恋愛の類型学 (3) スタンバーグ先生の恋愛物語理論

恋愛の類型学、つまりタイプ分けに関しては、ジョン・アラン・リー先生の恋愛の色彩理論とロバート・スタンバーグ先生の恋愛三角形理論が有名で、ネットにもけっこう転がっていますね。私もちょっと紹介しました。 スタンバーグ先生の三 … 続きを読む 恋愛の類型学 (3) スタンバーグ先生の恋愛物語理論

『不安の概念』(15) 人間は心的なものと肉体的なものの総合である

『不安の概念』読み直すの、もう完全に飽きてるんですが、まあ第1章ぐらいおわらないとね。 第1章の第5節〜6節では、『死に至る病』で主要テーマとして扱われる「人間は総合だ」とかってのが頻出するわけですが、これをどう解釈する … 続きを読む 『不安の概念』(15) 人間は心的なものと肉体的なものの総合である

『不安の概念』(14) 「自由」はいわゆる積極的自由だと思うの

前エントリのキェルケゴール(実は『不安の概念』の著者ヴィギリウス・ハウフニエンシス、またの名を「コペンハーゲンの夜警人」)の「自由」は強制されない自由か、するべきこと/ただしいことをする自由か、ていう問題はけっこう大きな … 続きを読む 『不安の概念』(14) 「自由」はいわゆる積極的自由だと思うの

『不安の概念』(13) 不安は可能性の可能性として自由の現実性であーる

  まあもう飽きてきました。きりがないしねえ。でももうちょっとだけね。   「私は不安が恐怖やそれに似た諸概念とはまったく異なったものであることに注意を促したいと思う。それらの概念は何かある特定のもの … 続きを読む 『不安の概念』(13) 不安は可能性の可能性として自由の現実性であーる

『不安の概念』(12) なにができるかわからず不安です

今日もちょっと写経してみる。夏の午前中はいいですなあ。第1章第5節ね。 不安は夢見つつある精神の規定であり、そのようなものとしては心理学に属する。 また「規定」と「精神」が出てきた。まあ「精神」ってのはとりあえず自己反省 … 続きを読む 『不安の概念』(12) なにができるかわからず不安です

『不安の概念』(11) 無が不安を生む

わからんのでまず和訳の写経だけしてみる。 この状態(無垢)には平和と安息がある。しかし同時にそこには何か別のものがある。といっても別に不和や争いではない。事実そこには争いの種になるようなものは何もない。ではいったいそれは … 続きを読む 『不安の概念』(11) 無が不安を生む

『不安の概念』(10) 無垢において人間は精神として規定されない

んで、『不安の概念』第1章第5節。ここねえ、本気でどう読むんでしょうね。 「無垢は無知である。」 まあこれはいいや。次。 「無垢において人間は精神として規定されないで、彼の自然性と直接に統一されて、心として規定される。」 … 続きを読む 『不安の概念』(10) 無垢において人間は精神として規定されない

『不安の概念』(9) キェルケゴール学者はパラフレーズできるか

「レポートの書き方」みたいなのでは、学生様たちに「パラフレーズしろ、パラフレーズできてはじめてその文章の内容がわかったといえるのだよ」みたいなことを言ってるわけですが、キェルケゴール関係だと学者様たちもほとんどパラフレー … 続きを読む 『不安の概念』(9) キェルケゴール学者はパラフレーズできるか

『不安の概念』(8) 「規定」の意味がわかりません、ははは

んで問題の第1章第5節「不安の概念」というタイトルと同名の節をよみたいわけだけど、ここで止まってしまいました。 この節は「不安は夢見つつある精神の規定である」とかその手の超有名フレーズが頻発するんだけど、この「規定である … 続きを読む 『不安の概念』(8) 「規定」の意味がわかりません、ははは

『不安の概念』(7) 人間は欲情をもって生まれる罪深い存在なんだ……

もういっちょ引用。 人間には原罪が存在することについて、プロテスタント教会が最も力を入れ、真に最も積極的な表現を用いているのは、ほかでもなく人間が欲情concupiscentiaを持って生まれてくるという点である。「自然 … 続きを読む 『不安の概念』(7) 人間は欲情をもって生まれる罪深い存在なんだ……