コピー機ぐらい使えるようになるべし

いいですか、お茶くみとコピーとりは基本です。OLの基本ではなく学生の基本であり人間の基本です。

コピー機は現在あらゆるオフィスワークの基本設備です。これがなければなにもできない。だから大学生にもなってコピー機の使い方もわからんようでは就職はおぼつかない。だめ。生きる資格なし。っていうかコピー機の使い方もしらないようでは勉強さえしたことないですね? (Y/n)てことなんでね。

最低限

  • 拡大、縮小
  • オートシートフィーダー
  • 集約(2枚・4枚ぐらいをまとめて1枚にする)
  • ソーター

ぐらいは使えるようになっておくこと。なんのことか分からなかったら
コピー屋さんで調べてみること。

どの会社のもだいたい同じだ。

あとリソグラフとかもね。

質問・コメントする

質問・コメントする

ゼミや少人数の授業で、「質問・コメントはありませんか」というときになにも発言できないってのは悲しいことです。

誰かの話を聞いてなにも尋ねたりコメントしたりすることがないってのは、けっきょく、「私はあなたに興味ありません」「聞いてませんでした」「どうでもいいことです」という否定的な態度を表明することにもなります。

「あなたの発表を聞きました」「あなたの考え方に興味があります」という態度を示すことにもなります。なんか口出しできるようになりましょう。

とにかく三つの質問ができるようになればよい。チェックして質問するのは、まず次の3点です。

  1. 使っている言葉の意味ははっきりしているか?曖昧ではないか?分からない言葉は説明してもらえ。
  2. 主張に具体性があるか?具体例を提出しているか?それは適切か?
  3. 発表者は独断的ではないか?証拠はあるか?その証拠はどこで手に入れたのか?根拠は提出されているか?

詳しくは野矢茂樹先生の『論理トレーニング』(産業図書、2006)の第10章「批判への視点」の10.1「質問への視点」を読んでください。

何も言うことがないときに便利な表現

なにも質問や意見が思いつかないときがあるかもしれません。そういうときは決まり文句を使いましょう。

  • 「おもしろかったです。〜についてもう少し詳しく話してもらえませんか?」
  • 「〜という人は〜と言ってました(書いてました)が、それについてはどう思いますか?」
  • 「結論としてはどういうことになるんでしょう?」

メモをとれメモを

常にノートかメモ帳を

なんか少しでも頭を使うことをするときには、いつもノートを前に広げ、手にペンを持つ癖をつけてください。

わたしたちの記憶力ってのはほんとうに頼りないものです。私は5人ぐらいの学生さんの名前でさえすぐには覚えられません。だから必ずその時に座っているイスの順に名前を書いたメモを用意します。

会社で働くとき、なんか指示されてもメモをとってなければ思いだせないでしょ?いちいち「これはメモをとって」なんてことまで指示しなきゃならない社員なんて使いものにならんのですよ。

大事なことは口頭で伝えられるのです。いつもメモ帳を開く。ひとからなにか聞くときはメモをとる。これだけでずいぶん使える人間になるのです。

正直、なにも持たずに研究室に来る学生なんかは、「こりゃだめだな」と思います。あなたの先生がどのようにメモをとっているか観察しましょう。

ゼミなんかでレジュメが出ているときは、レジュメに直接書きこめばよろしい。レジュメとメモを分けてしまうとバラバラになるので私は避けてます。

本読んでいるときも本に直接書きこんでよろしい。これも同様の理由。

メモのとりかた

面倒なこと考えずにとにかく書けばよろしい。いつも手を動かしていること。読むときのことは考える必要がない。それだけ。必要になったときに解読する。

どんな文房具を使うか

文房具ファンはここでいろいろ考えるところです。選択肢としては

  • 小さなメモ帳
  • B5学習用ノート
  • バイブル版システム手帳
  • A5システム手帳

とか色々選択肢があって楽しい。私はA5システム手帳を使っていますが、龍大の某先生は生協のB5ノートが使いやすいといってました。女の子はバイブルシステム手帳がかわいいかもしれません。

ペンもいろいろ選択肢がある。私は2色/3色ボールペン。非常に優秀な後輩は蛍光ペンとかを多用してました。

どんな文具を使うかその後

2008年秋の時点で江口は次のようなものを使ってます。

  • RHODIAのメモパッドNo. 12 。ミニボールペンといっしょにジーパンの尻ポケットに。
  • RHODIAのメモパッドNo. 8 読んでる本にメモをはさむときに使ってます。
  • LAMYのスクリブル っていうボールペン。ロディアのメモ帳No.12と大きさがぴったり
  • 大学生協B5ノート。並罫30枚のやつ。
  • ロットリングのボールペン
  • ペリカーノジュニア

現代社会学部生のための文献調査ガイド

文献を集めよう

卒論レベルでも、研究の基本は文献を読むことです。どういう先行研究があるのか知っていなければなにを研究するかの方針さえ立てられません。

まずまずこれを読んでください。 http://www.kyoto-wu.ac.jp/library/j_guide/index.htm

図書

図書館にある本は OPACで調べます。

http://www.amazon.co.jp/ も役に立ちます。自分では買えない本は、図書館に「購入希望」を出しましょう

新書、ムック

新書は最新の知識をコンパクトに紹介してくれているので、大学生の友です。積極的にどんどん読むこと。ただし、一部質の低いものもまじっていますので注意。

私見では、中公新書と昔の岩波新書がもっとも権威があり、講談社学術新書やちくま新書がそれにつぎます。

入門書・概説書

どういう問題を扱うにせよ、とりあえず自分なりの分析のツールを手に入れておかねばなりません。現代社会学部の卒論の場合、多くの人は社会学的な分析を行なうことになるでしょう。最低限社会学の概説書(ギデンズの『社会学』など)には目を通しておきたい。

百科事典のたぐい

現代社会学部学生の場合は現代社会に特有な現象をテーマにすることが多いでしょうから、とりあえずどんなことが議論されているのかを知る必要があります。『現代用語の基礎知識』『知恵蔵』『イミダス』のたぐいは一回ひいておきましょう。図書館にあります。

最近では WikiPedia も非常によい記事を含んでいます。日本語のを引いたら左の方から “English” を選んで英語のも見る癖をつけておくととてもよいです。分野によっては質の高さが段違いだったりします。

専門事典

社会学事典、心理学事典など学問分野に特化した事典が図書館にあるので見ます。そこで参照されている文献をメモしておくこと。

単行本

人気のあるテーマの場合は一般向けの書籍も手に入ります。 OPACで調べてみて、図書館の開架でその近くにある本にも目を通してみること。

編集された本の一章が役に立つ場合も多いので、幅広く本を見ること。

専門書・研究書

単なる読みものとの違いは巻末の文献リストを見ればわかります。文献リストが4、5ページになるような本が読めるようになればあなたも大学生らしい「研究」ができるようになりつつあります。

雑誌論文

実は図書より重要なのが雑誌論文です。

たとえば哲学だと岩波の『思想』とかが一番偉い、ってことになってるようです。あと『現代思想』とか(私は難しくて読めないことが多い)、いろいろあります。

でも卒論レベルで参考になるのは、各大学が出している紀要に載っている論文です。http://www.kyoto-wu.ac.jp/library/news/library_news.htm#shiryoあたりから調べます。特に CiNii が重要。図書館にない雑誌は、ILL (図書館間相互利用)から注文します。(お金がかかります。コピー1枚30円くらい。図書館地下の雑誌室のカウンターに問いあわせてください。)江口が関心を持つような論文なら一部研究費から援助します。

書籍・論文の参考文献

まともな論文には参考文献リストがついています。もちろんそれに全部当たるわけにはいかないのですが、

文献リストを作る

すでに読んだ本、これから読むべき本はリストにしておきます。この文献リストが増えていくのが研究者の喜びの一つです。

いろんな方法がありますが、江口はhttp://yonosuke.net/eguchi/memo/bibtex-exsample.txt のようなものを使っています。これはLaTeXのbibファイルというものです。学部生のときは「メモ帳」かWORDかなんかに書いておけばよいでしょう。

辞書つかえや

江口はどういうわけか現代社会学部で英語文献の授業を持ったり、他の授業でも英語の文献を使ったりすることが多いわけですが、とにかく辞書の使い方を知らない人びとが多すぎると思います。そこで江口がよく学生さんに要求することをメモしておくことにします。

道具を揃えろ

あたりまえのことですが、ちゃんとした装備をしないで海や山に向う人は、遭難して死にます。地図もコンパスもテントも持たずに山登りすれば道に迷って野たれ死にするのはまちがいないところですね。

文献を読むのも同様。なんでちゃんとした辞書を持たないんだっ!

英語読むなら英語の辞書使わなきゃどうやって読むんですか、と怒鳴りたくなることが多いものです。大学に重い辞書を持ってくるのはたいへんなので、コンパクト版や電子辞書ですまそうとする人びとも多いですが、これはハイキングのつもりで冬山に登るようなものです。ちゃんとした辞書を用意してください。

大学生レベルでは、とりあえず学習用としてジーニアス英和辞典あたりがよい。ニューセンチュリー英和辞典もよいという噂だが、残念ながら江口は知らない。大学院を目指すならリーダーズとランダムハウスも欲しい。また、Cobuildあたりの英英辞典も1冊欲しい。

日本語の辞書も用意しておくこと。こっちは学習用というわけではないので電子辞書でもいいかもしれないが、大辞泉なり広辞苑なり大辞林なり、それなりのものを用意しておくこと。

そもそも漢字の読みがわからないときのために漢和辞典も必要。これは電子辞書ではひきにくいので書籍のが必要だと思う。三省堂の『漢辞海』がおすすめ。

日本語の単語は「だいたいこんな感じかな?」と読みとばすクセがついている学生さんが多いようですが、それではいつまでたっても言葉の本当の意味はわかりません。すぐに辞書をひくクセをつけましょう。

辞書はひいたら赤線でも引いとけ

辞書ひいたら、赤線ひいとけ。すでに赤線ひいてある場合は、もう1回ひけ。何度ひいたかわかるようにしておくこと。3回目以降には○でかこんでもいい。おすすめは昔ながらの赤鉛筆だな。

理由は(1)次にさがすときに便利。(2)何回ひいたかわかるので、重要性がわかる。(3)自分の記憶力のなさを知ることができる。

ただし赤線をひくのは英単語の見出しだけじゃなくて、今読んでいる文章で一番ぴったりした意味。さらに、参照した部分(たとえば前置詞だとか語形だとか)。

ちゃんと読め

辞書の一番上に来ている「意味」だけ読んでも大学で読むような文章には歯が立たない。しっかり下まで確認。特に名詞。

知ってるつもりの単語、簡単な単語こそ何回もひけ

単語帳で勉強したつもりになってる奴は注意。”abortion”は「中断」だと思いこんでる奴はいねーだろうな? (さすがにこれはいないか)。

前置詞とか1回もひいたことのない奴いる。たとえば、”arguments for abortion”。「abortion は知ってる~【中絶】。 argumentも知ってるにきまってるわよ。【議論】でしょ。だからargument for abortionは【中絶の議論】よね~」。これでなんでダメかわからない人は、”for” “argument”と”for”をそれぞれ辞書でひけ。で、”argument” の近くに[for/against] とか書いてあるからそれの例文を見よ。for の方でも確認。vote for とか。

“different reasons”。「わかるー。【違う理由】ね。」同様にdifferentをひけ。

動詞は語形と前置詞を確認しろ。 “They provided me with food.” の場合provideをちゃんと辞書ひけないといつまでたっても英語なんか読めない。まあ、こういうのを「熟語」とかいって教えるタコな高校教師は多いが、なにも熟語じゃねー。provideってのはこう使う単語なんで、こうのは一々辞書で覚えなくちゃならん。(まあ、あらかじめ丸暗記しとくのは意味があるんだが)

単語なんかメモすんじゃねー、そんなヒマあったらもう1回ひけ

知らない単語のリストを自分で作ってもちあるく熱心な人がいますが、江口は無駄だと思います。「あれ、この単語なんだったかな?」と思って自分のノートを見ると、「意味」が1個だけ書いてあるだけ。それじゃだめだ。リストのどこにあるか発見するまで数分経過してしまうことさえあります。無駄無駄無駄。そんな暇があるなら辞書ひけばよろしい。もし赤線をちゃんとひいてればあっという間に見つかるでしょう。てか、それくらい早く辞書ひけるようにならないと見込みなし。

Web辞書だのなんだのは使うな!

最近、わからないことがあると、とりあえずWebの検索エンジンでさがしてみる人が増えているようですが、そんなことをする前に、とにかくまず辞典をひきましょう。「辞書をひけ」と指導しない教師は、まちがいなくダメ教師。

その他の辞典も用意しろ!

その他、大学生なら他の辞典類も入手しておくこと。百科事典や『現代用語の基礎知識』や『IMIDAS』の類など。こういうのは CD-ROMのやつがコンパクトで使いやすい。『エンカルタ』なども便利なものだ。

その他、法律関係は自由国民社『図解による法律用語事典』がわかりやすい。

なんでも広辞苑を引用してすませるのはやめろ

なんかレポートを書こうとするととりあえず「広辞苑によれば〜とは〜である」とやる人がいます。

これはいろいろ有害。

  1. 広辞苑は国語辞書。言葉の意味を説明しているだけ。
  2. 学問用語にはめっぽう弱い。なんかわかりにくいし。実際読んでもわからんしょ?
  3. 広辞苑だけが国語辞書じゃないぞ。私は大辞泉が好き。

朝日新聞の「天声人語」とかがよく「広辞苑によれば〜」ってやってて、中高の先生がそれをまねたり、まねろと指導しているからそういうことしちゃうんですよね。高校生までなら許せますが、大学生はそれじゃだめなの。

どっから手をつけてよいかわからないなら

  • もちろん、最初は広辞苑なり大辞泉なりをひいてよい。辞書をひく態度は立派。偉い!
  • でもそれだけじゃたいてい理解できない。
  • とにかく、まずは教科書があるなら、教科書における定義と説明を見る。(そういうのがはっきりしていない教科書はよい教科書ではない)
  • だから定番の教科書を知っておくことが必要。教科書がない場合、どっから手をつけてよいかまったくわからない場合は、次に百科事典(平凡社の『世界大百科事典』とか)をひく。
  • これでかなり明確な知識が手に入る。
  • もちろん Wikipedia日本語版 も使ってもよい。でも百科事典に比べて質が落ちるし、分野によってはまったく使いものにならない。だからまず百科事典。
  • さらに、その概念なり事象なりがどの学問分野で扱われているかわかれば、その学問分野の専門事典をひく。『社会学事典』とか『フェミニズム事典』とか。
  • すると、専門の事典では、必ず重要な参考文献が挙げられているので、次はそれを読んだりするわけです。

詳しくは戸田山先生の名著『論文の教室』を読んでください。

新版 論文の教室 レポートから卒論まで (NHKブックス)
戸田山 和久
NHK出版
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Wikipedia

Wikipedia (ja)は非常に便利なものですが、レポートや卒論に利用する際には注意が必要です。

Wikipediaには非常に優秀な記事が少なくありませんが、それを学術的な資料として用いるのは勧められません。

第一に、情報の信頼性が低いからです。Wikipediaの執筆者は基本的に匿名・ペンネームであり、誰が書いているかは基本的にわかりません。誰が書いているのかわらかないものは信頼しないのが学術研究の基本の態度です。

第二に、Wikipediaは 三次資料 です。Wikipediaの編集方針の一つに「独自研究は掲載しない」というものがあります。ある事象があったときの記録や証拠が一次資料、それについて誰か学者が調べてまとめたり考察したものが二次資料、そしてWikipediaやその他の百科事典は学者たちの文献を参照した三次資料です。学生はもちろんWikipediaを参照してもよいのですが、大事なところは 必ずそのWikipediaの記事が参照している一次資料・二次資料まで遡らなければなりません 。もしその記事に参照がないのであれば、その記事には まったく価値がありません

しかしもちろん、Wikipedia程度しか調べる時間がなかったり、それほど重要でない事項についてはWikipediaを参照・引用してもかまいません。その場合は、wikipediaの推奨する参照・引用方法に従ってください。

Web上では
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%92%E5%BC%95%E7%94%A8%E3%81%99%E3%82%8Bのような参照でも役に立つのですが、これを紙媒体に使ってはいけません。

「Wikipdia:ウィキペディアを引用する」、『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/ )。2007年11月10日16時(日本時間)現在での最新版を取得。

でしょうか。でもこんなに書かなきゃならないのはばからしい気がしますね。
記事が参照してくれている元の資料を参照しましょう。

授業中うつぶせで寝るのは勘弁してください

授業中眠くなったり寝てしまったりするのは授業がヘタでおもしろくないのででしょうがないのですが、「寝るぞ!」とうつぶせで寝るのだけは勘弁してください。

学生様はどうも高校の授業とかでうつぶせで寝たりしても放っておかれたりした経験があるようで、まあ私語して他の人の邪魔されるよりは寝ててくれた方がいいか、みたいなことを考える先生もいるかもしれませんが、やっぱり態度として非常によくない。

そういうのは、まあまわりの人間に対して興味がない、どう見られようがかまわない、特に講壇でしゃべっているあいつが嫌いだ、あまりのおもしろくなささに抗議する!という意味になりますわね。少なくとも「お前は私と対等な人間として認めない」みたいな意思表示になる。

うつぶせになって「いざ、寝るぞ」と思っても実はよく眠れないものです。

いねむりというのは、眠いのを我慢に我慢を重ね、無理な姿勢でこっくりこっくりするのが気持ちよいのです。あの「ガクっ」という感覚の甘美さを堪能するために、うつぶせになるのはやめましょう。

レポートの書き方

「剽窃を避ける」も参照してください。

まずとにかく

ここらへん1冊でよいから読んでおく。これまで「レポートの書き方」についての本を読んだことのないままにレポート書いたことのある人はかなり反省する必要がある。泳ぎ方を知らないのに海で一人で泳いだりするのに近い。なにごともノウハウ本というのがあります。哲学関係の人には戸田山先生のがおすすめ。

レポートでないもの

  1. 剽窃。パクリ。コピペ。他人の文章をそのまま写したもの。 → 「剽窃を避ける」 を書きました。
  2. 参照した文献のリストがないもの。
  3. 単なる感想。たいして調査もしていない「あなたの意見」は必要ありません。もちろん自分の解釈や見解や意見を述べるのはよいことですが、その場合は、 十分な論拠 を提示すること。
  4. レポートでWebにある文章を丸ごとコピペしてくる不届きな人々がいる。それが発覚した場合は当然単位は出さない。

たいしたアイディアはいらない

  1. 一般の大学のレポートでは、斬新なアイディアなどは必要ない。
  2. ちゃんと調べるべきものを調べてまとめれば十分。教員は学生が授業内容をちゃんと理解したか確認することを目的にしている。
  3. むしろ、ちゃんと型にはまったものが書けるようになるのが学生時代の修行。あなた自身のアイディアは卒論ででも表現すること。
  4. 課題をきちんと把握すること。

様式

  1. とりあえず大学なんてのは結局のところ型にはまった書類を作る練習をする場所だと思うこと。
  2. レポートの様式は非常に重要。
  3. しかし、教員から指定されていないことをいちいち質問する必要はない。指示されていないことは勝手に判断してよい。
  4. ただし常識としておさえておくポイントはある。
    1. 手書きの場合は原稿用紙に書くのが常識。指示がなくとも気をつけること。
    2. レポート用紙は不可。ただし英文の場合はレポート用紙でもよいが、1行空ける。
    3. レポートが複数枚になったら、必ずステープラー(商品名ホッチキス)で留めること。
    4. クリップはバラバラになることがあるし、かさばって邪魔。
    5. 表紙をつける場合はステープラー(ホチキス)の位置に注意すること。長方形の紙を縦長に使って横書きにする場合は左上、紙を横長に使って縦書きする場合は右上。
    6. 必ず各ページに番号を打つこと。趣味があるが、A4横書きの場合はページ下中央、縦書きの場合は左上あたりか。
    7. 科目名、大学、学部学科、学籍番号、名前を明記すること。学籍番号だけで学科などを書いていないと採点を記入するときに難儀する。
    8. 大学まで書く必要はなさそうに見えるが、特に非常勤の教員には必要な場合がある。
    9. 「~文字以内」ような指定があり、かつワープロで作成する場合、最後に(1980文字) のように文字数をつけておくとよい。
  5. 2000字以内ぐらいのごく短いレポートでは章立て不要の場合も多い。長くなると必要。

文章について

  1. 文章についてはとりあえず、戸田山和久先生の『論文の教室』と木下是雄先生の本をよく読むこと。正直なところ、文章のうまい下手はどうでもよい。一般の大学のレポートや卒論でうまい文章を書く必要ない。どうしてもうまい文章を書きたい人は本田勝一先生の『日本語の作文技術』(朝日文庫, 1982)を見るべし。
  2. レポート、論文では「だ/である」体で書くこと。
  3. 簡潔で明快な文章を心がけること。とにかく文を短くする。「〜が、〜」と続けず、「〜である。しかし〜」。「〜であり、〜であり、〜であり〜」→ 「〜である。また〜である。さらに〜である。」
  4. 体言止めは避けること。
  5. 「~のではないだろうか。」でレポートを終わらないこと。
  6. 必ず読み直して誤字脱字がないか確認すること。音読してみるのがよい。

引用の仕方

  1. 他人の文章は必ず(1)括弧(「」)に入れるか、(2)段を落して(この場合カッコはいらない)、それを明示する。どこのその文章があるか注をつける。「戸田山和久は、「剽窃は自分を高めるチャンスを自ら放棄する愚かな行為だ」と言っている 1)戸田山和久、『論文の教室』、NHK出版、2002、p.35。 」のようにする。
  2. 引用文は勝手に省略したり要約してはいけない。一字一句正確に。表記も原則的に勝手に変更してはいけない。変更した場合はその旨を明記する。
  3. いずれにしてもレポート・論文には文献リストをつける。文献リストでは、著者、『タイトル』、出版社、出版年、翻訳ならば訳者を明記。
  4. 複数の著者の論文を集めた本のなかにある論文を参照した場合は、その論文の著者を先に出すこと
    例:江口聡、「ポルノグラフィと憎悪表現」、北田暁大編、『自由への問い(4) コミュニケーション:自由な情報空間とは何か』、岩波書店、2010、pp. 23-46。
  5. 「著者:江口聡、出版社:岩波書店」などという新聞の書評欄みたいな書き方は×。ちゃんと論文の書き方本を見よ。
  6. 完全な引用でなくとも、オリジナリティが認められる主張やアイディアには典拠をつける。
  7. 基本的に文献リストに載せるものは本文中で1回以上言及すること。「戸田山によれば〜」のような形で。

パクらないために

  1. 文章をそのまま使わない。自分で一回咀嚼して自分の表現に書きあらためる。
  2. 自分でよくわからっていないことは書かない。

その他細かいこと

  1. 主語を省略しない。
  2. 「である」体の文章にいきなり「〜です」を入れたりしない。恥ずかしいことです。この文書も実はそういうのを含んでいるが、これは意図的なので真似しないようにしてください。
  3. 「〜のである」はおおげさであるので多用しないことが肝要なのである。「〜である」と書くのがフラットでよいのである。
  4. 日本語には斜字体(イタリック)は使わない。強調したい場合は傍点を打つ、下線を引く、フォントをゴシック体にするなど。
  5. 特別な事情がないかぎり、日本語の文章で〈 〉(山括弧)や“ ”(引用符)は使わない。どうしても引用符を使う場合は向きを揃えること「”ほげほげ”」はだめ。「“ほげほげ”」。
  6. 「1つ」「2つ」は私の好みではない「ひとつ」「二つ」。「ひと、ふた、み」と数えるときは漢数字。
  7. 接続詞と副詞はひらがなに開いた方がよい。特に「全て」「従って」は「すべて」「したがって」。
  8. 各段落は必ず字下げすること。(★できない子が多い)
  9. 基本的に人名は初出時フルネーム。「戸田山は」ではなく「戸田山和久は」と書く。二回目からは「戸田山は」でOK。カントのようにその分野で有名な人は最初から「カントは」でOK。
  10. 「氏」とか基本的に不要。「戸田山氏」「戸田山教授」ではなく「戸田山和久」と呼びすてにする。二回目からは「戸田山」だけでよい。
  11. レポートは完全に自分一人で書かねばならないものではない。校正、読み合わせ、構成の相談など自由にしてよい。原稿ができたら、一回誰かに向かって声に出して読んでみるのは非常に効果的。
  12. この前、どういうつもりか緑色のインクでプリントアウトして提出いる人がいた。良識をつかえ。それは誰にでも平等に与えられているはず4
  13. ちゃんとした論文の場合は、執筆にあたって協力してもらった人に謝辞つける。「本稿の執筆にあたっては〜氏、〜氏らに草稿段階から有益な助言をいただいた。ここに記して感謝する。」とか。ただし、卒論の場合、指導教員の名前はいらない(指導するのが指導教員の業務で感謝される筋合いはないから)。
  14. 役職には注意。「〜教授」とか「〜准教授」とか「〜講師」とかまちがうとあれなので避けた方がよいでしょう。こだわる人もいます。「〜先生担当分」ぐらいにしとくのが無難。教授なのが確実ならOK。
  15. 本文をゴチックにされると読みにくい。原則として明朝体にする。見出し等はゴチックでOK。
  16. 書名は必ず『』で囲う。二重括弧『』は書名以外に使わない。論文名は「」で囲う。
  17. 「ミルの『自由論』には〜と 書いてある 」「〜とある」ではなく、「ミルは『自由論』で〜と述べている」のように書く。
  18. 「ミルはその著書『自由論』で」→ 「ミルは『自由論』で」でOK。
  19. 日本文では空白を切れ目に使わない。参考文献など、「J. S. ミル(空白)『自由論』(空白)早坂忠訳(空白)中央公論社(空白)1976」ではなく、「J. S. ミル、『自由論』、早坂忠訳、中央公論社、1976。」
  20. ページ表記は、「173頁」とか「p. 173」とか。 「p.」のうしろの点を忘れずに。複数ページになる場合は 「pp. 123-124」のように、pp. をつかう。
  21. アラビア数字、欧文文字はいわゆる半角文字 1234 abcdで。1234 abcdは避ける。
  22. カッコに気をつける。>と<はかっこではなく、数学記号(「大なり」「小なり」)。日本語山括弧は〈〉。ぜんぜん違う。
  23. フォントの大きさ、行間に気をつけろ。通常11ポイント以上。
  24. 大学生なんだから言葉の定義については国語辞書なんかにたよらず、百科事典や入門書・専門書等を使う。
  25. 接続詞としての「なので」からはじまる文章は避ける。口語と文語は違う。「したがって」「それゆえ」。
  26. webページ等を参照する場合は、最低(1) 著者 (2) タイトル、(3)URL の三つを明記すること。必要であれば「最終閲覧日」もつける。Wikipediaなどのように意図的に匿名で集合的に編集しているものを除いて、 誰が書いているかはっきりしないものは参照できない
  27. 図書ならなんでも信頼できるわけではない。著者、出版社の信用に注意。サンマーク出版とかは危険。
  28. 「授業レジュメから引用」など不要。授業レジュメは資料価値がない。自分の言葉で書き直す。

References[ + ]

1. 戸田山和久、『論文の教室』、NHK出版、2002、p.35。

クラスに参加するとは

高校までの授業と違い、大学では自分で積極的に授業に参加することが求められます。「求められる」というのは、「道徳的にそうした方がよい」とか「そうしないのはダメな大学生だ」とかという意味ではなく、「あなたの利益のためには授業に積極的に参加しなくてはならない」、「そうしなければ損をする、大学に来る意味がない」、という意味です。

基本的な心構え

大学教員の実態

だいたい、大学の教師というのは教師としての教育を受けていないし、 スキルも身につけていないのです。大学教員になるには、(1)大学院に進学して自分の学問分野で研究して論文を書く、(2)官公庁企業その他で業績をつむ、の二つの道がありますが、どちらも「教育者」としての訓練を受けることはほとんどありません。実際私は教員免許すら持ってませんし、教育実習を受けたこともありません。

小中高の教師は授業研究などで技術を磨くわけですが、 大学の教員の授業を他の教員が覗くことはまったくありません。もちろん他の教員の授業を見学することもありません。

ついでに言うと、大学の教員になっている人間が大学在学中にまじめに授業に出ていたかというとそういうこともありません。私自身は学部の講義の授業はほとんど出ませんでした。つまり、わたしは大学の講義とかそういうものをまともに経験せずに授業しているのです。

つまり、大学の教師は研究のプロかもしれませんが教育のプロではないし、授業というものがどういうところもわかっていない可能性があるのです。小中高の教師はそれなりの教育を受け訓練を受けているわけで、教師としてのスキルには大きな差があります。

さらに悪いことに、大学教員というのには一般に勉強する動機がありません。いったん大学に就職してしまえば、勉強したり論文書いたりしなくても自動的に給料はあがっていきますし、クビになることはありません。特別なことがなければ、誰も教員の業績を審査したりすることはないのです。したがって、就職したあとはぜんぜん勉強しないで毎日を過ごしているひともけっこういるのです。

そういう教師に大学生は教育を受けるわけです。あなたたち学生はちゃんと自衛しなければなりません。

授業内容

大学の授業内容は完全に教員にまかされています。高校までは文科省や受験による縛りがあって、「これこれのことを教えなければならない」とほぼ決まっているわけですが、大学ではそういうものはありません。教員が適当に教えやすいもの、興味があるものを取りあげていることがほとんどです。もしかしたらあなたが教えられていることはまったくの間違いかもしれません。

大学の授業

ではどうしてそういう状態になっているのでしょうか。基本的に大学というのは学生が自分でなにかを「研究」する場所なのです。高校までのように口を開けて何かを教えてもらうのを待っている場所ではありません。

だから講義よりも演習形式の授業の方がはるかに大学らしい授業なのです。高い授業料を払っているのですから、自分なりに大学を有効に利用しましょう。そのためには授業を自分で動かすつもりがなければなりません。黙って聞いているだけの人はそれなりのものしかもらえないのです。結局大学というのは自発的で能動的な人は得をして、そうでない人は損をする場所なのです。

人間は議論を通して進歩する / 協力しよう

まあそういう大学教員の問題はおいておくとして、
人間というのは議論を通して進歩するものだと思います。
自分の考えを他人に説明できるようになって、はじめて自分がどう考えているのかを
理解するということはよくあることです。ちゃんと考えるためには、他人から
批判を受けることが必要なのです。自分の説明のどこがわかりにくいのか、自分の考えのどこが伝わりにくいのかは、やっぱり他人に教えてもらわないとわかりません。

だから、他の人の発表に積極的に質問したり意見を述べたりするのは、
そのひとに対する協力の意志と敬意の表明でもあるのです。なにもコメントしないのは
その人を無視しているようなものです。

実際、「学会」とかってときにひどい発表のときには
なにも質問が出なかったりして非常にサムいときがあります。「質問するにも
値しない」と思われてしまってることがはっきりしてしまうわけですね。

具体的には

授業評価はちゃんとする

さすがに最近はそういう大学教員の授業のあり方に対して批判的な意見が出てきて、文部科学省の音頭で学生による「大学評価」「授業評価」をする方向に進んでいます。その手のアンケートは非常に重要ですから、教員をちゃんと評価しなくてはなりません。よい授業はよい、ダメな授業はダメとはっきり主張しなければなりません。

自分が喋れば眠くない

だいたい、他人の話を30分も1時間も黙って聞いているというのは非人間的です。私自身は1時間だまっていることは不可能です。でもなにか一言でも発言すれば目も覚めるし、内容にも関心が持てるようになるものです。

感想を伝えろ

とにかく何か感想を述べましょう。「〜がおもしろい」「〜はよくわからない」「〜は知らなかった」「〜は勉強になった」「いまの話が私の人生とどういう関係があるのですか」とか

質問しろ

大学では何を質問してもかまいません。教員があなたにわからないことを喋っているのなら、それはあなたが悪いのではなく教員の説明が悪いのです。すぐに質問。「〜〜って何ですか?」。

もちろん、あなたに基本的な日本語の能力がない場合はかなり問題です。わたしは以前「枚挙」という言葉がわからないという質問を受けたことがあります。さすがにそういうのまで面倒を見るわけにはいきません。電子辞書を用意しておいて、わからない言葉はすぐに辞書をひきましょう。

教師を信じるな、批判しろ

上で述べたように、大学教員というのは資格もなければ審査もなく、勉強をつづけているかどうかもわからない人間です。そういう人々を無批判に信じこんではいけません。「おかしい」と思ったらすぐに質問するなり糾弾するなりしましょう。セクハラ発言も許してはいけません。議論を挑むのだ。

わからないことはわからないと主張しろ

教員の授業や、他の学生の発表がよくわからないときは、あなたが悪いのではなく教員や発表者が悪いのです。

「間違い」を恐れるな

まともな教員は、少なくとも演習形式の授業では学生に意見を求めます。何も話すことができない学生もいます。でもそりゃもったいない。へんなことを言ってもそれはそれでいいのです。間違ったり奇妙なことを言っても大丈夫なのは学生の特権です。どんどんヘンなことを言ってみましょう。その方がクラスも盛り上るものです。

何も言うことがないときに便利な表現

なにも質問や意見が思いつかないときがあるかもしれません。そういうときは決まり文句を使いましょう。

  • 「〜のところをもうちょっと詳しく教えてくれませんか?」
  • 「おもしろかったです。〜についてもう少し詳しく話してもらえませんか?」
  • 「〜という人は〜と言ってました(書いてました)が、それについてはどう思いますか?」
  • 「結論としてはどういうことになるんでしょう?」

具体例

次のような文章の一部があります。

野田正彰・関西学院大学教授(精神病理学)が教えてくれた。大学で講義をしていても、話した内容を鵜呑みにするだけで、深く考えることを忌避する学生が年々増えてきたという。

「このテーマについてどう思う、と尋ねると、「思うってどういうことですか」。あなたの考えを聞いているんだよと返すと、「私に考えはありません」なんて会話をさせられることが珍しくないんです。「私は小さい頃から先生に評価されるように、どう答えたらよいかということに励んできたので、いい成績を取ってこれたのです。それで難しい大学に入ってこれたのだから、それでいいじゃないですか」って。絶句しますよ。」(後略)(斎藤貴男『安心のファシズム』岩波新書、2004、p.98)

微妙な文章と談話ですね。あなたがこういう文章を読まされたとき、どういう反応をすればよいのでしょうか。私だったら次のようなことを考えます。

  • 「深く考える」てそもそもどういうことかわからない。なにを考えたら「深く考える」ことになるの?
  • 「年々増えている」っていうけど、なんか証拠があるんだろうか。昔からそうだったんじゃないの?
  • 「鵜呑みにする」っていってるけど、鵜呑みにしている証拠はあるんだろうか。他人があることを鵜呑みにしているかどうかはどうやってわかるんだろうか。野田先生の勘違いじゃないんだろうか。
  • 「このテーマについてどう思う」とか質問されても困っちゃう。質問が漠然としてるんじゃないかな。「あなたの考えを聞いている」と言われても困る。教師はもっともっと具体的なことをたずねるべきなんじゃないだろうか。問いの前の説明なり興味の引きかたなりがまちがってるんじゃないのか。まったく興味のない教師から、「私についてどう思いますか」と問われてもなんとも思ってないことは多いだろう。
  • 「私に考えはありません」は日本語としてかなり危ない感じだけど、ほんとうに文字通りこう答えたんだろうか。野田先生がそう解釈しただけなんだろうか。
  • 「珍しくない」ってのはどの程度の頻度だと珍しくないんだろう。1年に1回?
  • そもそもこの学生(やその他の「珍しくない」学生たち)と野田先生の間の関係がうまくいってない、という可能性はないのかな。
  • 野田先生の言うことに反感を感じたり、だめな教師だと思っているけどそれを言うのは気の毒だし喧嘩になると面倒だから言わないですまそうとしている、ということはないのかな。
  • 「私は小さい頃から〜」とかすばらしい洞察と表現力じゃないか。こんなこと言える学生のどこが「深く考えることを忌避」してるんだろうか。
  • とりあえず他人が「深く考えない」とか考えているひとこそ「深く考えてない」可能性はないのかなあ。私は自分が「深く考えている」なんて思えないけど、こういう人びと(斎藤貴男や野田正彰)は「深く考え」ているんだろうなあ。偉いものだなあ。

まあ演習とかでは、こういう思いついたことを勝手に口に出してもよいのです。私が「この文章についてどう思う?」とかって漠然としたどうしようもない質問をしたら、上を参考にして適当に答えてください。

補足

あと、少人数授業のちょっとしたティプス。

  • 友達とは離れて座ろう。近くに友達がいるとつい思いついたことを
    小声で友達に話してしまいます。もったいない。