を巡覧す。料理屋と貸席を兼たるものにて装飾極めて俗悪なり。現代人の嗜好を代表したるものと謂ふ可し。開業してわづかに両三日を経たるのみなるに、此夜既に結婚の披露らしきもの二組程もありたり。帰途寒月明なり。日比谷公園の落葉を踏んで帰る。

十二月三日。わが誕生の日なり。?上自製の西洋菓子を携へ来り訪はる。風出で寒気漸く甚しからむとす。懸賞応募脚本を閲読して夜半に至る。

十二月四日。今日より近鄰の山形ホテル食堂?にて夕餉をなす事となしたり。内田魯庵翁其新著『貘談』一巻を寄贈せらる。

十二月五日。例年の如く松莚君居邸の午餐に招がる。大彦?小山内氏も亦来る。花壇の鶏頭霜に爛(ただ)れて淋しげに立ちすくみたるさま、是亦去年の此日見たる所に異らず。帰途小川町の仏蘭西書院に立寄る。これも亦去年の如し。

十二月六日。啞々子を招ぎ倶に帝国劇場懸賞脚本の検閲をなす。二更の後啞々子の帰るを送り寒月を踏んで葵橋に至る。

十二月七日。午後散策。日暮霊南阪を登るに淡烟蒼茫として氷川の森を蔽ふ。山形ホテルにて晩餐をなし家に帰りて直に筆を執る。

十二月八日。松莚子に招かれて風月堂に昼餐をなす。晴れてあたゝかなり。

十二月九日。雑誌『女性』の経営者中山某?小山内君と余を丸の内工業倶楽部?楼上の食堂に招ぎ昼餐を馳走せらる。夜啞々子の来るを待ち懸賞脚本の検閲をなす。

十二月十日。毎日天気よく風なし。夜帝国劇場に徃き、それより清元秀梅を訪ひ烏森に飲む。

十二月十一日。寒気日に日に甚し。夜啞々子来り余に代りて懸賞脚本の閲読をなす。

十二月十四日。東仲通末広にて七草会例会あり。出席者松葉清潭錦花大伍吉井、及余の六人なり。夜松莚子と東京会館?食堂にて晩餐をなす。

十二月十六日。帝国劇場懸賞募集脚本?の閲読漸く終るを得たり。歌舞伎劇の脚本には見るに足るべきもの一篇もなし。現代劇脚本中にて僅に二三篇を択び得たるのみ。夜松莚子に招がれて風月堂に飯す。荒次郎長十郎小半次?左喜之助?も来る。一同歳晩の銀座通を歩む。

十二月十七日。清元秀梅と烏森の某亭に逢ふ。秀梅は嘗て梅吉の内弟子なりしが、何かわけありし由にて其後は麻布我善坊の清元延三都?といふ女師匠の許にて修業をなし、その札下の師匠となれるなり。去年の暮ふと飯倉電車通にて 逢ひ立話せしが縁となりて、其後は折々わが家にも来るやうになりたり。今年の夏頃は牛込麹町辺の待合に度々連行きぬ。其後しばらく電話もかけ来らざれば如何せしかと思居たりしに、今月のはじめ又尋ね来れり。清元の事を音楽とか芸術とか言ひて議論する一種の新しき女なり。父は大阪の商人なる由。

十二月十八日。晩間東京会舘?にて帝国劇場募集脚本審査会議あり。始て坪内博士に紹介せらる。博士は余が先考とは同郷の諠みもあり。共に大久保余丁町に住まはれしが、余は今日まで謦欬(けいがい)に接するの機なかりしなり。風貌永阪石埭(せきたい)翁に似たり。会議終りて後有楽座久米氏に誘はれ、小山内氏と共に新橋博品館?楼上の珈琲店に飲む。暫くにして市川猿之助来る。余猿之助と面接することを好まざれば席を立つて去る。此夜寒気稍忍易し。

十二月十九日。快晴。本月に入りて一日も雨なし。

十二月二十日。晩食前散歩。赤阪見付を過ぎし時、一群の鴻雁高く鳴きつれて薄暮の空を過ぐ。近年雁声を聞くこと罕(まれ)なれば、路頭に杖と停めて其影を見送ること暫くなり。

十二月廿二日。銀座第百銀行に徃く。尾張町角にて新橋の妓鈴尾?に逢ふ。鈴尾?の曰く先日さる宴席にて外務省の御親類のお方にお目にかゝりしところ先生とは久しくお逢申さぬ故、其中どこか好き処にてお話致したしと言ひ居られたりと。是余の従兄素川子のことなるべし。十年あまり相見ざるなり。独素川子のみにはあらず、余は親類のものとは大正三年の秋以来故ありて、道にて逢ふことあるも、避けて顔を見られぬやうになし居れるなり。

十二月廿三日。冬の日窗を照して暖なり。終日机に凭る。啞々子書を寄す。晩食の後清元秀梅と銀座を歩む。

十二月廿六日。七草会々員及松莚子門下の俳優一同と風月堂に会飲す。風静にして暖なり。

十二月廿七日。清元秀梅と神楽坂の田原屋に飲み、待合梅本に徃き、秀梅の知りたる妓千助?といふを招ぐ。此夜また暖なり。

十二月廿八日。松莚子に招がれて神田明神?境内の開化楼?に徃く。川尻小山内の三子亦招がる。この日雨あり。十二月に入りて始ての雨なり。

十二月廿九日。午後微雨。『雑録耳無草?』執筆。夜、半輪の月明に、風静にして冷なり。秀梅と逢ふ。

十二月卅一日。午後松莚子細君門弟両三名を伴ひ。永坂の更級にて年越蕎麦を喫したる帰途なりとて、草廬を訪はる。自働車にて浅草公園御国座に徃き、清潭秀葉?二子の新昨狂言を観る。日暮劇場を出で仲店裏の牛肉店に入り黄金製の鍋にて肉を煮る。俗気もこゝに至れば滑稽にて罪なし。一同曲馬?を看て後広小路のカツフヱーアメリカン?といふ洋食屋に憩ふ。以前松田とて人の知りたる料理屋の跡なり。鄰室に松崎天民異様の風俗をなしたる女等と酒を飲み居たり。バンタライ社?とかいふ地獄宿(=私娼窟)の女なるべしと云ふ。松莚子は雷門より自働車にて去る。余は清潭錦花長十郎荒次郎等、一同と電車にて銀座に出で、台湾茶店?に憩ふ。此夜暖気春の如く街上散歩の男女踵を接す。資生堂?角にて偶然田村百合子に逢ふ。岩村和雄?わが廬に来りて宿す。


トップ   編集 凍結解除 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2016-08-28 (日) 10:06:41 (298d)