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デヴィッドボウイ先生とわたし(下)

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んでまあベスト盤とかで過去の曲も勉強したわけですが、ボウイ先生はえらいっすわね。まさにロック。

70年代を振り返って、ボウイ先生とかT-REXあたりっていうのは、「グラムロック」とかってくくりで、なんか女子ウケを狙ってるって感じで、男子にはあれだったんですわ。これ、いまとなってはわかりにくいかもしれないけど、中性的なイケメンがあんまり難しくないことをする、ってんでとにかく少女マンガの世界だったんよ。

でも曲はいいんよね。

こう、ものすごくシンプルなのに力がある。パンクロックとか先取りしてるっすね。でもそんな年がら年中叫んでなきゃならないわけではないし、テンポだてゆったりとってかまわん。

それにリズム的にもおもしろい、っていうか、このまえ、ジョージ・クリントン先生の自伝読んでたんですよ。『ファンクはつらいよ』っていうの。ジョージ・クリントン先生はパーラメントとかファンカデリックとか、P-Funkと呼ばれる黒人音楽の総本山の中枢というかプロデューサーというか、とにかくご本尊なわけよ。

クリントン先生はとにかく黒人音楽コミュニティではものすごく偉いんだけど、若いときは実は黒人音楽じゃなくてイギリスのロック聞いてたらしいんですわ。ビートルズとかストーンズとかエリック・クラプトンとか。これおかしいっしょ。んでラジオでクラプトンがブルースについて喋ってるの聞いて黒人音楽について学んだ、とか言ってんの。おどろいた。

んで、パーラメント(P-Funk)がブレークした1曲であるGive Up the Funkって曲があるんすわ。

 

まあものすごくファンクでかっこいい。ところがこの曲、ボウイ先生のFameのパクリだったと。

Mothership Connection第三の主要楽曲は、デヴィッド・ボウイのFameを聞いたときに閃いた。この曲がラジオから流れてきたとき、俺はチェンバーズ・ブラザーズからバンドに加入した新ドラマー、ジェローム・ブレイリーと一緒だった。これがGive Up the Fuunkに彼が共作者としてクレジットされている理由の一つだ。スタジオに戻ると、俺たちはビートをアレンジし、Gie up the Funkの中で再構築した。(p.174)

なるほど!っていうかたまげましたね。普通、ポップ音楽では、黒人→白人っていう影響関係ってことになってて、いつも黒人のほうが偉いんだけど、そうじゃないんよね。

 

ていうか、そういうことを知ると、ジョージ・クリントン先生が名盤マザーシップコネクションでやってる「宇宙からスターチャイルドが地球にやってきて」とかってお話は、ボウイ先生がジギー・スターダストでやってることなわけよね。

 

ボウイ先生のジギースターダスト

クリントン先生のスターチャイルド

とかなんとかってんで、ボウイ先生は偉大だなあ、みたいなの感じてましたわ。

あとまあ歌詞の面についていえば、HerosとかAbsolute Begginersとかもう最高すぎるわよねえ。君も僕も、1日だけヒーロになれますよ。1日だけだけど。でも誰でもヒーローになれる。シンプルで、これぞロックという歌詞。訳詞はたくさんあるから探してみてください。

 

というんで、ボウイ先生には本当にお世話になりました。さよならボウイ先生。

 


 

これものすごく面白いから黒人音楽ファンは必読。


デヴィッドボウイ先生とわたし(上)

デヴィッド・ボウイ先生の名前を知ったのはいつだったかわかりません。高校生のころには存在は知ってたと思うし、そもそも70年代の少女漫画に出てくる主人公はみんなボウイ先生だったし。

私自身がボウイ先生を本気でミュージシャンとして意識したときは覚えていて、まず、渋谷陽一先生のラジオで聞いたんですね。そしておそらくその数ヶ月後に、なんか受験雑誌か英語雑誌でLet’s Danceの歌詞についてのエッセイっていうか英語の説明みたいなのを読んだ。まあシリアスムーンライトがどうのこうの、レッドシューズがどうのこうの、とかそんな面倒なことは書いてなかったと思う。でもそういうの読んで興味をもって、レコード買ったんちゃうかな。6月か7月のはず。

そういう、歌詞の鑑賞の手引ってけっこう大事なんよね。音楽なんか大量にあるから、なんかひっかかるところがないと興味をもつってことは難しい。「へえ、そういう歌詞なのか、んじゃ意識を集中して聞いてみよう」みたいにしないと、心に響かないことは多い。そういうきっかけは、他人のごく個人的な話でもいいんよね。「へえ、この人そういう事情でこの曲好きなのか」「そんなふうに聞いてるのか、キモい」みたいなのでも趣味は広がることがある。私自身こういうのいろいろ書いてるのは、そういう文章を書いてくれた人々への恩返しみたいなところがあるんよね。

まあ当時は田舎の高校生で、田舎ではまだMTVとかやってなかったから、ラジオと文章はとても大事だったってのもある。いまはなんでもありすぎてよくわからんわよね。

んでレコード聞いてみて、とにかくLet’s Danceより、最初の曲であるModern Loveのドラムにしびれましたね。こんなかっこいいのがあるのか!オマー・ハキム先生ね。Let’s Danceの方はトニー・トンプソン先生。それにしてもドラムよすぎる。いろいろ細かいゴーストノートとか入れてこういう感じになってるんだろうけど、私の耳では聞き取れないですね。それにしてもかっこいい。

まあ「ナイル・ロジャースがプロデュースして」ってよく言われてたけど、私自身はロジャース先生が誰だか知らなかったし、当時の多くのリスナーは実はChicとか知らなかったと思うね。むしろこのアルバムでは、当時のロック系一般リスナーには、「スティーブ・レイ・ヴォーンがテキサスブルースギター弾いてる」の方が話題になってはず。まあテクニカルじゃないけどかっこいいですわね。

このアルバム、高校3年の春のやつで、大学入ってからも「モダンラブのドラムいいよなあ」とかしゃべってたのを覚えてる。しかし私にとってのボウイ先生はレッツダンスではないのですわ。大学1年の秋に「トゥナイト」が出て、これはすぐ買った。これはいかれた。

最初のLoving the Alienはロマンチックだし、Don’t Look Downのなんか下向いてる感じが、みんなきれいな服着て木屋町で遊んでるのに私はゲームセンターでバイトなんかしてる、みたいなのにあれしてね。

 

私のレゲエ好きはここらへんからも来てるんよね。

Tonightのポジティブさもいいし、God Only Knowsはビーチボーイズのおりじなるよりよい。もうこれのA面は最高。

聞いてください。

この1回生から2回生にかけての時期は、まだ外で酒飲む習慣とかもなくて、自分や友達の部屋でごろごろしていることが多かったんよね。1回生の冬はゲームセンターのバイトずっとしていて、大学の友達よりそっちの知り合いといるときが多くて、このアルバムとかも衣笠大学のやつと酒飲みながら聞いた記憶がある。まあ酒飲みながらだらだら話するっていうのは大事よね。大人になるとなかなか難しい。

 

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