十二月一日。帝国劇塲初日を見る。

十二月二日。初めて氷を見る。

十二月三日。寒気少しく寛なり。

十二月四日。寒気甚しからず。

十二月五日。松莚子宅午餐に招がる。毎年の佳例なり。大彦翁?岡鬼太郎小山内薫も亦招がる。寒風凛冽なり。帰途小川町角仏蘭西書院に立寄り風月堂に夕餉をなす。市村座に徃き西川流踊さらひを看るつもりなりしが、寒風を恐れて家に帰る。

十二月六日。曇りて寒し。深夜細雨の落葉に滴るを聞く。その声蔌蔌また蕭蕭たり。幽寂極りなし。

十二月七日。快晴。銀座にて靴を買ふ。弐拾六円なり。

十二月八日。初更入浴中地激しく震ふ。棚の物器顛倒して落ち時計の針停りたり。

十二月九日。終日寒雨溟濛たり。

十二月十日。三越楼上素人写真会閉会。

十二月十一日。水道水切となる。八日夜地震のため水道浄溜池破壊せし故なりと云ふ。東京市の水道工事は設置の当初より不正の事あり。即浜野某等の鉄管事件なり。今日わづかなる地震にて水切れとなるが如きは敢て怪しむに足らず。夜十一時に至るも水猶なし。

十二月十二日。水道僅に通ず。痳疾患者の尿の如し。呵々。

十二月十三日。七草会依頼の脚本を起稾す。過般松竹会社にて募集したる女優に演ぜしめむがためなり。筆意の如くならず。午後理髪舗庄司に徃き、尾張町春祥堂?にて大西氏の支那陶器全書四巻を購ふ。

十二月十四日。西南の風烈し寒月皎々たり。

十二月十五日。木曜会忘年の句会に徃く。夜暖なり。

十二月十六日。風あたゝかなり。終日机に凭る。

十二月十七日。天気暖なり。人々地震を虞る。

十二月十八日。暖気前日の如し。銀座通煉瓦地五十年祭なりとて、商舗紅燈を点じ、男女絡繹たり。百合子風月堂にて晩餐をなし、上野清水堂の観世音に賽す。百合子毎月十八日には必参詣する由。何の故なるを知らず。この夜風暖にして公園の樹木霧につゝまれ、月また朦朧。春夜の如し。

十二月十九日。風さむく日いよ/\短くなりぬ。

十二月二十日。晩餐後風月堂より歩みて日比谷公園を過ぐ。夏夜の雑沓に反して、満園寂々人影なし。葉落ちて枯木亭々たり。電燈の光は蒼然として月の如く、噴水の響は蕭蕭として雨の濺ぐに似たり。東京市中の光景にして雅致愛すべきところは人影少き処なり。人在らざれば街路溝渠到るところ漫歩逍遥によし。

十二月廿一日。明星発行所より金五拾円を送り来れり。厚意謝すべし。

十二月廿二日。終日草稾をつくる。日いよ/\短く、夕五時に至らざるに書窗早くも暗し。此日冬至なれど、独居何事も不便なれば柚湯にも浴せず。

十二月廿三日。曇りて寒し。晩間九穂子と歳晩の銀座を歩む。九穂子二十年来の痳疾、膏盲に入り小水通ぜず、顔色憔悴せり。然れども猶医師の治療を受けず、友人の忠告を聴かず、唯酒を飲む。奇行もこゝに至つて見るに忍びざるものあり。

十二月廿四日。寒気甚し。田村百合子葡萄の古酒一壜を贈らる。深情謝するに辞なし。端書に句を書して送る。

葡萄酒のせん抜く音や夜半の冬

十二月廿五日。寒気益々甚し。此頃宿痾殆痊え、寒夜外出の際も湯婆子を懐にせず。風月堂にて晩餐をなし、築地の待合のおかつに至り妓八郎に逢ふ。

十二月廿六日。少しく暖なり。歯科医山形氏を訪ふ。

十二月廿七日。松莚子竈河岸の八新に川尻、及余の三人を招飲す。風寒からず。帰途人形町を歩みて八丁堀に至る。歳暮の市街到る処雑沓甚し。彩旗花の如く紅燈星の如し。

十二月廿八日。

十二月廿九日。慶応義塾教授小泉沢木の二氏、小山内氏と余とを八丁堀の偕楽園に招飲す。余腹痛あり。酔を成す能はず。

十二月三十日。晴れて暖なり。机上の水仙、花将に開かむとす。夜臙脂を煮て原稾用罫帋を摺ること四五帖なり。

十二月卅一日。午後旧稾を添刪す。夜百合子と相携へて銀座通歳晩の夜肆を見、また浅草仲店を歩む。百合子興に乗じ更に両国より人形町の夜市を見歩くべしと云ふ。余既に昔日の意気なく、寒夜深更の風を恐るゝのみ。百合子が平川町新居の門前にて袂を分ち、家に帰る。暁二時なり。キユイラツソオ一盞を傾け、寝に就かむとするに、窗前の修竹風声忽淅瀝たり。窓紗を排き見れば雨にあらずして雪花飄飄たり。帰途この雪に遇ばざりしを喜び、被を擁して眠に入る。

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Last-modified: 2015-01-12 (月) 18:55:43 (808d)