授業中うつぶせで寝るのは勘弁してください

授業中眠くなったり寝てしまったりするのは授業がヘタでおもしろくないのででしょうがないのですが、「寝るぞ!」とうつぶせで寝るのだけは勘弁してください。

学生様はどうも高校の授業とかでうつぶせで寝たりしても放っておかれたりした経験があるようで、まあ私語して他の人の邪魔されるよりは寝ててくれた方がいいか、みたいなことを考える先生もいるかもしれませんが、やっぱり態度として非常によくない。

そういうのは、まあまわりの人間に対して興味がない、どう見られようがかまわない、特に講壇でしゃべっているあいつが嫌いだ、あまりのおもしろくなささに抗議する!という意味になりますわね。少なくとも「お前は私と対等な人間として認めない」みたいな意思表示になる。

うつぶせになって「いざ、寝るぞ」と思っても実はよく眠れないものです。

いねむりというのは、眠いのを我慢に我慢を重ね、無理な姿勢でこっくりこっくりするのが気持ちよいのです。あの「ガクっ」という感覚の甘美さを堪能するために、うつぶせになるのはやめましょう。

クラスに参加するとは

高校までの授業と違い、大学では自分で積極的に授業に参加することが求められます。「求められる」というのは、「道徳的にそうした方がよい」とか「そうしないのはダメな大学生だ」とかという意味ではなく、「あなたの利益のためには授業に積極的に参加しなくてはならない」、「そうしなければ損をする、大学に来る意味がない」、という意味です。

基本的な心構え

大学教員の実態

だいたい、大学の教師というのは教師としての教育を受けていないし、 スキルも身につけていないのです。大学教員になるには、(1)大学院に進学して自分の学問分野で研究して論文を書く、(2)官公庁企業その他で業績をつむ、の二つの道がありますが、どちらも「教育者」としての訓練を受けることはほとんどありません。実際私は教員免許すら持ってませんし、教育実習を受けたこともありません。

小中高の教師は授業研究などで技術を磨くわけですが、 大学の教員の授業を他の教員が覗くことはまったくありません。もちろん他の教員の授業を見学することもありません。

ついでに言うと、大学の教員になっている人間が大学在学中にまじめに授業に出ていたかというとそういうこともありません。私自身は学部の講義の授業はほとんど出ませんでした。つまり、わたしは大学の講義とかそういうものをまともに経験せずに授業しているのです。

つまり、大学の教師は研究のプロかもしれませんが教育のプロではないし、授業というものがどういうところもわかっていない可能性があるのです。小中高の教師はそれなりの教育を受け訓練を受けているわけで、教師としてのスキルには大きな差があります。

さらに悪いことに、大学教員というのには一般に勉強する動機がありません。いったん大学に就職してしまえば、勉強したり論文書いたりしなくても自動的に給料はあがっていきますし、クビになることはありません。特別なことがなければ、誰も教員の業績を審査したりすることはないのです。したがって、就職したあとはぜんぜん勉強しないで毎日を過ごしているひともけっこういるのです。

そういう教師に大学生は教育を受けるわけです。あなたたち学生はちゃんと自衛しなければなりません。

授業内容

大学の授業内容は完全に教員にまかされています。高校までは文科省や受験による縛りがあって、「これこれのことを教えなければならない」とほぼ決まっているわけですが、大学ではそういうものはありません。教員が適当に教えやすいもの、興味があるものを取りあげていることがほとんどです。もしかしたらあなたが教えられていることはまったくの間違いかもしれません。

大学の授業

ではどうしてそういう状態になっているのでしょうか。基本的に大学というのは学生が自分でなにかを「研究」する場所なのです。高校までのように口を開けて何かを教えてもらうのを待っている場所ではありません。

だから講義よりも演習形式の授業の方がはるかに大学らしい授業なのです。高い授業料を払っているのですから、自分なりに大学を有効に利用しましょう。そのためには授業を自分で動かすつもりがなければなりません。黙って聞いているだけの人はそれなりのものしかもらえないのです。結局大学というのは自発的で能動的な人は得をして、そうでない人は損をする場所なのです。

人間は議論を通して進歩する / 協力しよう

まあそういう大学教員の問題はおいておくとして、
人間というのは議論を通して進歩するものだと思います。
自分の考えを他人に説明できるようになって、はじめて自分がどう考えているのかを
理解するということはよくあることです。ちゃんと考えるためには、他人から
批判を受けることが必要なのです。自分の説明のどこがわかりにくいのか、自分の考えのどこが伝わりにくいのかは、やっぱり他人に教えてもらわないとわかりません。

だから、他の人の発表に積極的に質問したり意見を述べたりするのは、
そのひとに対する協力の意志と敬意の表明でもあるのです。なにもコメントしないのは
その人を無視しているようなものです。

実際、「学会」とかってときにひどい発表のときには
なにも質問が出なかったりして非常にサムいときがあります。「質問するにも
値しない」と思われてしまってることがはっきりしてしまうわけですね。

具体的には

授業評価はちゃんとする

さすがに最近はそういう大学教員の授業のあり方に対して批判的な意見が出てきて、文部科学省の音頭で学生による「大学評価」「授業評価」をする方向に進んでいます。その手のアンケートは非常に重要ですから、教員をちゃんと評価しなくてはなりません。よい授業はよい、ダメな授業はダメとはっきり主張しなければなりません。

自分が喋れば眠くない

だいたい、他人の話を30分も1時間も黙って聞いているというのは非人間的です。私自身は1時間だまっていることは不可能です。でもなにか一言でも発言すれば目も覚めるし、内容にも関心が持てるようになるものです。

感想を伝えろ

とにかく何か感想を述べましょう。「〜がおもしろい」「〜はよくわからない」「〜は知らなかった」「〜は勉強になった」「いまの話が私の人生とどういう関係があるのですか」とか

質問しろ

大学では何を質問してもかまいません。教員があなたにわからないことを喋っているのなら、それはあなたが悪いのではなく教員の説明が悪いのです。すぐに質問。「〜〜って何ですか?」。

もちろん、あなたに基本的な日本語の能力がない場合はかなり問題です。わたしは以前「枚挙」という言葉がわからないという質問を受けたことがあります。さすがにそういうのまで面倒を見るわけにはいきません。電子辞書を用意しておいて、わからない言葉はすぐに辞書をひきましょう。

教師を信じるな、批判しろ

上で述べたように、大学教員というのは資格もなければ審査もなく、勉強をつづけているかどうかもわからない人間です。そういう人々を無批判に信じこんではいけません。「おかしい」と思ったらすぐに質問するなり糾弾するなりしましょう。セクハラ発言も許してはいけません。議論を挑むのだ。

わからないことはわからないと主張しろ

教員の授業や、他の学生の発表がよくわからないときは、あなたが悪いのではなく教員や発表者が悪いのです。

「間違い」を恐れるな

まともな教員は、少なくとも演習形式の授業では学生に意見を求めます。何も話すことができない学生もいます。でもそりゃもったいない。へんなことを言ってもそれはそれでいいのです。間違ったり奇妙なことを言っても大丈夫なのは学生の特権です。どんどんヘンなことを言ってみましょう。その方がクラスも盛り上るものです。

何も言うことがないときに便利な表現

なにも質問や意見が思いつかないときがあるかもしれません。そういうときは決まり文句を使いましょう。

  • 「〜のところをもうちょっと詳しく教えてくれませんか?」
  • 「おもしろかったです。〜についてもう少し詳しく話してもらえませんか?」
  • 「〜という人は〜と言ってました(書いてました)が、それについてはどう思いますか?」
  • 「結論としてはどういうことになるんでしょう?」

具体例

次のような文章の一部があります。

野田正彰・関西学院大学教授(精神病理学)が教えてくれた。大学で講義をしていても、話した内容を鵜呑みにするだけで、深く考えることを忌避する学生が年々増えてきたという。

「このテーマについてどう思う、と尋ねると、「思うってどういうことですか」。あなたの考えを聞いているんだよと返すと、「私に考えはありません」なんて会話をさせられることが珍しくないんです。「私は小さい頃から先生に評価されるように、どう答えたらよいかということに励んできたので、いい成績を取ってこれたのです。それで難しい大学に入ってこれたのだから、それでいいじゃないですか」って。絶句しますよ。」(後略)(斎藤貴男『安心のファシズム』岩波新書、2004、p.98)

微妙な文章と談話ですね。あなたがこういう文章を読まされたとき、どういう反応をすればよいのでしょうか。私だったら次のようなことを考えます。

  • 「深く考える」てそもそもどういうことかわからない。なにを考えたら「深く考える」ことになるの?
  • 「年々増えている」っていうけど、なんか証拠があるんだろうか。昔からそうだったんじゃないの?
  • 「鵜呑みにする」っていってるけど、鵜呑みにしている証拠はあるんだろうか。他人があることを鵜呑みにしているかどうかはどうやってわかるんだろうか。野田先生の勘違いじゃないんだろうか。
  • 「このテーマについてどう思う」とか質問されても困っちゃう。質問が漠然としてるんじゃないかな。「あなたの考えを聞いている」と言われても困る。教師はもっともっと具体的なことをたずねるべきなんじゃないだろうか。問いの前の説明なり興味の引きかたなりがまちがってるんじゃないのか。まったく興味のない教師から、「私についてどう思いますか」と問われてもなんとも思ってないことは多いだろう。
  • 「私に考えはありません」は日本語としてかなり危ない感じだけど、ほんとうに文字通りこう答えたんだろうか。野田先生がそう解釈しただけなんだろうか。
  • 「珍しくない」ってのはどの程度の頻度だと珍しくないんだろう。1年に1回?
  • そもそもこの学生(やその他の「珍しくない」学生たち)と野田先生の間の関係がうまくいってない、という可能性はないのかな。
  • 野田先生の言うことに反感を感じたり、だめな教師だと思っているけどそれを言うのは気の毒だし喧嘩になると面倒だから言わないですまそうとしている、ということはないのかな。
  • 「私は小さい頃から〜」とかすばらしい洞察と表現力じゃないか。こんなこと言える学生のどこが「深く考えることを忌避」してるんだろうか。
  • とりあえず他人が「深く考えない」とか考えているひとこそ「深く考えてない」可能性はないのかなあ。私は自分が「深く考えている」なんて思えないけど、こういう人びと(斎藤貴男や野田正彰)は「深く考え」ているんだろうなあ。偉いものだなあ。

まあ演習とかでは、こういう思いついたことを勝手に口に出してもよいのです。私が「この文章についてどう思う?」とかって漠然としたどうしようもない質問をしたら、上を参考にして適当に答えてください。

補足

あと、少人数授業のちょっとしたティプス。

  • 友達とは離れて座ろう。近くに友達がいるとつい思いついたことを
    小声で友達に話してしまいます。もったいない。

授業中のグルーミングはやめましょう

動物はしばしば社会的グルーミングというのをします。あの猿がよくやってるやつ。なめたりノミをとったりして、お互いの体をきれいにするやつですね。これは社会的な動物では重要な儀式で、仲がよいことを確認したり紛争を解決したりするらしいっす。

人間やチンパンジーを含む霊長類はこのグルーミングが好きなんですね。人間は特に複雑な対人関係を処理しておかなきゃならんのですが、1対1でのグルーミングは時間がかかるんですわね。友達が10人いるとして、30分ずつグルーミングしたら5時間もかかっちゃう。そういうわけで人間は体をグルーミングするかわりに、いろんなおしゃべりをしてグルーミングのかわりをしている、とかそういう話を読んだことがあります。ロビン・ダンバー先生の『友達の数は何人?』か、『ことばの起源:猿の毛づくろい、人のゴシップ』のどっちか、あるいは両方かな 1) ロビン・ダンバー『友達の数は何人?』、インターシフト、2011。ロビン・ダンバー『猿の毛づくろい、人のゴシップ』、青土社、1998

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友達とたいしたことを話すわけじゃなく、細かいことをいろいろ確認したりするのもまあ友達であることを確認するためなんでしょうな。「あなたを気づかってますよ」「お互いに協力してるわよね」みたいな。

まあ生きていく上で友達は重要なのでどんどんおしゃべりとかして友情を深めたらいいと思うんですが、授業中にこれやられるの困るんですわ。なんかあると「課題なに?」「プリントこれでいいの?」「え、先生なんて言った?」「なにしろって?」とかやるのはどうですかね。私語はやめてください。もし指示がわからなかったりしたら、他にもわからん人がいるでしょうから、大声で「わからん!」と叫べばいいのです。

個人的には、教員として私がなにか尋ねかけたりすると隣りの子に「え、なんて答えよ?」みたいに相談する態度とられると非常にカンにさわります。私はあなたに話しかけているのであって、あなたとそのグルーミング友達ののグループに話しかけているのではない。

「自分はまちがっているのではないか」「ここでどうふるまったらいいかわからない」とかっていう自信のなさに苛立ってしまいます。もっと自信をもて!話しかけれれたりしたらすぐにその相手に反応すりゃいいわけです。

少人数のゼミとかでも隣の子とこそこそ話しをするのは非常に印象が悪いですね。これはおそらく教員だけじゃなくて、他のゼミの学生さんにも印象が悪い。10人ぐらいの少人数のところでさらに少人数で話をするっていうのは、グループの中にグループを作ってしまうことで、他の人々に対して敵対的であるとみなされてもしょうがないんですわ。

まあそういうふうにして親しい友達と細かいことで細かくコミュニケーションしてグルーミングしたい、っていう欲求はよくわかるんですが、そういうのを公の場所でやるのが大人としてだめなんよね。そういうグルーミングはテレビとか見ながらやるもんであって、他人から見られているところではかっこ悪い。

けっきょく大人になるということは物事を一人で決め行動することができるようになる、ってことです。カントという偉い哲学の先生は「啓蒙というのは大人になることだ、他人に一々相談しないで、自分の頭でものを考えられるようになることだ」って言ってます 2) カント、『啓蒙とは何か』、岩波文庫、1974。 。大人であるはずの大学生がいつもいつも隣の子とこちゃこちゃ相談しているのを見るのはうんざりなんですよ。時々叩き出しちゃいます。グルーミングの時間じゃないんだから、授業では友達とはあえて離れて座りましょう 3) どうでもいいですが、私はある大学でグルーミングじゃなくてペッティングしている人たちまで見たことがあります(もちろん弊社ではありません)。けっ、けだものっ!恋人とも離れて座りましょう。  。

まあいつも就職の話になっちゃいますが、年がら年中お友達と相談して決めててどうすんのよ。けっきょく企業だって自分でその場で判断しすぐに行動できる人を求めてるに決まってるでしょ。グルーミングは休み時間にゆっくりやってください。友達とカフェでゆっくりするのもいいですね。家で飲み会するもよし。

References[ + ]

1. ロビン・ダンバー『友達の数は何人?』、インターシフト、2011。ロビン・ダンバー『猿の毛づくろい、人のゴシップ』、青土社、1998
2.  カント、『啓蒙とは何か』、岩波文庫、1974。
3. どうでもいいですが、私はある大学でグルーミングじゃなくてペッティングしている人たちまで見たことがあります(もちろん弊社ではありません)。けっ、けだものっ!恋人とも離れて座りましょう。

授業中の私語・飲食・トイレ

私語厳禁

授業中の私語は絶対に禁止です。コソコソしゃべるのは、教員もまわりの人もかえって気になります。人間の耳ってのはそういうふうにできてのね。私自身、ちょっとした物音に敏感で、特に話し声がすると気になって集中することができません。大学の入学や授業料にはみなさん自身や親御さんの大金がかかっているのですから、他人の学習を妨害することは絶対に許されません。

授業で聞きのがしたことを隣の人に尋ねるのは最悪です。しゃべってる間、あなたもその隣の人も教員が続けてしゃべってることを聞くことができないわけですから、もともとあなたが聞きとれなかったら被害者1名、でもあなたが隣に聞くと被害者2名で、さらに、まわりの人20人もあなたたちのこそそこ話が気になり、次を聞き逃がすことになるでしょうから被害はどんどん広がります。教員はなにかとてつもなく恥ずかしいことをしゃべってしまったのかと気になって集中力をなくしてしまいます。

学生を黙らせられない教員はコソコソ話やガヤガヤに対抗するためにマイクのボリューム上げて、ますますうるさくなったりね。そういう悪循環は絶対に止めなくてはなりません。

もしなにか重要なことを聞きそびれたと思ったら、手をあげるなりなんなりしてもう一度説明してもらってください。説明や指示の下手な教員は多いので、そういう質問や要求はまったく正当です。

授業中友達とは離れる

なぜ私語してしまうのかというと、友達が隣にいるからですね。人間ってそういうもんなんです。近しい人が近くにいるとしゃべらずにはいられない。大人数の講義なんかだと、テレビをいっしょに見ているつもりで隣の子としゃべってしまう。

それで教員の指示とか大事なポイントとかあを聞きそこねて、また「え、いまなんて言った?」「えー、わからんかった」「〜ちゃんわかった?」とかやってまたさらに次の指示を聞きのがしたりする。そういう生活は馬鹿げています。

友達といつもいべったりくっついているのは気持ち悪いものです。実際には皆、「それほどべたべたしたくないなあ」とか思いながら、なんか一人でいるのが不安だからくちゃくちゃやってしまうのですね。日常生活ならそれはそれでしょうがないのかもしれませんが、授業中ぐらいは席一つ分ぐらい離れていましょう。別に一つ席を空けても仲悪くなったりしません。むしろお互いに解放されてほっとするはず。授業の感想は終ってから「あんとき〜先生〜とか言ってたやん」「笑かす。スーツの柄もひどすぎ」とか話すためにとっておけば、無駄話(友達づきあいでは重要)のネタにもなる。
私自身は、大学1、2回生のときはほとんど大学行かなかったので私語するチャンスはなかったし、3、4回生になって大学に戻って1、2回生用の授業に出たときは友達いなかったのでやっぱり私語できませんでした。3、4回生向けの授業は少人数なので先生やクラスの人とおおっぴらに雑談するのが楽しかったし。

まあ逆に、「昨日のコンパどうだったん?」「ぜんぜん〜。でもそのあと〜が〜して〜っていうから〜したら〜」とか 誰もが聞こえる大声 でやってくれたら皆楽しめるので1回ぐらいそうしてください。私も聞きます。

携帯は電源切ってカバンへ

授業中は携帯をいじってはいけません。授業に出ているときに返事しなきゃならないほど緊急なことはあなたたちの生活にはめったにありませんし、あったとしたら授業なんか出てないでその件に集中した方がずっとましな結果になります。自分が話をしているときに友達がふんふん言いながら携帯いじってたらいやでしょう?

まあ馬鹿な大人や大学教員のなかにも、仕事中や会議中に携帯鳴らしたり、ぽちぽちいじってたりする人はいるのですが、そういう人は徹底的に軽蔑されています。

授業中の飲み物・食べ物

これはかなり微妙な問題かもしれません。私はまったく気になりませんが、教員によっては非常に嫌うようです。今日読んでみた藤田哲也先生は『大学基礎講座』(北大路書房)という本で、

授業は先生(=教える人)と学生(=教えてもらう人)によって構成されています。みなさんは、教えてもらう立場の人間です。・・・ジュースやお茶などをグビグビ飲んだり、お菓子をつまみながら、先生の話を聞く、というのはどうでしょうか?「学ぶ立場の人間の姿勢として」不適切だとは思いませんか?

とおっしゃっておられます。でも私はこういう発想はしません。むしろ、喉渇くのが非常に気になる人間で、1時間半なにも飲まずにいるのはかなり苦痛なので、授業中も研究会などでもペットボトルの水を飲むので、学生さんに飲まない方がよいというつもりはまったくありません。むしろ適度な水分は落ちついた勉強に必要だと思う。

甘い飲み物は飲めば飲むほどますます喉が渇くのでまったくおすすめしません。美容にも悪いです。オレンジジュース1パック200mlで94kcalぐらいあるので、ごはん0.6杯分ぐらい。かなり凶暴だと思ってください。とにかく糖分はあんまりよくないです。水が一番ですな。

おそらく食い物はかなりまずいねえ。喉がかわくってのは理解できるので水飲むのはわかるんですが、授業中延々ご飯やお菓子食べる理由はないもんね。お腹が空きそうなときは、休憩時間にカロリーメイトかオニギリかなんかをつっこむとよい。落ちつきます。チョコ系統も一時的に気分を上げるにはよいのですが、お腹空いてるときに甘いもの食べると余計にお腹空いたり気分悪くなったりすることがありますね。スナック菓子は最低ですわな。美容にも非常に悪いです。

あ、上の藤田先生の本はノートのとりかたやらレポートの書き方やら懇切丁寧に書いてあるので、ぜひ一読してみてください。私とかとちがってまじめな人です。私は大学教員のなかではかなり下品で無礼な部類なので、こういうお説教もどきの文章をまに受けてはいかんです。正しい本で正しい知識や礼儀作法を身につけてください。

トイレ

授業中どうしてもトイレに行きたくなることがあります。わざわざ「先生!トイレ行っていいですか!?」とか聞くのは恥ずかしすぎますね。でもそういうのはしょうがないことなので、我慢してはいかんです。病気になります。

方法があります。授業中立ちあがると、教員がふつう気づくので、目があったら軽く目礼や会釈してそれらしい感じで手ぶらで出ていけばいいのです 1)「トイレに行きたいポーズ」とかはとる必要ありません。 。あ、ポーチとかもっていってかまいません。でももちろん携帯を手に持ってると、携帯に出るために外に出るのかと怒鳴られます。立ちあがるタイミングは教員がそっちを向いている時がいいですね。

こういう軽い挨拶は一般に非常に重要で、教員をまったく無視して立ちあがって出ていくと何事があったのかと驚きます。こういうコミュニケーションは重要なんですね。どういう場合も他人を無視するのはだめです。

結局最初の私語の件もそういうことなんよね。誰かが話をしているときに私語をするってことは、他人を無視していることなわけです。教員を無視して私語するとスネるわけです。周りの学生を無視して私語してればまわりが腹たつわけです。そういうのは絶対にダメ。

References[ + ]

1. 「トイレに行きたいポーズ」とかはとる必要ありません。

質問の仕方 (1)

質問・コメントする

ゼミや少人数の授業で、「質問・コメントはありませんか」というときになにも発言できないってのは悲しいことです。

誰かの話を聞いてなにも尋ねたりコメントしたりすることがないってのは、けっきょく、「私はあなたに興味ありません」「聞いてませんでした」「どうでもいいことです」という否定的な態度を表明することにもなります。

「あなたの発表を聞きました」「あなたの考え方に興味があります」という態度を示すことにもなります。なんか口出しできるようになりましょう。

とにかく三つの質問ができるようになればよい。チェックして質問するのは、まず次の3点です。

  1. 使っている言葉の意味ははっきりしているか?曖昧ではないか?分からない言葉は説明してもらおう。
  2. 主張に具体性があるか?具体例を提出しているか?それは適切か?
  3. 発表者は独断的ではないか?証拠はあるか?その証拠はどこで手に入れたのか?根拠は提出されているか?

詳しくは野矢茂樹先生の『論理トレーニング』(産業図書、2006)の第10章「批判への視点」の10.1「質問への視点」を読んでください。

何も言うことがないときに便利な表現

なにも質問や意見が思いつかないときがあるかもしれません。そういうときは決まり文句を使いましょう。

  • 「おもしろかったです。〜についてもう少し詳しく話してもらえませんか?」
  • 「〜という人は〜と言ってました(書いてました)が、それについてはどう思いますか?」
  • 「結論としてはどういうことになるんでしょう?」

→ 質問の仕方 (2)