十月一日。有楽座に有嶋武郎の作死と其前後を看る。帰途松山画伯の酒亭に憩ひ、主人と款晤夜分に至る。

十月二日。午後富士見町与謝野氏の家にて雑誌朙星編輯相談会あり。森先生も出席せらる。先生余を見て笑つて言ふ。我家の娘供近頃君の小説を読み江戸趣味に感染せりと。余恐縮して荅ふる所を知らず。帰途歌舞伎座に至り初日を看る。深更強震あり。

十月三日。雨ふる。草稾を明星に送る。腹痛あり。終日湯婆子を懐中す。

十月五日。正午、数寄屋橋歯科医山形氏の家に至らむとする途上、小山内氏に逢ふ。倶に風月堂に登りて食す。薄暮秋雨また霏々たり。

十月六日。雨夜に入りて歇む。百合子来る。

十月七日。晩餐の後唖々子と銀座を歩み、新冨座の立見をなす。帰宅の後明星の草稾をつくり四更に至る。門外頻に犬の吠るを聞き戸を排いて庭に出づ。四鄰寂寞。虫声唯雨のごとし。

十月八日。雨霏々たり。夜に入りて風次第に強し。

十月九日。雨中百合子来る。吾家にて晩飯を倶にし、有楽座に徃きてオペラを聴く。ロメオジユリヱツトの曲なり。曲終りて劇場を出でむとするや、風雨甚しく自働車人力車共に出払ひて来らず。幸にして平岡画伯と廊下にて出遇ひ、其自働車に乗りて一[#(ト)]まづ花月に徃く。久米松山の二氏も共に徃く。画伯越前の蟹を料理せしめ酒を暖めて語る。雨いよ/\甚しく遂に帰ること能はず。余と百合子と各室を異にして一宿することゝなる。久米松山の二氏は家近きを以て歩みて帰る。余一睡して後厠に徃かむとて廊下に出で、過つて百合子の臥したる室の襖を開くに、百合子は褥中に在りて新聞をよみ居たり。家人は眠りの最中にて楼内寂として音なし。この後の事はこゝに記しがたし。

十月十日。朝十時頃花月を出で、百合子の帰るを送りて烏森の停車場に至り、再会を約して麻布の家に帰る。夜玄文社合評会に徃く。

十月十一日。花壇の菊ひらく。紅蜀葵の葉の黄ばみたるさま花よりも却て趣あり。

十月十二日。天候穏ならず。溽暑恰も温室に在るがごとし。

十月十三日。石蕗花ひらく。

十月十四日。北風吹きて寒し。七草?会に出席す。

十月十五日。空晴れしが風寒きこと十二月の如し。風邪の気味にて腹痛あり。

十月十六日。百合子来りて病を問はる。

十月十七日。病痊ゆ。小春の天気愛すべし。菊花満開なり。

十月十八日。百合子草花一鉢を携へて来る。夕方松莚子より電話あり。百合子と共に風月堂に徃く。松莚子は歌舞伎座出勤中、幕間に楽屋を出で風月堂に来りて晩餐をなすなり。百合子と日比谷公園を歩み家に伴ひ帰る。百合子本名は智子と云ふ。洋画の制作には白鳩銀子の名を署す。故陸軍中将田村氏の女にて一たび人に嫁せしが離婚の後は別に一戸を搆へ好勝手なる生活をなし居れるなり。一時銀座出雲町のナシヨナル?といふカツフヱーの女給となりゐたる事もあり。

十月十九日。快晴。百合子正午の頃帰去る。花壇にチユリツプの球根を栽ゆ。

十月二十日。百合子来る。倶に帝国劇塲に徃き池田大伍君の傑作名月八幡祭を看る。帰途雨ふり出したれば百合子余が家に来りて宿す。

十月廿一日。百合子と白木屋に赴き、陳列の洋画を見る。帰途また雨。百合子又余の家に宿す。

十月廿二日。午後百合子と相携へて氷川社?境内の黄葉を賞す。此夜百合子鶴見の旅亭に帰る。

十月廿三日。午後百合子来る。倶に浅草公園に徃き千束町の私娼窟を一巡して帰る。百合子余が家に宿す。

十月廿四日。風雨。百合子終日吾家に在り。

十月廿五日。百合子去る。曇りて風なく新寒窓紗を侵す。二月頃の雪空に似たり。

十月廿六日。文藝座私演を見る。風雨夜に至りて歇む。

十月廿七日。神田小川町仏蘭西書院を訪ふ。

十月廿八日。三田文学会

十月廿九日。山茶花ひらく。

十月三十日。晩餐後東仲通支那雑貨店にて水仙を買ふ。

十月卅一日。夜雷雨あり。

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Last-modified: 2015-01-14 (水) 16:00:37 (833d)