aiko先生の「カブトムシ」は女子的にエッチな曲かもしれない

https://youtu.be/WMPO5qgm39E

https://youtu.be/9m7gCFarbqs

aiko先生の「初恋」は歌詞の解釈について考えるようになったきっかけの曲で、まあこの先生おもしろいですね。最近「カブトムシ」についても考えるきっかけがあって、これまたなかなかすごい曲だな、みたいな。

いつものこのリストをちらっと見たり。http://yonosuke.net/eguchi/archives/7465

ジャンルは典型的J-POP、楽器編成はふつうのバンド構成ですね。冒頭のピアノと、薄いシンセストリングがまあ典型的ポップスですか。ドラムの音いいっすね。

テンポは75BPMぐらいのバラード。リズム・パターンはごくふうつのエイトビート、ドラムはちょっとだけハネてる気がする。メロディーラインはふつうの譜割なんだけど、バックがシンコペしてるところが多いのがちょっと特徴。

シンガーは発表時20代なかば〜後半ぐらい?ライフスタイルはティーシャツ・ジーパンな感じ、想定リスナーはごくふつうの女子だと思う。そんなオシャレでもなく、都会派でもなく、イケイケやヤンキーでもなく。ファンの男子もなんかそういう感じなんちゃうかな。

  1. 語り手のアイデンティティ/どういう人物か/年代性別等: まあシンガーそのまんま、20代女子。
  2. 語りかけられている聞き手のアイデンティティ、年代性別等、ライフスタイル等:「あなた」に向かってる。

これくらいおさえたところで、いきましょう。

悩んでる体が熱くて 指先は凍える程冷たい
“どうしたはやく言ってしまえ” そう言われてもあたしは弱い

これ、私いきなりおかしいと思うんですわ。聞いてるひとはあんまりいきなりなんで、「はてなー」ってなるはず。なにで悩んでるのかわからない。

この「カブトムシ」は4枚目のシングルらしいですね。「初恋」が7枚目で2001年、カブトムシはそれより前の1999年ですか。

この2枚共通して「悩んでる体が熱くて」とか「悩んでるあたしはだらしない」とか「悩んでる自分」はaiko先生のキーワードなんですね。これリスナーをひきつけるなにかだとおもう。この曲では「体が熱い」っていってるけど、「初恋」でも「小さなあたしの体は熱くなる」っていうフレーズがあって、この2曲、かなり密接な関係あるように思いますね。ていうか同じ事件なり体験なりを歌ってるのかもしれない。(制作・発表順番はおそらく逆)

「初恋」の場合はまだつきあってない男子を見つめて悩んでる。「カブトムシ」の場合はどうなのだろうか。

「「どうしたはやく言ってしまえ」 そう言われてもあたしは弱い」っていうのが誰から言われてるかわからんですね。「初恋」の流れだと、「相手に告白してしまえ」と友達から言われてるぐらいか、もうすこし読んで「自分の頭のなかの声がそう言っている」ぐらいなんかね。でもそうすると次とつながりにくい。一番すなおな読みは「あなた」からそう言われてる、なんだけどそれもよくわからないですね。このAメロには謎があるわけです。

あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて
想像つかないくらいよ そう 今が何よりも大切で

いきなり相手殺すんですかね。わからんですね。「今が何よりも大切」っていうのは、まに「NIPPON」で書いたように、林檎先生なんかもそういう一瞬で完全燃焼!他のことは考えません!みたいなのがあって私好きなんですが、aiko先生の場合は「今がだいじ」といいつついつも時間的な長さ、時の流れを考えてるようなところがあって、林檎先生とはわりと対照的であるように思います。

スピード落としたメリーゴーランド 白馬のたてがみが揺れる

これもなぜメリーゴーランドなのか、なぜスピードを落とすのか、白馬ってなんでありたてがみがなんであるのかよくわからんですね。このかなり謎が多い曲だと思う。しかしこの部分は楽曲として非常に印象的なところです。Gm7-C7とかになって転調してんですかね。

白馬のたてがみがゆーれるーのあとに、サビに入る前に、非常に印象的な2拍の間があるんですね。この2拍はそれまでのふつうの4拍子のリズムには異常な部分で、つまりタメてるわけです 1)「エイリアンズ」でも最後の方に似たタメがあって、あそこで何かが起こってることは指摘しました。 。これがものすごく効いてると思います。この曲が成功したのはまさにこの2拍にあると思う。スピード落して、ためて、ためて、どばーっていく感じ。

サビ

少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ
甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし

初恋と同じようにこのサビもどんどん上に高揚していく感じです。この女子は匂いフェチっていうか、相手の匂いが好きなのね。なんか耳の後ろあたりから匂うあれがものすごく好きなんですな。この女子の匂いのなにかは生物学的な背景ありそうとかって話は、進化生物学・心理学の定番ネタっすね。

んで問題のカブトムシです。カブトムシっていうとあのオスの角とかあるあの種を連想するんだけど、この曲でもそうなんかなあ。とりあえずメスカブトムシだろうから角ないですね。あと、音楽やってると、「ビートルズ」はもとはbeetleだけどあれは日本のカブトムシではなくコガネムシやカナブンみたいなのもbeetleなのだ、って必ず一回は話してるんじゃないかと思うんですが、どうですかね。

まあこれの上のメスみたいなやつってことでいいや。さて、ここで一番の問題なんですけど、「私はカブトムシ(メス)である」というときに、その体勢はどうなっているのか、ですわ。

このメスカブトムシは相手の耳の後ろのにおでこくっつけたりして匂いかいだりしているのですが、それって「背の高い」(とりあえず)男子にならできるだろうか?しかしそれなら背伸びしている感じになり、上のカブトムシらしい、腕をひろげて抱きついてるポーズにはらないのではないだろうか。

わかってきましたか。「ああ、私はメスカブトムシでございます」と思うとき、それは直立しているわけではないのです。むしろ体の軸は水平方向にある。背伸びして耳の後ろにおでこをあててるわけではないのです。

さらにですね、カブトムシは匂いにひきよせられてなにをするのでしょうか。そう、匂いをかぐだけではなくて樹液かなんかをペロペロとあれするのですね。驚きましたか。匂いにひきよせられるだけでなく、そういうあれの上で「あたしはカブトムシである」と言ってるのだと思います。

流れ星流れる 苦し うれし 胸の痛み
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう

ビタースイートな感じ。「生涯〜」くりかえしてるのがしつこいですね。

間奏はやっぱり歪んだギターがキュー。

鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏
袖を風が過ぎる秋中 そう 気が付けば真横を通る冬

ここはすばらしくいいですね。Roxy MusicにTo Turn You Onって曲があって、Spring, Summer, Winter through Fall、みたいな歌詞があるんですが、こういう春夏秋冬通しておつきあいします、みたいなのはうったえかけるところがある。

なんかwikipedia情報によれば、aiko先生はカブトムシが冬のものだと思ってたらしくて(冬に時々でてくる冬眠中のコガネムシとかのこと考えてたんちゃうかって思うんだけど)、春夏秋ときて冬が今なんですかね。けっこう長いことつきあってきたって話じゃないのかなあ。1年ぐらいいろいろあったあげくにやっと今そうなってる、っていう話かもしれないけど。

上の部分、主語はそれぞれ春、空の青い夏、秋中、冬なんですかね。どれも微妙に空気や風と関係していて、「あなたの匂い」が本当の主語のような気がしますね。匂いフェチです。さすが昆虫。

強い悲しいこと全部 心に残ってしまうとしたら
それもあなたと過ごしたしるし そう 幸せに思えるだろう

ここはまあいいです。作詞的にはつなぎにすぎないと思う。肝心なのはやはり、さっきのメリーゴーランウンドと対応する次です。

息を止めて見つめる先には長いまつげが揺れてる

なぜ息を止めているのだろう。そして睫毛がゆれるのがはっきり見えるほど近い。そしてあの2拍のタメ。ここやっぱりいいと思う。

少し癖のあるあなたの声 耳を傾け
深い安らぎ酔いしれるあたしはかぶとむし

もうなんかおわってます。

琥珀の弓張月 息切れすら覚える鼓動
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう

弓張り月は、ふつうは半月です。琥珀色(透明な赤茶)になるのは地平線に近くないとならないから夜中ですね 2)この月がどういう形のときにどこにあるのか、っていうのはけっこう重要ですわ。。そして「息切れすら覚える鼓動」はなぜそんなハアハア言っているのか。

とかって考えると、まあこれってそれの歌ですわ。それもかなり直接な。カブトムシみたいになって大木みたいなのにしがみついている感じ。そうなると、「悩む」っていうのも告白を悩んでいるんではなく、もっと身体的ななにかを指しているのではないかとか、一番最初の「言ってしまえ」もなんかちがう表記をするのが正しいのではないかとか、そういうの考えちゃいますね。速度をゆるめたメリーゴーランドとかもまあなんかの暗喩だ。まあかなり肉感的で露骨な歌で、主人公女子がかなり強いなにかを経験した、とそういう歌ですね。

まあ男子が視覚的にあれするのに、女子は匂いとかそういうのであれする、みたいな感じもあれであれですね。

ちょっと下品な解釈だったけど、aiko先生はそういうのをああいうかたちにする先生だと思う。もちろんこうしか聴けないわけではないけど、わかるひとにはわかると思う。

さっきのRoxy Music。関係ないけど名盤だわー。

References[ + ]

1. 「エイリアンズ」でも最後の方に似たタメがあって、あそこで何かが起こってることは指摘しました。
2. この月がどういう形のときにどこにあるのか、っていうのはけっこう重要ですわ。

椎名林檎先生の「NIPPON」は軍国歌か

なんか若いバンドが軍国歌を作ったとかで話題になってて、聞いてはみたものの別に思うところもなく。ひねってくれないとおもしろくないですよね。事情は知らなかったんだけど、「あれ、これサッカーのワールドカップ用かな?」とか気づいて(実はそれのB面らしい 1)「B面などない」とか言わないでください。年寄りにはやさしくしよう。 )、前にも林檎先生がそういうの作って話題になってたのを思いだして聞きなおしてみました。CDはもってたけどちゃんと聞いてなかった。これは名曲ですね。林檎先生らしくひねりまくり。

万歳(Hurray)!万歳(Hurray)!日本晴れ 列島草いきれ 天晴
乾杯(Cheers)!乾杯(Cheers)!いざ出陣 我ら 時代の風雲児

PVでは最初に昔のNHK風の青空を背景にしたはためく日本国旗が出てきて、まあ誰でもナショナリズム・国粋主義とか連想するんだと思うけど、ほんとにそんな歌だろうか。なんでわざわざ時報鳴らすんですかね。国旗なんてNHKのピッピッピッポーンだ。ポポポポーン!

「フレーフレー日本」なのかと思うとそうではなく実は日本晴れを応援している。「フレーフレー、ニッポン、ガンバレ」が「日本(がん)ばれ」になってるわけよね。いきなり腰を砕いてるというか。脱構築だ。デコンストラクションというのはこういうふうにするものですか。

そして天晴。「あっぱれ」は漢字で書けばこうなり、「あっぱれ」なのは日本とかっていう最近しょぼそうな国家ではなくその上に広がる空。澄みわたる青空。あの空の青さがこの曲を通じてイメージされている。私青空本当に好きなんよねえ。

「列島草いきれ」も問題で、まあサッカー場の芝生の匂いを連想させるのがふつうだけど、「草いきれ」は音程・譜割の関係で「臭い切れ」にしか聞こえないんよね。「列島(は)臭い(布)切れ」なのかもしれない。もしかしたら国旗ディスってる?やばい。んじゃ「列島」も「劣等」なんかいな。「劣等、臭い、(関係を)切れ」かもねえ。ここ思いついて曲ができた感じなんじゃないかな。

「出陣」とかも平和主義・左寄りの人はまあいやな感じなんだろうけど、まあスポーツと戦の関係は世界中普遍的に意識されてるでしょうな。

さいはて目指して持ってきたものは唯(たった)一つ
この地球上で いちばん
混じり気の無い気高い青
何よりも熱く静かな炎さ

いかにも疾走系。「この地球上で」がものすごく印象的で、一番最初でNHK画面見せられて「列島」ってでてくるから、頭のなかはいきなり天気図的な俯瞰、「日本列島晴天です、お日様マーク!」になってるじゃないですか。「地球上」って言われるからさらに視点が上にあがってあの青い地球が見えてしまう。

あの日本代表のユニフォームは「サムライブルー」とか呼ばれて、まあそれを指してるんだけど、実はあの青は、青は青でも紺に近い青よね。群青か。最初に空の青を見てるから、それと比べると私には「混じり気のない青」にも「気高い青」にも思えない。地球の海の青さは私は肉眼では見てないけど、衛星写真で見るあの青もすばらしいわねえ。あれは気高いといってもいいかもしれない。

鬨(とき)の声が聴こえている
気忙(きぜわ)しく祝福している
今日までのハレとケの往来に
蓄えた財産をさあ使うとき

ここのところのメロディーのシェイプ(形)は自然ですが、注目してほしいところですね。上って下ってくる、をくりかえしてる。

これ歌詞カードでは「今日までのハレとケの往来に」になってるけど、「祝福してる今日まで」で切れて「ハレ〜」に聞こえる。こういう歌詞カードと聞いたのが食い違うのは林檎先生多かった気がする。私は聞いた方を優先しますね。

ここはよくわからんけど、この「ハレとケの往来」がなんとも双極性障害、いわゆる躁うつ病を感じさせますね。わりと毎日ウツに苦しんでる人がぱーっと活動的になることがあって、これは、アリストテレスとかガレノスとか、そういう古代ギリシア・ローマの昔から観察されてました。黒胆汁という体液が多い人はそういうずーっと苦しんでいていきなりパーッとでかいことをすることがあるらしい。

「ハレとケの往来のあいだに蓄えてきた」のか「ハレとケの往来のときに(財産を)使う」のかはちょっとあいまいだけど、私は後者をとりたい。(ちょっと苦しいけど)「ウツなケの生活送ってきて、せっかくハレの日が来たんだからパーッとお金使っちゃいましょう、ほかにもはちゃめちゃしちゃいましょう」な感じではないんかね。躁転したから金や資源使いまくります。

私が林檎先生を再評価したのは「長くて短い祭」を紅白で見てからなんですが、あの歌もそうした人生の祭礼的時期・季節を歌ってますね。林檎先生は黒胆汁質の人なのだと思う。

ちなみに、アリストテレス先生なんかに言わすと黒胆汁は天才の印、というか哲学、詩作、芸術、政治を極めた人はみんな黒胆汁質だったとか(『問題集』第30巻)。まあニルヴァーナのカートコベイン先生はたくさん躁鬱の曲作ってるし(たとえばこれ)、ジミヘンもManic Depression(躁うつ病)って曲つくったりしてるし、シューマンもそうだし、特に音楽家とは切っても切れない傾向・病気ですな。

このタイプの人は、いつもはうじうじしてるのに時々暴れたりカジュアルセックスした散財したり、他の人には迷惑なのです。おとなしくしてろ。

爽快な気分誰も奪えないよ
広大な宇宙繋がって行くんだ
勝敗は多分そこで待っている
そう 生命(いのち)が裸になる場所で

前のブロックが上がって下ってを繰りかえしてて、ついにもっと大きな上昇してる感じ。ここのところで譜割がかわって、聴覚上はテンポが半分になるように聞こえると思う。よくある手法だけど(たとえば相対性理論の「気になるあの子」)非常に効果的ですね。まあドラマーその他疾走ばっかりしてらんないし、聞いてる方も飽きちゃうのでこういうふうに作るものです。

この曲の場合、Aメロが疾走系でわーっとやってきてここで離陸して飛行機やグライダーに乗ってる感じになる。ジブリ的でもあるかもしれない。「特攻隊の歌」とか言われるのはこの浮遊感、飛行機に乗ってる感じもあるんだと思います。

歌詞としてはここで「宇宙」が出てきて、青空と列島を上から見てるところから、目線がさらに高いところに行ってますね。

とにかく多幸感がすごい。Aメロから「祝福」だの「蓄え」「財産」とかなんかもう軽躁状態っすよね。話に聞くところでは双極性障害の人が躁転したときというのはものすごく爽快らしいです。私も経験したい。

「いのちが裸になる」も印象的なフレーズで、なんか地球をバックにした裸の母子、みたいなの連想しますね。そういうのよくあるじゃないっすか。なんか生殖とか繁殖とか、そういう連想もはたらく。まあエッチなことを歌ってるのかもしれんし。ってなると「勝敗」はダーウィンとかそういうやつなんかなあ。まあセックスして繁殖したやつが勝ち、みたいなのかなあ。私はエッチなのと生殖みたいなのが直結するっていうのがなんか女性的な発想の印象があります。

ほんのつい先(さっき)考えて居たことがもう古くて
少しも抑えて居らんないの
身体(からだ)任せ 時を追い越せ
何よりも速く確かな今を蹴って

ここが最高ですね。私最初聞いたときシビれました。軽躁状態だともう思考がどんどん進んじゃって、たしかにさっき考えたことがもう古い!みたいな感じになるかもしれんですね。衝動的な行動はいかんですが、しかしいつも沈思黙考して苦渋の決断ばっかりもしてらんないし、決断の瞬間とかってのはもうそういう「重さ」から解放されてなければならん。「時を追い越せ」はまあそれほど斬新ではないかもしれない表現ですが、「なによりも速く確かな今を蹴れ!」みたいなのは最高。見る前に跳べ!実存主義だ。キェルケゴール先生も「瞬間は時と永遠の出会う場所だ!」みたいなことを言うんですが、実存主義者はそういうの好きなんですわ。全体に躁鬱病的。でもそういう一瞬の充実感を求めて新幹線で人殺したりしてはいかんです。

噫(ああ)また不意に接近している淡い死の匂いで
この瞬間がなお一層 鮮明に映えている
刻み込んでいる あの世へ持っていくさ
至上の人生 至上の絶景

「淡い死の匂い」はサッカー的には相手陣を攻めてるところでボール奪われてディフェンダーの裏を狙われて得点されてしまう、みたいなイメージではないかという意味のことをネットで教えてもらって、「なるほど」みたいな感じ。やはりサッカーファンは言うことがちがいますね。(→参考

まあ全体には死を意識すると生の価値がわかるよ、っていう実存主義のポジティブな方。さっき地球とか生殖とかものすごくポジティブに軽躁状態で、その裏側には死があるっていう。死を意識するときに生の価値と意味がわかる、みたいな。いやはや。くりかえしますがやらかしたり人殺したりしても生は本当の意味では充実しないし自分でも馬鹿らしいしなにより迷惑なのでやめてください。

まあこういうのが戦争とか連想させるのももっともなことですわね。実際、実存っぽい哲学者は戦争や争いが好きなんですわ。ヘーゲルもキェルケゴールもナポレオン大好きだし。ヘーゲル先生もどうも戦争は民族を活発にするとかっていう理由で好きだったみたいだし。

間奏のところはギターで音階弾いてるだけで、まあ破壊的な感じですわね。これもなんか戦争を連想させるんだろうと思う。私だったらここで「君が代」に似せたメロディーにしてみたい気がするんだけど、実際最初はそういうアイディアだったんちゃうやろか。

まあ「破壊と再生」みたいなイメージですかねえ。とにかく暴れて生命を充実させろ!椎名林檎=シヴァ神のイメージ。破壊と豊穣。ロックはこうじゃないと。

追い風が吹いている もっと煽って唯(たった)今は
この地球上で いちばん
混じり気のない我らの炎
何よりもただ青く燃え盛るのさ

「追い風」がやっぱりグライダーや飛行機とかを連想させますね(実際には追い風とかあるとやばいいのかもしれないけど)。「煽ってたった今は」のこの曲一瞬だけのコーラスもものすごく効いてる。「たった今」もこの一瞬を燃えつきましょう、な感じでほんとうにすばらしい。

(万歳!万歳!我らが祖国に風が吹いている)
Hurray! Hurray! The wind is up and blowing free on our native home.
(乾杯!乾杯!我らが祖国に日が射している)
Cheers! Cheers! The sun is up and shining bright on our native home.

この最後のところ、our native homeって歌ってるようには聞こえないんですけどね。なんて言ってるんだろう?「ニッポン」と聞こえるようにしてるんだと思うけど、まあ「祖国」じゃないわね。

全体には軽躁な多幸感に満ちてて、戦争イメージというよりは、サッカーと、グローバルな地球みたいなイメージと、そこで繁茂しようとしている人間のセックス生殖生命、みたいなのイメージが重ねあわされてて名曲です。非常に広大でありかつ瞬間に燃えるイメージがって、伝統とか国家っていうのはこの曲ではほとんど価値がない感じになってて、あんまりナショナリズムとか国家主義とか感じられなくて、なんかすごいです。最初っから腰くだいてるし、PVも最初以外はほとんど国旗とか出てこないし、出てきても白黒で断片的。日の丸のイメージの赤さえも2回のロゴしかないんで、なんか国粋主義的ではなく、もっとグローバルな個人主義、個人的な(躁病的)生の賛歌みたいなのを感じます。

あと冒頭のドラムのリズムは337拍子のようでそうではなく、実はモールス符号かなんかに対応しているかもしれないとか、もうちょっといろいろ考えてみたかったけど、なんかワールドカップ見るので忙しくてやめ。みんな楽しみましょう。ワールドカップ興味ないひとも晴の日は外に出ておだやかな軽躁が襲ってくるのを待ちましょう。でも危険や迷惑は避けてね。


『ニコマコス倫理学』みたいに有名じゃないけどアリストテレス先生には『問題集』っていう本がある。これおもしろいよ。

躁うつ病の人本人の分析がおもしろい。

黒胆汁とかそういうのついてはこれが読みやすくておもしろい。

(黒胆汁の言及は上巻の方ね。)

References[ + ]

1. 「B面などない」とか言わないでください。年寄りにはやさしくしよう。

欅坂の『真っ白なものは汚したくなる』収録曲にコメント

欅坂のアルバム『真っ白なものは汚したくなる』は秋元節というか中二病全開で訴えかけるところがありますねえ。楽曲のクォリティものすごく高くて、いろいろ語りたくなるので、前に言及した「スカートを切られた」「高く跳べ!」以外の気になる曲に簡単にコメント。

サイレントマジョリティー。

これは売れたみたいだけど、私あんまりぴんとこないです。Aメロの3-3-2のリズムが、現代ラテン(スペイン系)音楽の影響受けてる感じで印象的ですね。でもサビが結局4つだし。でもそこでも手拍子がラテンを主張している。アメリカではすでにラテン系がマジョリティーだ、みたいな含みはさすがにないと思う。でもLatin Hitsとか聞いてるとこういう感じの音良く使ってます。打ち込みスネアがダッダッダッダダダダダダダデレレレレレとかなるやつとか。大森靖子先生のカバーがもうドブ川アイドルでいいですね。これは男子じゃなくて女子をドブ川に引きずり込んでエサにする本物のサイレーン 1)もっとも、女子の方ももとの語りの中二病少年よりちょっと上で、すでに性的に目覚めている感じになってしまう。女子はそうなってしまうのよねえ。

「世界には愛しかない」

このアルバム、この澄んだピアノの音が印象的で、まあ汚れなき中2男子。ははは。オナニーとかしません! こういうの聞くと、校内暴力みたいなのが選択肢に入ってないってのがあれよねえ。

「二人セゾン」

これはよくできてますね。前に「二人セゾンの詩学」って評論読んで歌詞その他ちょっと見てみました。音楽的にはいわゆるSus4コードがとても効果的に使われていていわゆる「浮遊感」がある。そういうのついてはもう少し語りたいことがあるけど、もっと音楽に詳しい人がいると思う。ニコ生で配信したときにいろいろ語ったんだけど、最後の方ギターが裏でギュンギュンいってるのとかもいいですね。すごく作り込まれてる。

「不協和音」

これは政治がらみでいろいろ話題になった曲なんかな。こういうシンセ鳴りまくりの4つ打ちユーロみたいなのはあんまり好きじゃないのでパス。それより、同じ作りの次の曲がいい。

「エクセントリック」

これは「高く跳べ!」に続く大名曲です。この曲、語り手は実は女子かもしれないっすよね。いちおう「ぼく」なんだけど、そんな少年をみんなで噂するなんてないじゃないですか。むしろ女子の「僕っ子」の方がイメージとしてはあってる気がする。この曲でも澄んだピアノが大暴れでいいです。

しかしこうして並べてみると、この中二病ぼっち反抗ポップ、っていうのは実はこれまで存在してなかったジャンルかもしれないっていう気がしてきました。反抗するんだって、なんか『ホットロード』『爆音列島』的な暴走族的なのしかなかったじゃないですか。そういう世界っていうのは、反抗しながらなんか仲間や絆みたいなのがあるんだけど、秋元先生の歌の主人公はなにも持ってない。そういう年頃の少年が主人公/語り手の歌っていうのは、そもそも存在しなかったんですわ。(女子ならいろいろありそう)

アニメやマンガならエヴァンゲリオンとかそういう代表作があるけど、音楽ではそういうのあんまり聞いたことない。それは男子向けにも女子向けにも、音楽にはならんのです。声変わり前の男子が歌ったら、黒猫のタンゴとか、ウィーン少年合唱団的な僕は清く正しくて満足してます、神様ありがとうございます、になるし、声変わり後とかだとセックスセックスー、になちゃう。男子はそれを歌うことができないのです。

もうすこし年齢があがって、女子にどうやって一発やらせてもらうかとか、ガラス割って歩いたりするのはあっても、こうやって鬱屈しているだけで自分の清さを守ろう、っていうのはめったに聞かない。っていうか思いつかない。

語りや叫びは全部内向して、誰にも届かない。多くの曲で少年は「君」って呼びかけてるけど、それは実際の君には届いてない。ぜんぶ内心の声。

これほど弱い存在が語り手のアルバムっていうのは他におもいつかない。こういう曲を実際に男性ボーカルが歌うのは無理で、若い女子に歌ってもらうしかない。(あるいは矢野あっこちゃんに)。

こういう世界に住み、世間にそまらず自分の清さを維持しようとする人々を、我々は童貞様と呼んで守るべきではないか。男性学とかやってる先生たちは、この新しい世界をじっくり見つめる必要があるかもしれない。

まあこのアルバムは残りの曲もそれぞれものすごくクォリティ高くて、日本のポップ史上に輝く名盤ですね。作曲や編曲・演奏の先生たちもすごいし、秋元先生の作詞アーティストとしても頂点を極めた1枚だと思う。2010年台のポップ音楽はものすごく高い水準に達した。「真っ白なものは汚したくなる」は語り手ではなく、作家の先生たちの意見なんすかね。欅坂メンバーの語りだってことになればもっとおもしろいですね。

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References[ + ]

1. もっとも、女子の方ももとの語りの中二病少年よりちょっと上で、すでに性的に目覚めている感じになってしまう。女子はそうなってしまうのよねえ。

「Yes-No」のあとは必ず「いくつもの星の下で」を

オフコースの「Yes-No」は超名曲で、歌詞や理念が嫌いなのに一回聞いてしまうと2回も3回もリピートしてしまうのですが、そのあとで必ず同じアルバム(We Are)に入ってる「いつくもの星の下で」を聞くようにしています。

オフコースといえば小田和正先生ですが、中心人物はもうひとり鈴木康博先生がいるわけです。オフコースは最初はフォークデュオだったのがメンバー増やしてバンドになった。その鈴木先生が書いて歌ってる曲。

実はこの曲知らなくて、10年以上前に、京都の小さなライブハウスで聞いたんですわ。鈴木先生のギター一本で。ギター一本には思えないすばらしい腕でしたね。「ほんとはバンドで来たいんですけどね、お金なくてね」みたいなこと言ってた。つらい。

んでぜひ聞いてくださいよ。これほんとに歌詞が素晴らしい曲なのよ。そして「Yes-No」と理念の違いをあじわってください。

今夜はありがとう

イエス・ノーでも「今日はありがとう」っていってましたね。あれがどのタイミングかはむずかしいけど、まあ一番ゲスな解釈ではホテルでさっさとことをすませて、もうさっさと別れようとしているときですね。でも鈴木先生はちがうよ。

ここまでついてきてくれて

いつものように人物や状況を考えましょう。鈴木先生は1948年うまれだけど、2月なので小田先生と同学年ね。だから1980年ごろはやっぱり32、3才。「ここ」がどこかわからんけど、なんかお店のなかじゃない気がする。タイトルも「星の下」だし、星空が見えるんす。外ですね。どっかの路上でしょう。

どれくらいの時間帯かが問題ですねえ。まあ今夜はありがとう、だから飯食って酒のんで、10時は軽くすぎてますね。わざわざありがとうってくらいだから11時か12時ぐらいまで?相手の女性は何歳ぐらいでしょうか。

話したいことがあるから

え、まだあるんすか。いままで延々なにしゃべってたんすか。

もう少しいてよ

どこ行くんすか。いま道端だとすると、道端にいるって意味じゃなくてどっか「静かな」とこに行こうとかそういうことっすか。そっちの方になんかネオンが光ってるからそこに行こうってわけですね。ほんとにお話するんですか?

あなたの前だけは僕は素直でいたい

32才の男が「あなた」と呼んでるので、まあ20代後半かなあ。でも鈴木先生まじめだから20代なかばぐらいもあるか。大の男が女子の前で素直になれるってんだから、まああるていどのもののわかった年代の女性ですわね。Yes-Noの語り手カズマサオダ(仮名)が相手にしていたより上の年代だと思う。

信じてほしいからせつない思いうちあける

いきなり重いです。重いです先生。それはちょっとどうですか。

いつもひとりくやし涙
ながしてきた男のことを
あなたに聞かせたい
ぼくのすべて教えたい

ぎゃー。

そばにいてーー

ちょっと明日朝から用事あるし、猫のエサやらなきゃならなし、そういえばガスの元栓も気になるから帰ります。残りの歌詞も急いでるからちょっと聞けないんですけどー、みんなに聞いてもらってくださーい

松本零士先生の『男おいどん』。

オフコース解散間際のスタジオ風景ビデオとか見たことあるんですが、小田先生が仲間と「野球すっぞー」とか遊んでるときに鈴木先生は「おれはいい」とかってんでギターの練習してたりするんですよね。シングルだしてもいつも小田先生がA面で鈴木先生はB面。顔もやっぱりまあ小田先生と比べるとちょっとあれだし、くやしいくやしい。

真面目で真剣であることを示すために、自分のすべてを打ち明けたい。自分が毎日悔し涙に濡れていることを!しかしそんなん女子には通じないのです。あまりにも残酷。鈴木先生が話しかけている相手が、カズマサオダ(仮名)が「Yes-No」で相手にしていた人と同じ相手だと楽しいですね。

いやほんとに、これもまたリアルな男ゴコロを歌った一つの名曲なんすよ。でもわっかるかなー、わっかんねーだろうなー。

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オフコースのYes-No はワンチャンの歌

オフコースの「Yes-No」は超有名な泣く子もだまる超名曲なので、解釈も安定していて私がなにか書く必要はないとおもっていたのですが、そうでもないかもしれないと思ってメモ書きだけ残しておきます。満足いくほど検索してませんが、ネットにかぎっても同じことを書いている人は多数いるはずの標準的な解釈だと思う。音楽的には今回音拾ってみていろいろ発見があって語りたいことが多いんだけど、最小限にしたい。

といいつつ、まずイントロ。このイントロは秀逸ですねえ。シンセサイザーでラーミーレーラーソーミレミーってやる。ただし実はキー(調性)はBというあんまりに使わないキー。それがAメロになるところでいきなり半音上がってC(ハ長調)になる。これ何回聞いてもびっくりします。歌いにくいし。

今なんていったの?

イントロからAメロへのいきなりの転調は、この語り手の本人もびっくりしているわけです。
「え、なんて?」

他のこと考えて君のこと ぼんやり見てた

それまで全然別の、イントロのシンセサイザーの「ラーミーレーラーソーミレミー」で表されるようなことを考えていたわけです。語り手は、まあ、歌ってる人と同じくらいの男性、って想定しますかね。小田先生は1947年生まれで、このYes-Noは1980年なので、33才ぐらいの男性ということで。これくらいの年齢のミュージシャンは27才ぐらいの次の人生最大の音楽的ピークになることが多いようにおもいます。

「ラーミーレーミー」がなにを意味しているかっていうのは解釈が必要。なにかに対応しているかもしれないし、対応していないかもしれない。

「ぼんやり見てた」のあとの「あーっあーっあー」っていうコーラスがものすごくいいですね。

ポップ音楽でのコーラスはいくつか種類があるのですが、こういうタイプの歌詞がなく、歌詞のあいまにはさまれるやつは、私は言葉にできない、あるいは言葉にしたくないタイプの思いを伝達している、って解釈するのが好きです。「話はきいてませんでしたごめんなさい、他のことをかんがえていて君をぼんやり見ていたのです」っていう表の言表の裏がある。

好きな人はいるの? こたえたくないなら
きこえないふりをすればいい

場面を考えましょう。二人で話をしています。まだ時間帯や場所はわかりませんが、二人で話せるようなところ。君で呼ばれている人は、おそらく女性でいいでしょう。もちろん男性でもいいのですが。「君」よばわりなので、年下、まだちょっと幼いですかねえ。私の想像では20代前半の女子ぐらいかと思いますが、好きに想定してください。

それにしても、話きいてなかったのにいきなり「好きな人はいるんですか/彼氏いるんですか」って聞いてるわけです。とりあえず、そのまえになんの話をしていたのかもっと聞いたらどうですか。あなたミスチル櫻井先生と同じですね。

んで女子が、彼氏がいるかどうか答えたくない、ってのはどういう状況なのかを考えるべきですね。(1)彼氏/好きな人はいるけど答えたくない、(2)彼氏/好きなひとはいないので答えたくない、のどちらでしょうか。っていうか、これ、どちらにしても、彼氏や好きな人がいようがいまいが*いない*ということにしたい、ってことですよね。

「彼氏がいる」っていうことにすれば、目の前にいるなにか変なおじさんは「んじゃやめとこかな」みたいになるし、「いない」って答えればつまらない女だとか面倒な女だということになるかもしれず、まあ答えない方がよい場合というのはあるのかもしれません。これはよくわからん。サルトルの「自己欺瞞mauvaise foi」の議論が参考になるのですが、あとまわしにします

そんで、いきなり「ソラドレミソッ」って突然もりあがる。「ソラドレミソッ」ってやられたら「ラーラララ」にならざるをえない。それが音楽というものです。まあ「ソラドレミソ」してしまったのだからしょうがない。

君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 心は今 何処にあるの

セックスセックスぅ。(1) セックスしたら君をすきになるかもしれませんがとりあえずセックスしていいですか? (2) とりあえず好きになってしまえばセックスしてもいいですか、セックスさせてくれますか?、どっちかわかりませんが、まあこういう人には区別ないのでそれでかまいません。

「心はいまどこにあるの」はまあ「いまなにを考えてますか」「さっき渡しが質問した「好きな人はいるの」という問いに対して、誰のことを考えますか」、下手すると「けっこう飲んでるようですがまだ意識ありますか、判断力は正常ですか」いろいろ考えられますが、これもこういうひとには区別ないのでかまいません。

言葉がもどかしくて うまくいえないけれど
君のことばかり気になる

言葉より別のことで表現した方が早いと主張しています。
「君のことが気になる」は「好き」かどうかわからないけどなんらかの意味で興味関心をもっているということです。さっきの「らーみーれーらーそーみれみー」です。
つまり、「君にいますごく関心を抱いているけど、それは言葉で説明するのではなく、もっと直接的な接触によって表現した方が早いと思うのだが、君はいかがであろうか」「ぼくはとってもラーミーレーミである」と言っています。

ほらまた笑うんだね ふざけているみたいに

この人は女子を笑わせるのが非常に上手なのでクスクスさせます。「ふざけているみたいに」は語り手男子と聞き手女子のどっちがふざけているのかわからないですが、まあどっちもふざけているみたいだけど本気だ、ということです。このふざけているは英語とかだとフラートflirtにあたる言葉ですよね。どっち付かずの色目使い、みたいに訳されるけど、まあ恋愛におけるかけひきのやりとりですわ。

今 君の匂いがしてる

これは非常に肉感的なところで、女子リスナーはここでやられるとおもいますね。
フラート(色目、媚態)ってのはある程度距離があって可能なわけですが、ここでは生化学的に、嗅覚に感知されるほど近づいているか、あるいは近づいていなければそれほど強くなにか生化学物質を発散するほど体温が高くなっている。

君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 夏が通り過ぎてゆく

さっきは「こころはいまどこにありますか」だったけど、今度は「夏がとおりすぎてゆく」。夏のおわりぐらいなんすかね。場所はいまだに不明なのですが、昼に夏の終わりを感じることは少ないので夜ですね。おそらくリゾートとかではなく、時代的に都会のカフェバーみたいなところだと思うんですがどうでしょうか。

ああ 時は音をたてずに ふたりつつんで流れてゆく
ああ そうだね すこし寒いね 今日はありがとう 明日会えるね

ここが一番解釈面倒なんすよね。音楽的に別の場面に物理的に移動しているのは明白。「つつんでゆく」からなんか包まれてる感じがする。毛布やタオルケットですか。「そうだねすこし寒いね」は「寒いですね」って言われたから「ちょっと寒いですなあ」って答えてる。夏の終わりだから普通にしていれば寒いほどではないので、まあ服脱いだりしてますか。そういうシーンですな。

そしてすぎ次に伸びるギターで、これはこのブログで何回も指摘しているように、ロックでのギターのチョーキングは特別な意味があるのです。きゅいーん!

何もきかないで 何も なにも見ないで
君を哀しませるもの 何も なにも見ないで

ここも解釈がむずかしいのですが、まあ「あんまり詳しく私の心理について聞かないでください、これ以降も同じことを数年つづけるのかどうかとか聞くと、答えは実は今のところはノーなのであなたが悲しむことにあるから聞かない方がいいんじゃないっすかね、でも先のことはわかりません」ぐらいですか。

あるいは、「好きな人=彼氏」がいるとすると、ここでこの人に抱かれたり「好き」になられたりすると、その好きな人や彼氏がまあ悲しむことになったり場合によっては怒り狂ったり、まああんまり都合がよくないことが怒って女子自身も悲しいおもいをすることもあるかもしれないわけですが、とりあえずいまはそういう先行きを見ないことにしましょう、とかそういう意味かもしれませんね。ほかにも解釈ありえると思います。いろいろ考えてください。

君を抱いていいの 心は今 何処にあるの
君を抱いていいの 好きになってもいいの

キュイーン。


コーラスの意味についてですが、ワーワー系のコーラスで好きなのはこれ。10ccのI’ not in love、1975年。

君の写真を部屋に貼ったりしているけどそれは壁の穴を隠すためだ。夜に電話するからっていって君がすきなわけじゃないよワーワー。ワーワーは言わないことを言ってます。


きゅいーんはなんでもいいんだけど、まあいつものツェッペリンで。お前を離せないぜべいべ。

まあこれは男性的すぎるか。女性的なギターチョーキングもあるな。まあとにかく、初心者リスナーはギターをキューンってやってたらあれだとおもっていいです。

けやき坂46の「誰よりも高く跳べ!」は放送禁止にしてはどうか

欅坂の「誰よりも高く跳べ!」はまさに大名曲なのですが、それゆえにまったく恐ろしい曲です。

前に書いた聴取ポイントリストとともに聞きましょう。私、30回ぐらい聞きましたが恐ろしい名曲ですね。

アーティスト名、曲名、ジャンルはいいですね。ジャンルはJ-Pop、アイドル音楽。でもこの分類でいいのかどうか。
リズムパターンは基本は4つ打ちダンス。
楽器編成は非常に分厚くて豪華です。打ち込みドラム、シンセベース、左右2本(ガットとエレキ)、キーボード、ホーンセクション系、ストリングセクション系、それから最初からぴょーんってやってるシンセと、うしろの方で出てくるもっとエッジの効いたエレピ、コーラス(欅坂と男声と女声)
テンポは130BPMぐらい、ダンスとしてはちょっと速い、いかにも高揚している感じ、踊ってると頬が紅潮しますね。

アーティスト情報は自明だから今回はいいでしょう。

歌詞まず基本だけおさえます。語り手の性別は不明だけど基本は少年、中学2年生〜高校2年ぐらい。主人公は語り手本人、語りかけられているのはよくわからないけどおそらく同世代の他人、あるいは自分自身。

これだけおさえて歌詞と音楽いっしょに行きましょう。

イントロ。ガガって感じでガットギターからはじまってるのかっこいいですね。先走ってかきむしってます。すぐにシンセがぴょーってやってすぐにうようよ、さらにドラムとホーンが入る。ベースも下の方でうようよ。この高揚感はただごとではない。

コード進行は | C | B7 | Em | G |で、キーは基本的にはEmというマイナーキー。これはB7が一応軽く決定しています。でもGってメジャーだって聞く方法もある。まあEmなのかGなのか、ていう曖昧さがある。しかしものすごい肯定的な感じですね。

| C | B7 | 誰よりも高く跳べ!
| Em | G | 助走をつけて大地を蹴れ!
| C | B7 | Em | G | すべてを 断ち切り あの柵を越えろ!
| C | B7 | Em | A | 自由の翼を すぐに手に入れるんだ
|C | 気持ちからTake off
| Am | One Two ThreeでTake off
| Em |ここじゃない ここじゃない
| Em | G | Em | ここじゃない どこかへ…

いきなりサビ。このサビすばらしい。「すべ」「てを」「たち」「きり」って感じが、はあはあ息が切れてる感じ。あの柵をなんとしてもこえるのだ。でも柵ってなんだろう。

「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」の最後のところのAのコードがものすごく強くて利いていて、何回きいてもぐっときます。ここじゃないからテイクオフするんです。最後はGかEmかと争って、結局Emでおわって、音楽的に全体がEmであることが確定する。でもあんな派手なのにこのサビの終わりへんだよね。誰だって違和感があるはず。落ち着きが悪い。

Em | Am | B7 | Em / C B7 | 自分で勝手に 限界を決めていたよ
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 世界とは 常識の内側にあるって…
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 無理してみても 何もいいことない
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 大人たちに 教えられてきたのは妥協さ

メロディーラインは普通、歌詞内容もふつうの欅系。1小節に1コード、4小節目だけC / B7 が入って強く推進する。なにもいいことがないようです。

Am / D | Bm / Em | Am / D | Bm / Em | 空の涯に向かい 風は吹き続ける
Am / D | Bm / Em / C#dim | Am B7 |見上げてるだけでいいのかい?もったいない

ここいいですよね。1小節に2コードはいって忙しい。高揚が激しい。歌詞として注目するべきは、風が空に向かって吹いていることです。

クエスチョン:あなたは風が空に向かって吹いていると感じたことがありますか?それはどこですか?

丘の上とかビルの上とかですか。そういう高い場所はたしかに風が上に向かって吹いている感じがする。そういうところで空に飛べる風が吹いているのを見送るのはもったない。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

サビすばらしい。丘の上か、ビルの上で、自分に「さあ前に遠く跳べ!」って歌ってます。見る前に跳べ!ジャーンプ。ジャイアントステップ!誰かが追っかけてくるかもしれないけど、大きく跳べ!

君の/僕の 翼を太陽が照らすだろうってのはいいですね。あれ、でもそうすると、なんか翼をつけてる蝋が溶けちゃうかも、って話を聞いたことないですか?私の記憶だとずいぶんむかしにそうやって空を飛んだひとがいてイカロスとかそういう名前だったか……できる、行ける、もう少しいけばいける……

短い間奏がはいって、ドラムがドタドタやってなんかリプレイな感じ。失敗してやりなおしてる感じ。もう一度だ。

立ちはだかる 困難や障害は
これからもきっと 避けることは出来ない
背を向けるより 正面突破しよう!
どんな夢も予想つかない
明日にあるんだ

なにやったって辛いことは避けられません。正面突破だ。でもどっちに?あ、目の前の金網を飛び越えることで正面突破するんすね。

錆びたルールなんか 重い鎖だろう
飼い慣らされてて いいのかい? 頷くな!

ここのところの息の切れてるもいい。錆びたルールってなんだろう?絶対破ってはいけないルールよね。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

このコーラス、うっすら男声も入ってて分厚くていいんですよね。それにシンセとかびょろびょろいっててすごい。「僕/君はできる、できるはずだ」しかしもう1回リプレイ。もう少しなのだ。

| Am | D | G | G |金網の外 眺めてるだけじゃ
| C#dim | C | 何にも変わらない
| Am / Bm | Eb / B7 |どこ向いても立ち入り禁止だらけさ

ここいったん落ち着いてる。よく考えるのだ。コード進行はおもしろくて、調性がわかならくなる。ぐだぐだ考えてる感じね。特にC#dimとか。Ebで混乱は最高だけど、最後はB7(ドミナント)でやっぱりEmへ向かうことに決めた。B7はEmへ解決/5度落ちる強い力をもっているのです。調性というのは重力である。コードも分厚くて魅惑的。

そこには金網がある。丘の牧場だろうか?丘の上の牧場の牛が自由をもとめて金網を飛び越えるのだろうか?ちがう。ではもう一つの候補ですね。どっちみち世界は金網があるんだから、どの金網を越えても同じさ、ってことか。でも「その」金網を飛んで跳んで大丈夫ですか。

そしてついに、

レジスターンス!

わあ。やめろー。

守られた未来なんて 生きられない

レジスタンス=生きられない。生きなれないのがレジスタンスなの?そして効果音入って飛んでる!なんに対するレジスタンスなの?親?学校?世界全部?それってレジスタンスなの?

この「れじすたーんす!」のあとのエレピがすばらしい。天国的。ヒイズミマサユ機先生とかも弾きそうなフレーズですが、私が知る限りはウェザーリポートのジョー・ザヴィヌル先生が開発したタイプのフレーズですね。天国へ飛んでる感じがする。

そのあとのコーラスは、もう自分なのか天使たちなのかわからんです。天使っぽい。

誰よりも高く跳べ!
助走をつけて大地を蹴れ!
すべてを断ち切り あの柵を超えろ!
自由の翼をすぐに手に入れるんだ
気持ちからTake off!
One Two ThreeでTake off!
ここじゃない ここじゃない
ここじゃない どこかへ…

「誰よりも高く跳べ!」これはすばらしい。そう、我々は高く跳びたい。そのためには「助走をつけて大地を蹴れ!」そうだ。「すべてを断ち切り あの柵を超えろ」でもこれはやばい。いろんなしがらみたいへんだけど、なにも断ち切る必要ないじゃん。「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」この「すぐに」がキモだ。自由とかそんな大事なものが、そんなすぐに手に入れられるはずがないではないか。なに言ってるんだお前は。

「気持ちからTake off!」これは解釈難しいけど、「つらい気持ちから」なのか、もっとひどい「こわい気持ちからテイクオフ」か。「One Two ThreeでTake off!」「1,2,3で跳ぶ?」やめろ。「ここじゃない ここじゃない ここじゃない どこかへ…」そう、ここじゃないところへ行くってのはロックの基本だけど、そういう形で金網を超えるのはいかんよ。

ラストまで聞いてください。ここまで読めば、最後がフェードアウトしないで、タリララタリララというストリングスと下降形で最後ドシンと終わってる理由も明白だろうと思う。邪悪。

これは天使たちじゃなくて、悪鬼とその手下の美しく邪悪なセイレーンたちの歌です。芸術的には最高だけど、道徳的には非常によくない。

私も最初はこの曲、「そうだよな、おれたち足を高くあげて、歩幅を大きく取って生きてかなきゃならない、そう生きるのだ」って聞いたんですよ。最初っから最後まで感動させられる。特にサビの「*き*ぼうの翼」のあたりの感じってもう最高じゃないですか。でも全体はそういう歌詞じゃないんすわ。もちろん、もっと穏健に解釈することもできるけど、実はそうじゃない読みを可能にした作りになっている。

穏健な読みをすれば、そう、我々は時々ジャンプすればいいのです。ちょっと意識して歩幅を大きくして歩いてみたり(我々のジャイアントステップだ!)恥ずかしいから誰も見てないことを確認してから、公園とかで「ジャーンプ!」ってやってみればいい。そういうちょっとした活動から、人生は耐えられるものになたり、あるいはすごく豊かなものになる。部屋でジャンプもしましょう。ちょっと跳んで見るだけで全然ちがう。朝に1回思いっきりジャンプしてみれば、その日1日けっこう機嫌よく暮らせるかもしれない。

だからそう読んでそういう曲だと楽しみましょう。ファンはみんなおそらくそう聞いてると思う。

でも全体はそうではない。そして作詞作曲編曲の先生たちは、そういうしかけを十分意図してこういう名曲名トラックを作っている。私は許せないですね。

DailyMotionにライブ映像があるんですが、これとかもうほんとにギリシア神話のサイレーン、美貌と歌で男性を呼びよせて食い殺す妖怪を連想しますね。君ら、やめろ、ころされるぞ!

最後の個人ダンスもすばらしい。美人ぞろいだけどいつもは腕をだらんと下げてダウンな演出を強制されている欅女子が、笑顔で実は身体能力がものすごく高いことをみせつけながら、「その金網を跳べ、123で跳べ」って呼びかけてる。おそろしくてしょうがないです。ていうか、ライブでサイリウム振ってるファンの皆様は殺されそうなのがわかってるんでしょうか。わかってるんでしょうね。でもサイレンの歌と同じように、もう抵抗できない。放送禁止にしたらどうだろうか。そう、ゲージュツってのはこういうものなのです。19世紀的な「理念と形式の一致」という理想。あらゆる意味ですばらしい。すばらしすぎます。だからこそいろいろ考えるところがありますね。

ウォーターハスウスの有名作「オデュッセウスとセイレーンたち」。セイレーンは半分魚のやつと半分鳥のやつの2種類想像されてるんですが、今回は鳥のやつのほうが適切ですね。

ミスチルのYouthful Daysについて考えてください

一つ前のエントリで書いたミスチルのYouthful Daysの件、私聞いたことは歌詞意識したことがなかったんですが、なんかすごい違和感あったんです。

にわか雨が通り過ぎてった午後に
水溜まりは空を映し出している
二つの車輪で 僕らそれに飛び込んだ
羽のように広がって 水しぶきがあがって
君は笑う 悪戯に ニヤニヤと
僕も笑う 声を上げ ゲラゲラと

まあこれはいいですよね。いかにも青春。ただし水しぶきは他人様にかけてはいけませんよ。
youthful days、若い日々ってんだから高校生ぐらいすか。男子高校生と女子高校生のころの思い出を、おとなになってから歌っている、ってことでいいですか。シンガーは俺様。かなりトンガってます。

歪んだ景色に取り囲まれても
君を抱いたら 不安は姿を消すんだ

まあこれもいいです。「抱いたら」っていうのは女子はハグの意味にとるみたいですね。それでいいでしょうか。とにかく難しい高校生の時期にセックスしてました、ぐらいの意味ですかね。

※胸の鐘の音を鳴らしてよ
壊れるほどの抱擁とキスで
あらわに心をさらしてよ
ずっと二人でいられたらいい

んー、まあ「あらわに心をさらす」ってのがどういうことなのか。でもまあセクロスセクロス。これがそういう歌だってことぐらいはファンの間でもコンセンサスありそうですね。

「サボテンが赤い花を付けたよ」と言って
「急いでおいで」って僕に催促をする

キーワードのサボテン。もちろんあのトゲトゲついたサボテンでしょうけど、どういう形のサボテンを想像しますか?サボテンの花というのはあれは鮮やかで美しいものなのでいいですね。

何回も繰り返し 僕ら乾杯をしたんだ

「乾杯する」まあふつうはビールとかシャンパンとかそういうのだろうけど、文字通りにとっていいのかどうか。

だけど朝になって 花はしおれてしまって
君の指 花びらを撫でてたろう
僕は思う その仕草 セクシーだと

サボテンの花をなでたりするかなあ。

表通りには花もないくせに
トゲが多いから 油断していると刺さるや

ここ謎ですよね。どう解釈するでしょうか。

胸の鐘の音を鳴らしてよ
切ないほどの抱擁とキスで
乾いた心を濡らしてよ
ただ二人でいられたらいい

ここはあんまり問題ない。

生臭くて柔らかい温もりを抱きしめる時 (I got back youthful days)
くすぐったい様な乱暴に君の本能が応じてる時 (I got back youthful days)
苦しさにも似た感情に もう名前なんてなくていいんだよ (I got back youthful days)
日常が押し殺してきた 剥き出しの自分を感じる

これ異常ですよね。サボテンが生臭いとは思えないし、柔らかくもない。んじゃ生臭いのは抱きしめている相手(?)だ。生臭い女子高生とかいやですね。しかし生臭いのは女子高生なのか、あるいはその一部なのか……「サボテンに花が咲いた」っていうのは比喩だとしたらいったいなんなのか。チクチクするけど花びらついてて暖かくて生臭くて、ときどき赤い。

あとこの曲、時間の感覚がちょっと微妙で、高校生の頃を懐かしんでいるようでもあり、でも生臭いのを抱きしめているのは今のようでもあり、なんかわかりにくい。これも技法なのかしら。

繋いだ手を放さないでよ
腐敗のムードを かわして明日を奪うんだ

なにかが腐っている?え、これなんの歌なの?さっきのチクチクのトゲもほんとにサボテンのトゲなの?

(※繰り返し)
いつも二人でいられたらいい

わけわからんですね。私にはもうあるイメージがあるのいですが、これは相当ひどい歌だと思います。メッシーというかなんというか。まあ書くと怒られそうだし、各自解釈してみてください。

まあミスチル先生の歌詞はわざとわかりにくくしてるんですわ。でも手がかりは残していて、ニルヴァーナほどわけわからんようにはしてない。それがファンの人々が「深い!」とかっていう理由ですが、その内容が深いかどうか。音楽だけでかく歌詞表現もこったものなのもわかるのですが、私はわざとらしくてあんまり好きではないのです。そしてなにより、その歌詞が表現している理念、思想みたいなのが好きではないのです。ごめんねファンの皆様。

ちなみに、歌詞っていうのは、もっと適当というか、アーティストの霊感や直感で書いているはずだっていう意見はあると思うけど、そういうのにしてもなんらかの知的な作業は行われているのがふつうだと思います。ミスチルはそういうのが特にはっきりしている方で、昔いかにも知的な操作で作られた歌詞を分析してみたことがあるんだけど、あれなんていう曲だったか思い出せない。2ちゃんねるに書いたんだけど。

なぜそうなるかというと、適当につくった歌詞、なんの脈絡もない歌詞っていうのは歌う人間が覚えられないんですわ。あるストーリ、あるいは連想、そういうものがあってやっと歌詞をおぼえられる。たんなるゴロだけではおぼえられない。

それにもっと大事なこととして、作詞する場合、なにも背景の連想やアイディアがなければ言葉の選択肢が多すぎて(無限にあるわけだ)、構成できないんですわ。なぜそこにその言葉がはまるのかっていう少なくとも内的な整合性は必要なんよね。まあおうおうにして作家のその内的な整合性ってのが他人に理解できない形になってしまうけど、本人のなかではあるイメージみたいなのがあるはず。ニルヴァーナのSmells like teen spiritもそういうふうにしてできてるんだモスキート。おそらくカートコベイン先生のなかでは、あそこで歌われている個人的な体験とそこに蚊がいたことがみっちりつながってるのだろうと思う。ミスチル先生がこの曲を歌うときも、そのたびに、赤いサボテンの花びらをいじってる指が思い浮かんでるはずです。

℃-ute「Danceでバコーン!」も名曲

学生様から「Danceでバコーン」を教えてもらってのですが、これなかなかの名曲、っていうかダンスまで含めてすばらしいプロダクションですね。

最初聞いたときは、E7一発な感じからいきなり歌謡曲になるのでとまどったのですが、歌詞の内容とかをふまえるとなるほどってな感じで、私が見聞きしたことを書いてみようと思います。

まず歌詞と構成はこんな感じね。

コーラス1コーラス2
(a)ファンキー男子
旅立つ時間だ
ファンキー姉ちゃん
ときめく時間だ
ファンキー幹事
宴も酣だ
ファンキー委員長
始業の号令だ
E7(#9)一発
メロディーラインはださい。
(b)諦めやしない
私の未来
誰のものでもない
もちろん玉の輿
そりゃ乗りたい
毎日が勝負パンツ
輝くしかない
うちらの時代
誰にも任せない
もちろん馬鹿じゃいかん
時代を読んで
レバレッジきかせてこう
E7(#9)一発
おなじくダサい。
(c)ジャッジャッジャージャッジャッジャーギタフリマネ
(d)AH- やだー
またちょっと太った
もうやだー
手柄取り上げないでー
AH- やだー
また上司怒ってる
もうやだー
人のせいにしないで
A | E | B | E |
A | E | F | E |
このF→Eで無理やり転調する。
(e)ダンスでバコーン
なんか全部忘れたい
ダンスでバコーン
涙がとまらないよ
ダンスでバコーン
今日は全部わすれるよ
ダンスでバコーン
慰めはいらないわ
こっからコードが月並みに激しく動く歌謡曲。
A | A | F#m | D/ E |
A | A | C# | C# |
キーはA。
(f)こんなにすごく切ないの
どうしてかわかんない
今までためたストレスと
今夜でおさらばさ
心がずいぶん軽くなる
お腹が減ってきたわ
帰りにうどんたべてくわ
明日が待ってるもん
ここがよい。アゲ。テンポが半分に聞こえる。
Bm E A F#m D E F#
とか

イントロからいわゆる「Aメロ」の(a)と(b)までを支配しているのはギターのE7(#9)っていうコードで、ジミヘンが有名曲で愛用したのでジミヘンコードとか呼ばれることもあるやつです。E7にb3度が入っているのですごい不協和音で、濁ったブルースっぽい感じになる。このE7(#9)一発でコードには動きがなくて、抑圧された感じになります。前にファンクとか黒人音楽の特徴は抑制だ、っていうこと書いたおぼえがあるのですが、まあそういう感じ。

ただしこの曲は黒人ダンス音楽ではない。まずテンポが速すぎる。ふつうのダンス音楽というのはだいたい120BPM(1分間に4分音符120拍)ぐらいにするものです。フォーチュンクッキーとかが125、ハイテンションは130,フライングゲットは132ぐらい。ここらへんもダンスとしてはちょっと速いかんじですね。このバコーンは150あって、快適に体を揺らすことができるテンポではなく、むしろ、痙攣とまでは言わないにして「踊る」っていうテンポではないです。(ヘビーローテーションは180BPMあってすごく速いんですが、あれは歌のメロディーはゆったり倍の長さになっててむしろゆったり半分のテンポに感じられる、実は90BPM)それにダンスや黒人音楽ではギター使わないんすよ。ジャジャジャーとかやらない。そういうのは、白人ロックの民が使う。ここらへんがまず前提となる基礎知識。

さて、私学生様と音楽の話をしようってときは、(楽器やらない人に楽理の話をしてもわからないから)まず歌詞をちゃんと味わおうって提案するわけです。そのために必要なのはまず、誰が何を歌っているのか、いつ、どこで、どんな状況でかを考えろっていうわけです。5W1Hっていうやつですか。これはいつでも大事ね。

ではこの曲は誰がいつどんな状況でなにを歌っているのか?

最初このPV見たときは、当然10代女子の歌かと思ってましたが、違いますね。OLさん、それも2、3年目ぐらいか。「ファンキー姉ちゃん」とかそう呼ばれちゃう感じで、すでに会社にもそれなりになれてるので20代なかば。

いつか?会社おわって男子も姉ちゃんも「旅立つ時間、ときめく時間」。7時はちょっと早いかな。ちょっと残業して7時半ぐらいっすか。これから会社の男子女子いっしょに遊びにいくんですね。

どこに行くんだろう?これが最大のポイントです。ファンキー男子と姉ちゃんなのでディスコだろうか?違う。なぜならディスコではギタージャッジャッジャーなんてダサい音楽は鳴らないからだ。考えられるのは、(1) V系ロックのバンドのライブ、(2) カラオケボックス、の二つぐらいで、男子が一緒にいくのだからロックのライブではない。広めのカラオケボックスなのです。驚きましたね。

ちょっと太っていやだとか、手柄取り上げられるとかもまあOLさんの世界ね。OLさんに手柄があるってのは単なる事務職ではないかもしれない。あとで「レバレッジ」とか出てくるから、証券会社の営業さんとか製薬会社のMRくらいで考えとけばいいのではないかと思う。

この曲のよさの一つは、1コーラス目から2コーラス目への時間の経過と気分の変化がはっきりしているところですね。上で対比してみたけど、2コーラス目になると、ファンキー男子はファンキー「幹事」になり、ファンキー姉ちゃんはファンキー「委員長」に昇格していて、まあカラオケボックスはもりあがってる感じですね。

ここでダンスについても言及すれば、上の区分の(a)の部分の股開く動作や(b)の勝負パンツ見せる動作とかはあんまりセクシーじゃなくて、むしろ下品。「あたし毎日勝負パンツ履いてんのにぜんぜんだめだわ、がはは」。ここで「ファンキー」というのは「陽気な」「おどけた」「品のない」ぐらいの意味で理解されてると思う。

対比したのでわかりやすいと思いますが、1番から2番に移行すると、「全部忘れたい」→「全部忘れるよ」、「涙が止まらない」→「慰めはいらない」、こんなにすごく切ない」→「心がずいぶん軽くなる、おなかがへった」、って感じでポジティブになってる。お腹が減ったはとてもよくて、それまで飯を食う気にさえなれない軽い鬱だったのがなおって欲求が回復したわけですわね。エクササイズと食事と睡眠は大事です。

まあ歌詞はこういう感じ。つまり、私が読むところによれば、証券会社勤続2、3年めの女子が、男子といっしょにカラオケに行って、ロックで適当におどけて歌って踊って元気になって、少し元気になってうどん食って帰る、というそういう歌なわけです。平日夜なのか、金曜の夜かはわからん。

音楽的には上の表の(a)と(b)のところはさっきも述べたE7(#9)。これは「ミ」と「ミ♭」の音が一緒に鳴っているので、ギャーンという感じの一番きつい不協和な感じの音です。ずっとそれに支配されている。そのあとの(c)のところでコード進行が| A | E | B | E | ってな感じの進行があって、これがカデンツ(ケーデンス)ってやつです。キーがEのときに、AやBのコード(特にドミナントコードと呼ばれるB)を鳴らすと、キーが「確定」するんですわ。キー(調性)はやはりEだ、イントロから続いているE7の厳しい感じを強調する感じになってます。「うちらはなにをしてもEなのだ!これからもずっとあのイライラしたE7(#9)なのだ!」って言われる感じね。

ところが、そのあと無理やり| F | E |とやってキーをAに転調するんですわ。ここが一回目のききどころですね。E F# G G# (ミファソソ#)って盛り上がっていくところです。Eの圧力に対抗して、無理やり歌って踊って盛り上げてる感じ。

そのあとの(e)からのキーはA。これでさっきから(a)(b)(c)のパートでずっとなってたE7は、Aで解放されるためのドミナントでした、いままでずっと続くと思っていたEは、実はAで解放されるための前フリにすぎなかったのだ!、人生のスパイス程度のものなのだ、ってのがはっきりするわけです。これは快感。

このE (ドミナント、属和音)→A(トニック、主和音、主調)に転調、あるいは解決するっていう快感はもちろん定番で、これがないと西洋音楽はなにもできないってくらい定番ですが、単純にやるとものすごい効果がある。

サビの(e)ではダンスでバコーンで| A |F#m | D | E | これもケーデンス、ただし「いや、キーはEではなくAなのだ!」と強く主調している。さらにサビ(f)でももっと強くAが中心なのだ、われわれはAなのだ、と主張するわけです。ここは本当にきもちがいい。

特に(f)の「こころが少し軽くなる」のところでは、音楽では2拍4拍を強調し、ダンスでも2と4で腕を上にアゲアゲにして一番からだが大きくみせて、さらに女子が横向いているので乳や脇を見せつけて、腰も浮いて非常にセクシーになってる。最初の方で、もううちら全然だめで芸もないから、ウケるにはファンキーに股開いたりケツとパンツ見せたりするしかないわあ、みたいな下品で低級な(?)女になってたところが、ここではきちっと上を向いてそこそこ上品なセクシーさを出して踊れるようになってるわけです。さらにリズム的にもうるさいごちゃごちゃがなくなって、聴感ではテンポが半分になってゆったりアゲいるように聞こえると思う。

(f)のところのダンスは、「こころが少し軽くなる」のところの横向いて手を上げるのもいいんですが、そのあとの「帰りにうどん食べてくわ」のところの「わ」のところの小さいジャンプもものすごく効いてますね。あの小さいジャンプがないと、心が軽くなってるところがわからない、あれが最大のキモだと思います。イラついたOLもカラオケで元気になれば小学生のようにちょんと飛べるようになるのだ。

2コーラスめ歌ったあともイライラしたE7(#9)のギターは再び攻めてきますが、それにつづく間奏はもう一発ではなく、歌謡曲的なホーンの勝利のラッパがなって 1)これを本物のホーンを使わずにキーボードのチープな音にしているのもよい。 、2番のサビの歌詞を繰り返しておわる。最後にイントロのリズムがもどってきますが、最初の(#9)のトゲは抜かれている。これは名曲・名ダンスです。

まあ、この曲の主人公の女子たちは正直いって安い。安いというのは、お金もないし、趣味もそれほどよくないかもしれないし、芸もあんまりないかもしれないし、勝負パンツは履いてるのに彼氏もいないし、仕事もうまくいかずに上司から怒られたりで不満だらけだし、ダイエットもうまくいかないまま年をとりつつある。不安だらけ。六本木でR&BやEDMで踊っているようなセクシーな姉さんたちにはダサいとバカにされてるかもしれない。でもカラオケでみんなで歌って騒いで踊って楽しくやれば、明日を生きることはできるのです。大衆向けの曲というのはこういうふうにできてないとならん。

私、震災のあとに「フォーチュンクッキー」を聞いて音楽やダンスの力を感じて、アイドル曲のプロダクションのよさがやっとわかるようになったんですが、このバコーンはその前で、曲の造りや腕をぐるぐる回すダンスなんかに影響が見えてる気もしますね。音楽とダンスにはストレスから解放してとりあえずうどん食いたくならせるような力があるわけです 2)というか、「フォーチュンクッキー」が「バコーン」へのオマージュでありアンサーソングであった、という可能性は十分あると思う。

どうもこのユニットはおとなになって解散したようですが、この曲の主人公たちの年齢になったところで解散というわけですね。その成長とかも、まあライブで(f)で「ん・オー・ん・オー」ってライト振り回して応援しているオタ兄さんたちにはよかったでしょうな。


あと、音楽の話で、E7(#9)の音ってのはジミヘンのこんな感じ。

ジャジャジャーはいろいろあるけどこれ。正直、ジャッジャッジャーのリズムはものすごくダサい。つんく先生はださすぎないようにいろいろ工夫してます。なにを工夫しているかはよく聞いて考えてください。

一番大事な、一発もので5度下に進行して快感があるってのはこの曲。E7でじりじりしていて、「おれ、もうブリッジいっていいか?いっていいか?ブリッジいっていいか?」ってやってAに落ちるのが気持ちいい(実際にはEbとAb)。2:00〜2:30ぐらい。単純にやればこれでも気持ちいいんですが、大衆にはわからんからつんく先生みたいにする必要がある。

まあこの曲の主人公がカラオケのあと発展してセックスマシーンだったということはないとおもいます。


→ 歌詞を考える

References[ + ]

1. これを本物のホーンを使わずにキーボードのチープな音にしているのもよい。
2. というか、「フォーチュンクッキー」が「バコーン」へのオマージュでありアンサーソングであった、という可能性は十分あると思う。

欅坂の「月曜日の朝、スカートを切られた」も名曲

「月曜の朝、スカートを切られた」も名曲。

なんかこんな感じで秋元康先生の作詞した曲が非難されていました。まあ先生について好き嫌いはあっても才能がないってことはないだろう、ってんでPVで聞いてみたんですが、拙者、一発で打ちのめされましたグホぉ。これは一流の職人さんたちによる最高級の作品ではないですか。歌詞はこっち。 作曲は饗庭純先生。

イントロはDのペダル(持続する低音)のうえでDm – C – Bb – C ってやるよくあるやつ、でもこのDmを中心にしたペダルって、いろいろ因縁があって、一番有名なのはオーネット・コールマン先生のLonely Womanですね。Dのペダルってんで、そこそこ詳しい人は誰でも連想するんちゃうかな。あ、もっと有名なのがあった。ドアーズのジ・エンド。でもまあDの上にDm C Bb Cってトライアド(三和音)のせるのはよくつかうやつです。この進行だと不穏なDmは強く感じるけど、まだそれが主調なのかどうかはよくわからない 1)あとDmつまりニ短調で有名なのはモーツァルトのピアノ協奏曲20番とか、『ドンジョヴァンニ』の序曲と地獄堕ちとか。。こう、デモーニッシュっていうか暗くて情熱的な調性だと意識されてる感じ。

んで、Aメロの歌詞はごくふつうの中二病ね。

「どうして学校へいかなきゃいけない〜」とかまあベタな感じ。拙者はアイドルグループうといのですが、AKBとかにくらべて坂の方はネガティブで抑圧された曲が多く、歌詞も男子一人称が基本だと思ってて、そういうつもりで聞いてました。

コード進行はDm Bb F Cを4回繰り返していて、よくあるパターン。こういうののキーがなんであるのかは拙者いまだによくわかってません。VIm-IV-I-Vなんかな。6415。基本的にはFがキーだと思うんだけど、Dmにも思える。2拍ずつコードが進行していて、あるエネルギーというか活発さがある。イライラというネガティブなエネルギーだけどね。

Bメロはすごくよくて、わたしそこでいかれました。

歌詞は「反抗したいほど熱いものものもなくうけいれてしまうほど従順でもなくあと何年だろうここから出るには……大人になるため嘘になれろ!」いいじゃないっすか。

コード進行は Bb C Am Dm Bb Am Gm A(A7)だけど、各コードがAメロの倍の長さになってる。AmやGmていうそれまで出てこなかったコードが出てきて、やっとキーがFだっていうのがはっきりする。語り手のある覚悟みたいなのが出てくる感じね。ところが最後でA7が鳴ることによって実は本当のキーはDmなのだ、って宣言されるところがこの曲のミソですわね。ベタだけど拙者は感動しますね。そして、でもA7からDmへの自然な落下という予定調和、というより宿命は、最後まで拒否されるのです。どんなにA7が強力でも、Dmに落ちちゃうことは受け入れないのだ。

ここまででもう主人公は言うべきことをすべて言っていて、2コーラス目の「月曜の朝スカート切られた」ってのはもう実はなんでもいい。

本当は、「月曜の朝トイレにとじこめられた」でも「同級生にカツアゲされた」でも「いやがってるのにコブラツイストきめられた」でも、気の弱い男子があいそうな災難だったらなんでもいいわけだけど、それじゃ情けなすぎて歌にならんしょ。「実は女子の歌でした」ってな感じにしてなんとか歌としての形をたもってると拙者は聞きましたね。

「トゥシューズに画鋲いれられた」でもよかったのかもしれないけど、それだと女子どうしのあれな関係を考えちゃうから 2)そしてそれを連想すると、んじゃこのグループはどうなっているのか、とか考えちゃうし。 、まあわかりやすい卑劣な犯罪ってのでスカート切りぐらい使うのは選択として悪くないと思う。「学校のおばちゃん先生からスカート丈についてぐちぐち説教された」ではやはり歌にならんし。スカート切りぐらいわかりやすい邪悪な存在じゃないとね。だれもスカート切りを擁護しようなんてこと考えないっしょ。

まあ、われわれが出会う理不尽な出来事だったらなんでもよい。そして、われわれはそれには慣れているのです。悲鳴なんかあげてる場合ではないです(もちろんここで主調のDmへ導くA7が鳴る)。どうしても生き延びるのです。だってこれから先も、満員電車みたいな教室や職場でどうしても生き延びなきゃならんのですから。こんなクソみたいな場所は、生き延びれば勝ちなのですからね。

この歌詞はものすごくベタで、実際にこの世界を生きている人間は、こうしたベタな思考さえがいまではネットでも解体されて中二病と名付けられていることを知っているわけです。真実がネットで見つかるわけがないのもわかってる。こんなぐだぐだ定型の反抗をすることさえ、いまの若者たちはできないんじゃないかな。「いじめられても悲鳴はあげません」みたいな誇りでさえぐしゃぐしゃにされている。でもだからこそこういう歌が訴えるところがあるわけでね。

何回か聴き直すと、Bメロは(若手の?)男性ボーカルがうっすら残っていて、これはあえて残してますわね。男子の叫びでもあるわけよ。でも今はもうそれじゃ歌にならない。いまどき、男子が「大人も社会もクソだ、僕はいじめられても負けない」とか歌ってたって馬鹿じゃん?女子アイドルならまだいける。最後のリバーブとか切って生々しくした「あんたは私の何を知る?」っていう叫びみたいなのでさえ、もうわれわれは素では歌えないでしょ。

悲鳴はあげない。でも「悲鳴はあげない」ってしか言ってないってことに気づいてましたか?もちろん、この場合はスカート切られてしまってるわけだから、悲鳴あげたってしょうがない。悲鳴ってのは、パニくって、他人からの援助をもとめることだからね。こんな嘘だらけのクソな世界で生きていくには、悲鳴なんかあげたってしょうがないのだ。そのまま我慢することもあるだろうし、警察に行くこともあるだろうし、他のもっと直接的な対応を考えることもあるかもしれない。でも悲鳴なんかあげないのだ。そういう歌っしょ。痴漢にあってるその時点の歌じゃないよ。

こんな名曲、才能がないとかいったいなに聞いてるんですか。

まあでも私「坂」の演出とかはあんまり好きではないです。そういや、「君の名は希望」とかについて昔書きました

References[ + ]

1. あとDmつまりニ短調で有名なのはモーツァルトのピアノ協奏曲20番とか、『ドンジョヴァンニ』の序曲と地獄堕ちとか。。こう、デモーニッシュっていうか暗くて情熱的な調性だと意識されてる感じ。
2. そしてそれを連想すると、んじゃこのグループはどうなっているのか、とか考えちゃうし。

「木綿のハンカチーフ」も名曲だから歌詞を鑑賞しよう

松本隆先生という作詞家の先生がいて、まあ天才というかなんというか、80〜90年代の日本の音楽を作った巨人ですわね。この先生の作品を集めたCDを聞いてて、「松本先生は本当にすばらしいな」とか言ってたんですよ。

まあいろいろあって、社会学とか美学とか専門だったら「松本隆と日本のセクシュアリティ」とかって論文が書けるんかないかと思うくらい。そういうのはぼちぼち解説します。その手始めとして今日はウルトラスーパー超名曲「木綿のハンカチーフ」について、ちょっとだけ解説してみたい。

1975年の曲でいろいろあったみたいね。 https://goo.gl/OW6Kkb 実際、松本先生の歌詞では、80年代でも男性が高校卒業とともに都会に出て、女性が田舎で待つ、っていう形のがけっこうあって、これがふつうだったんよね。まあそれはよい。

歌詞はこっちね。 http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=35600

んで、まあこの曲を実際に聞くと、まず気づくのは、男性と女声が交互に話をしているってことね。あたりまえだけど。手紙の文面。それを女性ボーカルが交互に歌っていて、太田裕美先生は歌うまくてすばらしい。コード進行はふつう、メロディーは自然でおぼえやすく筒美京平先生もえらい。

音楽的な聞きどころは、男性の方(Aメロ)のコード進行は

I- VIm – IIIm – IV -IIIm -IIm – V – I – VIm – IIIm – IIm – V  – I

みたいな堂々としたメジャー進行、特に最後の「君への贈り物を探すつもりだ」がIIm− V – Iというベートーベンみたいな進行なのがよいです。この男は自信があるのだ。

女性の方(Bメロ)は

VIm – IIIm – IIm – V – I – I7  – IV – IIIm -VI7 – IIm – IV – I

というはっきりマイナーな進行。特に最後の「染まらないで帰って、染まらないで帰って」の最後がIV- Iといういわゆる女性進行、フェミニンエンディングになってるのがおもしろいですね。(あら、女性終止じゃなくてアーメン終止でした)なんというか、「お勉強してつくりました」っていうのがはっきりしている。

2コーラス目、「流行りの指輪」を送るわけですが、ここで変だと思うべきだと思うですよ。流行りの指輪ってほんとにある?流行りのバッグやネックレスならわかりますよ。指輪に流行りすたりそんなありますかね。あるとしても、それって今なら7000円とか8000円とかの話なんちゃうかな。だからこの指輪は安い。お金がない。でも、半年たってなんとか送るのだ。

この次の歌詞がものすごくいいですね。松本先生の天才。「いいえ、星のダイヤも海に眠る真珠も、きっとあなたのキスほどきらめくはずないもの」。天才。こんな歌詞書けるやつはめったにいない。いやもちろん、この歌詞を見たあとなら、誰だって陳腐だっていえますよ。でも「星のダイヤ」「海に眠る真珠」ってほんとにおもいつきますか?これは天才の作品なのです。私これ聞いてたとき、「いいえ、欲しいの、ダイヤも」ってきこえてて、へんだなっておもってました。星のダイヤなのです。

そして、あなたのキスほどよくない、ってのは、このカップルはすでにいなかでニャンニャンワンワン楽しんでるわけですわね。まあそれはよいです。青年はそれを置いて都会に出てるし、女子もそれも理解しているわけです。そんな純な関係じゃないよ。

3コーラス目はひどい。「よー、お前まだ化粧もしねーの?口紅ぐらいぬったらどうよ、都会の女はきれいだよ」ですよ。いくら田舎だって口紅ぐらい塗りますわよ。彼は都会で化粧うまい人々と遊んでます、ってことよね。もう田舎の化粧ちゃんとできない女なんかどうでもいい。何年たったかしらんけど、スーツも買えるようになりました。いまだったら学生さんでも入学式その他のためのスーツ1着ぐらいもってるでしょうけど、1975年、上下そろえるだけでもたいへんだったんですね。

見間違うようなスーツを着た僕の写真を見てくれ。初登場は1970.

これに対する女子の答えがよくて、「木枯らしのビル街で体に気をつけろよ」ですよ。この青年が、学歴その他各種の資源をもってなくて厳しい状況で上京したのは誰でもわかってるわけです。でも彼は向上心があって、スーツを来て、お化粧した女性と遊ぶことができるようになった。でもそれって、この世代ではそれほどかんたんなことではないし、下手すると体を張っている仕事をしてるかもしれませんね。スーツを着て体を張る仕事といえば、あれですね。私の好きな蒲郡風太郎 1)ジョージ秋山先生の『銭ゲバ』の主人公。 や毒薬仁太郎先生 2)同じくジョージ秋山先生の作品の複数に登場する重要脇役。 の世界。彼女の「都会は厳しいけど体に気をつけて」っていうのは、そういうのを暗黙のうちに理解しての話なわけです。もうあんたとは遠くなったけど、死なないでね。

4コーラス目。彼氏は、街角で毎日愉快に暮らしているけど、田舎には帰れない。なぜだろう。ちょっとぐらい帰省すればいいのに。正月とかお盆とか帰るものです。でも帰れない。帰りの旅費もないのかもしれないし、帰る面目もないのかもしれない。つらい。私もそういう時期がありました。田舎を出てからもう帰れなくなる人々っていうのがいるんですよ。これ1975年なので、最悪の場合、映画「仁義なき戦い」みたいな抗争に巻き込まれて帰れなくなるっていうこともありえます。作詞としてはそれ狙ってるでしょうね。

オリのスーツ姿もいいだろうがよ

女子の答えはもちろん、最後に一つだけのおねだり、涙をふくハンカチちょうだい。いいですね。でもこれって、ふつう女性の発想じゃないですわ。むしろ母親とかの発想よね。謙虚とか献身とかっていうのは女性の美徳とされてるけど、本気でカップル相手としての男にそういう態度示す女なんかめったにいないんじゃないですかね。ふつうに考えれば、この女子も、彼が上京したあとは田舎で別の男子といろいろあったでしょう。だからこそあんまりおねだりせずにいられたわけでね。この件についてはそのうちジョージマイケル先生の歌詞を検討するときにもう一度確認します。とにかく、この女子はふつうの女子ではない。

恋人ではなく、母親である、というのは十分ありえる。そうでなければ、彼氏の頭のなかの妄想で、それが、この曲の女子の部分の特別な音響効果を説明する。よく聞くとわかるんですが、男子のセリフのところはエコーとかがない素(す)の発音で、女子のセリフ部分はディレイがかかってて声がダブルになってるのがわかると思う。当時よくある技術ですが、現実感を薄めてくれるわけね。男子のほうが現実の男子だとしても、女子の方は現実のものではない。

でもまあそれがいいわけですよ。男子はみんな都会に出て苦労して、そんなかっこよく生きることができず、そんなときに田舎にいる彼女が自分をずっと応援してくれてると思いたい。あるいはママみたいな存在がずっと自分を応援してくれててほしい。都会で働いたりしていると悔しいことばっかりで死にそうだから、だれか自分を応援してくれててもいいじゃないか。すごくやばくて、もう田舎に帰ることさえできなくなったときに、誰か泣いてくれる子がいてもいいじゃないか、そういう歌なわけだよ。遠距離カップルが破綻するとかそういう歌じゃないわけですわ。

有川浩先生という人がこの曲の歌詞について書いてたのをみたんですが、ぜんぜんだめだと思いますね。http://www.sankei.com/west/news/140816/wst1408160004-n1.html


(1/5追記)

この曲、さらに研究したんですが、やっぱりすごい曲よね。他に書き漏らしている点も上げておきます。
太田裕美先生の声質と唱法は非常に重要。声のキャラクターってのは大事で、太田先生の声は明るいというかものすごく外向的ですよね。それにビブラートとかも美しい。おそらくオペラ歌手とかだとモーツァルトとかでいうと、「スーブレット」って呼ばれる、気の利く賢い小間使い役みたいなのに合う声とされるんじゃないかと思います。モーツァルトでいうと、『フィガロの結婚』のスザンナ、『コジファントゥッテ』のデスピーナ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナとかそういう感じ。なんでもよくわかっていて男心を手玉にとって操ります、って声よね。自衛官の女性が歌っている動画がすごく印象的なんですが、この人もすごいよねえ。なんかこのタイプの声の人は、こういうルックスでもある。ビブラートうまい人は化粧もうまい。

あ、クラシック女声の声質の分類はこの動画がわかりやすいわ。まあポップ音楽はまた別の分類があるはずだけど、声質によるキャラクターというのは重要よね。

男子は最初っから贈り物贈り物、って物のことばっかり言ってるけど、よく考えると、これって最初からこういう人のはずがないよね。人間の動機づけみたいなのは報酬があって成立するわけで、この男子が女子に、なんか物をあげたら喜んでくれたので、それが強化されている。おそらく心理学でいうところのオペラント条件づけですわ。どうしたら女子が喜ぶのかわからないなとおもってたらお金やものあげたら喜んでくれたので、もっと喜ばせたいのでお金を稼ぎます。

2コーラス目、「きっとあなたのキスほどきらめくはずない」ですが、これ、キスしかさせてない可能性があることに気づきました。さらには、それさえもさせてない可能性もある。きっとあなたのキスはとてもいいでしょうね、したことないしこれからもしませんが。

3コーラス目、女子が化粧してないのはこの男子の前でだけね。そういう女子がすきなのがわかってるから化粧しないふりしているのか、面倒だからわざわざ化粧しないのか。あと、草に寝転ぶ男子が好きなのは、犬とか牛とかと同じカテゴリーなのではないか。

4コーラス目、「最後のわがまま贈り物をねだるわ」っていうんですが、これ、ふつうの人は「この女子の*はじめての*おねだりが木綿のハンカチなのだな、なんて質素でいい子なんだ」って思うわけですが、それまでわがまま言ってないとか、それまでなにももらってないとかってことは言われてないですよね。そもそも2コーラス目で指輪もらってるし、もっとたくさんいろいろもらってるはずだ。お前牛みたいなやつなのに自分のスーツなんか買ってないで贈り物よこせ、とか、なんだもう金が続かないのか、んじゃ最後の金でハンカチも買ってよこせ。いわゆるケツの毛まで抜かれている状態なのかもしれない。

というか、聞き所の一つは、男子の「恋人よ」って呼びかけかけに対して、女子が3回「いいえ」で答えてることですね。これはやばい。大昔に、「押し付けに抵抗する」というエントリを書いたんですが、他人の言うことを聞かないひとというのはおそろしい。まあこれは男子も女子も両方ね。この件に関しては、椎名林檎先生のカバー音源の最後がそれを強調したおもしろい解釈をしてますね

とか考えてたらおそろしくなりました。ははは。


2017/12/7追記。

最近また聞き直したんですが、やっぱり太田先生が女性側を歌うときのビブラートが素敵すぎますね。あれで田舎でまじめに暮らしている化粧もできないダサい女子、というのはないと思う。本当に音楽っていいですね。

あと、あんまり意識してなかったけどこの曲ところどころ女性コーラスがはいってるんですよね。どこに入ってるか聞いてみてください。基本的に「アー」とか「ハー」とかそういう歌詞のないコーラスは、言いたいけど言わない別のことを表現している、ってかんがえていいんじゃないかと思います。女性の方にくっついてますね。

そしてなにより最後の「はーあ↓」みたいな感じのコーラスが最高で、これは語り手の男性でも女性でもなく、ずっとそのやりとりを聞いていたリスナーの声だと思います。「あーあ、そうなるよなあ」って声。ペーソス。

References[ + ]

1. ジョージ秋山先生の『銭ゲバ』の主人公。
2. 同じくジョージ秋山先生の作品の複数に登場する重要脇役。