授業準備(2) そもそも授業の目標とかも考えないとならんのだが

順番逆になったけど、まあ授業するときにいったいなにを目指すのか、っていうのは、これは難しいっすよね。特に哲学系の1、2回生向けの一般教養的な授業とかってのはもうなにやればいいのかさっぱりわからない。実は非常勤で仕事はじめて20年たっても、いまだにわかってない。

これ考えはじめると頭痛くなるわけです。「哲学や倫理学を大学で教える意義はなにか」みたいな抽象的な話は苦手だし。まあ今考えてるのはこんな感じ。

倫理学。ふつうの教え方はどうなんすかね。歴史的・学説史的にやるならソクラテス→プラトン→アリストテレス、ホッブズ、ロック、ルソーと社会契約説やって、ヒュームやってカントやって、功利主義やって、実存主義っぽいのに触れて、あとロールズとかそこらやってみたいな?

まあそういうのはあまりに古くておもしろくしにくい。ちょっと前の私はレイチェルズ先生の使って、(1)ソクラテスやって導入して、(2)相対主義やって主観主義やって利己主義やって、まあ道徳は完全に主観的なものでもないし利他性がポイントだよね、ってやって、(3)功利主義やって、(4)功利主義に不満な人もいるよってカントやって、(5)この功利主義とカント主義の対立みたいなのに最近はケアや徳倫理が注目されてる、って感じにして、(6)道徳的である理由はあるか、みたいなので終る、ぐらい。

これはわりと標準的でまあ別に悪くはないんだけど、学生様がピンと来ているのかどうかなんか不安なところがある。最近考えてるのは、むしろそういう「〜主義」とか歴史的な説明よりは、「幸福」とか「義務」とか「権利」とか「自由」とかそういうキーワードを中心にして具体的な話とからめてやった方がいいんだろうな、みたいな感じですわね。そもそも私、現在の標準的な倫理学の授業とかが、社会とか権利や義務といった堅苦しい概念が中心になってるのが不満で、ふつうの大学生には義務の話はまだ早い、みたいな感じがある。もっと個人的な幸福とかそういうのについて考えて、そっから協力とか権利とか義務とかにつなげたいと思ってるです。まあそういう感じでやろうってんで考えてはいる。

もう一つ担当している「応用倫理」ってのはこれはもうその年に関心あることを適当にやらせてもらってる感じ。定番はネットのプライバシー、知的所有権、中絶、動物、死刑、言論の自由とポルノ、性の商品化、貧困援助あたり。あと年によって2個ぐらい入れる感じ。浅いけどそれでいいと思ってる。

今年は他に「生命倫理」があって、これは完全に「教養」科目だし、児玉聡先生のマンガテキスト使わせてもらって楽しくかつ暗くやるつもり。

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まだある。

1回生向けの「社会思想」ってのから名前が変わった「現代社会入門I」っていうのは、さっき資料作ってるって書いたやつなんですが、まあこれは本当に大学授業全般のイントロダクショみたいなもので、高校の「現代社会」や「倫理」の一部を復習する感じですわね。意図としては、今の国家なり社会なりがなんでこういう形になってるかっていうのをいわゆる「思想」の方から紹介するっていうもの。「今こういう社会になってるのは偉い人々がいろいろ考えたからです」みたいな。もちろん世界は思想によってできてるというよりは歴史によってできてるわけだけど、高校「世界史」に対応するやつは別に新設してもらった。まあ18世紀以前の「思想」はすごく遠い感じだけど、19世紀は20世紀・21世紀と地続きでおもしろいですね。

あとなんかな。後期のことはまだ考えてないけど教養科目で「恋愛の西洋思想史」みたいなのもやる予定で、これはまあ教養っぽい話。これは3回目ぐらいで、これも資料プリントするのたいへんだから今年は夏休みにまとめて印刷してしまおう。

非常勤で衣笠でやるのは英語読むやつだから、いろいろ読んでみんなで訳文つくってみたい。どれくらいできるかやってみないとわからん。もし成果が出れば、なんかの形で公開できるようにできないだろうか。

御所大学でやるのは3回生向けだしかなり特殊なものだから完全に好きなことやるつもり。わりと楽しみ。特殊講義というのは内容も教員も特殊です、特殊芸人とか特殊マンガ家とかと同じ、とか。ははは。あれで告発されないように十分気をつけないと。

自分がやる講義関係はそういう感じかな。演習っぽいやつはもうやりながら考えるしかない。

授業準備(1) 資料集作ったり

もう焦って授業準備しないとね。

今年はいろいろ新しい授業があって、まあまた試行錯誤しながらやるわけですが、そのための資料とか集めとかないとならない。面倒くさいけど教員としては楽しい時期でもあります。教員にとって授業準備のときこそ自分が教員だと思うし、研究者もどきであることを確認する作業でもある。

授業準備で一番面倒なのが教科書の選定とプリント作りですわね。私が担当している講義とかではあんまり適切な教科書が見つけられない。倫理学とか、私がふつうの大学の1、2回生用の教科書に使えると思ってるものは現在のところジェームズ・レイチェルズ先生の『現実を見つめる道徳哲学』ぐらいしかない。哲学や倫理学とかで教えられてる内容っていうのはほんとうに教員によって千差万別でしょうな。もっと標準化された方がいいと思うんですけどね。まあそもそもそういった講義でなにを目指すかってところから考えないとならんとは思う。

今ちょっと集中してやってるのは1回生向けの社会思想関係の授業で、これはまあだいたい各種の社会科学系学問がどういうふうにして成立してなにをやってるのかとか、政治思想の基礎みたいなんをやることが求められてるんじゃないかっていう気がするので、まあわりとはっきりしている。社会思想・政治思想みたいなのは教科書はけっこう多いんですが、ただまあ、あんまり弊社向きじゃなかったり、高かったりして1)1回生向けとかは2000円超えたら使えない感じ。使いにくいこともある。

この授業は信頼する某君と2人でやってる授業なので、今年は「んじゃ二人で共通に使う原典資料だけあらかじめ刷っておいてしまおうか」みたいな感じで抜粋集みたいなんつくってます。これまあ本当は著作権とか面倒なんだけど、今年はパイロットということで許してもらおう。こんな感じのを作ってるです。

つくりかけ資料集

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References[ + ]

1. 1回生向けとかは2000円超えたら使えない感じ。

服装・身だしなみ(3)

服装・身だしなみ(1) / 服装・身だしなみ(2) の続き

服装と身だしなみについて書きたいのは実はまあそういうことというよりは、そういうものが学生様に与える印象と、我々自身に与える影響の二つだったんですが、まあ面倒になったからもうやめよう。

学生様にとっては、教員の服装はやっぱりけっこう重要だと思います。これは私の主要なお客様が女子大生だってことだけではない。男子学生様にも重要だと思う。

やっぱり我々は服装に非常に敏感なんすよ。私のように服とかってものにほとんど注意を払ってない人間でも、意識しないで服装に圧倒されたり、あるいは誰かを見くびったりしている。

ちゃんとした服を着ている人はちゃんとした人だと思うし、ちゃんとしてない人はちゃんとしてない人だと思う。そしてそれがまちがうケースっていうのはそれほどない。ちゃんとした服を着ている人がインチキなことはけっこうあるけど、ちゃんとしてない人が実はちゃんとしている場合はそれよりずっと少ない。やっぱりだらしない格好の人はなにをやってもだらしないです。私も。

教員がわから学生様を見るときだって、実はそういう判断しているじゃないですか。一時期いた腰パンずるずるの学生様とかがまじめに勉強している、なんてのはほとんどない。もちろんそういうルーズな服装をしている人々のなかにも優秀な人はいるし、よい人も多い。私もそういう人を目指している。でもそういう人々も、基本的にはあんまりきちんとしている人々じゃない。もちろん例外は多いにしても、けっきょく印象ってのは重要です。我々はそれによって動いている。

そういうきちんとしてない人が、授業で「課題レポートは形式をきちんとしてください」とか言っても、やっぱり迫力がないっすよ。きちっとしたものを求めるには自分自身がきちっとしてないとならない。私がルーズな服装をしながらきちっとしたレポートを求めたりしているのはまったくの失敗でしたし、傲慢でさえあったんじゃないかと思います。

とにかくまともな服装をしているのは学生様からディスられる可能性をちょっと下げ、信頼される可能性をちょっと上げる。ぎりぎりで生活し仕事している我々に、わざわざハンデつけてる余裕はない感じ。

もうひとつ、我々自身に与える影響ですが、ひとつはやっぱりルーズな服はルーズな気分になるってのがある。そしてもうひとつ、社会的地位の低い服装はやっぱり自分を社会的に低い身分だと思わせてしまうところがある。逆に、自分に自信のないときにはまともな服を着ることはできない。ちゃんとした服装をするには自分に自信をもたねばならない。

でもまあ服とか化粧とかそういうのは、実は自分に自信をつける手段でもあるわけです。自信は意志ではどうにもならないけど、服ぐらいは工夫すればなんとかなる。なんとか服とか整えたら、自分に自信がつくものです。

今回の騒動である女性マンガ家1)『江古田ちゃん』の瀧浪先生。さすがだと思いました。が、挫折したイランの女性が化粧やエアロビで自信を回復した、っていう話を紹介しているのがあったのですが、あれは感心しました。実際、化粧セラピーみたいなのはあるようですね。数年前そういうの卒論で書いてくれた学生様がいたのですが、老人になっておしゃれとかできなくなって暗い生活をしている人に、お化粧しましょうっていっていろいろやると元気になるとかそういう話。我々にはそういう側面があるんだと思う。

どうしても大学教員とか研究者とかやってると自分に自信がなくなりがちなものです。学生様は話を聞いてくれないし指示通りに動いてくれない。そもそも自分は学生様に嫌われてるようだ。研究ではすごい人々がいっぱいいて、自分が書くものなんかなんの意味もないような気がする。学会や研究会でも圧倒されっぱなしで、下手するとやっつけられる。

でもそういうときにこそ、身なりぐらいぴしっとしてみたいものです。

フレッドアステア先生にShine on your shoesっていう歌があって、気分が悪いときには靴を磨こうってことらしいです。大事なことだってことがやっとわかってきました。

When you feel as low as the bottom of a well
Can’t get out of the mood
Do something to perk yourself up
Change your attitude
Give a tug to your tie
Put a crease in your pants
But if you really wanna feel fine
Give your shoes a shine

When there’s a shine on your shoes,
there’s a melody in your heart,
With a singable, happy feeling,
What a wonderful way to start to face the world every day
With a “deedle-um-dee-di-di,”
little melody that is making the world go by.

When you walk down the street with a happy-go-lucky beat,
You’ll find a lot in what I’m repeating
When there’s a shine on your shoes,
there’s a melody in your heart
What a wonderful way to start the day

いやまあ結局私はやっぱり服には興味ないし、いまさら方針変更も無理だし、やっぱりルーズな服装が好きなのでそういう感じで生きていきますが、そういう道もある、というはわかった気がするし、そういうをもっと早く意識してたもっと違った人生、ちがった教員生活、ちがった研究生活もあったかな、みたいなことは考えます。みんないろいろ試してみてください。私が言えるのはそれくらい。無念じゃ。

これは読む価値があると思うです。

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References[ + ]

1. 『江古田ちゃん』の瀧浪先生。さすがだと思いました。

服装・身だしなみ(2)

→続く

まあそういうことがあって、ちょっと服装について考えた時期がありますた。

実際、よく考えてみると教員っていうのは人前に立つ仕事であって、どういうふうに見えるかっていうのは実はすごく重要なんですわね。特に研究大学ではないところではけっきょくチョーク芸人なわけで、それなりの衣裳をそろえないとならないのかもしれない。

若いころはまあ「百万遍大学出のだめな兄さん」ぐらいで許してもらえても、年とってくるとそれではだめ。そもそも気をつけてると実は弊社の男性職員はちゃんとドレスコードみたいなのあるみたいだし。「この夏からクールビズなので、ネクタイ締めてはいかん」え、いままでは締める約束だったのか!それでみんなちゃんとしているのか。教員はそういうの知らなかったよ!やばい。

いくつか本読んでわかったことをちょっと書いておくとこんな感じ。

  • スーツにネクタイが一番無難。とにかく困ったらスーツ着ておけばいい。男はスーツさえ着てればなんとかなる。
  • スーツで一番重要なのはサイズ。袖丈とか肩幅とか合ってないとおかしい。つり下げなら何度も試着しないと合わないのがふつう。そもそも私「サイズが合う」というのがどういう状態かさっぱりわかってなかった。一回洋服屋で測定してもらって作ってもらうといい。
  • お金ないときは吊り下げでもしょうがないけど、一回5、6万円の安いのをパターンオーダーとかで作ってもらうといい。するとほぼぴったりのを作ってもらえるので、それが基準。お店は怖いけどがんばる。
  • シャツはもちろんちゃんとアイロンする。ははは。
  • ネクタイもそこそこのものを買って、結び方をおぼえる。女子とかはあれけっこう見ている。実は結び方でそのひとの細かいことをする能力がわかる。私はいまだにできない。
  • ヒゲは毎日剃りましょう。鼻毛も絶対に伸ばさないこと。
  • 人々は靴もすごく見ているのでスニーカーはだめ。
  • いやはや、50年近くそんなこともわかってなかったのか、みたいな世界。いやほんとにわかってない人は多いと思いますよ。私はぜんぜんわかってなかった。

まあこういうのは私が書いてもムダですわね。

本はねえ、ファッション誌とか見てもぜんぜんわかんないじゃないですか。なんかゴタクが多くておもしろくもないし。

とりあえずこれでいい。

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もうちょっと理詰めで行きたいタイプはこれも。

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最後はこれぐらい。

成功する男のファッションの秘訣60 9割の人が間違ったスーツを着ている

服装・身だしなみ(1)

このエントリ書いてる時点で、会社での服装その他について、あるCMをきっかけに炎上しているんですがそういうのとは関係なく。

まあ仕事するときの服装っていうのはむずかしいっすね。私自身は服ってのものにずっとなんの関心ももたずに生きていて、まあ寒くなければいいなあ、程度。悪名高い百万遍大学で、貧乏でお金もなかったしでぜんぜん服とか気を使わず、それだけでなく髪やヒゲをちゃんと手入れする習慣もなく、寝癖無精髭あたりまえ、みたいなのでずっと生きて決ました。

でも世間様や学生様はそれでは許してくれないかもしれない。

そういうことに気づきはじめたのは、学生様の就活の応援についていろいろ考えはじめた頃で、ああいう局面では見た目の印象というのはおそらくすごく重要なんですよね。美人かそうじゃないか、とかそういう問題ではない。要はきちんと服を着ることができる人は仕事できそうな印象がある。そしてそれは印象だけではないかもしれず、実際に服や身だしなみをソツなくやってる学生様は他のことをやらせてもソツなくやってくれる傾向がある。まあそれも私の「印象」にすぎないけど。

でもそういう「印象」はすごく重要なんですわね。

私が好きなのはジーパンにシャツにジョギング用のスニーカーみたいな服装。もう楽ならなんでもいいや。髪やもみあげ、ヒゲなんかもほったらかしのときが多くて、基本的にだらしない印象。そういうだらしない服装をしている人は、やっぱりやることなすことだらしがない。私のだめさについてはネットとかでよく見てくれていることだと思います。タバコも捨っちゃうし。部屋もぐしゃぐしゃだし。

まあだらしないのはそれなりの魅力があって、別に意識しているわけではないにしても、だらしないけど実はいい人、実はできる人、みたいなのを目指しているわけですね。昔の『美味しんぼ』の山岡さんとか、ああいう感じ。そいういう人も社会には必要だ。

でもそれも場合によりけりでねえ。服装にだらしないひとは、それに見合うなにかをもってないとならない。隠されたすごい能力をもってるとか(山岡さん)、明るくてかわいいとか、とにかくポジティブでフレンドリーだとか。

たいした長所や能力もないのに表情が暗く、人見知りしていつもネガティブなことを言っていてかつ見た目が汚い、とかっていうのはもうだめ。さらに早口で難しいことを言い、一人でわけわからない冗談らしきことを言ってヒヒヒと笑い、時々「私語するなー」とか怒鳴るとか、もう学生様から見てつきあう気になれないじゃないですか。

見た目をちゃんとしないってのはある種のセルフハンディキャップで、そういうハンデキャップがあっても俺は魅力があるとか、そういうことを言う自信がある人だけの特権ですわね。それは『男一匹ガキ大将』の世界ですわ。素人にはおすすめできない。

まあ話をもどして、ある時期、ゼミで学生様には「やっぱり身だしなみは大事だから就活前に就活ファッションショーをやろう」ってことになったんですわ。これはおもしろい。ただのリクスーでもいろいろな着方があって、私は口出さずにお互いにチェック入れてもらう。「ここが気になる」みたいな。なるほどいろいろあるのだなあ、みたいなことを言ってると、学生様から「お前もなんとかしろ」みたいなつっこみが入るようになりましたね。

もうちょっと正直に書くと、そういうときに「んじゃ私もスーツで行くし」ってことになったんですが、「んじゃ私から。どうでしょうか」「そのスーツはおかしい」「かっこ悪すぎる」と猛烈にダメ出しくらったんですね。「とにかくサイズが合ってない」「実は前から言いたかったのだが、お前はいつもセーターでずっとおかしいと思っておったのじゃ」「そもそもお前は一人で歩いているの表情が暗くていまにも死にそうだ」とか。

なるほど。「んじゃこの次はちゃんとしてくるわい」ということでとりあえず本読んで、これはたしかにだめだってことで洋服屋でスーツ作ってもらったんだったかな。

続き→

健康第一

大学教員に一番必要なのはまちがいなく健康です。健康ではじまり健康で終る。

体調悪いと頭まわらないし、気分も落ちるし、生きてること自体が苦しいし。なにがなんでも健康を維持しましょう。まあ正直、授業の調子が悪いとき、準備がうまく進まないとき、っていうのはほとんど体調悪いときですわ。特にストレスたまってくるとそれをお酒でごまかしたりして次の日がさらに厳しくなったり。だいたい大学教壇に立ちはじめるのは30才ぐらいだと思うですが、それくらいの年齢だと生活パターンが乱れてたり、深酒したり、論文とかで徹夜とかしてもなんとかなるんですが、そういうは長くは続かないんですよね。教壇に立って話するっていうのもけっこう体力が必要で、私2コマぐらい授業するとヘトヘトですね。足が棒のようになる感じ。こういうのはほっとくとどんどん疲れがたまる。疲労回復にいいのはもちろんとにかく寝ることです。7時間、できれば8時間の睡眠は確保したい1)私はロングスリーパーなのでもっと寝たい。9時間だ!。我々は頭使う商売なんだから寝不足は一番の敵。授業準備で夜遅くなった、なんてよりもう準備は適当にして早く寝た方が授業はずっとよくなります。

でもいずれ睡眠だけでは回復しないようになる。エクササイズが必要です。いろいろ試しましたが、疲労回復に一番いいのはプールですね。これはエクササイズの王様。バタ足とか5〜10分もすれば足の疲れは一気になくなるし、肩凝りなんかもしなくなる。非常によいものです。

ジムとかそういうのはお金がかかるのでお金のない時期は通いにくいですが、意外に高いものではなくたいてい8000円ぐらい、安いところでは(いろいろ制約あることもあるけど)6000円ぐらいなのでモトはとれると思います。

水泳、泳げない人はお金出して習う価値がある。私は三十代に「踏水会」という京都の名門スイミングスクールに通う機会があり、ほとんど泳げない状態から泳げるようにしてもらいました。ああいうところは大人向けのは無理させなくていいですよね。「そのうち泳げるようになります」みたいな。まわりの人もまあよぼよぼのオバアサンとかそういう人々のなので、これまで体力とかスポーツとか自信なかった人も、体型に自信ない人もぜんぜん平気です。

あとジムやスクール系統がいいのは、ストレッチの正しい方法を教えてもらえることですね。踏水会では1時間の水泳教室の前に30分みっちりストレッチするんですが、これがよかった。というか「むしろこっちの方が価値があるなあ」みたいな感じがしました。家でストレッチとかするっていっても、5分や10分ぐらいで手早くすませようとしちゃうじゃないですか。でもそれじゃだめなんよね。ちゃんと「いーち、にー、さーん、息吐いてー、ごー」とかやってもらうと伸びる感じがする。私肩は大丈夫なんですが背中おかしくなることがあるんですが、ちゃんとストレッチすれば大丈夫。しばらく習うと家でもまあだいたいその手順でできるようになる。何事も先達は重要。

あとスクール系統がおもしろいのは、我々はいつも「教える側」なんだけど「教わる側」になってみるといろいろ発見があるわけですわ。「この先生は教えかたうまい」とか「なんかなあ」みたいなのはいつも意識するようになる。体育会系の文化っていうのも我々はあんまり知らないのでそういうのを見るのも勉強になる。

お金払いたくない場合はウォーキングかジョギングみたいなのになるでしょうね。私自身は水泳は退屈なんですが、ジョギングなら音楽とか落語とか聞きながらできて好きなのはそっち。私の感じでは歩くだけではちょっと疲労回復とかには足りないと思う。体温と心拍がちょっと上がるようじゃないと足の疲れは抜けない感じ。ただし、走るのは非常にケガが多いのでかなり用心が必要だと思います。ちゃんとストレッチしてから走るとか、スニーカーは高いちゃんとしたの買うとか。

適切なコース見つけるのも難しい。車とか近くを通ると危いし、事故にまきこまれることはなくてもいろいろ気をつかってうざい。信号とかも面倒なもので、そういうのがあると走るのが楽しくなくなる。私は鴨川べりを走ってます。あとRunKeeperっていうiPhoneアプリで記録していてモチベーションにもなってます。

おすすめは上のような泳ぐ、歩く、走るっていう有酸素呼吸運動系統なんですが、筋トレの方が楽しいという人たちもいるし、体型を気にするなら筋トレが絶対必要。たしかに筋トレ系統の方が「すかっ」っとする感じを味わえるかもしれない。でも私苦手なんでパス。いちおうジムでは時々マシン使ったりしているけど、いつまでたっても苦手な感じはぬけない。

まあこういうエクササイズ系統については、雑誌の『ターザン』みたいなのを見て勉強する価値は十分にあると思います。エクササイズすると体調がよくなるし、なにより気分がよくなる。

最近有酸素運動で見つけたおもしろいのがZumbaですね。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BA%E3%83%B3%E3%83%90
基本的にダンスエアロビなんだけど、音楽が多彩でおもしろい。ジムでもクラスに参加してみてます。

まあyoutubeでzumbaで検索して、適当なのに合わせて体を動かすだけでちょっとした気分転換になるし、3〜4本、20分程度踊るだけで十分疲労回復できると思うです。おすすめ。ビデオ高いけど買う価値がある。

まあとにかく、教員として、そして研究者(なりたいな)としてがんばるためにエクササイズなんかしているヒマはない、みたいに考えちゃって息がつまってしまうんですが、なにがなんでも1日1時間ぐらいの「運動の時間」を確保したいです。私は他のすべてを投げすてててもならんかのエクササイズすることにしました。それが今年度学んだ一番大事なことだったかな。

References[ + ]

1. 私はロングスリーパーなのでもっと寝たい。9時間だ!

書類は確認してちゃんと出そう

1年間教員をお休みして、新年度からまた教員生活がはじまるわけすが、非常勤講師は20年以上、専任教員も15年やってここらへんで教員としての自分を見直してみるべきですわね。教員生活後半戦、教員江口シーズンIII。(Iは非常勤講師時代、IIは若手教員時代)

久しぶりに関西の大学としては先進的ところでの非常勤もありますので、そこらへんも踏まえていろいろ学びつついきたい。

はじめて大学教員とかやる場合は必ず名古屋大の名作「成長するティプス先生」読んどくべきですね。 今回私ももう一度見直してみたい。他にも同じように役に立つのがあれば教えてください。

まあ私はティプスやハウツーを提供するというよりは、みっともなくみじめな失敗をくりかえす大学教員の姿をさらけだすことになると思われるのですが、そういう情報はあんまりないような気がするので1年がんばってみたい。

3月のこの時期、非常勤講師にはいろいろ「非常勤講師ハンドブック」とか「開講案内」とかまわってくるわけですが、とりあえず「出せ」と言われた書類は早めに出しときましょう。大学教員というのはルーズな人間なので書類は締切までに出さないのがデフォルトみたいになってしまってますが、いかんですね。2〜3割の人はいつも書類出せない印象。もちろん私もその一人。よくこれで教育とかできますよね。いかん。

教員は書類ちゃんと出さなくてもなかなか不利益を受けない状態なのでそうなっちゃうんですかね。いつも遅れてると事務の人も印象悪くなります。今年はぜんぶ期限前に出しますよ(いややっぱり無理かも)

給与振込口座とか交通費とかライブラリカードの申請とかですね。こういうのほうっておくと4月になってから「あれ」「出してください」みたいなことになって時間とられちゃうのですぐに出す。

あと、特に非常勤やってる場合には、自分が担当するコマが、その学部・学科のカリキュラムでどういう位置づけなのかちゃんと確認しておくことが大事ですね。予想される授業規模や、何年生向けか、複数の学部向けか単独の学部・学科向けか、さらにその下の「〜専攻」向けかってのでやっぱりやりかたはぜんぜん違います。一般に大人数向けの方が浅く広くになる。レジュメやスライドなんかの準備もかなり綿密にしとかないとならん。少人数で専門向けだったら、まあ相手の顔を見てからの方がうまくいくこともある。でも準備はしとかないとね。

一番大事なのは「必修」なのか「選択」なのか。特に「必修」の場合は単位落すにはかなりの覚悟と証拠が必要なので評価方法をちゃんと練っておく必要がある。まあここらへんはシラバス書いたときに考えておかなきゃならんのだけど。

まあ非常勤の先生はその学部学科のカリキュラム全体についてはよく知らない場合が多い。某大学A(仮に御所大学と呼びます)某大学B(同じく衣笠大学)の両方とも、送られてきた書類にはカリキュラムについての説明がない。まあそういうのは事務的には、非常勤を世話してくれたその学部の専任の先生から説明があったはずだっていうことなんでしょうが、専任の方ではだいたいそういうのまで考えてないのがふつう。ばたばたしてるうちに忘れちゃったりするし、説明しても非常勤の方としてもあんまり注意して聞いてなかったりする。カリキュラム表と学生向け時間割(意外に重要)を入手しといた方がよい。「あ、私のこの授業の前に某先生のあれがあるのか、んじゃ続けて履修する学生もいるわけだな」「あれ、某先生も今年ここで非常勤なのか、んじゃアレの話もするんだろうな」みたいなのもけっこう役に立つ。

シラバスが出たら関係近そうな先生たちのシラバスも見とくといいかもしれませんね。「〜先生の出てる?どうおもしろい?」「この前〜先生は〜の話してました」みたいな話も学生様との会話ではけっこう出るものです。

京都新聞の書評欄

私が授業したりするレベルの大学・回生では、レポートや卒論で書誌データがちゃんと書けない学生がほとんど。典型的には下のようになる。(□は空白)

「生命倫理学と功利主義」□伊勢田哲治□著□2006年□ナカニシヤ出版

あるいは、次のように書く学生もいる。

書名:「生命倫理学と功利主義」
著者:伊勢田□哲治
出版社: ナカニシヤ出版
出版年:2006

なぜなんだろうとずーっと不思議に思ってたのだが、今日京都新聞の
書評欄を読んでたら気づいたことがある。

まず新聞レベルでなにもポリシーがないんだな。

今週はよくある「今年のお薦めは」なのだが、たとえば9面の井上章一先生の欄では

「壬申の乱」 (空白)吉川弘文堂・2625円。

という形であげられてて(タイトル部分ゴチック)、著者の名前は本文を読むまでわからない。

一方、9面左上の囲みでは

図説(空白)アルール・ヌーヴォー建築

橋本隆文著

になってて(タイトル部分ゴチック)、出版社とかは本部の最後に

(河出書房新社・1890円)

という形になっている。タイトルには括弧はつけられてない。その下の記事「年間ベストセラー」では、

坂東眞理子著「女性の品格」(PHP研究所・756円)

になっているが、その下の「新刊の本棚」では

日本のマラーノ文学
四方田犬彦(空白)著

著者名がゴチックになり、右の8面での「文庫の本棚」では

篠田節子著「秋の花火」

と全部ゴチックになっている。

つまりこの新聞は、8ー9面の書評欄でさっぱり統一されてないのね。

担当者が複数いるのだろうが、そういうものは統一されてないとかっこわるいとは思ってないわけだ。そりゃ学生もこれを習ってレポート書くわなあ。せめて署名は『』にしてほしいんだけど、まあ無理だわなあ。学生が「~著」にしたくなるのも、こういうのからだよね。

それにしても「お薦め」の最初に著者名が出てこないのは許しがたいな。著者よりもタイトルが重要とみるその意識のあり方が、なんか活字になっているものは信用できるっていう態度をあらわにしてしまっているような気がすんだわ。

ゼミなんかで「ふむ、その根拠は?」とたずねると、学生に「本に書いてありました」とかしれっと答えられてしまって、「いったい誰が書いた本なんだ!」とかイラっとしてしまう場面を思いだしてしまう。名無しさんが書いた本なんてのはありえない。書名より著者名の方が重要なくらいだろうよ。まあ新聞は文字数が限られたメディアだし、物理的に広い紙面で注目させるためにゴチック使ったりするのもわかるから、ある程度不統一はしょうがない。

でも英米の新聞の日曜版なんかだと、そういう場合でもとにかく文章のあとに詳しい書誌データ(総ページ数や文献リストの有無とかまで)があるような気がするが、ここらへんの違いがアレなのかもなあ。まあがんばれ京都新聞。(今日の毎日新聞には書評欄がなかったので比べられなかった)