オーディオ装置と私

音楽好きで好きでたまらんことに気づきはじめる。

オーディオ装置が欲しい欲しい欲しい、ってんでねだってそこそこのを買ってもらった。15万ぐらいかかったんじゃないだろうか。パパママありがとう。プレイヤーはいまだにもっております。スピーカーも一応ウーファー25センチだか30センチのもの。

あのころオーディオはやってたんだよね。同世代の人々がいまだにオーディオ趣味を楽しんでいるのをツイッタとかで見ると「いいなー」とか思う。

やっぱりクラシック聞きますわね。最初に買ったのは、ワルターのマーラー1番だったんじゃないかなあ。クラシックをちょっとづつそろえる。

どうも私は本を読んで、それにしたがってなんかするのが好きで、團伊玖磨先生の「パイプの煙」とか読んだり。「現代音楽」というものがあるのを知って武満徹先生の『音、沈黙と語りあえるほどに』とかも読んで、中2のときに東京に行けたときにコンサートホールで武満先生からサインもらった。もう捨てられちゃったみたいだけど。残念。たしかアステリスクやったんじゃなかったかな。

えーと、まあとにかくマーラーを中心に聞いてたんだと思う。ショルティの大地の歌とか。

トロンボーンていうんでJ.J.ジョンソンの買ってしまってしまう。あいかわらずなにやってるかわかないけど、このレコードはハーモニーがあるからわかりやすい。これも実は名盤。

Great Kai & J.J.
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J.J. Johnson Kai Winding Paul Chambers Roy Haynes
Grp Records (1997-03-11)
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トロンボーンと中学生の私

中学校に入って迷わず吹奏楽部に入る。しかしこれがなかなかたいへんだったわねえ。

トロンボーンの先輩はすばらしい音を出す人であこがれた。なんていうのか唇の形とかの問題なんかね。ほれぼれする音だった。僕もがんばってあんな演奏がしたい!みたいな。

吹奏楽部ってのはまあ今だにどこもそうなんだろうけど、上下関係がすごい厳しいんよね。それになんかしらんけど無駄に禁欲的。先輩見たらかならず挨拶、椅子も前の方の1/3にしか座らない、マスピースだけで数十分、へたすると1日マウスピースだけで練習する、延々ロングトーン、曲はそのときに演奏してる曲だけ、とか馬鹿みたい。

特に上下関係ではもうかなり苦労したです。私はふつうにしていてもなんかどうも生意気に見えるらしくてねえ。まあかわいがってくれた先輩もいたんだけどね。

小学生のころからなにかあるとまず本を読んで知識をつける子どもだったので、トロンボーンの練習法についていろいろ本読んだりもしたな。そういうのと部活での練習がぜんぜんちがっていて苦痛だった。

2年生ぐらいになると、美音の先輩がいなくなり、トロンボーンの3年生がいない状態になって1年生や同級生と自分たちで練習メニューを決めるようになって、これは少したのしかった。みんなでいろんなキーでスケール練習して、I- IV -G – Iとかのカデンツ吹いて「いいハーモニーだ!」みたいな。トロンボーンの魅力はその分厚いハーモニーですよ。

まあ正直私がはいったときのその部活はもうぜんぜんだめで、ティンパニのチューニングさえできない感じだったと思う。1年の夏にティンパニの3年生女先輩と二人でチューニングについて研究したのはよい思い出だ。私の方が耳がよいしあれなので、チューニングのしかたを教えたり。チューニングは教えましたが、チューは教えてもらってません。ははは。あとバスクラの先輩がなんか意味なくうちに遊びに来たりしたな。ははは。

2年生後半からはもちろん指揮者。とにかく他の楽器の子もチューニングさえできない状態だったのでそれの重要性をあれして、ハーモニーの練習いろいろやったな。3年生では自由曲はフィンランディアやったんだったかな? けっこうよかったと思うけど、きれいにやるのを目指すあまりちょっとこじんまりして元気がなかったかもしれない。

高校生の定期演奏会みたいなのも聞きにいって、「愛のコリーダ」とか「愛するデューク」とかやってるの聞いていいなあ、とか。そういうの好きだったんよね。

しょぼいレコードプレイヤーと私

この子はなんか音楽好きそうだということで安いプレーヤーみたいなものを買ってもらったと思う。それ以前はプレーヤーに小型スピーカーが内蔵されているようなものでソノシート聞くくらいだったんだけど、とりあえずLPがかけられてスピーカーが別になってるようなやつ。いまなら1万円ぐらいのやつ?

そのセットにはなんか「名曲集」みたいなレコード数枚がついていて、なんか聞いてたような記憶がある。でもおぼえてない。おもしろいとは思わなかった。

おもしろいと思った一番最初の記憶は、宇宙戦艦ヤマトっすよ。ガンダムは関係なかったけどヤマトは関係があった。主題歌とか劇伴を彼がオケに編曲したやつが発売されて、それ買ってもらってすりきれるほど聞いた気がする。まあオケったってほんとうのシンフォニーオーケストラじゃなくて、ストリング数人、管楽器は各々ブースとかそういうもんだけど。主題歌はそれなりだけど、ワウのかかったギターがかっこいい曲があったんだよな。あとスターシャのテーマ、みたいなのが好きだった。宮川泰先生は偉大だ。なむなむ。

ブラバンでトロンボーンやってるってことでトロンボーンのレコードを買いに行ったのもおぼえている。街で1軒のレコード屋の「トロンボーン」のコーナーで買ったのはJimmy Knepper。それはジャズですがね。それにしぶい。

A Swinging Introduction To Jimmy Knepper
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まあこれ実は今聞いてもそこそこの名盤なんだけどね。ピアノはビルエヴァンスだし。小学生として聞いたときは、考えているトロンボーンとぜんぜん違うのでそのまま聞かなくなった。高い音でプウプウいってて、ヤマトのバーン、ボーン、ってやってるやつとぜんぜん違うし。トロンボーンてこんな高い音でるの? それにいったい何をやっているのかさっぱりわからない。

セックスの哲学と私 (4)

国内に目を向けると、セックスと哲学ってのは実はあんまり議論されていない、っていうかほとんど文献とかないんちゃうかな。「愛」とかそういう形ではあるんだけど、露骨なのがないから目に入らない。まあ婉曲表現だったりするんだろうけどなんかねえ。

大学院生の頃にマックス・シェーラーの授業があって、愛と秘奥人格とかなんとかそういう話があって、なんかわからんなーとか。あれはそういう話だとわかったのはアンソロジーやRoger Scruton先生のSexual Desireって本読んでから。まあ基本的には文学の世界の話だわよね。

直接になにかそういうのに近いことをしていると意識していたのは森岡正博先生と小谷野敦先生の二人かな。ここらへんは私の他のネット活動を知っている人はやけにカラんでいるなと思ってると思う。ははは。

まあ小谷野先生は本でしか知らないけど、森岡先生はいろいろあるのでちょっと書いておくかね。

私が大学院生(D)のころは、いろいろ粛清とかあって研究室の人数が少ないせいであんまりうまく研究会活動なんかがうまくいかなくて、あっちこっちの研究会を覗かせてもらっていた。学部生向けの授業に出たり他学部のに出たり、読書会とかも他の研究室の人や他学部の人と(短期間だけど)やったりして。とにかくなんか教えてくれたり議論してくれる人が欲しかったんよね。

当時森岡先生は日文研にいって、単著もあって生命倫理学の有名人というか中心人物だったわけだ。そんでまあ彼が研究会をやっているというので覗かせてもらった。なんの話をしているのか忘れた。おそらくフェミニズムまわりだったんじゃないかな。阪急に乗って桂でバスに乗っていくとなんかきれいな建物があってね。

人数は20人ぐらいだったんじゃないかと思うけど、哲学の人だけじゃなくて社会学やら人類学やら理系やら、単著もあるような華やかな人々が集って、なんか華やかな感じで議論していてなんかもう別世界。宮地尚子先生とか上田紀行先生とか、これから伸びようとしている25〜35才ぐらいの優秀な人々。女性が多かったのもあれだよな。もうなんかいたたまれない感じだったねえ。もうなんていうか自信がぜんぜん違う感じでねえ。ネチネチ暗い百万遍文学部の雰囲気とはまったく違ってた。まあなんというか異邦人な感じ。

そこでやってるフェミニズムとかの議論ってのはもう私にはさっぱりわからなかったけど(まだ勉強する前だった)、なんか話はかみあってる感じだったので、そういうのが流行なのだなあ、みたいな。まあとにかく自信がうらやましかった。こっちは生きてるだけでせいいっぱいだったし、みんな就職してたり研究費もらったりしていて人種が違う感じ。

その後も森岡先生は『脳死の人』とか『生命学の〜』とか出版して、生命倫理でもかなりの影響力をもった、と思う。私はなんかおかしいとは思ったけど、とにかく説得力があるし、影響力もある。オリジナルな人だ。注目せざるをえない。

2005年ぐらいになると森岡先生はなんかセックスというか恋愛ネタで『感じない男』とか『草食系男子』とかいろいろ書いてて、まあぜんぜん共感はもてないもののやっぱりうらやましい。

そういうなかで学会でめずらしく森岡先生がシンポジウムとか出てきて話をして、タイトルはリプロダクティブ・ライツとかだったけど膣外射精がどうのこうの、という話。2007年か。これはひどい話だった、というかもうシンポジウム自体がだめ。その後もいろいろあって現在に至る。

実際に話するのをゆっくり聞いてみたりすると、かなり変わった人で私の若いころの羨望みたいなのは必ずしも適切ではないんだと思うが、書いたものに感じる独特の感じはなんとも言えない。とにかくオリジナルで彼の言ってることは一回考えみる価値がありそうだ。まあそういうんで「森岡先生はフリーダムでいいなあ」みたいななんともいえない感じはもっている。まあ正直うらやましい。相手にされてないけどこれからもからみます。

もう一人注目している小谷野先生は『もてない男』の前からネットでの評判とかで見ていて、変わった人だなあ、みたいな。ほぼ同世代なんで、上の世代の森岡先生とは見方が違う。『男の恋』と『男であることの困難』のどっちを先に読んだか忘れた。あれ、この人は同じような読書をして同じような経験をしているなあ(私生活は違うけど、見方は同じようなもの)、みたいな感じで注目している。なんというかあまりにも正直ですごいんよね。私はああいう生活はできないし、ああいうふうには書けない。まあ小谷野先生だったら、上に書いたような私の森岡先生にたいする妬みみたいなものを理解してくれるだろう、そんな感じ。実証とか、へんなポストモダンやフェミニズム的定説みたいなのに反抗的なのも好き。正直や誠実は美徳だ。あと小谷野先生は恋愛だの愛だのって言ってるけど考えていることはセックスな感じで、そこらへんもおもしろい。こっちは遠まきにウォッチして勉強させてもらう予定。

あとは2000年ぐらいから売買春とかポルノとかでいろんな人がいろんなことを言ってるわね。もちろん杉田聡先生と中里見博は注目している。杉田先生はちゃんとした哲学者な感じがする。社会学系統だと加藤秀一先生とかもかっこいい感じであれだわね。でも議論はわからない。あれ、まだまだ言及すべき人々がいるな。フェミニストもでてきてないし。ここらへんはまた別稿で。

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セックスの哲学と私 (3)

まあフェミニズムまわりをうろうろして悩んでいたときに手にしたのがAlan Soble先生の Pornography, Sex and Feminism 。ポルノ規制派のフェミニストたちを「ポルノ読む人間のことをさっぱりわかっとらん」とディスりまくってて痛快すぎた。まあ書き方がユーモアとアイロニーに満ちててすばらしかったわね。「日本のBukkakeのすばらしさがわからんのか」とか。どうもこのころbukkakeがアメリカで流行ってたらしい。私は嫌いでした。ははは。それにしてもやっぱヘビーユーザーは違うわ。

それと前後して読んだのがCamille Paglia (カミーユ・パーリア/カミール・パーリアって表記されることもある)の『セックス,アート,アメリカンカルチャー』。フーコー・デリダ・ラカンのポストモダン御三家をジャンクボンド(不良債権)呼ばわりして苦しめられたあとだけにこれも痛快。ポストモダンな人々は一回パーリア先生読んでみるべきだと思うね。ソーブル先生もパーリア先生も、とてつもなく明晰な書き方をしていて、知性も学識ももうぜんぜん格が違うのがわかった。目からウロコがぼろぼろ落ちたわ。まあなんていうか、セックスとかフェミニズムとかの議論にある暗さや苦痛とかそういうのと別に、明るく楽しくセックスについて哲学する余地がある。

ありゃ、こういうのあるんだ、と思って本棚を見ると、なぜかBaker先生たちのSex and Philosophyがある。実はこれアメリカに渡った某後輩が「こういうものがある」となぜか送ってくれたんだよな。なぜ送ってくれたのかは今だに謎。ぱらっとめくって「いつか読む」みたいになってたんだけど、ソーブル先生の洗礼を受けてから読むと各論文がなにをやっていうのかわかってきた。これってすげーじゃん。(そういえばこの後輩はそれ以前にもSex on Campusという本をくれたのだった。なにも御返してないなあ)

まあソーブル先生について調べてみると、80年代にはわりとラジカルフェミニズムとかに共感的でおずおずと自分の議論を提出してたんだけど90年代にパーリア先生読んでふっきれて言いたいことを言うようになった、みたいな感じだった。90年代後半にはっきりと自分の明晰なスタイルを確立している。先生のアンソロジーも入手したり。アンソロジーが2冊あると、どれが重要な論文とみなされているのかがはっきりわかって有益。アンソロジーは2冊以上そろえるべし。

まあそういうセックス哲学アンソロジーとかではジュディス・バトラー様の名前なんかさっぱり見ないわけよ。イリガライ先生とかそういうのは出てくることはあるけどね。

Baker先生たちのアンソロジーはいろんなバージョンがあるけど、とりあえずKindleで買っとけばいいと思う。

セックスの哲学と私(2)

戻る。でまあ学部の同僚とかを中心にフェミニズムの研究会とかやってて、勉強させてもらうために顔出させてもらって、聞いてるだけだとあれだから、フェミニストによるポルノグラフィ批判みたいなのを紹介して検討したりしてた。

まあ80年代のフェミニスト内部でのポルノグラフィ論争というのは非常に重要だったんよね。ポルノグラフィを男性優位社会の象徴であり原因であると見て規制してしまえっていう派閥と、やっぱりフェミニムはリベラルじゃなきゃな、って派閥に分かれた。ポルノグラフィの問題によって、セックスそのものに対するフェミニストの態度も問われることになった。アンチ・セックスかプロ・セックスか、みたいな。国内でそこらへんをうまく紹介している本があるかどうか。ヴァレリー・ブライソン先生の『争点・フェミニズム』ぐらいか。これは良書。

その研究会でアンソロジーの翻訳を出そう、みたいな話になって、まあ一応フェミニズムの基本文献はラディカル、リベラル、レズビアン分離派、批判人種理論、ポストモダンまでいちおう主なものは目を通せた、と思う。テキストに使ってたのはBecker先生の『フェミニスト法学』。(この翻訳は結局出なかった。私も悪かったです。ごめんなさい。)

とにかくマッキノン先生とかには苦しめられた。とにかく読みにくいんよね。過去のマッキノン先生の翻訳に目を通すことで、この業界がぜんぜん翻訳だめだってことに気づいたのもこのころ。議論がぜんぜん読めてないんだもん。とはいえ、マッキノン先生たちの「セックスは男による女の支配」みたいな主張にはなにか重要なものが含まれていると思った。もう少し勉強してみよう、みたいな。まあマッキノン先生たちに敵対するナディン・ストロッセン先生のDefending Pornographyみたいな立場の方に共感はすれども、ラジカルな人々の言い分ももっと聞きたい。んでおそまきながら勉強。「ポルノグラフィとフェミニズム法学」 http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/bulletin/6/femi.pdf とかくだらん文章書いてみたり。

そうこうしているうちにジュディス・バトラー様のExcitable Speechが出ていることに気づいた。まあ『ジェンダー・トラブル』は知ってたんだけど、私が関心あるようなポルノグラフィとかにはまったく関係がないだろうと無視してたんだけど、Excitable Speechはいちおうフェミニズムとかクィア理論とかからポルノグラフィの問題を扱っているそうだから目を通さないわけにはいかない。そしたらもうJ.L.オースティン先生とか滅茶苦茶な扱いされててねえ。言語行為論とか専門と違うけど、まあそれなりにはあれしているわけだし、でたらめ書かれたら困っちゃう。そんとき、「おそらくこれ翻訳されて、国内のアレな学者様たちが言語行為論とかについておかしげなことを言いはじめるだろう」って予言したのを覚えている。

その予想はExcitable Speechが『触発する言葉』って邦訳になって、そのすぐあとに斉藤純一先生たちの『表現の〈リミット〉』で実現するのであった。斉藤先生自身や北田暁大先生があれなこと書いててもうねえ。これはもうほうっておけないから論文書いておいた。http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/grad-bulletin/1/eguchi.pdf 。これが目にとまったのか北田先生に誘ってもらって、似た内容で文章書かせてもらったりもした。北田暁大(編)『自由への問い(4)コミュニケーション』(岩波書店)の「ポルノグラフィと憎悪表現」。北田先生ありがとうございます。

あとその研究会のメンバーがかかわってドゥルシラ・コーネル先生がドロドロのフェミニズムやっててね。カントとラカンとかあれすぎるだろう。そういうおかしげなものとは縁を切って、ちゃんとしたセックス哲学やりたい、と思うようになった。

セックスの哲学と私(1)

んでいきなり自分語りをはじめるか。ははは。

セックスの哲学という分野に興味をもったのは10年ぐらい前かしら。

まず15年ぐらい前に、諸般の事情で「情報倫理」とかってのをケンキューしなきゃならない状況になって、なんかおもしろいネタはないかみたいなサーヴェーしてたわけだ。当時はネットのポルノとその規制(米国のCDA、Communication Decency Act, 通信品位法案)とか)が問題になってたので、そこらへん表現の自由とか言論の自由とかとからめて勉強しようかと思ったのだが、まああんまりうまくいかなかった。どの程度私がポルノ画像とか集めていたかは秘密。netnewsに流れているのをあれするスクリプト書いたりして。ははは。

そこから幸運にも今の勤め先に移らせてもらった。女子大だし、そういう学部なのでまあフェミニストの牙城みたいなところで、研究会とか出せてもらったりして。ジェンダー法とかそういう話だわね。やっぱりポルノに関心があるなあ、とか。でも性の商品化とか売買春とかそういうところに話は広がっていくわね。ポルノは性の商品化そのものだし、ポルノ撮影現場では売買春も行なわれていると考えることができるわけだし。性暴力とかそういうのとも関係がある。

私の世代(1965年生まれ、前後3年〜5年ぐらい)の本読む階層は、おそらく小倉千加子先生や上野千鶴子先生のフェミニズムの影響をもろにかぶった世代で、まあ一定の理解はしているつもりだし、問題意識はわりと共有しているつもり。なのでまあ性の商品化とかを中心とした倫理的・社会的な問題にはずっと関心をもっていたわけで。2000年からちょっと経ったころは、ジュディス・バトラー様とか紹介されたり、国内では杉田聡先生みたいな強硬なポルノ反対派みたいな人がいたり、APP研とかの団体が活動したりしていろいろ気になる。でもまあそれなり勉強していると、なんかそういうのはおかしいんじゃないか、みたいに思いはじめた。哲学っぽいんだけどなんかちゃんとした哲学や倫理学の議論じゃない気がしたんよね。

生命倫理学とわたし

なんちゃって。「功利主義とわたし」 の兄弟編。

前史

  • 学部~Mのころはなにも考えてなかった。アルバイトだし。卒論はキェルケゴール。修論も。
  • でも小学生のころから医学とか生物とかそっち系の科学とは好きだったねえ。学研(?)の学習マンガシリーズで『人体の不思議』とか『生命の神秘』とか買ってもらってね。小学3~4年生で子どもが『生命の神秘』読んでたら親心配したろうねえ。なんか男性が水撒きホースにぎってましたよ。どういう意味かはさっぱりわかってなかった。次の瞬間には精子が「わーっ!」って泳いでいて、受精して発生がはじまっているという・・・
  • うちのあたりでは学業優秀な子どもは山大医学部に入って医者になるとかそういう感じだったので、自分もそうなるかなとか思ってたような気がする。
  • 高校生物で発生のあたり習ってたときに、「んじゃ人間ていつから人間なんだろうね」とかそういうことを考えたり。文学とかそっちはまってたこともあって、「これは科学の問題じゃないよね」みたいな。大江健三郎先生の『個人的な体験』とかも読んでますた。
  • 高2の物理があれでね。もう赤点の連続。赤点とったのなんかはじめてだったわ(いや、1年生の数Iの最初の方でもとったかな?でもそれはすぐに挽回できた)。とにかく物理は謎。反作用てなんだ!向こうから押してるのはいったい誰だ?ハンマー投げがどっちの方向に飛ぶかわからない。あれはさぼってたのも悪かったけど教師も悪かったわ。
  • まあそんなんで完全に文系になってしまう。あ、高校の思い出じゃなかった。
  • まあとにかくD1ぐらいまでは勉強ってのは誰か偉い人の思想を勉強することだった。

大学院生~OD

  • しかしなんか世間が脳死だなんだかんだって騒いでいるので、そういうことも勉強しないとね、みたいなことに。梅原猛先生とか哲学者代表だし。
  • 研究室の偉い先輩たちが加茂直樹先生を中心に研究会とかやってて、『生命倫理の現在 (SEKAISHISO SEMINAR)*1とかすでに出してた。怖くてどういう人たちか知らなかった。まだ加藤尚武先生のことはアイデンティファイしていない。
  • 加茂先生たちのグループの名誉のために書いておくと、京都で生命倫理の研究が進んだのは加藤先生がいらっしゃる前から。加茂先生のグループと飯田・加藤先生のグループは同時期にまったく独立に活動していたはず。加藤先生の京大就任にともなってそれが融合されるというかそういうグループ分けはなくなるわけだけど。とにかく飯田亘之先生と加茂直樹先生の活動の意義は軽視されすぎ。
  • あ、医学哲学・倫理学会はもっと前から活動しているはずで、そこらへんがどうなっていたのかは私はよく知りません。すみません。偉いです。あと他にもたくさん偉い先生はいらっしゃる。星野一正先生とか木村利人先生とか・・・名前はあげきれないです。
  • 日本生命倫理学会は1988年から。医学哲学・倫理学会はもっと古くて1982年からのはず。
  • 1990年の日記(1990/4/9)にこんなこと書いてるのが「生命倫理」の最初の記述みたい。

情報整理の方法を考える時期にきていると思う。フェミニズムや生命倫理を考えるなら、情報が大事だ。新聞の切り抜きなどは馬鹿らしいが、ある程度情報を集めなくてはならない。どうするか。

  • あれ、これはM2のときだね。それにしても文章が子どもっぽい。
  • 1991年1月16日にはこんな感じ。

また読書会をしようという話がある。今度は生命倫理についてだが、何をネタにしていいのか悩むところだ。

  • 1991年(D1)の年は怖い先生(2年目)が生命倫理の授業を半年やった。『バイオエシックスの基礎―欧米の「生命倫理」論』が教科書だったか。
  • あれ、けっこう記憶違いがあることに気づく。主に脳死のあたりやったんじゃなかったかなー。そのあとすぐ海外研修に行かれたんよね。半年研究室に教官がいないという状態になったような。
  • まあとにかく読書会なんかしたり。怖い先生はともかく、その前任の先生が非常に寛大な先生だったので、基本的に院生は放置されるのがデフォルトであるという意識。自分たちでいろいろ組織しないとならん。今思えば恐い先生にもっといろいろ教えていただけばよかったんだけど、そういうことをお願いしてはならんのだ、とか思いこんでた。
  • でもこれはもう読書会とはいえないようなお茶飲み会。科哲の大将から見るとこんな感じ。

動物倫理との出会いは、大学院生時代に同じ研究室の先輩や後輩数人とやっていた生命倫理学研究会にさかのぼる。これは雑談とも勉強会ともつかないスタイルでそれぞれのテーマについて話し合う、今から思うとずいぶん生ぬるい研究会だったが、そういうところで勉強したことがあとまで生きることになるのだから分からないものである。(伊勢田哲治、『動物からの倫理学入門』p. 355)

  • ほんとうに人生とは分からないものであるね。
  • でもそれまでの研究室の読書会ってのは、なんかすごい本(『イロニーの概念』とか)を少しずつ読む、ってのが基本スタイルだったみたいなんだけど、この読書会は1回で1本読む、とかそういう感じにしたんだったよな*2
  • 基本的には3~5人ぐらいでBioethicsっていう雑誌の論文を読みましょう、みたいな感じ。へえ、QALYとかってあるんですか、なんかあれだねーとか。なんかそういう感じ。牧歌的。でもそういう勉強スタイルもそれまでの研究室の雰囲気ではなかった。医者呼んできたりもしたり。細長い狭い狭い部屋で和気あいあい・・・でもなかったか。
  • 「千葉大の資料集」というのがあることを知る。ここらへんで加藤尚武先生の名前を知ったのかな。もちろん『バイオエシックスの基礎』の編者として知ってる。「千葉大の資料集」は関西にはあんまり流れてきてなかったず。
  • 1993年に、「千葉大の資料集」にシンガーの妊娠中絶/新生児の治療停止の紹介文を書け、という話が入ってくるのでシンガー読んでなんとか書く。苦労したしけっこう煩悶した。科哲の大将も同じ課題わりあてられたので、読書会でいろいろ意見交換したりしたはず。できたの開けてみると土屋貴志先生が同じのネタにしてスマートなの書いててあれだった。土屋先生もかっこよかったんよねえ。
  • 飯田亘之先生実物が京都に来られて、社交辞令として褒めてくれたり、いくつか助言いただいた記憶がある。でもあれはありがたかった。飯田亘之先生はいろいろ本当に偉いんだよな。どうしても太陽のような加藤先生の陰になって光が当たらないかもしれないけど、日本の生命倫理を研究者組織して本当に立ちあげたのは飯田先生。加藤先生はむしろ宣伝役というかなんというか。
  • 1994年にその加藤先生が教授として就任。
  • 私はこの年から晴れてOD。私は形としては加藤先生の弟子筋ではない*3。でもほんとうにいろいろお世話になりました。
  • 就任前には迎撃体制をとっておこう、ってんで対策読書会したような気がする。「おもしろいけどちょっと具合悪いところもあるね」みたいな感じ。しかし偉大なことはわかった。実際偉大。
  • 奨学金切れて塾講師暗黒時代突入。勉強する時間なんてない。あんまり思い出したくないのだが・・・
  • 1994年に研究室の紀要で生命倫理特集したんだっけか。まあ千葉大の資料集に載せてもらったのを焼き直す。
  • 1994年の12月(OD1年目)に加茂先生たちの生命倫理研究会で発表させてもらったようだ。選択的妊娠中絶の話をしようとしたけど、なにをどう議論していいのかわからなかった。この日はほんとうに最悪の思い出だなあ。朝、「今階段から落ちたら発表しなくてすむかなあ」とか本気で考えた*4。以降この研究会にいろいろ厄介になる。御指導ありがとうございます。
  • 1995年には加藤先生がヒトゲノムプロジェクトの倫理的問題みたいなのでお金をひっぱってくる。偉い。
  • でも時間がなくてちゃんと貢献できず。すみませんごめんなさい。なんか嚢胞性繊維症のスクリーニングみたいなので紹介文書かせてもらうが、勉強不足でだめすぎる。いまだに公開できない。ていうか自分のなかではなかったことになっている。
  • ジョナサン・グラバーの『未来世界の倫理―遺伝子工学とブレイン・コントロール』の翻訳にも参加させてもらう。おもしろい!これは今読んでもおもしろい。
  • まあとにかく人生最大の暗黒時代に襲われていて、生命倫理どころじゃなくなっている。もう自分が生存するだけで必死。
  • でも非常勤の授業では生命倫理とかの講義もたせてもらったりして、とりあえずちょっとずつ勉強はしてた。
  • 信州大学にいる立岩真也先生がなんかすごい文献データベースを作っていることに気づく*5
  • 読書会はけっこう続いたんだけど、科哲の大将が留学することになっていったん終了。あれ、某女史が留学するからだったかな。記憶があいまい。とにかく忙しくて勉強どころではない。
  • 読書会はいまオハイオにいる功利主義女子が主催して第2期に入る。医学部の建物そのものまで侵略してすごい。そのころには私は時々顔出させてもらう程度。「♪とにかく時間が~足りない」
  • いつのまにか、「倫理学本道と生命倫理学あたりの応用倫理学の二本建で業績つくっておかないと就職できないよ」みたいなのが通念になってる。それでいいのかってのはあれだよなあ。

RA/常勤職時代

  • 90年代後半には一気に生命倫理とかの本がたくさん出た。
  • 立岩先生の『私的所有論』読んでわけわからず、でもなんか圧倒される*6
  • 運よく給料をいただける身分にしていただく。感謝感謝。
  • でもネタが「情報倫理」とかだから生命倫理のことはあんまり考えてない。
  • 情報倫理は生命倫理ほどおもしろくないなー、みたいな。
  • いやもちろんおもしろいネタもいろいろあるし。
  • このころになってやっと、ちゃんと「イントロダクション」や「ハンドブック」や「リーダー」読んで、お金かけてそれなりに文献集めてから仕事をするのだ、ってことがわかってくる。遅すぎる。でもいまじゃ一般的なこのスタイルは、95年には一般的ではなかったんですよ。
  • まあでも生命倫理は流行でいろんな人がやってるから、情報倫理で一発当てる方があれかな、みたいな感じでさようなら生命倫理学。
  • でも気にはなっていた。
  • 運よく常勤職ゲット!っていうかもらった。
  • わーい。
  • 好きなことしたいなー。
  • やっぱり生命倫理気になるよなー。特に選択的妊娠中絶なー。
  • フェミニズムも気になるんだよなー。大学が大学なだけにフェミニズムもそれなりにまじめに勉強しないと。
  • 井上達夫・加藤秀一論争があったことはこのころに江原先生のやつで知る。まあよくわからん。そんなん大昔に議論されつくしたことじゃん、みたいな印象。
  • 胚の利用とかES細胞とかで世間がさわいでるよ。
  • なんか少し勉強するかねえ。
  • 脳死も勉強しないとね。とかいいつつ4、5年すぎる。
  • と、なんかとにかくトムソンの議論もパーソン論も紹介なんかおかしくね? っていうか森岡先生の『生命学に何ができるか―脳死・フェミニズム・優生思想』あたりからなんかいやな雰囲気だったんだけど。
  • 異議あり!生命・環境倫理学』とかひどいなあ・・・
  • なんか勉強しないで生命倫理について書いてる人が増えてね? 業界が大きくなって海外文献読まずに国内の文献だけで議論してる?
  • 山根純佳先生の『産む産まないは女の権利か―フェミニズムとリベラリズム』とかもなんかおかしくね?
  • 小松美彦先生の『脳死・臓器移植の本当の話 (PHP新書)』。こ、これは・・・
  • まあここらへん別ブログで遊んでいたときに発見したわけだけど。
  • 2006年ごろ『生命倫理学と功利主義 (叢書倫理学のフロンティア)』に遺伝子治療の件とか書かせてもらって生命倫理学に復帰する準備。
  • よく見ると、『バイオエシックスの基礎』の訳はいろいろ問題ありすぎ。もちろん黎明期にはああいう形で出すのは意味があるけど、流行りで生命倫理学やってる研究者たちがちゃんともとの論文読んでないってのはこれはもう許せん。
  • というわけで学会に殴りこみに行くかなあ、とか。2007年ごろ。まず研究会で発表してまわりの人をディスり、学会でも全員ディスる発表して、その原稿を大学の紀要に載せた。今思えば学会誌に載せりゃよかったんだけど、なんか面倒だし、なるべく早く一目に触れる情報にしたかった。
  • 学会はけっこうな人数がいたんだけど、「トゥーリーの議論についてはここにいらっしゃる方々はみな御存知だと思いますが、魔法の子猫について御存知の方はいらっしゃいますか?」って聞いたときは気分よかった。「それではトムソンの最低限良識的なサマリア人はどうですか?」ははは。あれは人生で最高に痛快な一瞬の一つだったかもしれない。
  • でもそういう全力ディスり論文を書くと、「んじゃお前がやれよ」って話になるわけで、翻訳しなおさないわけにはいかんわねえ。
  • でも日本語が不自由でね・・・・天気悪いと仕事にならんし。
  • とかで今に至る。

*1:この本、まだどこかで教科書として使われてるらしい。すごい。

*2:ここで研究室の伝統というか上下の連結がが一回切れているわけだが、それについて今考えるといろんなことがあれだ。まあ苦しかったかもしれん。

*3:そして残念ながら怖い先生の弟子筋とも言いにくい。I’m a self-made man, and am proud of it、と言うべきなのかなあ。

*4:でも逃げなかった自分を褒めてあげたい。

*5:立岩先生はインターネットの威力を一番最初に使った学者の一人だと思う。

*6:ここでなんか反応するべきだったんだよな。