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けやき坂46の「誰よりも高く跳べ!」は放送禁止にしてはどうか

欅坂の「誰よりも高く跳べ!」はまさに大名曲なのですが、それゆえにまったく恐ろしい曲です。

前に書いた聴取ポイントリストとともに聞きましょう。私、30回ぐらい聞きましたが恐ろしい名曲ですね。

 

アーティスト名、曲名、ジャンルはいいですね。ジャンルはJ-Pop、アイドル音楽。でもこの分類でいいのかどうか。
リズムパターンは基本は4つ打ちダンス。
楽器編成は非常に分厚くて豪華です。打ち込みドラム、シンセベース、左右2本(ガットとエレキ)、キーボード、ホーンセクション系、ストリングセクション系、それから最初からぴょーんってやってるシンセと、うしろの方で出てくるもっとエッジの効いたエレピ、コーラス(欅坂と男声と女声)
テンポは130BPMぐらい、ダンスとしてはちょっと速い、いかにも高揚している感じ、踊ってると頬が紅潮しますね。

アーティスト情報は自明だから今回はいいでしょう。

歌詞まず基本だけおさえます。語り手の性別は不明だけど基本は少年、中学2年生〜高校2年ぐらい。主人公は語り手本人、語りかけられているのはよくわからないけどおそらく同世代の他人、あるいは自分自身。

これだけおさえて歌詞と音楽いっしょに行きましょう。

イントロ。ガガって感じでガットギターからはじまってるのかっこいいですね。先走ってかきむしってます。すぐにシンセがぴょーってやってすぐにうようよ、さらにドラムとホーンが入る。ベースも下の方でうようよ。この高揚感はただごとではない。

コード進行は | C | B7 | Em | G |で、キーは基本的にはEmというマイナーキー。これはB7が一応軽く決定しています。でもGってメジャーだって聞く方法もある。まあEmなのかGなのか、ていう曖昧さがある。しかしものすごい肯定的な感じですね。

| C | B7 | 誰よりも高く跳べ!
| Em | G | 助走をつけて大地を蹴れ!
| C | B7 | Em | G | すべてを 断ち切り あの柵を越えろ!
| C | B7 | Em | A | 自由の翼を すぐに手に入れるんだ
|C | 気持ちからTake off
| Am | One Two ThreeでTake off
| Em |ここじゃない ここじゃない
| Em | G | Em | ここじゃない どこかへ…

いきなりサビ。このサビすばらしい。「すべ」「てを」「たち」「きり」って感じが、はあはあ息が切れてる感じ。あの柵をなんとしてもこえるのだ。でも柵ってなんだろう。

「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」の最後のところのAのコードがものすごく強くて利いていて、何回きいてもぐっときます。ここじゃないからテイクオフするんです。最後はGかEmかと争って、結局Emでおわって、音楽的に全体がEmであることが確定する。でもあんな派手なのにこのサビの終わりへんだよね。誰だって違和感があるはず。落ち着きが悪い。

Em | Am | B7 | Em / C B7 | 自分で勝手に 限界を決めていたよ
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 世界とは 常識の内側にあるって…
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 無理してみても 何もいいことない
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 大人たちに 教えられてきたのは妥協さ

メロディーラインは普通、歌詞内容もふつうの欅系。1小節に1コード、4小節目だけC / B7 が入って強く推進する。なにもいいことがないようです。

Am / D | Bm / Em | Am / D | Bm / Em | 空の涯に向かい 風は吹き続ける
Am / D | Bm / Em / C#dim | Am B7 |見上げてるだけでいいのかい?もったいない

ここいいですよね。1小節に2コードはいって忙しい。高揚が激しい。歌詞として注目するべきは、風が空に向かって吹いていることです。

クエスチョン:あなたは風が空に向かって吹いていると感じたことがありますか?それはどこですか?

丘の上とかビルの上とかですか。そういう高い場所はたしかに風が上に向かって吹いている感じがする。そういうところで空に飛べる風が吹いているのを見送るのはもったない。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

サビすばらしい。丘の上か、ビルの上で、自分に「さあ前に遠く跳べ!」って歌ってます。見る前に跳べ!ジャーンプ。ジャイアントステップ!誰かが追っかけてくるかもしれないけど、大きく跳べ!

君の/僕の 翼を太陽が照らすだろうってのはいいですね。あれ、でもそうすると、なんか翼をつけてる蝋が溶けちゃうかも、って話を聞いたことないですか?私の記憶だとずいぶんむかしにそうやって空を飛んだひとがいてイカロスとかそういう名前だったか……できる、行ける、もう少しいけばいける……

短い間奏がはいって、ドラムがドタドタやってなんかリプレイな感じ。失敗してやりなおしてる感じ。もう一度だ。

立ちはだかる 困難や障害は
これからもきっと 避けることは出来ない
背を向けるより 正面突破しよう!
どんな夢も予想つかない
明日にあるんだ

なにやったって辛いことは避けられません。正面突破だ。でもどっちに?あ、目の前の金網を飛び越えることで正面突破するんすね。

錆びたルールなんか 重い鎖だろう
飼い慣らされてて いいのかい? 頷くな!

ここのところの息の切れてるもいい。錆びたルールってなんだろう?絶対破ってはいけないルールよね。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

このコーラス、うっすら男声も入ってて分厚くていいんですよね。それにシンセとかびょろびょろいっててすごい。「僕/君はできる、できるはずだ」しかしもう1回リプレイ。もう少しなのだ。

| Am | D | G | G |金網の外 眺めてるだけじゃ
| C#dim | C | 何にも変わらない
| Am / Bm | Eb / B7 |どこ向いても立ち入り禁止だらけさ

ここいったん落ち着いてる。よく考えるのだ。コード進行はおもしろくて、調性がわかならくなる。ぐだぐだ考えてる感じね。特にC#dimとか。Ebで混乱は最高だけど、最後はB7(ドミナント)でやっぱりEmへ向かうことに決めた。B7はEmへ解決/5度落ちる強い力をもっているのです。調性というのは重力である。コードも分厚くて魅惑的。

そこには金網がある。丘の牧場だろうか?丘の上の牧場の牛が自由をもとめて金網を飛び越えるのだろうか?ちがう。ではもう一つの候補ですね。どっちみち世界は金網があるんだから、どの金網を越えても同じさ、ってことか。でも「その」金網を飛んで跳んで大丈夫ですか。

そしてついに、

レジスターンス!

わあ。やめろー。

守られた未来なんて 生きられない

レジスタンス=生きられない。生きなれないのがレジスタンスなの?そして効果音入って飛んでる!なんに対するレジスタンスなの?親?学校?世界全部?それってレジスタンスなの?

この「れじすたーんす!」のあとのエレピがすばらしい。天国的。ヒイズミマサユ機先生とかも弾きそうなフレーズですが、私が知る限りはウェザーリポートのジョー・ザヴィヌル先生が開発したタイプのフレーズですね。天国へ飛んでる感じがする。

そのあとのコーラスは、もう自分なのか天使たちなのかわからんです。天使っぽい。

誰よりも高く跳べ!
助走をつけて大地を蹴れ!
すべてを断ち切り あの柵を超えろ!
自由の翼をすぐに手に入れるんだ
気持ちからTake off!
One Two ThreeでTake off!
ここじゃない ここじゃない
ここじゃない どこかへ…

「誰よりも高く跳べ!」これはすばらしい。そう、我々は高く跳びたい。そのためには「助走をつけて大地を蹴れ!」そうだ。「すべてを断ち切り あの柵を超えろ」でもこれはやばい。いろんなしがらみたいへんだけど、なにも断ち切る必要ないじゃん。「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」この「すぐに」がキモだ。自由とかそんな大事なものが、そんなすぐに手に入れられるはずがないではないか。なに言ってるんだお前は。

「気持ちからTake off!」これは解釈難しいけど、「つらい気持ちから」なのか、もっとひどい「こわい気持ちからテイクオフ」か。「One Two ThreeでTake off!」「1,2,3で跳ぶ?」やめろ。「ここじゃない ここじゃない ここじゃない どこかへ…」そう、ここじゃないところへ行くってのはロックの基本だけど、そういう形で金網を超えるのはいかんよ。

ラストまで聞いてください。ここまで読めば、最後がフェードアウトしないで、タリララタリララというストリングスと下降形で最後ドシンと終わってる理由も明白だろうと思う。邪悪。

これは天使たちじゃなくて、悪鬼とその手下の美しく邪悪なセイレーンたちの歌です。芸術的には最高だけど、道徳的には非常によくない。

私も最初はこの曲、「そうだよな、おれたち足を高くあげて、歩幅を大きく取って生きてかなきゃならない、そう生きるのだ」って聞いたんですよ。最初っから最後まで感動させられる。特にサビの「*き*ぼうの翼」のあたりの感じってもう最高じゃないですか。でも全体はそういう歌詞じゃないんすわ。もちろん、もっと穏健に解釈することもできるけど、実はそうじゃない読みを可能にした作りになっている。

穏健な読みをすれば、そう、我々は時々ジャンプすればいいのです。ちょっと意識して歩幅を大きくして歩いてみたり(我々のジャイアントステップだ!)恥ずかしいから誰も見てないことを確認してから、公園とかで「ジャーンプ!」ってやってみればいい。そういうちょっとした活動から、人生は耐えられるものになたり、あるいはすごく豊かなものになる。部屋でジャンプもしましょう。ちょっと跳んで見るだけで全然ちがう。朝に1回思いっきりジャンプしてみれば、その日1日けっこう機嫌よく暮らせるかもしれない。

だからそう読んでそういう曲だと楽しみましょう。ファンはみんなおそらくそう聞いてると思う。

でも全体はそうではない。そして作詞作曲編曲の先生たちは、そういうしかけを十分意図してこういう名曲名トラックを作っている。私は許せないですね。

ニコ生にライブ映像があるんですが、これとかもうほんとにギリシア神話のサイレーン、美貌と歌で男性を呼びよせて食い殺す妖怪を連想しますね。君ら、やめろ、ころされるぞ!

http://www.nicovideo.jp/watch/sm30990533

 

最後の個人ダンスもすばらしい。美人ぞろいだけどいつもは腕をだらんと下げてダウンな演出を強制されている欅女子が、笑顔で実は身体能力がものすごく高いことをみせつけながら、「その金網を跳べ、123で跳べ」って呼びかけてる。おそろしくてしょうがないです。ていうか、ライブでサイリウム振ってるファンの皆様は殺されそうなのがわかってるんでしょうか。わかってるんでしょうね。でもサイレンの歌と同じように、もう抵抗できない。放送禁止にしたらどうだろうか。そう、ゲージュツってのはこういうものなのです。19世紀的な「理念と形式の一致」という理想。あらゆる意味ですばらしい。すばらしすぎます。だからこそいろいろ考えるところがありますね。

ウォーターハスウスの有名作「オデュッセウスとセイレーンたち」。セイレーンは半分魚のやつと半分鳥のやつの2種類想像されてるんですが、今回は鳥のやつのほうが適切ですね。


ミスチルのYouthful Daysについて考えてください

一つ前のエントリで書いたミスチルのYouthful Daysの件、私聞いたことは歌詞意識したことがなかったんですが、なんかすごい違和感あったんです。

にわか雨が通り過ぎてった午後に
水溜まりは空を映し出している
二つの車輪で 僕らそれに飛び込んだ
羽のように広がって 水しぶきがあがって
君は笑う 悪戯に ニヤニヤと
僕も笑う 声を上げ ゲラゲラと

まあこれはいいですよね。いかにも青春。ただし水しぶきは他人様にかけてはいけませんよ。
youthful days、若い日々ってんだから高校生ぐらいすか。男子高校生と女子高校生のころの思い出を、おとなになってから歌っている、ってことでいいですか。シンガーは俺様。かなりトンガってます。

歪んだ景色に取り囲まれても
君を抱いたら 不安は姿を消すんだ

まあこれもいいです。「抱いたら」っていうのは女子はハグの意味にとるみたいですね。それでいいでしょうか。とにかく難しい高校生の時期にセックスしてました、ぐらいの意味ですかね。

※胸の鐘の音を鳴らしてよ
壊れるほどの抱擁とキスで
あらわに心をさらしてよ
ずっと二人でいられたらいい

んー、まあ「あらわに心をさらす」ってのがどういうことなのか。でもまあセクロスセクロス。これがそういう歌だってことぐらいはファンの間でもコンセンサスありそうですね。

「サボテンが赤い花を付けたよ」と言って
「急いでおいで」って僕に催促をする

キーワードのサボテン。もちろんあのトゲトゲついたサボテンでしょうけど、どういう形のサボテンを想像しますか?サボテンの花というのはあれは鮮やかで美しいものなのでいいですね。

何回も繰り返し 僕ら乾杯をしたんだ

「乾杯する」まあふつうはビールとかシャンパンとかそういうのだろうけど、文字通りにとっていいのかどうか。

だけど朝になって 花はしおれてしまって
君の指 花びらを撫でてたろう
僕は思う その仕草 セクシーだと

サボテンの花をなでたりするかなあ。

表通りには花もないくせに
トゲが多いから 油断していると刺さるや

ここ謎ですよね。どう解釈するでしょうか。

胸の鐘の音を鳴らしてよ
切ないほどの抱擁とキスで
乾いた心を濡らしてよ
ただ二人でいられたらいい

ここはあんまり問題ない。

生臭くて柔らかい温もりを抱きしめる時 (I got back youthful days)
くすぐったい様な乱暴に君の本能が応じてる時 (I got back youthful days)
苦しさにも似た感情に もう名前なんてなくていいんだよ (I got back youthful days)
日常が押し殺してきた 剥き出しの自分を感じる

これ異常ですよね。サボテンが生臭いとは思えないし、柔らかくもない。んじゃ生臭いのは抱きしめている相手(?)だ。生臭い女子高生とかいやですね。しかし生臭いのは女子高生なのか、あるいはその一部なのか……「サボテンに花が咲いた」っていうのは比喩だとしたらいったいなんなのか。チクチクするけど花びらついてて暖かくて生臭くて、ときどき赤い。

あとこの曲、時間の感覚がちょっと微妙で、高校生の頃を懐かしんでいるようでもあり、でも生臭いのを抱きしめているのは今のようでもあり、なんかわかりにくい。これも技法なのかしら。

繋いだ手を放さないでよ
腐敗のムードを かわして明日を奪うんだ

なにかが腐っている?え、これなんの歌なの?さっきのチクチクのトゲもほんとにサボテンのトゲなの?

(※繰り返し)
いつも二人でいられたらいい

わけわからんですね。私にはもうあるイメージがあるのいですが、これは相当ひどい歌だと思います。メッシーというかなんというか。まあ書くと怒られそうだし、各自解釈してみてください。

 

まあミスチル先生の歌詞はわざとわかりにくくしてるんですわ。でも手がかりは残していて、ニルヴァーナほどわけわからんようにはしてない。それがファンの人々が「深い!」とかっていう理由ですが、その内容が深いかどうか。音楽だけでかく歌詞表現もこったものなのもわかるのですが、私はわざとらしくてあんまり好きではないのです。そしてなにより、その歌詞が表現している理念、思想みたいなのが好きではないのです。ごめんねファンの皆様。

ちなみに、歌詞っていうのは、もっと適当というか、アーティストの霊感や直感で書いているはずだっていう意見はあると思うけど、そういうのにしてもなんらかの知的な作業は行われているのがふつうだと思います。ミスチルはそういうのが特にはっきりしている方で、昔いかにも知的な操作で作られた歌詞を分析してみたことがあるんだけど、あれなんていう曲だったか思い出せない。2ちゃんねるに書いたんだけど。

なぜそうなるかというと、適当につくった歌詞、なんの脈絡もない歌詞っていうのは歌う人間が覚えられないんですわ。あるストーリ、あるいは連想、そういうものがあってやっと歌詞をおぼえられる。たんなるゴロだけではおぼえられない。

それにもっと大事なこととして、作詞する場合、なにも背景の連想やアイディアがなければ言葉の選択肢が多すぎて(無限にあるわけだ)、構成できないんですわ。なぜそこにその言葉がはまるのかっていう少なくとも内的な整合性は必要なんよね。まあおうおうにして作家のその内的な整合性ってのが他人に理解できない形になってしまうけど、本人のなかではあるイメージみたいなのがあるはず。ニルヴァーナのSmells like teen spiritもそういうふうにしてできてるんだモスキート。おそらくカートコベイン先生のなかでは、あそこで歌われている個人的な体験とそこに蚊がいたことがみっちりつながってるのだろうと思う。ミスチル先生がこの曲を歌うときも、そのたびに、赤いサボテンの花びらをいじってる指が思い浮かんでるはずです。


℃-ute「Danceでバコーン!」も名曲

学生様から「Danceでバコーン」を教えてもらってのですが、これなかなかの名曲、っていうかダンスまで含めてすばらしいプロダクションですね。

最初聞いたときは、E7一発な感じからいきなり歌謡曲になるのでとまどったのですが、歌詞の内容とかをふまえるとなるほどってな感じで、私が見聞きしたことを書いてみようと思います。

まず歌詞と構成はこんな感じね。

 コーラス1コーラス2 
(a)ファンキー男子
旅立つ時間だ
ファンキー姉ちゃん
ときめく時間だ
ファンキー幹事
宴も酣だ
ファンキー委員長
始業の号令だ
E7(#9)一発
メロディーラインはださい。
(b)諦めやしない
私の未来
誰のものでもない
もちろん玉の輿
そりゃ乗りたい
毎日が勝負パンツ
輝くしかない
うちらの時代
誰にも任せない
もちろん馬鹿じゃいかん
時代を読んで
レバレッジきかせてこう
E7(#9)一発
おなじくダサい。
(c)ジャッジャッジャージャッジャッジャーギタフリマネ
(d)AH- やだー
またちょっと太った
もうやだー
手柄取り上げないでー
AH- やだー
また上司怒ってる
もうやだー
人のせいにしないで
A | E | B | E |
A | E | F | E |
このF→Eで無理やり転調する。
(e)ダンスでバコーン
なんか全部忘れたい
ダンスでバコーン
涙がとまらないよ
ダンスでバコーン
今日は全部わすれるよ
ダンスでバコーン
慰めはいらないわ
こっからコードが月並みに激しく動く歌謡曲。
A | A | F#m | D/ E |
A | A | C# | C# |
キーはA。
(f)こんなにすごく切ないの
どうしてかわかんない
今までためたストレスと
今夜でおさらばさ
心がずいぶん軽くなる
お腹が減ってきたわ
帰りにうどんたべてくわ
明日が待ってるもん
ここがよい。アゲ。テンポが半分に聞こえる。
Bm E A F#m D E F#
とか

イントロからいわゆる「Aメロ」の(a)と(b)までを支配しているのはギターのE7(#9)っていうコードで、ジミヘンが有名曲で愛用したのでジミヘンコードとか呼ばれることもあるやつです。E7にb3度が入っているのですごい不協和音で、濁ったブルースっぽい感じになる。このE7(#9)一発でコードには動きがなくて、抑圧された感じになります。前にファンクとか黒人音楽の特徴は抑制だ、っていうこと書いたおぼえがあるのですが、まあそういう感じ。

ただしこの曲は黒人ダンス音楽ではない。まずテンポが速すぎる。ふつうのダンス音楽というのはだいたい120BPM(1分間に4分音符120拍)ぐらいにするものです。フォーチュンクッキーとかが125、ハイテンションは130,フライングゲットは132ぐらい。ここらへんもダンスとしてはちょっと速いかんじですね。このバコーンは150あって、快適に体を揺らすことができるテンポではなく、むしろ、痙攣とまでは言わないにして「踊る」っていうテンポではないです。(ヘビーローテーションは180BPMあってすごく速いんですが、あれは歌のメロディーはゆったり倍の長さになっててむしろゆったり半分のテンポに感じられる、実は90BPM)それにダンスや黒人音楽ではギター使わないんすよ。ジャジャジャーとかやらない。そういうのは、白人ロックの民が使う。ここらへんがまず前提となる基礎知識。

さて、私学生様と音楽の話をしようってときは、(楽器やらない人に楽理の話をしてもわからないから)まず歌詞をちゃんと味わおうって提案するわけです。そのために必要なのはまず、誰が何を歌っているのか、いつ、どこで、どんな状況でかを考えろっていうわけです。5W1Hっていうやつですか。これはいつでも大事ね。

ではこの曲は誰がいつどんな状況でなにを歌っているのか?

最初このPV見たときは、当然10代女子の歌かと思ってましたが、違いますね。OLさん、それも2、3年目ぐらいか。「ファンキー姉ちゃん」とかそう呼ばれちゃう感じで、すでに会社にもそれなりになれてるので20代なかば。

いつか?会社おわって男子も姉ちゃんも「旅立つ時間、ときめく時間」。7時はちょっと早いかな。ちょっと残業して7時半ぐらいっすか。これから会社の男子女子いっしょに遊びにいくんですね。

どこに行くんだろう?これが最大のポイントです。ファンキー男子と姉ちゃんなのでディスコだろうか?違う。なぜならディスコではギタージャッジャッジャーなんてダサい音楽は鳴らないからだ。考えられるのは、(1) V系ロックのバンドのライブ、(2) カラオケボックス、の二つぐらいで、男子が一緒にいくのだからロックのライブではない。広めのカラオケボックスなのです。驚きましたね。

ちょっと太っていやだとか、手柄取り上げられるとかもまあOLさんの世界ね。OLさんに手柄があるってのは単なる事務職ではないかもしれない。あとで「レバレッジ」とか出てくるから、証券会社の営業さんとか製薬会社のMRくらいで考えとけばいいのではないかと思う。

この曲のよさの一つは、1コーラス目から2コーラス目への時間の経過と気分の変化がはっきりしているところですね。上で対比してみたけど、2コーラス目になると、ファンキー男子はファンキー「幹事」になり、ファンキー姉ちゃんはファンキー「委員長」に昇格していて、まあカラオケボックスはもりあがってる感じですね。

ここでダンスについても言及すれば、上の区分の(a)の部分の股開く動作や(b)の勝負パンツ見せる動作とかはあんまりセクシーじゃなくて、むしろ下品。「あたし毎日勝負パンツ履いてんのにぜんぜんだめだわ、がはは」。ここで「ファンキー」というのは「陽気な」「おどけた」「品のない」ぐらいの意味で理解されてると思う。

対比したのでわかりやすいと思いますが、1番から2番に移行すると、「全部忘れたい」→「全部忘れるよ」、「涙が止まらない」→「慰めはいらない」、こんなにすごく切ない」→「心がずいぶん軽くなる、おなかがへった」、って感じでポジティブになってる。お腹が減ったはとてもよくて、それまで飯を食う気にさえなれない軽い鬱だったのがなおって欲求が回復したわけですわね。エクササイズと食事と睡眠は大事です。

まあ歌詞はこういう感じ。つまり、私が読むところによれば、証券会社勤続2、3年めの女子が、男子といっしょにカラオケに行って、ロックで適当におどけて歌って踊って元気になって、少し元気になってうどん食って帰る、というそういう歌なわけです。平日夜なのか、金曜の夜かはわからん。

音楽的には上の表の(a)と(b)のところはさっきも述べたE7(#9)。これは「ミ」と「ミ♭」の音が一緒に鳴っているので、ギャーンという感じの一番きつい不協和な感じの音です。ずっとそれに支配されている。そのあとの(c)のところでコード進行が| A | E | B | E | ってな感じの進行があって、これがカデンツ(ケーデンス)ってやつです。キーがEのときに、AやBのコード(特にドミナントコードと呼ばれるB)を鳴らすと、キーが「確定」するんですわ。キー(調性)はやはりEだ、イントロから続いているE7の厳しい感じを強調する感じになってます。「うちらはなにをしてもEなのだ!これからもずっとあのイライラしたE7(#9)なのだ!」って言われる感じね。

ところが、そのあと無理やり| F | E |とやってキーをAに転調するんですわ。ここが一回目のききどころですね。E F# G G# (ミファソソ#)って盛り上がっていくところです。Eの圧力に対抗して、無理やり歌って踊って盛り上げてる感じ。

そのあとの(e)からのキーはA。これでさっきから(a)(b)(c)のパートでずっとなってたE7は、Aで解放されるためのドミナントでした、いままでずっと続くと思っていたEは、実はAで解放されるための前フリにすぎなかったのだ!、人生のスパイス程度のものなのだ、ってのがはっきりするわけです。これは快感。

このE (ドミナント、属和音)→A(トニック、主和音、主調)に転調、あるいは解決するっていう快感はもちろん定番で、これがないと西洋音楽はなにもできないってくらい定番ですが、単純にやるとものすごい効果がある。

サビの(e)ではダンスでバコーンで| A |F#m | D | E | これもケーデンス、ただし「いや、キーはEではなくAなのだ!」と強く主調している。さらにサビ(f)でももっと強くAが中心なのだ、われわれはAなのだ、と主張するわけです。ここは本当にきもちがいい。

特に(f)の「こころが少し軽くなる」のところでは、音楽では2拍4拍を強調し、ダンスでも2と4で腕を上にアゲアゲにして一番からだが大きくみせて、さらに女子が横向いているので乳や脇を見せつけて、腰も浮いて非常にセクシーになってる。最初の方で、もううちら全然だめで芸もないから、ウケるにはファンキーに股開いたりケツとパンツ見せたりするしかないわあ、みたいな下品で低級な(?)女になってたところが、ここではきちっと上を向いてそこそこ上品なセクシーさを出して踊れるようになってるわけです。さらにリズム的にもうるさいごちゃごちゃがなくなって、聴感ではテンポが半分になってゆったりアゲいるように聞こえると思う。

(f)のところのダンスは、「こころが少し軽くなる」のところの横向いて手を上げるのもいいんですが、そのあとの「帰りにうどん食べてくわ」のところの「わ」のところの小さいジャンプもものすごく効いてますね。あの小さいジャンプがないと、心が軽くなってるところがわからない、あれが最大のキモだと思います。イラついたOLもカラオケで元気になれば小学生のようにちょんと飛べるようになるのだ。

2コーラスめ歌ったあともイライラしたE7(#9)のギターは再び攻めてきますが、それにつづく間奏はもう一発ではなく、歌謡曲的なホーンの勝利のラッパがなって 1)これを本物のホーンを使わずにキーボードのチープな音にしているのもよい。 、2番のサビの歌詞を繰り返しておわる。最後にイントロのリズムがもどってきますが、最初の(#9)のトゲは抜かれている。これは名曲・名ダンスです。

まあ、この曲の主人公の女子たちは正直いって安い。安いというのは、お金もないし、趣味もそれほどよくないかもしれないし、芸もあんまりないかもしれないし、勝負パンツは履いてるのに彼氏もいないし、仕事もうまくいかずに上司から怒られたりで不満だらけだし、ダイエットもうまくいかないまま年をとりつつある。不安だらけ。六本木でR&BやEDMで踊っているようなセクシーな姉さんたちにはダサいとバカにされてるかもしれない。でもカラオケでみんなで歌って騒いで踊って楽しくやれば、明日を生きることはできるのです。大衆向けの曲というのはこういうふうにできてないとならん。

私、震災のあとに「フォーチュンクッキー」を聞いて音楽やダンスの力を感じて、アイドル曲のプロダクションのよさがやっとわかるようになったんですが、このバコーンはその前で、曲の造りや腕をぐるぐる回すダンスなんかに影響が見えてる気もしますね。音楽とダンスにはストレスから解放してとりあえずうどん食いたくならせるような力があるわけです 2)というか、「フォーチュンクッキー」が「バコーン」へのオマージュでありアンサーソングであった、という可能性は十分あると思う。

どうもこのユニットはおとなになって解散したようですが、この曲の主人公たちの年齢になったところで解散というわけですね。その成長とかも、まあライブで(f)で「ん・オー・ん・オー」ってライト振り回して応援しているオタ兄さんたちにはよかったでしょうな。

 


あと、音楽の話で、E7(#9)の音ってのはジミヘンのこんな感じ。

ジャジャジャーはいろいろあるけどこれ。正直、ジャッジャッジャーのリズムはものすごくダサい。つんく先生はださすぎないようにいろいろ工夫してます。なにを工夫しているかはよく聞いて考えてください。

一番大事な、一発もので5度下に進行して快感があるってのはこの曲。E7でじりじりしていて、「おれ、もうブリッジいっていいか?いっていいか?ブリッジいっていいか?」ってやってAに落ちるのが気持ちいい(実際にはEbとAb)。2:00〜2:30ぐらい。単純にやればこれでも気持ちいいんですが、大衆にはわからんからつんく先生みたいにする必要がある。

 

まあこの曲の主人公がカラオケのあと発展してセックスマシーンだったということはないとおもいます。


→ 歌詞を考える


References   [ + ]

1. これを本物のホーンを使わずにキーボードのチープな音にしているのもよい。
2. というか、「フォーチュンクッキー」が「バコーン」へのオマージュでありアンサーソングであった、という可能性は十分あると思う。

欅坂の「月曜日の朝、スカートを切られた」も名曲

「月曜の朝、スカートを切られた」も名曲。

なんかこんな感じで秋元康先生の作詞した曲が非難されていました。まあ先生について好き嫌いはあっても才能がないってことはないだろう、ってんでPVで聞いてみたんですが、拙者、一発で打ちのめされましたグホぉ。これは一流の職人さんたちによる最高級の作品ではないですか。歌詞はこっち。 作曲は饗庭純先生。

 

イントロはDのペダル(持続する低音)のうえでDm – C – Bb – C ってやるよくあるやつ、でもこのDmを中心にしたペダルって、いろいろ因縁があって、一番有名なのはオーネット・コールマン先生のLonely Womanですね。Dのペダルってんで、そこそこ詳しい人は誰でも連想するんちゃうかな。あ、もっと有名なのがあった。ドアーズのジ・エンド。でもまあDの上にDm C Bb Cってトライアド(三和音)のせるのはよくつかうやつです。この進行だと不穏なDmは強く感じるけど、まだそれが主調なのかどうかはよくわからない 1)あとDmつまりニ短調で有名なのはモーツァルトのピアノ協奏曲20番とか、『ドンジョヴァンニ』の序曲と地獄堕ちとか。。こう、デモーニッシュっていうか暗くて情熱的な調性だと意識されてる感じ。

んで、Aメロの歌詞はごくふつうの中二病ね。

「どうして学校へいかなきゃいけない〜」とかまあベタな感じ。拙者はアイドルグループうといのですが、AKBとかにくらべて坂の方はネガティブで抑圧された曲が多く、歌詞も男子一人称が基本だと思ってて、そういうつもりで聞いてました。

コード進行はDm Bb F Cを4回繰り返していて、よくあるパターン。こういうののキーがなんであるのかは拙者いまだによくわかってません。VIm-IV-I-Vなんかな。6415。基本的にはFがキーだと思うんだけど、Dmにも思える。2拍ずつコードが進行していて、あるエネルギーというか活発さがある。イライラというネガティブなエネルギーだけどね。

Bメロはすごくよくて、わたしそこでいかれました。

歌詞は「反抗したいほど熱いものものもなくうけいれてしまうほど従順でもなくあと何年だろうここから出るには……大人になるため嘘になれろ!」いいじゃないっすか。

コード進行は Bb C Am Dm Bb Am Gm A(A7)だけど、各コードがAメロの倍の長さになってる。AmやGmていうそれまで出てこなかったコードが出てきて、やっとキーがFだっていうのがはっきりする。語り手のある覚悟みたいなのが出てくる感じね。ところが最後でA7が鳴ることによって実は本当のキーはDmなのだ、って宣言されるところがこの曲のミソですわね。ベタだけど拙者は感動しますね。そして、でもA7からDmへの自然な落下という予定調和、というより宿命は、最後まで拒否されるのです。どんなにA7が強力でも、Dmに落ちちゃうことは受け入れないのだ。

ここまででもう主人公は言うべきことをすべて言っていて、2コーラス目の「月曜の朝スカート切られた」ってのはもう実はなんでもいい。

本当は、「月曜の朝トイレにとじこめられた」でも「同級生にカツアゲされた」でも「いやがってるのにコブラツイストきめられた」でも、気の弱い男子があいそうな災難だったらなんでもいいわけだけど、それじゃ情けなすぎて歌にならんしょ。「実は女子の歌でした」ってな感じにしてなんとか歌としての形をたもってると拙者は聞きましたね。

「トゥシューズに画鋲いれられた」でもよかったのかもしれないけど、それだと女子どうしのあれな関係を考えちゃうから 2)そしてそれを連想すると、んじゃこのグループはどうなっているのか、とか考えちゃうし。 、まあわかりやすい卑劣な犯罪ってのでスカート切りぐらい使うのは選択として悪くないと思う。「学校のおばちゃん先生からスカート丈についてぐちぐち説教された」ではやはり歌にならんし。スカート切りぐらいわかりやすい邪悪な存在じゃないとね。だれもスカート切りを擁護しようなんてこと考えないっしょ。

まあ、われわれが出会う理不尽な出来事だったらなんでもよい。そして、われわれはそれには慣れているのです。悲鳴なんかあげてる場合ではないです(もちろんここで主調のDmへ導くA7が鳴る)。どうしても生き延びるのです。だってこれから先も、満員電車みたいな教室や職場でどうしても生き延びなきゃならんのですから。こんなクソみたいな場所は、生き延びれば勝ちなのですからね。

この歌詞はものすごくベタで、実際にこの世界を生きている人間は、こうしたベタな思考さえがいまではネットでも解体されて中二病と名付けられていることを知っているわけです。真実がネットで見つかるわけがないのもわかってる。こんなぐだぐだ定型の反抗をすることさえ、いまの若者たちはできないんじゃないかな。「いじめられても悲鳴はあげません」みたいな誇りでさえぐしゃぐしゃにされている。でもだからこそこういう歌が訴えるところがあるわけでね。

何回か聴き直すと、Bメロは(若手の?)男性ボーカルがうっすら残っていて、これはあえて残してますわね。男子の叫びでもあるわけよ。でも今はもうそれじゃ歌にならない。いまどき、男子が「大人も社会もクソだ、僕はいじめられても負けない」とか歌ってたって馬鹿じゃん?女子アイドルならまだいける。最後のリバーブとか切って生々しくした「あんたは私の何を知る?」っていう叫びみたいなのでさえ、もうわれわれは素では歌えないでしょ。

悲鳴はあげない。でも「悲鳴はあげない」ってしか言ってないってことに気づいてましたか?もちろん、この場合はスカート切られてしまってるわけだから、悲鳴あげたってしょうがない。悲鳴ってのは、パニくって、他人からの援助をもとめることだからね。こんな嘘だらけのクソな世界で生きていくには、悲鳴なんかあげたってしょうがないのだ。そのまま我慢することもあるだろうし、警察に行くこともあるだろうし、他のもっと直接的な対応を考えることもあるかもしれない。でも悲鳴なんかあげないのだ。そういう歌っしょ。痴漢にあってるその時点の歌じゃないよ。

こんな名曲、才能がないとかいったいなに聞いてるんですか。

まあでも私「坂」の演出とかはあんまり好きではないです。そういや、「君の名は希望」とかについて昔書きました


References   [ + ]

1. あとDmつまりニ短調で有名なのはモーツァルトのピアノ協奏曲20番とか、『ドンジョヴァンニ』の序曲と地獄堕ちとか。。こう、デモーニッシュっていうか暗くて情熱的な調性だと意識されてる感じ。
2. そしてそれを連想すると、んじゃこのグループはどうなっているのか、とか考えちゃうし。

「木綿のハンカチーフ」も名曲だから歌詞を鑑賞しよう

松本隆先生という作詞家の先生がいて、まあ天才というかなんというか、80〜90年代の日本の音楽を作った巨人ですわね。この先生の作品を集めたCDを聞いてて、「松本先生は本当にすばらしいな」とか言ってたんですよ。

まあいろいろあって、社会学とか美学とか専門だったら「松本隆と日本のセクシュアリティ」とかって論文が書けるんかないかと思うくらい。そういうのはぼちぼち解説します。その手始めとして今日はウルトラスーパー超名曲「木綿のハンカチーフ」について、ちょっとだけ解説してみたい。

1975年の曲でいろいろあったみたいね。 https://goo.gl/OW6Kkb 実際、松本先生の歌詞では、80年代でも男性が高校卒業とともに都会に出て、女性が田舎で待つ、っていう形のがけっこうあって、これがふつうだったんよね。まあそれはよい。

歌詞はこっちね。 http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=35600

 

 

んで、まあこの曲を実際に聞くと、まず気づくのは、男性と女声が交互に話をしているってことね。あたりまえだけど。手紙の文面。それを女性ボーカルが交互に歌っていて、太田裕美先生は歌うまくてすばらしい。コード進行はふつう、メロディーは自然でおぼえやすく筒美京平先生もえらい。

音楽的な聞きどころは、男性の方(Aメロ)のコード進行は

I- VIm – IIIm – IV -IIIm -IIm – V – I – VIm – IIIm – IIm – V  – I

みたいな堂々としたメジャー進行、特に最後の「君への贈り物を探すつもりだ」がIIm− V – Iというベートーベンみたいな進行なのがよいです。この男は自信があるのだ。

女性の方(Bメロ)は

VIm – IIIm – IIm – V – I – I7  – IV – IIIm -VI7 – IIm – IV – I

というはっきりマイナーな進行。特に最後の「染まらないで帰って、染まらないで帰って」の最後がIV- Iといういわゆる女性進行、フェミニンエンディングになってるのがおもしろいですね。(あら、女性終止じゃなくてアーメン終止でした)なんというか、「お勉強してつくりました」っていうのがはっきりしている。

2コーラス目、「流行りの指輪」を送るわけですが、ここで変だと思うべきだと思うですよ。流行りの指輪ってほんとにある?流行りのバッグやネックレスならわかりますよ。指輪に流行りすたりそんなありますかね。あるとしても、それって今なら7000円とか8000円とかの話なんちゃうかな。だからこの指輪は安い。お金がない。でも、半年たってなんとか送るのだ。

この次の歌詞がものすごくいいですね。松本先生の天才。「いいえ、星のダイヤも海に眠る真珠も、きっとあなたのキスほどきらめくはずないもの」。天才。こんな歌詞書けるやつはめったにいない。いやもちろん、この歌詞を見たあとなら、誰だって陳腐だっていえますよ。でも「星のダイヤ」「海に眠る真珠」ってほんとにおもいつきますか?これは天才の作品なのです。私これ聞いてたとき、「いいえ、欲しいの、ダイヤも」ってきこえてて、へんだなっておもってました。星のダイヤなのです。

そして、あなたのキスほどよくない、ってのは、このカップルはすでにいなかでニャンニャンワンワン楽しんでるわけですわね。まあそれはよいです。青年はそれを置いて都会に出てるし、女子もそれも理解しているわけです。そんな純な関係じゃないよ。

3コーラス目はひどい。「よー、お前まだ化粧もしねーの?口紅ぐらいぬったらどうよ、都会の女はきれいだよ」ですよ。いくら田舎だって口紅ぐらい塗りますわよ。彼は都会で化粧うまい人々と遊んでます、ってことよね。もう田舎の化粧ちゃんとできない女なんかどうでもいい。何年たったかしらんけど、スーツも買えるようになりました。いまだったら学生さんでも入学式その他のためのスーツ1着ぐらいもってるでしょうけど、1975年、上下そろえるだけでもたいへんだったんですね。

見間違うようなスーツを着た僕の写真を見てくれ。初登場は1970.

これに対する女子の答えがよくて、「木枯らしのビル街で体に気をつけろよ」ですよ。この青年が、学歴その他各種の資源をもってなくて厳しい状況で上京したのは誰でもわかってるわけです。でも彼は向上心があって、スーツを来て、お化粧した女性と遊ぶことができるようになった。でもそれって、この世代ではそれほどかんたんなことではないし、下手すると体を張っている仕事をしてるかもしれませんね。スーツを着て体を張る仕事といえば、あれですね。私の好きな蒲郡風太郎 1)ジョージ秋山先生の『銭ゲバ』の主人公。 や毒薬仁太郎先生 2)同じくジョージ秋山先生の作品の複数に登場する重要脇役。 の世界。彼女の「都会は厳しいけど体に気をつけて」っていうのは、そういうのを暗黙のうちに理解しての話なわけです。もうあんたとは遠くなったけど、死なないでね。

4コーラス目。彼氏は、街角で毎日愉快に暮らしているけど、田舎には帰れない。なぜだろう。ちょっとぐらい帰省すればいいのに。正月とかお盆とか帰るものです。でも帰れない。帰りの旅費もないのかもしれないし、帰る面目もないのかもしれない。つらい。私もそういう時期がありました。田舎を出てからもう帰れなくなる人々っていうのがいるんですよ。これ1975年なので、最悪の場合、映画「仁義なき戦い」みたいな抗争に巻き込まれて帰れなくなるっていうこともありえます。作詞としてはそれ狙ってるでしょうね。

オリのスーツ姿もいいだろうがよ

女子の答えはもちろん、最後に一つだけのおねだり、涙をふくハンカチちょうだい。いいですね。でもこれって、ふつう女性の発想じゃないですわ。むしろ母親とかの発想よね。謙虚とか献身とかっていうのは女性の美徳とされてるけど、本気でカップル相手としての男にそういう態度示す女なんかめったにいないんじゃないですかね。ふつうに考えれば、この女子も、彼が上京したあとは田舎で別の男子といろいろあったでしょう。だからこそあんまりおねだりせずにいられたわけでね。この件についてはそのうちジョージマイケル先生の歌詞を検討するときにもう一度確認します。とにかく、この女子はふつうの女子ではない。

恋人ではなく、母親である、というのは十分ありえる。そうでなければ、彼氏の頭のなかの妄想で、それが、この曲の女子の部分の特別な音響効果を説明する。よく聞くとわかるんですが、男子のセリフのところはエコーとかがない素(す)の発音で、女子のセリフ部分はディレイがかかってて声がダブルになってるのがわかると思う。当時よくある技術ですが、現実感を薄めてくれるわけね。男子のほうが現実の男子だとしても、女子の方は現実のものではない。

でもまあそれがいいわけですよ。男子はみんな都会に出て苦労して、そんなかっこよく生きることができず、そんなときに田舎にいる彼女が自分をずっと応援してくれてると思いたい。あるいはママみたいな存在がずっと自分を応援してくれててほしい。都会で働いたりしていると悔しいことばっかりで死にそうだから、だれか自分を応援してくれててもいいじゃないか。すごくやばくて、もう田舎に帰ることさえできなくなったときに、誰か泣いてくれる子がいてもいいじゃないか、そういう歌なわけだよ。遠距離カップルが破綻するとかそういう歌じゃないわけですわ。

有川浩先生という人がこの曲の歌詞について書いてたのをみたんですが、ぜんぜんだめだと思いますね。http://www.sankei.com/west/news/140816/wst1408160004-n1.html

 


(1/5追記)

この曲、さらに研究したんですが、やっぱりすごい曲よね。他に書き漏らしている点も上げておきます。
太田裕美先生の声質と唱法は非常に重要。声のキャラクターってのは大事で、太田先生の声は明るいというかものすごく外向的ですよね。それにビブラートとかも美しい。おそらくオペラ歌手とかだとモーツァルトとかでいうと、「スーブレット」って呼ばれる、気の利く賢い小間使い役みたいなのに合う声とされるんじゃないかと思います。モーツァルトでいうと、『フィガロの結婚』のスザンナ、『コジファントゥッテ』のデスピーナ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナとかそういう感じ。なんでもよくわかっていて男心を手玉にとって操ります、って声よね。自衛官の女性が歌っている動画がすごく印象的なんですが、この人もすごいよねえ。なんかこのタイプの声の人は、こういうルックスでもある。ビブラートうまい人は化粧もうまい。

あ、クラシック女声の声質の分類はこの動画がわかりやすいわ。まあポップ音楽はまた別の分類があるはずだけど、声質によるキャラクターというのは重要よね。

男子は最初っから贈り物贈り物、って物のことばっかり言ってるけど、よく考えると、これって最初からこういう人のはずがないよね。人間の動機づけみたいなのは報酬があって成立するわけで、この男子が女子に、なんか物をあげたら喜んでくれたので、それが強化されている。おそらく心理学でいうところのオペラント条件づけですわ。どうしたら女子が喜ぶのかわからないなとおもってたらお金やものあげたら喜んでくれたので、もっと喜ばせたいのでお金を稼ぎます。

2コーラス目、「きっとあなたのキスほどきらめくはずない」ですが、これ、キスしかさせてない可能性があることに気づきました。さらには、それさえもさせてない可能性もある。きっとあなたのキスはとてもいいでしょうね、したことないしこれからもしませんが。

3コーラス目、女子が化粧してないのはこの男子の前でだけね。そういう女子がすきなのがわかってるから化粧しないふりしているのか、面倒だからわざわざ化粧しないのか。あと、草に寝転ぶ男子が好きなのは、犬とか牛とかと同じカテゴリーなのではないか。

4コーラス目、「最後のわがまま贈り物をねだるわ」っていうんですが、これ、ふつうの人は「この女子の*はじめての*おねだりが木綿のハンカチなのだな、なんて質素でいい子なんだ」って思うわけですが、それまでわがまま言ってないとか、それまでなにももらってないとかってことは言われてないですよね。そもそも2コーラス目で指輪もらってるし、もっとたくさんいろいろもらってるはずだ。お前牛みたいなやつなのに自分のスーツなんか買ってないで贈り物よこせ、とか、なんだもう金が続かないのか、んじゃ最後の金でハンカチも買ってよこせ。いわゆるケツの毛まで抜かれている状態なのかもしれない。

というか、聞き所の一つは、男子の「恋人よ」って呼びかけかけに対して、女子が3回「いいえ」で答えてることですね。これはやばい。大昔に、「押し付けに抵抗する」というエントリを書いたんですが、他人の言うことを聞かないひとというのはおそろしい。まあこれは男子も女子も両方ね。この件に関しては、椎名林檎先生のカバー音源の最後がそれを強調したおもしろい解釈をしてますね

とか考えてたらおそろしくなりました。ははは。

 


References   [ + ]

1. ジョージ秋山先生の『銭ゲバ』の主人公。
2. 同じくジョージ秋山先生の作品の複数に登場する重要脇役。

ジョージマイケル先生とわたし

ちょっと前に「ワム!の「ラストクリスマス」は失恋の歌ではない」とかかいたばっかりなのに、ジョージ・マイケル先生も突然死んでしまって、しばらくそれを認められずに苦しんでいたのですが、まあやっぱり死んでるみたいですね。ジョージマイケルについてはボウイ先生よりさらに親しみを感じていて、つらい。でもいつまでも死んでません、って言い張るわけにもいかなですわね。デヴィッドボウイ、プリンス、ジョージマイケルと死んで、もう私のアイドルは誰も生きてないです。死んで悲しい、って思う人はおらんだろう。ポールやミックがなむなむしてもまあ寿命。ジョージマイケルはまだわかかったからねえ。

ワム!を初めて聞いたのはやっぱりラジオ、1983年の夏ね。

1982年5月28日 Roxy MusicのAvalon
1982年7月? Tracy ThornのDistant Shore
1983年4月14日 ボウイのレッツダンス
1983年7月9日 Wham!のFantastic

とか私にとって重要。

まあワムのファンタスティックは、ほんとに驚きましたわ。若干20歳、とかでデビューしてきたんだもんよ。とにかくまずカバーのLove Machineに驚いた。

 

オリジナルはミラクルズのはず。ワムのはけっこう忠実なカバーなんだけど、ドラムがクリック聞いて叩いてて、ぴったりスクエアな感じがなんか暴力的でいいわよね。

 

Bad BoysA Ray of SunshineClub Tropicanaもものすごい完成度で、最初はこれって誰か有能なプロデューサーみたいなのが作ってて、この二人はただのアイドルなんだろうな、とか思ってたんですわ。(ちなみにトロピカーナに出てくる女性の片方はD. C. Leeという歌手で、あとでスタイルカウンシルのポールウェラー先生と結婚します。アルバム好きなんよね。)

大学にはいった年にCareless Whisper聞いて、これ17歳のときにジョージが作ったん店で本気で天才なのだと気づいた。とにかくすごい。Last Christmasもね。

Make it BigもカバーのIf you were thereとかもいいし。(これはアイズレーの曲

Faithもよく聞いたけど、その後、ずっと鬱な曲を作り続けるんよね。
なんといってもOlderのFastloveがすごくていまだに何回も聞いてる。まあここらは最近書いたばっかりね。

あと好きな2曲だけ紹介しておくと、1曲はクィーンのSomebody to Love、もう1曲はボニー・レイットのI can’t Make You Love Me。こう、モテてセックスなんかしまくりなのに満たされないみたいな感じが鬱で魅力的。

フレディーのバージョンより好きなくらい。

こっちはプリンス版のカバーも好き。オリジナルもよいし、キャンディ・ダルファー先生のもいい。名曲。
まあ、作る曲もすごいけどカバー歌手としてもすばらしいですわね。寡作な人だったんがなんともかんとも。もともと鬱傾向の人だったんだろうけど 1)母方のおじさんもゲイで自殺してたはず。 、薬も良くないんだろうな、みたいな。

まあほんとにショックでした。まだ受け入れられないけどねえ。

 


References   [ + ]

1. 母方のおじさんもゲイで自殺してたはず。

デヴィッドボウイ先生とわたし(下)

→ デヴィッドボウイ先生とわたし(上)から

 

んでまあベスト盤とかで過去の曲も勉強したわけですが、ボウイ先生はえらいっすわね。まさにロック。

70年代を振り返って、ボウイ先生とかT-REXあたりっていうのは、「グラムロック」とかってくくりで、なんか女子ウケを狙ってるって感じで、男子にはあれだったんですわ。これ、いまとなってはわかりにくいかもしれないけど、中性的なイケメンがあんまり難しくないことをする、ってんでとにかく少女マンガの世界だったんよ。

でも曲はいいんよね。

こう、ものすごくシンプルなのに力がある。パンクロックとか先取りしてるっすね。でもそんな年がら年中叫んでなきゃならないわけではないし、テンポだてゆったりとってかまわん。

それにリズム的にもおもしろい、っていうか、このまえ、ジョージ・クリントン先生の自伝読んでたんですよ。『ファンクはつらいよ』っていうの。ジョージ・クリントン先生はパーラメントとかファンカデリックとか、P-Funkと呼ばれる黒人音楽の総本山の中枢というかプロデューサーというか、とにかくご本尊なわけよ。

クリントン先生はとにかく黒人音楽コミュニティではものすごく偉いんだけど、若いときは実は黒人音楽じゃなくてイギリスのロック聞いてたらしいんですわ。ビートルズとかストーンズとかエリック・クラプトンとか。これおかしいっしょ。んでラジオでクラプトンがブルースについて喋ってるの聞いて黒人音楽について学んだ、とか言ってんの。おどろいた。

んで、パーラメント(P-Funk)がブレークした1曲であるGive Up the Funkって曲があるんすわ。

 

まあものすごくファンクでかっこいい。ところがこの曲、ボウイ先生のFameのパクリだったと。

Mothership Connection第三の主要楽曲は、デヴィッド・ボウイのFameを聞いたときに閃いた。この曲がラジオから流れてきたとき、俺はチェンバーズ・ブラザーズからバンドに加入した新ドラマー、ジェローム・ブレイリーと一緒だった。これがGive Up the Fuunkに彼が共作者としてクレジットされている理由の一つだ。スタジオに戻ると、俺たちはビートをアレンジし、Gie up the Funkの中で再構築した。(p.174)

なるほど!っていうかたまげましたね。普通、ポップ音楽では、黒人→白人っていう影響関係ってことになってて、いつも黒人のほうが偉いんだけど、そうじゃないんよね。

 

ていうか、そういうことを知ると、ジョージ・クリントン先生が名盤マザーシップコネクションでやってる「宇宙からスターチャイルドが地球にやってきて」とかってお話は、ボウイ先生がジギー・スターダストでやってることなわけよね。

 

ボウイ先生のジギースターダスト

クリントン先生のスターチャイルド

とかなんとかってんで、ボウイ先生は偉大だなあ、みたいなの感じてましたわ。

あとまあ歌詞の面についていえば、HerosとかAbsolute Begginersとかもう最高すぎるわよねえ。君も僕も、1日だけヒーロになれますよ。1日だけだけど。でも誰でもヒーローになれる。シンプルで、これぞロックという歌詞。訳詞はたくさんあるから探してみてください。

 

というんで、ボウイ先生には本当にお世話になりました。さよならボウイ先生。

 


 

これものすごく面白いから黒人音楽ファンは必読。


デヴィッドボウイ先生とわたし(上)

デヴィッド・ボウイ先生の名前を知ったのはいつだったかわかりません。高校生のころには存在は知ってたと思うし、そもそも70年代の少女漫画に出てくる主人公はみんなボウイ先生だったし。

私自身がボウイ先生を本気でミュージシャンとして意識したときは覚えていて、まず、渋谷陽一先生のラジオで聞いたんですね。そしておそらくその数ヶ月後に、なんか受験雑誌か英語雑誌でLet’s Danceの歌詞についてのエッセイっていうか英語の説明みたいなのを読んだ。まあシリアスムーンライトがどうのこうの、レッドシューズがどうのこうの、とかそんな面倒なことは書いてなかったと思う。でもそういうの読んで興味をもって、レコード買ったんちゃうかな。6月か7月のはず。

そういう、歌詞の鑑賞の手引ってけっこう大事なんよね。音楽なんか大量にあるから、なんかひっかかるところがないと興味をもつってことは難しい。「へえ、そういう歌詞なのか、んじゃ意識を集中して聞いてみよう」みたいにしないと、心に響かないことは多い。そういうきっかけは、他人のごく個人的な話でもいいんよね。「へえ、この人そういう事情でこの曲好きなのか」「そんなふうに聞いてるのか、キモい」みたいなのでも趣味は広がることがある。私自身こういうのいろいろ書いてるのは、そういう文章を書いてくれた人々への恩返しみたいなところがあるんよね。

まあ当時は田舎の高校生で、田舎ではまだMTVとかやってなかったから、ラジオと文章はとても大事だったってのもある。いまはなんでもありすぎてよくわからんわよね。

んでレコード聞いてみて、とにかくLet’s Danceより、最初の曲であるModern Loveのドラムにしびれましたね。こんなかっこいいのがあるのか!オマー・ハキム先生ね。Let’s Danceの方はトニー・トンプソン先生。それにしてもドラムよすぎる。いろいろ細かいゴーストノートとか入れてこういう感じになってるんだろうけど、私の耳では聞き取れないですね。それにしてもかっこいい。

まあ「ナイル・ロジャースがプロデュースして」ってよく言われてたけど、私自身はロジャース先生が誰だか知らなかったし、当時の多くのリスナーは実はChicとか知らなかったと思うね。むしろこのアルバムでは、当時のロック系一般リスナーには、「スティーブ・レイ・ヴォーンがテキサスブルースギター弾いてる」の方が話題になってはず。まあテクニカルじゃないけどかっこいいですわね。

このアルバム、高校3年の春のやつで、大学入ってからも「モダンラブのドラムいいよなあ」とかしゃべってたのを覚えてる。しかし私にとってのボウイ先生はレッツダンスではないのですわ。大学1年の秋に「トゥナイト」が出て、これはすぐ買った。これはいかれた。

最初のLoving the Alienはロマンチックだし、Don’t Look Downのなんか下向いてる感じが、みんなきれいな服着て木屋町で遊んでるのに私はゲームセンターでバイトなんかしてる、みたいなのにあれしてね。

 

私のレゲエ好きはここらへんからも来てるんよね。

Tonightのポジティブさもいいし、God Only Knowsはビーチボーイズのおりじなるよりよい。もうこれのA面は最高。

聞いてください。

この1回生から2回生にかけての時期は、まだ外で酒飲む習慣とかもなくて、自分や友達の部屋でごろごろしていることが多かったんよね。1回生の冬はゲームセンターのバイトずっとしていて、大学の友達よりそっちの知り合いといるときが多くて、このアルバムとかも衣笠大学のやつと酒飲みながら聞いた記憶がある。まあ酒飲みながらだらだら話するっていうのは大事よね。大人になるとなかなか難しい。

 

(→ デヴィッドボウイ先生とわたし(下) へ)


ワム!の「ラストクリスマス」は失恋の歌ではない

 

ジョージ・マイケル先生(Wham! )は私ものすごく好きで、デビューアルバムのラブマシーンあたりから死ぬほど聞いて、Last ChristmasやCareless Whisperもリアルタイムで楽しみました。クリスマスには必ずLast Christmasが流れるし、テイラースイフト先生とか多くの人がカバーしているけど、この曲の歌詞、ちゃんと理解されてないのではないかという気がします。

一般的な和訳・解釈 → http://ryugaku-kuchikomi.com/blog/last-christmas http://xn--tfrt83ip2e.biz/1056

まあシンプルな英語だし、訳はこんな感じでいいと思うんだけど、ちゃんと注目すべきところがある。

Last Christmas
I gave you my heart
But the very next day you gave it away.
This year
To save me from tears
I’ll give it to someone special.

去年のクリスマスに一発やったけど次の日にはもう他人、というワンチャン・ワンナイトの歌なのははっきりしてますよね。そんで、今年はやり逃げされて泣きたくないから、「特別な人」とセックスするつもりです、という歌です。

しかしここでひっかかるべきなんすよ。someone specialってどういうことよ。「今年は誰か特別なひととしますよ」って、なんじゃないな。今年は「大好きな彼女/彼氏としますよ」ならわかるのに、「誰か」とするっていうのは、つまり、スペシャルなひとはまだいないわけですわ。

Once bitten and twice shy
I keep my distance
But you still catch my eye.
Tell me, baby,
Do you recognize me?
Well,
It’s been a year,
It doesn’t surprise me
(Merry Christmas)

一回ひどい目にあったから、今年は遠巻きにしておいります、でも君はやっぱりイケメンか美人かで僕の目をひくなあ。んで、「君、僕のことわかる?」ですよ。こんな異常なセリフを言う機会っていうのはあんまりないですよね。20年ぶりの同窓会とかであって、「僕のことわかる?」ってのだったらありですわ。でも去年のクリスマスにセックスしてるのに「僕のことおぼえてますか?まあ覚えてなくても、1年前だからしょうがないねえ」っていう関係って、どういう関係なんすか。

I wrapped it up and sent it
With a note saying, “I love you,”
I meant it
Now I know what a fool I’ve been.
But if you kissed me now
I know you’d fool me again.

なんかカードみたいなに「アイラブユー」って書いて渡すとセックスできるわけです。そういうのやって、去年はひどいめにあったけど、もしいま僕にキスしてくれたら、君はまた僕をひどい目にあわせることができるよ。つまり、いまちゅーしてくれたら、今年もセックスお願いするですよ、という歌です。

A crowded room,
Friends with tired eyes.
I’m hiding from you
And your soul of ice.
My god I thought you were someone to rely on.
Me? I guess I was a shoulder to cry on.

その場所はたくさんの人がいるパーティールーム、みんなお友達だけどコカインとかマリファナとかやばい薬とかもやっててみんなやばい目をしている。君は氷のように冷たい奴だ。去年は信頼できる人だと思ってセックスしたけど、君は僕を単なる寂しさをまぎらわせるセックスオブジェクトとしてつかいましたね。許しません。

A face on a lover with a fire in his heart.
A man under cover but you tore me apart, ooh-hoo.

ここはちょっとむずかしい。a man under coverは相手のことだろうと思う。業界でいういわゆる「クローゼット」かな。いやちがうな。

Now I’ve found a real love, you’ll never fool me again.

ここが一番のポイントでむずかしい。

一つの解釈は、「もうほんとうの恋人見つけたから、君にひどいめにあわされることはないよ」。でもあとで出てくるように、その恋人とは今年のクリスマスはセックスしないのです。

もう一つの解釈は、ここで見つけた「本当の恋人」っていうのは、実はこのyouなんよ。去年は遊びだったけど、今年は本気でセックスしようじゃないか、と解釈することもできると思う。あるいは強がりか。

Maybe next year I’ll give it to someone
I’ll give it to someone special.

ここを見逃してはいかん!いつのまにか、まあ来年は特別な人とするわ、になってるじゃないの!つまり、今年はけっきょく去年と同じように誰だかわからない君とチューしてセックスしてしますしますぜひやりましょう、特別な人は来年の話ということにして、今年はやっぱり君とカジュアルセックスセックスイエース、ワンナイで。

もうちょっと好意的に解釈して、去年は君は特別な人じゃなかった、今年もまだ特別な人じゃない、でも今日セックスして、来年までおつきあい続けて特別な人になってくれたらいいね、ぐらい。

まあつまりこの曲は、非常に華やかで性的に乱脈とされるようなパーティーで一発やることを歌っているわけです。まあ80年代ってそういう時代だったんよね。それがエイズ問題とかにつながるわけです。

ちなみにマイケル先生はワム解散して某事件をきっかけにゲイのカミングアウトする前に、自伝みたいなの出してるんですが、「ぼくらワムの頃はもててもててしょうがなくて、そういうのも好きだったんで目の前を動くものはなんでもf**kしてたよ」みたいなことを語っています。そんなロマンチックな人ではないのです。

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ジョージ・マイケル先生はあとで(1996)、Fastloveっていう超名曲作ってるけど、そっちはもっとはっきりとそういう世界を描いてますわね。

 

 


テイラー・スウィフト先生は好みではない(ファンのひとはごめんなさい)

ask.fmでカミーユ・パーリア先生がテイラー・スイフト先生をディスっているという話を教えてもらい、3曲ほど聞いてみました。たしかにこの方はちょっとあれねえ。

最初に聞いたのはI shake it off。他人がなんと言おうが関係ないわ、私は好きに踊り続けるわ、ってな曲。

その主張自体はよい。我々は人にかまわず踊り続けるべきだ。踊りましょう。音楽的には、歌詞のshke shake shakeとかの繰り返しがおもしろいね。でも歌詞は凶悪で、世界は私と悪者(いつまでも同じままのヘイターやハートブレイカーやフェイカーたち)によって構成されています、みたいなのってちょっと受け付けられない。

バレリーナのシーンとかとかスタント使ってるわねえ。っていうか踊れないなら踊れないでかまわんし、むしろ最後のシーンのように「私はちゃんと踊れないけど、それでもOK」ってのなら、スタント使う必要ないのではないか。あと、いつまでも「I」shake if offであって、途中でcome onとか呼びかけてるのに最後も一人だけってのが気に入らない。

次に見たのがWe are never ever getting back。これは私淑する細馬宏通先生がコメントしているってんで、それ読む前に聞いた。

これもいかん。こっちは音楽的にはあんまりおもしろいところはなくて、イントロのギター、単にミュートするんじゃなくて機械的に切ってるのが耳を引いたけど、それくらいか。

歌詞の内容は私には最悪に思える。まあ細馬先生の聞き込みは大筋で正しいと思う 1)We will rock youは聞き取れないし、すぐあとで書くようにこんなものがガールたちのアンセムではありえないけどね。ビヨンセのRun the Worldの堂々とした勝利の響きとくらべてほしい。 。この曲は別れの歌ではない。そもそも、本気で別れるつもりのときに「絶対ぜったいぜったいヨリもどさないからね」とかって言うはずがない。「我々は終わってます、ピリオド」でなければならない。ネバーは1回でよろしい。「ぜったいぜったいぜったいぜったいより戻しません」って増やせば増やすほど説得力がなくなる。もし2回いうとしてもネバーエヴァーじゃなくてネヴァネヴァネヴァネヴァでしょ。

こんな歌、けっきょく女の「ノー」どころか「ネバー」でさえネバーじゃなくて「イエス」やむしろ「カモン」だ、って言う歌じゃん。それでいいんかね。

男子がなに気に触ることしたのか知らんけど、スペースを必要とする人がいるのは確かなことだし、なんか言っただけで「私が正しいの!」って叫ばれたら、ヘッドホンして好きな音楽聞くくらいしかないじゃんよ。わめく女は殴ればいいって話じゃないでしょ。

You talk to your friend talk to my friend talk to me、のところも(詞の作りはおもしろいけど)よくわからなくて、男子って元カノのことを友達にそんなしゃべるかな。もし仮に「ヨリを戻したいから口きいて」ってのがあるなら(ないと思うけど)こういうんじゃなくて女子の友達に直接頼むだろうし、悪口であればまあしょうがない気がするけど男子は女子ほどそういう話はしない気がする。まあせいぜい「ひでー女だったからね」ぐらい。女子はいろいろ事細かに話す傾向もがあるかもしれないけど。なんかおかしい、っていうか男子の行動を理解してない気がする。まあでもいろいろあるんだろう。わからん。さっきの「あんたがケンカ売ってきて」you picking fightsのところと同じように、自己中心的な感じがする。

「あんたとは別れました」とか言ったそのだらしないパジャマ姿のままで、友達に「あのひとまだ私のこと好きなんだって、でもうんざりしてるの」とかノロケなのかなんなんだかわからんこと喋ってるのも許せん。これが21世紀のエンパワされたガールなのか。

最後見たのはBad Bloodで、これもひどい。

最初っから(理由なく?)腕折ったりしていて、ものすごくネガティブになる。このPV見て好意的な評価をするのはものすごく難しい。なんで殴り合ってるのわからんし、歌詞も憎悪に満ちている。女性が物理的に戦ういろんな映画のパクリだらけだけど、それに対するオマージュみたいなのが感じられないよ。せめてテレビ1台出して、最初は自信なかったけど、映画に出てくる強く戦う女性たちからエンパワしてもらいました、ぐらいの敬意は表してほしい。もっと練習して格闘シーンはそれらしく見せてほしい。これじゃ女の子の演芸会かキャットファイトやアマチュア泥レスリングじゃん。それに映画のヒロインたちはだいたい憎悪以外のちゃんとした理由があって戦ってるけど、これは単なる個人的な憎悪だけに見える。ケンドリック・ラマー先生もなんでこんなPVにからんでるんだ。がっかりしました。これやばいっしょ。いくら嫌いだって、ライバルや論敵を「bad blood」呼ばわりするとか、そらパーリア先生怒るわよ 2)ナチを引き合いに出したのはどうかと思うけど。bad bloodの意味はこうか

前エントリのビヨンセの、最新の3)あれは南アフリカあたりのダンスなのね。 鍛え上げられた踊りや、自己を主張する覚悟や、考え抜かれた戦術や、他の女性との連帯感みたいなのと比較したら、たしかに退行的だって思います。こういうのがガールの理想であってほしくない。

でも好意的に解釈すれば、右派左派に分かれてしまったと言われているアメリカについて悲しみ歌ってる曲ってことになるかなあ。でももっと希望あっていいじゃんよ。ファレル先生のハッピーみたいなとはいわないまでもよ。

前2曲も好意的に解釈すれば、とにかく私は私の我を通します、ってんで、それはそれで敬意に値するかもしれない。でもそう聞くのはなかなか私には難しいです。PVもう少し上手く作ってくれたらちがったかもしれない。

 


んで、パーリア先生オススメのレスリー・ゴーア先生のIt’s my party聞いてみましょう。

 

ははは。いいじゃないっすか。歌詞と簡単な解説はこちら。私のパーティーなのに、私のジョニーは馬鹿のジュディーとこっそり外出ていってエッチなことをしている、私のパーティーなのに許せない、私泣いちゃうわ。私大声で泣くわよ私のパーティーなんだから。あなただってそういうときには大声で泣いていいのよ。

パーリア先生が、この歌には社会的主張とガールの心理についての、より深い洞察が含まれていると主張するのも理解できますなあ。


まあこのエントリ、私自身ちょっとネガティブになりすぎましたね。だって理由なく腕折るんだもん。あれでOKなんてないわよ。


References   [ + ]

1. We will rock youは聞き取れないし、すぐあとで書くようにこんなものがガールたちのアンセムではありえないけどね。ビヨンセのRun the Worldの堂々とした勝利の響きとくらべてほしい。
2. ナチを引き合いに出したのはどうかと思うけど。
3. あれは南アフリカあたりのダンスなのね。