オーディオ装置と私

音楽好きで好きでたまらんことに気づきはじめる。

オーディオ装置が欲しい欲しい欲しい、ってんでねだってそこそこのを買ってもらった。15万ぐらいかかったんじゃないだろうか。パパママありがとう。プレイヤーはいまだにもっております。スピーカーも一応ウーファー25センチだか30センチのもの。

あのころオーディオはやってたんだよね。同世代の人々がいまだにオーディオ趣味を楽しんでいるのをツイッタとかで見ると「いいなー」とか思う。

やっぱりクラシック聞きますわね。最初に買ったのは、ワルターのマーラー1番だったんじゃないかなあ。クラシックをちょっとづつそろえる。

どうも私は本を読んで、それにしたがってなんかするのが好きで、團伊玖磨先生の「パイプの煙」とか読んだり。「現代音楽」というものがあるのを知って武満徹先生の『音、沈黙と語りあえるほどに』とかも読んで、中2のときに東京に行けたときにコンサートホールで武満先生からサインもらった。もう捨てられちゃったみたいだけど。残念。たしかアステリスクやったんじゃなかったかな。

えーと、まあとにかくマーラーを中心に聞いてたんだと思う。ショルティの大地の歌とか。

トロンボーンていうんでJ.J.ジョンソンの買ってしまってしまう。あいかわらずなにやってるかわかないけど、このレコードはハーモニーがあるからわかりやすい。これも実は名盤。

Great Kai & J.J.
Great Kai & J.J.

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J.J. Johnson Kai Winding Paul Chambers Roy Haynes
Grp Records (1997-03-11)
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トロンボーンと中学生の私

中学校に入って迷わず吹奏楽部に入る。しかしこれがなかなかたいへんだったわねえ。

トロンボーンの先輩はすばらしい音を出す人であこがれた。なんていうのか唇の形とかの問題なんかね。ほれぼれする音だった。僕もがんばってあんな演奏がしたい!みたいな。

吹奏楽部ってのはまあ今だにどこもそうなんだろうけど、上下関係がすごい厳しいんよね。それになんかしらんけど無駄に禁欲的。先輩見たらかならず挨拶、椅子も前の方の1/3にしか座らない、マスピースだけで数十分、へたすると1日マウスピースだけで練習する、延々ロングトーン、曲はそのときに演奏してる曲だけ、とか馬鹿みたい。

特に上下関係ではもうかなり苦労したです。私はふつうにしていてもなんかどうも生意気に見えるらしくてねえ。まあかわいがってくれた先輩もいたんだけどね。

小学生のころからなにかあるとまず本を読んで知識をつける子どもだったので、トロンボーンの練習法についていろいろ本読んだりもしたな。そういうのと部活での練習がぜんぜんちがっていて苦痛だった。

2年生ぐらいになると、美音の先輩がいなくなり、トロンボーンの3年生がいない状態になって1年生や同級生と自分たちで練習メニューを決めるようになって、これは少したのしかった。みんなでいろんなキーでスケール練習して、I- IV -G – Iとかのカデンツ吹いて「いいハーモニーだ!」みたいな。トロンボーンの魅力はその分厚いハーモニーですよ。

まあ正直私がはいったときのその部活はもうぜんぜんだめで、ティンパニのチューニングさえできない感じだったと思う。1年の夏にティンパニの3年生女先輩と二人でチューニングについて研究したのはよい思い出だ。私の方が耳がよいしあれなので、チューニングのしかたを教えたり。チューニングは教えましたが、チューは教えてもらってません。ははは。あとバスクラの先輩がなんか意味なくうちに遊びに来たりしたな。ははは。

2年生後半からはもちろん指揮者。とにかく他の楽器の子もチューニングさえできない状態だったのでそれの重要性をあれして、ハーモニーの練習いろいろやったな。3年生では自由曲はフィンランディアやったんだったかな? けっこうよかったと思うけど、きれいにやるのを目指すあまりちょっとこじんまりして元気がなかったかもしれない。

高校生の定期演奏会みたいなのも聞きにいって、「愛のコリーダ」とか「愛するデューク」とかやってるの聞いていいなあ、とか。そういうの好きだったんよね。

しょぼいレコードプレイヤーと私

この子はなんか音楽好きそうだということで安いプレーヤーみたいなものを買ってもらったと思う。それ以前はプレーヤーに小型スピーカーが内蔵されているようなものでソノシート聞くくらいだったんだけど、とりあえずLPがかけられてスピーカーが別になってるようなやつ。いまなら1万円ぐらいのやつ?

そのセットにはなんか「名曲集」みたいなレコード数枚がついていて、なんか聞いてたような記憶がある。でもおぼえてない。おもしろいとは思わなかった。

おもしろいと思った一番最初の記憶は、宇宙戦艦ヤマトっすよ。ガンダムは関係なかったけどヤマトは関係があった。主題歌とか劇伴を彼がオケに編曲したやつが発売されて、それ買ってもらってすりきれるほど聞いた気がする。まあオケったってほんとうのシンフォニーオーケストラじゃなくて、ストリング数人、管楽器は各々ブースとかそういうもんだけど。主題歌はそれなりだけど、ワウのかかったギターがかっこいい曲があったんだよな。あとスターシャのテーマ、みたいなのが好きだった。宮川泰先生は偉大だ。なむなむ。

ブラバンでトロンボーンやってるってことでトロンボーンのレコードを買いに行ったのもおぼえている。街で1軒のレコード屋の「トロンボーン」のコーナーで買ったのはJimmy Knepper。それはジャズですがね。それにしぶい。

A Swinging Introduction To Jimmy Knepper
High Fashion Jazz (2011-03-08)

まあこれ実は今聞いてもそこそこの名盤なんだけどね。ピアノはビルエヴァンスだし。小学生として聞いたときは、考えているトロンボーンとぜんぜん違うのでそのまま聞かなくなった。高い音でプウプウいってて、ヤマトのバーン、ボーン、ってやってるやつとぜんぜん違うし。トロンボーンてこんな高い音でるの? それにいったい何をやっているのかさっぱりわからない。

トロンボーンと小学生の私

小学校4年生の終りぐらいに学校のブラスバンド部に入ることになったんだったかな?なぜそうなったのかはおぼえていない。トロンボーンを担当することに。なぜそうなったのかも覚えていない。でもまあ、はじめて触ったときからとてもいい感じだった。

スライドに塗るクリームとかもなんかいい匂いで好きだったね。最初細管だったけどすぐに新しく買ったバストロンボーン担当することになったんだったかな。あれ?

しかしこのブラスバンド部の教え方があれで、Bbの音を「ド」って呼ぶんだわね。まあトランペットとかと合わせるためにそれでしょうがないといえばしょうがないんだけど。Bb C D Eb F G A Bbがドレミファソラシド。楽譜もそう読む。そんでピアノでの読み方と混乱して苦しむことになる。

実はこれはいまだに苦しんでいて、へんな中途半端な絶対音感がついて、いまだにトランペットとトロンボーンだけはBbが「ド」、Fが「ソ」って聞こえてしまうんよね。ピアノはCがドって聞こえて混乱する。絶対音感ではなく、楽器の鳴りとかで判断していると思うんだけど。

まあ小学校のブラスバンド部はそこそこ楽しんだような気がする。演奏してたのは簡単な行進曲みたいなもんだったわね。正直あんまり記憶がない。

ピアノと私

おそらく笛で苦労したりしたのを見て親はなにかを思ったのか、妹をヤマハ音楽教室なるものに通わせようとしたのかな? ちょっと記憶が定かではない。

うちにピアノが来た! 「ぼくも行ってみる」みたいにして教室見学した記憶がある。なんか聴音みたいなことをしていた。先生がソシレファーって弾いてみんな「属七!」とか答えるとかそんなの。興味はあったけど、ぜんぶ女の子でこれは私のいる場所ではない、と。でもうちにきたピアノはすばらしくセクシー。どうやって弾くんだろう?みたいな。

妹がなんかバイエルだかもっと簡単なのだかを弾いてて、私も見よう見まねで弾いてみたり。楽譜はとりあえず読めるようになってたんだと思う。

んで、ほどなくそこの先生が(今思えばモグリで)近所の女の子の家でピアノ教室をする、ってんで妹が音楽教室やめて習いにいく。あれおそらくモグリだよなあ。

まあそういうことをする先生だからもちろんよい先生ではない。バイエルだったかなんだかわすれたけど、弾けなくて困っていると「おなじとこやってたら日が暮れるわよ」みたいなこと言われてやめてしまう。まあしょうがないねえ。田舎だから。

音楽と私(1) ハーモニカ・リコーダー・小太鼓と私

さて、いつものように自分語りをはじめるですか。ははは。

うちの両親はぜんぜん音楽とは関係ない人々でしたね。はじめて音楽というものを意識したのは小学2年生ぐらいかねえ。なんか音楽の授業で当時はハーモニカとかってやってて、それが吹けない、と。それが音楽に関する一番古い記憶かな。
当時からもうネガティブな少年だったので、「わーん、学校でハーモニカが吹けない、だめだ、死ぬ、学校行きたくない」みたいになってて、家でなんか楽譜見ながら父親となんかしてた記憶がある。「白地に赤く」とかあれじゃないかな。軍国少年だったわけでも軍国小学校だったわけでもないと思うけど。あれ、「あれマツムシが泣いている」だったかなあ。
ところが1日やったら吹けるようになって、そんときはそれでおしまい。ああハモニカって楽器は小学生向けではないわね。あれは難しい。ピアニカになってよかったすね。
次の試練は小学3年生だったかなあ。家にこもっている私を心配したのか、親がカブスカウトとかっていう軍国組織に入れて(やっぱり軍国教育を受けてたのか。もう死ぬほど嫌いでした)、そこで鼓笛隊とかってものをするようになる。リコーダー吹くわけですわね。楽譜読めないし、たしか今思えばヘ長調だし「シb」とかわからんし。「わかーいちからーとかんげきに〜」とかって曲だと思うけど、楽譜の読み方がわからなくてわーんと泣いてた。もう行きたくない、と。父親はハモニカは知ってるけどリコーダーは知らんわけですわ。もちろん母親も。それに、この曲は弱起なわけだけど、なんで楽譜から「ド」の音がはみでているのだ、許せん、みたいなのもあって。親がこの「ド」について誰かに電話かけて聞いてくれた記憶がある。その8分音符の「ド」の分は、曲の最後に8分音符を借りてきてるので最後短くなってます、それで帳尻とれてますから大丈夫。そうですか、わかりました、それなら吹けます、みたいな。もう当時から理屈っぽいのが爆発しておりました。
しかしこれも一晩練習したらいきなり吹けるようになるわけですわ。ていうか楽譜みたらなんでもその場で吹けるし。しかし鼓笛隊っていうのは「奇兵隊」とかなんか長州だの薩摩だの官軍な感じでいやですよね。
まあとにかくリコーダーぐらいはすぐに吹けるようになることがわかる。
3年生後半とかになると小太鼓とかやらされるわけですが、もうそういうので困ることはなくなりました。だいたい体育以外なにやっても他の子よりは早く修得できることに気づくのはこのころ。今思えばフラムとかあるんだけどちゃんと教えてもらえない。あのタイミングでパラディドルとかルーディメンツ教えてもらえたらよかったなあ。