進捗どうですか (14)

進捗だめです。

しばらくつらくて死にそうでした。国際功利主義学会というところで発表しなければならなかったわけです。ずっと気になってたんですが手をつけられない状態になっていてぜんぜんだめ。プログラムやアブストラクトを見ると海外の大物や、国内の大家か俊英で、私みたいな研究者モドキはいないじゃないの。うわー、怖いー。

最悪の場合は5月にやった発表のスライドをそのまま使おうと思っていたのですが、今開いてみると使いものにならない。そもそも私英語喋れないじゃん。前は少人数の研究会だったからブロークンな英語でも気合でなんとかなるだろう、みたいな感じで発表したのですが、さすがに国際功利主義学会ともなればそれじゃ危険すぎる。原稿書いて読みあげなきゃならん。でも気ばかりあせってなにも進まず。最悪。

発表1週間前のお盆前には完全に煮詰っていて、家から出られない状態に。エクササイズとかもできない。本気でキャンセル考えました。でもキャンセルしたら笑いものになるだろうしねえ。自己評価は最低レベル。っていうか絶望ってやつですなあ。これくらいひどい状態になったのは10年ぶりぐらい。その前となるとやっぱりその10年前。10年に1回のやばさ。

4日ぐらい前に大雨明けの深夜に散歩したらやっと正気に戻る。いや鴨川に飛び込むつもりではなかったですが、それまですごいやばい精神状態だったことに気づきました。やっぱりどんな煮え煮えになっても散歩とかしないとだめですよね。私はそういうのも忘れて部屋や台所は散らかりぱなし、飯はパンやコンビニ弁当、とかになっちゃう。それじゃだめなんですわ。皆さんも困ったら散歩やストレッチしましょう。

資料や昔の勉強メモみたいなのを見直して正気に戻ってくる。

まあ泣きながら書きつづけて、20分ぐらいのトークのため A4 8枚ぐらい書けたのが2日前。
こんなの
先に現地入りしている某偉い先生に送りつけて見てもらって、Google Handoutとかで電話。偉い先生は酔っぱらっていて「だめですね、でももうしょうがないからこれでやったら?」みたいな。泣きながら修正。明け方まで。そのまま移動するつもりだったけど寝てしまって起きたら昼前。やばい。とにかく移動。いくつか発表を聞いて心を落ちつける。みんな賢いなあ。某後輩の立派なキーノートスピーチを聞いて、偉くなったなあ、みたいな。宴会はパスして、チェアやってもらう別の某偉い先生に原稿送りつけてとりあえず仮眠。起きだしてさらに修正しているとその某偉い先生からの駄目出しが届いてうれしい。助かります。ってわけで朝まで。また寝てしまう。

本番。まあ内容はあれとして、発表時間はほぼぴったりだったけど質疑応答の英語ができない。もういい歳して恥ずかしいなあ。やっぱり英会話はいつも練習しておかないとね。若い人びとは本当に語学がんばってください。

夜は晴れて飲み会に軽く参加。若い人びとは勢いがあっていいですね。時代は変わった。


まあ今回は本気で反省しました。余計な学会発表とかするもんじゃないです。半年前の自分が何考えてたのかさっぱりわからない。どうもこの学会は覗いてみたかったんだけど、なにも発表しないのに行くのはいやだなあ、みたいなことを考えてたみたい。しかし自分の実力とかそういうのを把握しておくべきですよね。研修期間で時間があるからなんとかなるだろう、みたいなこと考えてたけど、時間あったって私のようなものはたいしたことはできない。新しいことをするのは無理なんだから、予定どおりこれまで勉強したことをなんとかまとめることを最優先で考えなきゃならない。英語で論文書いたり発表したり、みたいなのもこれまで頻繁にやってきたわけじゃないわけだし。この歳になって新しい技能を身につけるなんて無理。「汝自身を知れ」っていうのはやっぱり「身のほどを知れ」「分相応に生きろ」っていう意味だと思いますね。

まあ研修期間はまだ7ヶ月あります。いろいろやりなおし。人生は続くのです。









進捗どうですか (12)

進捗だめです。

某あれをするためにサムナー先生読みなおしたりそのまわりの文献ちょっと漁ったり。

督促された某翻訳にすごい時間とられてしまって、これはもううまく訳せなくて自己評価下がるしなんとかんとも。もはや常時パニック起こしている状態。けっこう真面目にやっても進まない。時間はかってみると1ページ2〜3時間かかって、それでもまともな日本語にならない。言いたいことはわかる気はするけど、わかりやすく訳そうとるすると原文にない言葉をたくさん入れなきゃなんなくなって翻訳ではなくなってしまう。すごく苦しみました。なんか時間の無駄感がある。

あんまり自己評価下がってあれだからブログ書いて息抜きしたり。

とにかく先送りしていることを片づけて心の落ちつきをとりもどそうとしたり。

こういう自己評価下がってパニック的な状況というのは何度かあったなあ、とかって昔の秘密日記読みなおしたり。1994年、OD 1年目ぐらいが1回目のそういう時期だったようです。そこらへんで、きちんと自分のプロジェクト管理みたいなのするっていうことをおぼえるか、あるいはそういうのができないのであれば別の道を考えるべきだったな、みたいなことを考えたり。いつも後ろ向きでよくないですね。

進捗どうですか (11)

進捗だめでした。

いろいろ反省しつつ、東京にいったついでに帰省したりして。ずいぶん長い間帰ってない親不孝を反省したり、街を歩いてあまりにも滅んだ昭和のままで暗い気分になったりいろいろ苦しみました。郷里は人口統計とか見ても超高齢社会になっていて、町内も更地や売り家ばっかり。新築の家なんてのもない。少子化とか過疎化とかってのの問題はやっぱり田舎でこそわかりますね。本当にやばい。

帰ってからは読まねばならないと思っている本を開いてもあんまり進まず。だめだめ。まあ土用の一番暑いときなのであんまり無理するのもいかんかな、みたいな。しょうがないので簡単なブログ書いたりamazonレビュー書いたり。そういうのしているとわりと楽しい。っていうか私余暇にそういうふうなことをして楽しむような人生設計するべきだったんですよね。ガチに研究するっていうのは向いてなかったかもしれない。今となっては遅いですけど。

やらねばならない翻訳の仕事の督促もあって、これがまたやっかいで時間かかるしなんかストレスたまります。うまく日本語にならずに自己評価も下る。ざっと訳すのでさえ、1ページ2時間以上かかる感じ。

っていうわけで、せっかく時間をもらっているのにひどく低調な1週間でしたが許してください。おそらく一番暑いところは抜けたんじゃないかと思うので、中盤戦です。これから9月なかばまで、夏は好きな季節ではあります。

とにかく作業にかかる時間を計測してだいたいの能力がわかった感じなので、ちゃんと生産計画立てていきたいと思います。同じ過ちをくりかえすのは避けたい。自信ないけど。まあ真面目に活動したことがなかったから自分の能力をちゃんと知ることができなかったわけです。そういうこと考えてるとだんだん暗くなってだめですね。それでも人生は進みます。ぴーす。

進捗どうですか (10)

進捗すごくだめです。

若手フォーラムで発表だったんですが、いろんな意味でだめで深く反省しています。どう反省しているかというのはまあここにはあんまり書きたくないので秘密です。まあ当然のことがらできないことはやっちゃだめだし、やるにしてももっとちゃんとやらねばならない。今回は作業時間とかいろいろ気をつけようとしていたにもかかわらずだめだったのでけっこうショックですね。とにかく勝手に理想を高くするのもだめだし、かといって甘い気持ちでやるのもだめ。自分が嫌いなタイプの人間に自分がなろうとしているのに気づかされました。まあそれがおやじってことだけど。

若い人々は元気があっていいな、とか。オヤジ抜きで自由そうな感じ。世話人の人々もなんか献身的で、ああいうのを世話人とか代替りしながら長く続けているのというのはすばらしいことだと思いました。彼らには未来がある。そういう人々のできるかぎりジャマにならないように気をつけたいです。

まあいろいろ整理して出直し。いろんな意味で自分の限界を見るよい機会になりました、とポジティブに考えたいです。

進捗どうですか (9)

進捗だめです。

びゅんびゅん時間が過ぎてました。

某発表のためにフェルドマンの議論をちゃんとおさえる、という短期的目標をたててWhat is this thing called happiness読んで、2週間以上かかってしまいました。やっぱりこの本おもしろいなあ。時間測ってたんですが、40〜50時間ぐらいかかってる感じですね。14章と付録があって、まあ1章2時間弱みたいな感じ。ちょっとかかりすぎな気もします。もっとさくっと読める人は多いと思います。論述とかは難しくないけど、いろいろ考えさせられて私はそんな速く読むことはできませんでした。

それにしても本を読むのにどれくらいかかるか計測してみるというのはおもしろい経験でした。ぼんやり思ってるより時間がかかるし、1日にそんなに集中できる時間もそんなにはない。それにどんながんばったって飯食ったり寝たりしなきゃならんわけで、人間ができる活動というのは本当に限られていると思います。エクササイズとかもしないと調子悪くなるし。酒飲む時間やネットする時間だって大事だ。本とか、そんなたくさん読めないですよね。なんか時々膨大な「必読書リスト」みたいなのを提出してくる人がいますが、そういうのってどうなんかな。

もう一つ思ったのは、今回はずっと一人で読んでたけど、本当は読書会とかするべきですよね。読みまちがいとかにも気づくし、おかしいと思ったことを相談したり議論したりもできる。大学院とか進学を考えてる人は、そういう読書会や研究会が盛んなところを目指すのがよいと思います。私も大学院生のころはいろいろ読書会に参加して勉強になりました。オヤジになると、研究者志望の大学院生かかえているような大学の教員にでもならなければそういうのに参加しにくくなってどんどん知識も読解力も劣化してしまう。まあこれはしょうがないです。勉強は一人ではできないな、と思いましたし、そういう意味で私の勉強人生は終りに近づいている気がします。まだ終らんけど。ははは。

あとは国内の文献見直したりして。実はこの分野はあんまり文献ないんですよね。このフェルドマン先生とか、ヘイブロン先生とか、大学院生レベルではけっこう読んでいる人がいると思うんですが、みんなここらへんに言及して論文書けるようになるまでにはもうちょっとかかりますかね。パーフィットの名前を見かけるようになったのも90年代後半ぐらいだったし。サムナー先生の名前を見かけるようになった、ぐらいですか。

倫理学の根本問題の一つなんだけど、倫理学者が直接あつかっている文献は少ない。法哲学の人とかの方が盛んで、これは法哲の人はいきなりコンテンポラリーな文献見るけど倫理学専攻だと古典読まなきゃなんないっていうジレンマがあるからだと思いますね。大学院生からODの間に古典と格闘して、運よく大学教員とかになれたら今度は授業や業務が忙しくて勉強できないままに時間が過ぎて、たちまち白髪のおじいさん、みたいな感じ。私みたいに五十近くになるともう理解力が落ちてて新しいことは学ぶのに苦労する。多くの倫理学研究者がそういう経験をしてきたんだと思います。若い人びとは好きなことやってほしいですね。たいていの人は、いきなりカントやキェルケゴール勉強したい、って思って倫理学はじめたんじゃなくて、道徳なり幸福なりについて考えたいと思ってはじめて、カントやキェルケゴールはそのなかで出会った哲学者の一人に過ぎないだろうから。

それにしてもフェルドマン先生、一つの問題について本当によく考えているな、とか思います。スペシャリストは違うわ。途中でいろいろ幸福な人や不幸な人びとの仮想事例みたいなの出てくるんですが、私「論文書けない大学院生」みたいなのの典型例だなあとか思って読んだり。フェルドマン先生のまわりにもそういう人はたくさんいると思うんですが、どういう目で見てるんだろうなあとか。ははは。

What Is This Thing Called Happiness?
OUP Oxford (2010-03-18)
The Pursuit of Unhappiness: The Elusive Psychology of Well-Being
Oxford University Press, USA (2008-11-15)

Welfare, Happiness, and Ethics
Welfare, Happiness, and Ethics

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Oxford University Press, USA (1996-08-31)

進捗どうですか (8)

進捗だめです。

短期的には19日のあれの準備をしなければならず、そのための文献調べている段階です。遅すぎる。ネタは「幸福」なわけだけど、どの程度の話にするべきなのかよくわからないので過去の『哲学の探求』読んだり。まあなんにしても私はエレメンタリーな話しかできないわけですが。お客さんがどういう人びとか予想するっていうのは私は一番大事な作業だと思ってます。関東の哲学関係の院生とかの雰囲気というのはもうひとつ知らないし、研究の雰囲気なんかも違う気がする。あそこらの倫理学に対する関心もどれくらいあるのか、とか。私はどうも他のちゃんとした院生や研究者の人がいろんなことを知っていると勝手に想定して勝手に圧迫感じたりする悪い癖がある。

Huppert & Linley eds. Happiness and Well-beingっていう心理学系の有名論文のアンソロジーめくったり。4巻本だけど1巻目のコンセプト中心のだけ。概念的な話はまあ哲学者がやってるよりはやっぱり甘いところがあるみたいだけど私には十分啓発的なところがある。

ネットで青山拓央先生の「幸福の規範化と、私的な逸脱」とか見て、ずいぶん考えてることがちがうのがうーんとなってそれのターゲット論文になってる柏端達也先生の「幸福の形式」読んだり。ほんとぜんぜん考えてることが違う。どちらも日本の分析系の哲学を代表する先生ですが、倫理学の方はあんまり文献見たりする気はないのかな、とか。なにもないところからオリジナルに考えるというのもそれはそれで意味があるとは思います。

一番の大物はFred FeldmanのWhat is this thing called happinessを1冊読むことで、これは3日ぐらい集中的に読んでもうすこしかかる感じ。議論は非常に明晰でわかりやすいです。英語もやさしい。学部3回生ぐらいでも読めるのではないだろうか。哲学ってこういうものだよな、みたいな独特の感じがあって楽しめます。でもこの本読んでなにを議論しているか理解するためには、一回自分で幸福とかハピネスとかそういうものについて考えてみないとならんのよね。とりあえずおすすめなので哲学・倫理学系の院生の方とかはぜひ読みましょう。フェルドマン先生は「心理学者たちはコンセプトの話ちゃんとしてないのにいきなり計量とかしはじめやがって許せん」みたいな立場。私はもうちょっと学ぶところがある気はしてます。

日曜はキェルケゴール協会の年1回の大会。キェルケゴール研究している人は今ではすごく少なくなってしまいましたが、8人ぐらい個人発表で盛況。がんばってほしいです。まあ正直なところ私自身はもうキェルケゴール研究を真正面からする余裕がないのですが、重要な哲学者であることはまちがいがないので、若い人びとにはチャレンジしてほしい。

この協会はいったん(諸般の私の知らない事情で)活動停止したところをなんとかもう一回動かして細々とつなげているので、うまく若い人びとにバトンタッチしたい。

まあしかしキェルケゴールをキリスト教抜きに語ることはできないし、それだけでなくデンマーク語やったりヘーゲルっぽい思考の方法みたいなのにもなじまなきゃならなくて、正面からやるのはすごくたいへんですね。他の主流の哲学者、デカルトだのロックだのヒュームだのカントだのっていうのを研究するのに比べてすごく不利だとは思います。特に最初からキェルケゴール一本だと「哲学的な思考」みたいなのの訓練ができないところがあってやばい。

もし私自身けっきょくペーペーのまま倫理学研究者としては「モドキ」以上のものにはなれなかったわけですが、キェルケゴール研究したいという学生院生様がいたらアドバイスしたいことは、

  • デンマーク語は勉強しなければならないけど、そればっかりやるわけにはいかないので翻訳や英語とか使ってもかまわんだろう。
  • 二次文献はちゃんと見るべきだ。っていうか、ざっとキェルケゴール本人の読んだらすぐに二次文献集めてどういう解釈がありえるか考えてみて、そっから研究はじめる方がよいのではないかと思うです。キェルケゴールを素手で解釈に行くのはちょっとおすすめできない、というかそれの謎考えてるだけで一生が終ってしまう。
  • 二次文献を読めば、キェルケゴールの著作のどこがポイントなのかとか、どこに研究者の解釈の違いがあるのかとか、どこ引用すればいいのか、どこ読めばいいのか、みたいなのがわかる。もちろんそれらとあえて違う解釈、みんなが引用しないところ、読まないところ、とかを強調する手もある。でもそれはやっぱり二次文献ある程度読んだからこそできる話ではないのかな。国内では「虚心坦懐に原典を読む」みたいなのが推奨され、へたすると「二次文献に頼るな」みたいな雰囲気させあった時代がありましたが、わたしはおすすめできない。
  • 二次文献はネットでもたくさん手に入るし、有名書籍もあるし。日本の大学でふつうの教育受けてたらドイツ語までいくのは無理だろうからとりあえず英語論文見たらいいだろう。Kierkegaard Studies Yearbookとかで世界の研究動向がわかる。これはデンマークのキェルケゴール協会中心で、各年ターゲットの本を決めてけっこうな人数でつついている。英語圏のモノグラフみたいなのはもっとよい。Google Scholarとか使えばPDFでもいろいろ手に入る。
  • キェルケゴール内在的にやるのはおもしろくなりにくい。キェルケゴールがある本でなにを言ったか、ってのをだらだら書いておわり、ってことになってしまう。これは他の哲学研究者から見ると、「それのどこがおもしろいの?」みたいなことになっちゃう。やはり他の言語哲学なり倫理学なりキリスト教神学なり、自分のバックボーンになるものを作りつつキェルケゴールにあたらないとならんと思う。
  • 時間論でも存在論でもなんでも、伝記的事実としてキェルケゴールは哲学をまともに勉強したわけではない(っていうかなにもまじめに勉強しなかった)わけなので、彼の哲学が伝統的な哲学の文脈にそのまんまのっかるわけでなあいことは意識しておく必要がある。だからもしアカデミックな世界で生き残れるような形でキェルケゴールを研究したいのなら、キェルケゴール以外の正統派も勉強するべきだ。その上でキェルケゴールがどの程度魅力あるのかを考えたい。
  • 二十世紀のビッグな思想家がキェルケゴールを読んでどう言ったか、というのはやっぱり大事だしおもしろいけど、これもそのビッグな哲学者や神学者の解釈がキェルケゴール解釈として正しいとかそういうんではない。ビッグな思想家ほど他人の思想は自分に関心あるかぎりでつまみぐいして好きなことを言うわけだからして。そういうタイプの研究もけっこう負担が大きい。
  • なんにしても、哲学史上の人を扱う場合には、他の研究者の解釈と自分の解釈のどこが同じでどこが違うかを論じる必要があると思う。昭和の先生たちはまあキェルケゴールを自分なりに紹介すればそれだけで飯の種になったけど平成の諸君はそういうのは無理だと思うです。「おける論文」批判みたいなのもずいぶん強くなってるしねえ。

とかそういう感じかなあ。ほんと偉そうというかなまいきというかごめんなさい。これからも陰ながら応援してます。がんばってください。

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進捗どうですか (7)

進捗だめです。

先週はひどい週だったので、今週はいろいろ考えて活動しよう、みたいな。

なんといっても自分が何やってるのか記録をとってモニタリングするのが大事だろう、ってのでいろいろ勉強したり。

デヴィッド・バーンズ先生の『フィーリングGoodハンドブック』や、アブラモヴィッツの『ストレス軽減ワークブック』、ミルテンバーガー先生の『行動変容法入門』とか読んで先延ばしをふせぐための各種の工夫とか。紹介されているテクニックはどれもだいたい同じようなもんで、多くは「ライフハック」とかって名前で紹介されているものですね。ネットでも「行動記録 ライフハック」とかで検索するといろいろ出てきます。たとえば;とか。それにしても『行動変容法入門』はなんか人間を訓練するべき犬とかと同じように見てて怖くておもしろいです。20世紀なかばのアメリカの心理学実験室とかを連想しました。

とりあえず30分刻みぐらいで自分がなにをしているのか記録することに。前はTogglっていうアプリ使ってたけどもうひとつので、紙やエディタに適当に書いてく方がよさそう。今回はこんな感じでエディタに記録してみました。

08:00 準備、認知療法本読む
:30 執筆パーソン論
09:00 台所掃除
10:00 パーソン論
:00 パーソン論
11:00 パーソン論
:30 ジムへ移動
12:00 ジム

なんかいい歳してこんなことしているのは情けないですが、そういう自分に対する躾みたいなのをちゃんとしてこなかったためにこういう惨めなことになっているのでしょうがない。

今週の一番大きな課題は、2週間前に発表したパーソン論のその後みたいなのを紀要に載せるために書きなおすって作業でした。まあ上のような記録残しながらやったおかげでなんとか提出。「研究ノート」でいいや。

次は某フォーラムで発表するための幸福の話のリサーチと原稿書きしなければならないのですが、性的な同意の話なんかを読んだりしてしまいました。実はこっちの方の研究も「研究計画」に書いているのでやらねばならないのです。以前読んでたWertheimerのConsent to Sexual Relationsっていうのを読みなおしたり、関連する論文読んだりしながらブログ書いたり。

これの関係で自由と責任の話で有名なFischer & RavizzaのResponsibility and Control読んだり。たしかにこれは重要な本だということを確認したり。哲学関係の英語の本を1冊丸々読む、というのは時間の余裕がないとできないのでこの研修期間は貴重です。感謝感謝。

あとなんとか某学会の某原稿をあれしました。これはほんとうはもっとちゃんとやるべきだったかもしれないけど、やってもあんまり読まれないものだし、心理的にも手がつけられないから終り。

でもまあわりと私にしては生産的な1週間だったかなあ。その反動か土日はなんかどっと疲れが出たような感じで寝まくってしまいました。

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進捗どうですか (6)

進捗だめです。

いや、この1週間はぜんぜんだめでした。なにも進みません。どうも発表とかそういうの終るとなにも手につかなくなって無駄なことをして1週間ぐらいあっというまに過ぎちゃう。深酒とかも2回ぐらいしてしまった。ひどく反省してます。こう、ある状態になると、心落ち着かなくなって難しい本が読めなくなってしまうんですわ。延々ネットサーフィンしたり。いったんこの状態になると抜けだせない。つらい。もう子供じゃないんだからそういうのちゃんとしないとならんのに。

そういうわけで尊敬する小谷野敦先生の昔の本や新刊読みなおしたり、そっから村上春樹の新刊読んだりチェーホフの『ワーニャおじさん』読んだり。なぜか宮本輝とかも読んだり。すげー久しぶりに文学読んだ感じ。二十代なかばまではわりと文学好きだったんですが、そっからぜんぜん読まなくなってたんでそれなりに新鮮。しかしそういう世界とはずいぶん遠いところに来てしまった。

あとはThe Oxford Handbook of Sexual Conflict in Humans (おもしろい)とか読んだり。行動分析学みたいなのとか認知行動療法とか。もう支離滅裂な読書でこれではいかんです。

この前発表した内容を紀要に載せるべく手を加えようとしたりしてなんかおかしくしたり。

心落ちつかずに失なった1週間を思うとギギギという感じになります。うーん、まあなんか2ヶ月半ぐらい息をつめていろいろ勉強してたつもりなので、ここでいったんちょっと息抜きしたくなるのはしょうがないのか。

来週はちゃんと計画的にやります。コツコツやるしかないですよね。とりあえず紀要のやつ早くあれして、すぐに若手フォーラムのに手をつけないと。

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進捗どうですか (5)

進捗だめです。

2週間おきの月曜に書こうと思ってたんですが、間があいてしまいました。もう記憶がよくなくて2週間も前のことっていうのはおぼえてないので、毎週日曜日に書けたらいいなと思うです。

ちょっと記録見てみると(断片的な記録はいろんな形で残してます)、5月の最後はなんか脳死の勉強してましたね。実は私脳死については論文もどきとか書いたことないし、授業でもほとんどとりあげないので、有名論文とかまじめにあたってなかったんですわ。Michael B. green & Daniel Wiklerの”Brain death and personal identity” (1980)とか古いけどすごく優秀な論文だなあ、とか今ごろ感心してたり。ここらへんの有名論文もアンソロジー欲しいですね。

そのあとは、昨日土曜日の研究会で発表するためのレジュメを書く準備してあっというまの2週間でした。あせるばかりでちゃんと書けない。実際にキーボード叩いて文章を書いたのは3日ぐらいだけど、それまで同じ本や論文何回も読んだりうだうだしたりでもうねえ。とりあえず書いたのはこういうかんじ。

「パーソン論はどうなったの? 我々と同じ将来説、動物説、時間相対的利益説」

なんか文章おかしいところもあるし内容もつめきれてないけど今できるのはこんなもん。

それにしても文章書くの苦手で、それだけで大学教員とかになるべきじゃなかったって思いますね。こういうブログやツイッターみたいなのはそれほど嫌いじゃないのですが、論文みたいな形が決まったものは本当に苦手です。

研究会はいろいろ勉強になりました。自分のはまああれだけど、他のは動物実験反対とか不妊治療とか優先主義とか精神医療と地域社会とか。内容も勉強になったし、文章うまい先生のとか見ていろいろ考えたたり。優先主義とかせめて話がわかる程度に勉強しとかなきゃならんな、とか。

まああとそういう研究会とか出ちゃうとちょっと攻撃的になっちゃってだめだ、みたいなのは今回もあれしましたね。これは自分でも困ってるんですけどね。口を開けば攻撃的になるというのはこれはやばい。研究会とか学会とか、ここしばらく意識的におとなしくしてたんですが、どうもあれです。これも落ちついた大人になれないまま終ってしまいそうです。

これから夏本番に向けて、翻訳とか某発表とか某発表とかまだまだ仕事があって、ぜんぜん休むヒマがなくて、かえって仕事しすぎで早死にするんじゃないかとか心配したり。やばい。