簡単なコード進行理論 (1) ケーデンス

私が思うに、ポピュラー音楽を構成するものは (1) 規則的なリズム/ビート、(2) 基本的に西洋古典音楽に依拠した和声理論、(3) 歌いやすい/わかりやすいメロディー (4) 歌詞 (5) くりかえし (6)ある程度の即興性、アドリブみたいなのに分けることができます。

和声(コード)理論についてもちょっとレクチャーしてみたい。

以前のエントリで、JBのSex Machineは2個しかコードがない、スライのThank Youは1個しかない、とか書いてみましたが、まあふつうのポピュラー音楽は2個では音楽にするのがむずかしい。

基本的に西洋音楽の枠組で大事なのはいわゆる三和音「ドミソ」だ、主和音ってことになってます。でも実はドミソよりだいじなものがあって、それはドミナントとか属和音ソシレファです。

まあちょっとこれをどうぞ。


起立!礼!着席!のやつですね I -V – I、C-G-Cです。最初のIがドミソのトニック(主和音)で、2個めのソシレがドミナント(属和音)、そしてトニックにもどります。まあトニックが大事だっていえば大事なんですが、どうだいじかっていうとドミナントを鳴らされると次にトニックを聞きたくなる、って性質がある。まあ音楽の重力というか。これが西洋古典音楽の核の部分にあるものです。

この二つだけだとほとんどなにもできないので、ふつうはサブドミナンド(副属和音)、IV を使って I – IV -V – Iのようにします。まあこんな感じ。

こういう「終った感」があるのをケーデンス(カデンツ)と言いまして、音楽のブロックであって基本的なのが何種類かある。これは一番単純なやつの一つ。こういうのを複雑にしたり組合せたりして音楽というのは構築されるわけです。
まあとりあえずトニック、ドミナント、サブドミナントの三つがそろうとだいたいなんとか西洋音楽を作る最低限の材料みたいになります。実際、単純な民謡みたいなのとかフォークソングとかはこれだけでできてるのも多い。

私も1個作ったことがあるので聞いてください。昔学生様の卒業パーティー用に作った一発芸。

コード進行を書くと、
C | F / G | C | F / G | C | F / G | F /G | F / G | C
これだけです。ミソは、同じことを2回くりかえして3回目はほんのちょっとだけ変えることですわね。それが意外性が出る。 C – F – Gって2回くりかえしたので次もCを期待しているところにF -Gをくりかえしているのでジレて最後のCになったときに落ちつく感じ。

まあ腕も声も悪いし、これけじゃとても音楽とは言いがたいけど、人をニコリとさせるぐらいはできるかもしれない。私の思うところによれば、こうしたブロックみたいな単細胞音楽みたいなのを積みかさねて音楽というものは構成されていきます。

ファンク入門(5) ファンクの発展

まあJBとスライ以降はもうなんでもあり。

ジャズミュージシャンもスライ先生の影響でファンクをはじめます。

ハービー・ハンコック先生のカメレオン。ちょっと長くてジャズとか聞いてない人にはつらいかも。ハンコック先生はファンクを単純化して、スネアドラムの2拍4拍のバックビートをずらしたりして(1回目がふつうより16分音符1個分早い)独特のギクシャクしたリズムを出してる。シンセベースも好まれました。ふつうのベースよりエッジが立つから。

ハンコック先生がマイルスデイビスのバンドを首になってからいろいろやってたんですが売れなくて困っていた、と。でウェインショーター先生から誘われて創価学会に入会。毎日勤行を繰り返す日々。そんなある日、夢枕に日蓮先生とスライ先生二人がいっしょに立っていたという。「これだ!」。ハンコック先生はそこからヒントを得てこのファンクを開発したと言われいます。ほんとかどうかは知らん。大作先生が立ってたらどうなっていたのかもしらん。まあとにかくハンコック先生はライブとかでも自分でこのベースライン弾くんですが、すごいファンクネスでたまらんです。

P-Funkっていうのは70年代後半から80年前半ぐらいまでにジョージ・クリントン先生がやってたFunkadelicやParliamentというバンドとかその他周辺バンド・アーティストの総称。大人数でいろんなことをやる。ダンスフロアを占拠しておったらしいです。とにかく曲が長い、がかっこいい。ズズズズズ。とにかくこういうのを聞きながら一人で部屋で踊り狂うようになるとファンク中級。

ライブだとこんな感じ。Flush Lightって曲はスタジオ版も探して聞いてみてください。シンセベースがかっこよすぎる。

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ふつうのベースより低い音域使ってるので、ベーシストたちはそれに対抗するために弦を1本増やすことになってしまいました。

もうステージ上は変態大集合ですね。客席も黒人ばっかり。白人はサタテーナイトフィーバーとかでビージーズとかおしゃれに踊ってたときに、黒人のみなさまはこんな感じ。会場中マリファナとかがモウモウとしていたそうです。よい子のみんなはマリファナやドラッグは真似しちゃいけません。白い衣装のジョージ・クリントン先生のリズムのとりかたに注目してください。とにかく1拍目!

ファンクと抑制の関係を知ってもらうために、P-Funkをもう2曲。どっちもアルバムの最初の曲なんですが、抑制されてますよね。白人だったらジャーンっていってはじまりそうだけど、黒人ファンクはこういう感じ。盛り上ってるところも盛り上りまくならない。走らないでむしろ足ひきずってる感じ。重い。

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ファンク入門(4) スライの密室ファンク

入門(3)であげた Thank Youなんかはスライ先生が調子よかったときで開放的な明るさがあるわけですが、先生はその後ドラックづけになってどろどろになります。かなりやばかったみたいでどんどんバンドメンバーやめてきます。ドラッグはぜったいやめましょう。

でもまあそういうなかでThere’s a riot going onとかFreshとかって名盤を作成するわけです。ここらへんのアルバムは非常に内省的になっていて魅力的。

Freshの最初の曲In Timeを聞いてみましょう。

ドラマーはアンディー・ニューマーク先生にかわってます。さらにリズムマシンが導入されていて、ポコポコチキチキいってるのはマシン。ニューマーク先生は絶妙のタイミングでハイハットをシパッシパッ!ピシ!とやっててシビれる。ここらへんになるともうステージの上では演奏不可能じゃないっすかね。密室というか録音テープの上だけで音楽が構成されている感じですね。

ファンクに必須の抑制ってのがよくかってもらえるんじゃないかと思います。

名曲 Family Affairも聞いてくだしあ。

歌ってるのはスライ先生じゃなくてThank Youでスラップベースを開発したラリー・グラハム先生。こういう内省的な曲でも、ドッどどっ、ドどどっ、って感じで1拍目が強調されています。これがファンク。

前に紹介した「アンソロジー」に重要な曲は入ってるけど、この2枚はアルバム全体が名盤なので買いましょう。

ちなみにここらへん以降スライ先生は完全にドラッグ廃人。2000年ぐらいに復活かとか言われたけどもちろん無理。ドラッグから逃れられる人はおらんのです。

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ファンク入門(3) スライのファンク


では次に、スライ&ファミリー・ストーンのファンクです。

このかっこよさを見よ。バンドが男女、黒人白人入りまじっていて、カラフルですよね。JBの「黒人です」てのとはちょっと違うロック風味も入っている。

音楽的には「一発もの」と呼ばれるものです。Sex Machineはコード2個だったけど、2個でできるなら1個でもできるんではないか。E7 1個でいいのではないか、というわけです。もうなんにも進行しないでおなじところでずっとじりじりやる。さすがに途中でギタだけになるブリッジは挟んでますが、まあずっとE7。(あれ、オリジナルはE7なんですがこの演奏はホーンのソロとか入ってるからかF7でやってますね。いや、曲の部分はやっぱりE7。)

もうコード進行とか西洋文明はいらんのではないか、1発でアフリカにもどろうではないか、みたいなそういう思想があるのかもしれんです。

リズム的にはJBのものよりさらに細分化されて16分音符が意識されている。日本では16ビートとか言われてるけどなんかおかしくて、16th feelといいます。ドラムはエイトビート(8th feel)、ベースは16thフィール、ホーンやギターやキーボードやタンバリンは16thだったり8だったり。4分音符中心、8分音符中心、16音符中心の感覚が重なっていてどろどろしたファンクになる。JBの比較的シンプルな単純なのとはちょっと違ってきます。JBのよりこっちのやりかたのほうがいろいろ簡単でおもしろいものができるので主流になります。マイルスデイヴィスがこれ聞いて自分のバンドをこう感じにした話は有名ですよね。
こういうの聞くと私は足と腰と肩とか体の各部分が別々に動いてぎくしゃくした感じになって猛烈に気持ちいです。
あとベースが人差し指や中指で弦をはじくんじゃなくて、親指で弦をひっぱたく「スラップ」ってのが使われてます。この演奏法はこの曲から有名になった。
アンソロジー
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ファンク入門 (2) JBファンクの和声的側面

James Brownファンクのリズム的側面の次は、コード進行について考えてみましょう。
JB先生の一番有名な曲 Sex Machine です。

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この曲はたった二つのコードでできてます。Ab7とEb7。

最初のダッダッダッダッダッダッダッダッの8発がAb7で、そのあと延々Eb7が続き、「ブリッジに行っていいか?いいか?ブリッジ行っていいのか?いいのか?いいのか?ほんとにいくぞ?いくぞ?」ってやったあとにAb7に行って猛烈な解放感がある。もう延々なんか我慢してたものを放出する感じっすわね。これはAb7に対してEb7がドミナントという関係にあるからなんですが、コード進行の詳しい話はまたあとでやります。

ふつうの曲は最低3つはコードを使います。トニック(主和音)=I(1度)、ドミナント(属和音)=V(5度)、サブドミナント(副属和音)=IV(4度)かIIm(2度)。ブルースのような単純な形式でもIとIVとVと3つある。これが西洋古典音楽の基本です。でもこの曲はたった2つしかない。これがミソです。

まあとにかくこのEb7のところのジリジリした感じと、「ブリッジ」の部分の解放感を味わうのがこの曲のキモです。ファンクっていうのは元気いっぱい、猛烈、全力の叫びみたいな印象をもたれることがありますが、それはファンクではないです。ファンクはあくまで抑制されコントロールされている。JBはたしかに雄叫びがあげますが、本当に叫んでいるのはほんどなくて、つねにコントロールされてます。いつも全力にはならずになにか残っているところがある。先に進まないで同じところでジリジリする。ブリッジの部分の解放感も一瞬で、すぐにもどる。ブルースやファンクといった黒人音楽はそういう抑制がなによりもキーなのです。白人のオーケストラ音楽、あるいはヘビメタみたいに、「ドッカーンジャーン」ってやって「きもちいー」なんてのはない。

コードの話にもどると、最初にAb7とEb7と書きましたが、これは実際出されている音はAb(9)とかAb9、Eb(9)とかEb9とか表現されることもある形です。ふつうの単純なロックやソウルだと7thコードはG7(ソシレファ)のような形で使われるんですが、JBはさらにその上に1音エクステンション(テンション)足してG7(9) (ソシレファ)の形でつかう。この9th(9度)の音もファンクな感じです。

ちなみにこういう9thとか13thの音とかは(V7のようなドミナントの場合)緊張感があるので日本ではテンション tension って呼ばれることがあるけど、実は必ずしも緊張感をもたらすものではなくて和音を拡張して豊かな音にしているので、エクステンション extensionで呼ばれます。まあ濁った感じになる。

さて、コードが二つしかないというのはどういうことか?実は2個だけだと、その曲のキーが確定しないのですわ。ふつうの西洋音楽だと、 I – IIm7 – V7 – I (C – Dm7 – G7 – C)のようにしてCメジャーの曲だ、とわかるわけだけど、2個しかないと I7とIV7なのか、V7とI7の曲なのかがわからない。メロディー(?)ラインからも判断がつかない。そこでこの曲はずっと解決しないままで最後までいってしまします。最後に「クィットするぜ!」ってやってダッダッダッダッダッダッダッダッってやっても解決した感じがしないっしょ?下品な言いかたになるけど残尿感みたいなのがある。こういうの、クラシックやロック、あるいはジャズとかとは根本的に違う考え方でできているわけです。

その次のSuper Badも同じようなもんで、Dmと G7の二つのたったコードでできてますね(ちゃんと確認してないけど)。この二つのコードからすればCメジャーとかが連想されるんだけどそれが実際に弾かれることはないのでやっぱり宙吊り。

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ファンク入門(1) JBのファンク

ファンクというジャンルは、ソウルブラザーNo.1のジェームズ・ブラウン(JB)先生が開発したということになっております。音楽的な特徴は16分音符フィール(16th feel)とか、ちょっとハネてるとか、4拍子と8thと16thがまざってるポリリズムだとかってのがあるんですが、とにかく1拍目を強調することっすね。あとはどうでもいいっちゃーどうでもいい。

まずはJB先生の代名詞ともなった名曲”Sex Machine”のころのバンドメンバーで、のちにP-Funk一派をひっぱることになったブーチー・コリンズ先生のレクチャーを見ましょう。

ユーノウ、1拍目さえ出してりゃいいわけです。ユーノウ、これがファンク。ロックは2拍4拍が大事で、「ちっちっダっちっちっちっダっち」「ダダダダズダダダ」だけどファンクは「ドンちっちっちっち」。

これがよくわかる音源があって、どうもyoutubeとかにないみたいだからあれだけど上げちゃいましょうか。

名曲”Cold Sweat”のリハとボツテイクの最初です。最初はメリハリがなかったバンドが、JB先生が「ブン!ばっばっばっ」て指示するとバッチリになるのがわかります。あのサウンドはJB先生の身体感覚そのまんまなのですよね。これがファンクだ!

ではJB先生の体の動きに注目しながら鑑賞してください。体全体は4つを刻んでいて特に1拍目を強くダウンで感じてます。しかし体の各部分はその半分の8つでチキチキ感じてるところがある。これがあの独特のフィールになるわけです。これ以降のファンクはもっと複雑になるんですけどね。

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ミュージシャンによるミュージシャンの歌詞の解釈

まあ歌詞や楽曲を解釈するってことがどういうことなのか、っていうのはやっぱり実例で見るのが一番わかりやすいです。

次の曲を聞いてみましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=CvlhzdgVQvY&feature=youtu.be

PUFFYかわいくていいですね。元気で楽しい。コンサートのラストにぴったりの演出に聞こえる。

これはカバーで、原曲はPUFFYのプロデュースしていた奥田民夫先生がユニコーンってバンドにいたときの曲です。これもどうぞ。

PUFFYのより苦い感じが出てますね。まあ解散することになったときに作った曲だとかそういう情報は置いといても、なんか実は元気一杯の曲ではないことがわかります*1

歌詞は http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=37874 にあります。

これを矢野顕子先生が解釈するとこうなる。この驚きの一曲を聞け!(カルテットでやってるやつが好きだったのですが、消えたのでソロのを)

おどろくべきことに、これ民夫先生の原曲の歌詞通りなんですわ。コード進行やメロディー、拍子さえもバラバラに解体されてしまってるけど、かろうじて骨組だけはとどめている*2。原曲やPUFFYの演奏では意図的に覆い隠されていたもとの歌詞のもっていたパワーが暴かれ、フルに引きだれてしまってます。もうなんともいえん。

これが超一流のミュージシャンによる歌詞と曲を(おそらくそれ以上に)超一流のミュージシャンが解釈した結果。もうこれ1回聞いちゃうともとのPUFFYやユニコーンをそのまんまには聞けなくなってしまう。おそろしいものです。

他にもThe Boomの「中央線」や槙原敬之の「雷が鳴る前に」をアッコ先生がカバーしたのがyoutubeにあると思うので探してみてください。原曲も聞いて、歌詞カードもよく読んでみてほしい。歌詞のパワーとか、歌詞と楽曲の関係とかいろいろ考えるきっかけになるはずです。

追記

まあいろいろあって途中になっちゃってまあいろいろ反省してたり。

まあアッコちゃんの「すばらしい日々」を聴いてからPUFFYを聞きなおしてみると、いろんなことがわかるようになってしまってるんじゃないかと思います。PUFFY(と民夫先生)はこの曲をツアーかなんかのラストの曲に使ってたんだろうけど、なぜこの曲を選択したのかとか。「なつかしい歌も/笑い顔も/すべてを捨ててぼくは生きてる」のところでなぜ風船が降ってくるのかもわかるはず。なにげなく見てるエンタテイメントの一場面を作っている人々が、みんなすごく「わかって」やってることがわかる。ぼーっと聴いてたりするだけではなかなかそういうの気づきにくい。いったんわかってしまえば、なんかいやなこととかあっても「すべてをすてて僕は生きてる~」とか歌っちゃうわね(なぜかPUFFYバージョンで)。

こういうふうになっちゃうともう民夫先生がどういうつもりでこの曲を作ったのか、とか実はどうでもよくなってしまう。歌詞が多くの人によって解釈されたりカバーされたりするうちに、みんなの共有財産になっていくっていうか、逆にYよく聞かれ歌われた歌が人々を作っていくっていうかなんていうか。

まあ音楽や歌詞の楽しみ方や批評なんてのがいろいろあるのは当然のことで、まあそれぞれ楽しく聞いたり読んだりすりゃいいわけだけど、なんか基本とかコツとかもあるような気もするです。先日の石原先生の本なんかよく書けているというか先生自身がノっている*3記事はすごく勉強になる。

ジャズとかクラシックとかそっち系だと批評雑誌とかあって、そういうの馬鹿らしいといえば馬鹿らしいけど、よく書けているやつを読むのは楽しいし、音楽を含む芸術ってのはそういう言葉によっていろいろ支えられている気がします。

みなさんもばんばんいろいろ解釈書いてみたりしてほしいですね。なんかそういうアートを味わうよいきっかけになるし。学校の読書感想文とか鑑賞文とか苦痛でしょうがなかった人が多いでしょうが、自分の好きなものについてあちこち書き散らかしてみるのは楽しい。私自身もブログとかですごくよい紹介文や解釈や批評読んで楽しい。「へえ、そう聞くものか」とか「あれ、そこの歌詞はそういう意味だったのか」みたいな発見があるし、そういうのは人生をちょっとだけ豊かにする気がします。

*1:数日後追記。この文章を読んだ人から、「あのユニコーンについての文章は、リアルタイムで聴いてた人間からするとちょっと違うね、あの曲はユニコーンの曲のなかでも特に奇妙な曲で云々、というコメントをもらいました。そう、私はこの曲をリアルタイムでは聴いてないのです。まあそういう話いろいろするのが楽しい。

*2:ここらへんの表現は前)にtwitterで遊んでたときに私が書いたのかツイ友(!)が書いたのか今となってははっきりしません。

*3:まあおそらく先生自身が好きな曲ってこと。

ポップスの歌詞の鑑賞レクチャー: aikoの「初恋」

最近とある事情でaikoの「初恋」を聞いて歌詞を分析してみる機会があったのですが、私がどんな風に歌詞を読んでいるのかってのをちょっと書いてみたいと思います。

PVは にあるみたいだけど再生できない。

歌詞は http://www.kasi-time.com/item-1961.html にあるけどコピペできないようにしてるようです。面倒ですね。著作権制度はもうちょっと考えた方がいいのではないかという気がするけど、まあそういうのは置いといて。

この曲については実は石原千秋先生という偉い文学の先生が、『Jポップの作詞術』分析を残しています。もとは高校生向けのフリーペーパーみたいなのに載せてたらしい。これをネタにしてやってみましょう。

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石原先生は各曲から三つキーワードをとりあげて解説して、文学作品の読解とかにかかわるコラムを二つ書くって形でやってます。まずこれを検討してみましょう。

石原先生がこの曲のキーワードに取りあげたのは三つ。「妄想」「守ってあげたいな」「わざと」。

あ、ここでちょっと注意しておきたいことが一つあります。中学~高校の現国の教科書や授業とかでは、「キーワードを探しましょう」「指摘しなさい」みたいな課題があるみたいですが、キーワードっていうのは探す前にすでに答が決まってるわけじゃないのね。「あなたが注目した言葉」がキーワードなわけです。読む人の数だけキーワードはあるわけで、そういうんでは「キーワードを答えなさい」みたいなんは馬鹿げている。数も決まってるものではないし。私は石原先生とはぜんぜん違うものをキーワードにしますね。あとで挙げます。

まあとりあえず、石原先生によれば、まずこの曲の作詞者(AIKO)は「妄想」っていう言葉でまずこれが性的なことにかかわる歌だってことを示している。

「恋」と「妄想」なら、結論はアレだ。そう考えて歌詞を読んでいくと、「指が触れた」だけでちゃんと「体は熱くなる」。コレがまったくなくては恋としての魅力が出ないし、露骨に出せば品がなくなる。いかに上手にアレを隠すかが、「初恋」というテーマのミソだと言える。(p.14)

これはまあその通りですね。石原先生は高校生向けに「アレ」の話をするのに苦労している。

二つめは「守ってあげたい」。石原先生は歌詞の主人公が、「よくわからない感情を「母親」の感情に重ねて、自分自身で理解しているのだ」(p.15)と読んでます。

三つめは「わざと」。わざと指に触れることで「相手に振り回されていただけの女の子が、自分から恋を仕掛けられる」(p.15)ようになったと石原先生は解釈してます。

二つのコラムでは、この歌詞が、「成長」というすでにある物語の型にそって成立していること、矛盾した言葉をつなげることによって聞く人や読者の解釈の幅を広げるようにできてることが指摘されてます。

まあこういう読み方は好きなのですが、この歌詞は本当に「少女から(想像上の)母親へ」とかそういう物語の歌なのかな?私はぜんぜん違うと思いますね。

キーワードは石原先生の通りでもいいんだけど、私が三つあげるなら、「指が触れた」「知らなかった感情」「小さな体」の三つかな。

曲を鑑賞する際には、まずとりあえず曲を聴くことからはじめなきゃならない。現代詩とかは読まれるだけですが、歌は聴かれるものだ。メロディーラインや曲の構成を意識しないとまちがっちゃう。んで「初恋」聞いてみると、イントロのギターの凶暴さに圧倒されるはずだわね。作詞作曲はAIKO(作詞作曲は大文字でクレジット)ですが、編曲は島田昌典先生ですか。プロフェッショナルですね。

このギターから「母親」を連想するのは無理ですわね。私には獣が暴れているように聴こえる。まあ一般にロック/ポップスで歪んでサスティンの長い伸びるギターってのは、石原先生の言う「アレ」の象徴ですわね。典型はプリンス殿下のパープルレインですが、ジミヘンとかレッドツェッペリンとかそこらへんからもう本当に長い歴史がある*1。メロディーラインも上昇一方に高まってく感じで異常な感じがします。

まあ実際私が聴き読むところでは、この曲はまさにアレの曲なんよね。最初は偶然指が触れてウハッとなって、次は「不器用なりにわざと指に触れたとき、小さなあたしの体は熱くなる」。この「小さなあたしの体は熱くなる」が誰も間違えようのない曲の頂点*2。そのあとにやっぱりギターが暴れて、aikoもアッハンウッフン言ってるわけで、これが「母親」なんてものだとはどんな意味でも思えない。「おまえの熱くなった小さな体ってどこやねん、言ってみい!」とかたずねるとセクハラになりますね。「知らなかった感情」は(ささいな出来事として/わざと))「指が触れた」ことによって引き起こされた性欲そのものだろう。私の解釈だと、主人公は中学~高校1年程度、学校かバイト先の相手を最初は見てるだけだけどなんかちょっかい出されて指さわられてウハっときて、自分からも指からませたりして。まあ指とかテーブルの下の足とかでそういう反応しちゃうと、結果はあっはんうっふん以外にはありませんわね。ここらへんが石原先生のいう「主体」。先生は高校生向けにぼかしてるけど、「性的な主体」ですよね。自分からセックスしに行く、そういうちゃんとした現代的少女~女性。

一般に、暴れたギターソロの間奏はなにか言えないこと/歌えないことの時間の経過を表わしています。もう言葉にできない世界を楽器が引き受けるのが伝統。そのあとも「あたしはこれからもきっと」はなにかが起こったあともこれからね。「これ以上もう2人に距離が出来無い様に」はまあ1回距離0cmになってみたんでしょう。

だから、石原先生があげてる「成長」っていう物語はおそらく正しいけど、「母親」とか関係するんじゃなくて、おそらく少女から性的に自覚的な女へ成長したことを歌ってるんですわね。

問題は石原先生がひっかかった「守ってあげたい」なんだけど、私はこれ石原先生のように文字通りには読みませんね*3。そもそも石原先生は歌詞カードにひっかかってる。石原先生が挙げてる歌詞カードでは「あなたを守ってあげたいな/あたしなりに知らなかった感情が生まれてく」になってるけど、これじゃ「あたしなりに」が「知らなかった」か「生まれてく」にかかってるのかわからん。「曲をよく聴くと、この部分は「あなたを守ってあげたいな、あたしなりに/知らなかった感情が生まれてく」なんよ。歌詞カードのようにメロディーをまたいで意味の通じるフレーズを続けることは滅多にないんじゃないだろうか。

さて、少女が知らなかった感情とは何か?「守ってあげたい」とかってのは少女はよく感じるものじゃないですかね。人形とか猫とか犬とか赤ちゃんとか。そういう感情を知らずに少女が生活しているとは思えない。この「守ってあげたい」は人形や猫や犬や赤ちゃんに感じるのとは違う、ずっと見つめてたり指が触れたりした相手に対して感じる「守ってあげたい」なわけで、ここに女性の攻撃的な性欲を感じますね。「あたしなりに守りたい」。もしかしたら、もとはもっと露骨な歌詞だったのかもしれず、それを見かけの上で上品にするために「守ってあげたい」にしただけなんじゃないかね、って私は考えちゃう。「あたしなりに、あなたを喜ばせてあげたいな」とか「あたしなりに、あなたをウハウハ言わせたい」とか、まあそんな感じ。まあ「とりあえず一回やりたい」では歌詞にならんです。

まあ私の解釈では、曲想からしても歌詞からしても、これは初恋というよりは初性欲の歌ですわね。それまで漠然としていて、対象の定まってなかった性欲が、特定の相手を見つけてそれだと自分にもわかる状態になった、そしておそらく実行した、それを歌った歌。いやまあ恋と性欲の区別がないところがすばらしいとも言える。もっと別のタイトルの方が適切かもしれないけど、あえて「初恋」にするところがaikoというアーティストの意志とか覚悟とか感じてそれはすばらしいと思う*4

まあ石原先生は「守ってあげたい」に目眩しされてしまったか、あるいは媒体読者が高校生であることを配慮してなにかを抑えたかどっちかでしょう。私の見るところでは、ポップスの歌詞っていうのは、性欲とか憎しみとか嫉妬とかそういう下品ではあるけれどもどうしようもない思いをどうやってポップで口あたりのよい曲にして聞かせるかってので、鑑賞する上でもそういうのをよく考えて聞きたいっすね。その方が楽しめる。

女性の性欲をあつかった歌では”Feel like makin’ love”ってのが有名だけど、これはかなり成熟した女性の歌だし、国内ではこういう少女が最初っから積極的なのはあんまり見たことないですよね。そこらへんがaikoの魅力なんだろうと思う*5

コメントにお答えして追記

あ、すぐにコメントいただきました。私の書いたものにコメントもらうなんてめずらしい。うれしいなあ。

はじめまして。

歌の分析、なかなかいい感じでした。他人事に分析があるのは当たり前ですから、あなたの分析には素直に面白かったと思いますよ。ただ、私のはあくまで「歌詞」の分析ですから、観点が違います。その点は、きちんと書いてほしかったなあ。

不思議なのは、ある分析に別の分析を批判的に対置する当たり前の批評行為がなぜ「ディする」と表明されるかです。あなたは、批評と批判の区別が付いていないのではないでしょうか。

どうもありがとうございます。ありゃもしかして石原先生ご本人かしら。だったらすみませんすみません楽しく読ませていただきました。先生本人じゃなくてもなんか不愉快な思いをさせたらごめんなさい。でもまあとりあえず石原先生本人かどうかってのとテキストは切り離して考えたいと思います。

石原先生の立場は「テクスト論」で、生身の作者とテキストを切り離して、テキストだけを見るって立場なんですよね。作品のテーマみたいなんも作者の「意図」みたいなのと関係なく、読者の方でテキストから読みとれるものを勝手に読みとるってわけで、こういうのは私は好きですね。

また石原先生のこの本での分析が、「「国語」という括り」でのもので、「……僕にその能力もなかったから、メロディーラインへの言及はいっさいなく、歌詞だけの分析となった」(p.8)ってのも残念だけどやむをえない選択であるかと思います。

私にとっての問題は、そういう「いくらでも自由な解釈が可能である」とか「ポップスの歌詞は楽曲と切り離して論じることができる」ってのがどうなんかなあ、ってことで。私は文学批評とか文学鑑賞とかそういうのはまったく疎くてよくわからんのですが、少なくとも歌詞を楽曲から切り離して論じちゃうのはどうなんだろう、それはおかしいのではないか、という批判として上を書いたつもりです。「解釈は多様でかまわない」って方はちょっと微妙。それでいいと思うんだけど、「より優れた解釈」みたいなんはあるんではないかという気はするですね。

私の言いたいことは、歌詞の分析をするときに楽曲の構造やメロディーライン、バックのコード進行、アレンジなんかから切り離してしまうとあんまりよい鑑賞にならんのでないか、ってことですわ。とんでもなく勘違いした解釈をしてしまう可能性がある。

実は昨日は面倒で途中でやめちゃったんですが、他にもこの曲はいろんな仕掛けがしてあって、さすがにNo.1ヒットになる曲は凝ってるものだな、とか思いました。ちょっとだけ書いときましょう。

  • 曲の構成はA B C(サビ)、A B C、A(間奏) B C って形になってる*6
  • Aの部分のコード進行がかなり異常で、Bm7 C#m7 CM7 Bm7 BbM7 AM7とか半音階でうろうろしていて、まあどうやって思いついてるかわらかん感じ。おそらくこういう機能的じゃない不安定な進行で少女の混乱した志向を表している。メロディーラインはいったん上ってから次第に下ってくるいわゆる「ウツパターン」。逡巡している。非常に不安定で歌いにくい、っていうか私正直歌えないです*7
  • Bの部分はアレンジが頭の拍を強調していて、なんか「決断」「決意」「確信」とかそういうのを連想させる。コードやメロディーラインも安定している。
  • Bの終りからCメロは上昇一方でワーグナーの「トリスタン」みたいな感じ。性欲高まっております。カラオケ好きなひとはここウワーって歌うのが好きなんでしょね。
  • 「守ってあげたいな」あたりは2回目のBメロの先頭にあって、まあさっきも書いたようにとても不安定だし、それほどリスナーの耳には意識されない。

とか。まあ非常に複雑な曲ですわ。AIKOとアレンジャーの緊密な打合せとかも感じる。けっしてやっつけの仕事ではない。

で、まあこういうわりと完成度の高い歌をカバーするときは、こんどは歌詞を踏まえた上でアレンジやコードをどう料理するかってのが問題になる。こんな凶暴な曲にしないで、ギターやピアノ弾き語りとかであえて清純な「初恋」の曲にしちゃうってのもありかもしれんようになるわけです。そういうところでミュージシャンの腕や解釈が問われることになる。

石原先生のこの『Jポップの作詞術』は実はあんまり類書がない。こういうちょっとアカデミック風味の利いた立場から歌詞を鑑賞するってのがどういうことかってのをやってくれている本は他になかなか見つからんのです。でもそういう数少ない貴重な本の最初の分析例がこれではちょっと困っちゃうんではないか、と。

歌詞と楽曲ってのは、石原先生が考えているよりもはるかに密接に有機的に結びついているものではないか。やっぱり歌詞の分析っていうのは歌詞カードを読むんじゃなくて、何回もその曲を聞いて耳から理解したい。カラオケで何度も歌ってみたり、コード進行ギターでとってみたりしてはじめてわかるもんなんじゃないか。この曲を少女たちはカラオケで何回も歌ってみて、「あれ、自分から指からませてみたりするのはOKなのか」とか「そうそう、小さい体が熱くなるわよね」とかそういうのを理解していったのではないか、「あなたの事が好きー」っていうのに本当に共感したりするのではないか。

そういう意味で、石原先生の『作詞術』ってのは私は試みとして高く評価しているものの、その分析を軽く批判しておいて、その権威をちょっと落としておこうってのが上のを書いた私の「意図」です。単にAIKOの歌詞を石原先生のとは違うかたちで批評して対置してみたり、石原先生の分析を批評しているだけではなく、歌詞を楽曲と切り離して分析しちゃえると考える立場を軽くではあるけど批判してます。そういう意味で「ディス」*8ってるわけです。

まあ歌詞だけとりだして分析するってのもアリといえばアリなんでしょうが、私のような単なるミュージックラバー*9からすると、ちょっとおかしいんじゃね?ってな感じですね。

*1:別に悲嘆を表す伝統もあります。

*2:追記。どこに曲の頂点があるのかってのはやっぱり重要だと思う。そういや昔「野ばら」について とか書いた。

*3:追記。一流のアーティストはクリシェもふつうには使いません。

*4:後日記。調べてみるとこの曲は2001年の曲。2年ちょっと前には宇多田ヒカルと椎名林檎がデビューしていて、世代はaikoの方が上だけど女性アーティストとして意識せざるをえなかったと思いますね。宇多田はずばり「First Love」でかなり恵まれた環境で育った女性の(かなり?)年上との典型的な恋愛を歌ってるし、「Automatic」では「あなたの側にいるだけで体中が熱くなる」って言ってる。林檎は「ここでキスして」「歌舞伎町の女王」とかでまあメンヘラビッチを歌っている。「丸の内サディスティック」とかでは「毎晩絶頂に達しているだけ」とかそういう感じですわね。aikoは少なくともこの二人がやっていることを意識せざるをえなかっただろうし、その答がこの曲なんじゃないかと思います。宇多田や林檎ほど環境的に恵まれてはいないふつうの女子高生ぐらいの初恋の歌。

*5:でも正直わたしはよくわからんです

*6:ちょっと不正確です。数えるの面倒だからあとまわし。

*7:初めて聴いたときは再生装置がショボかったので、この人音痴なんじゃないかと思いました。

*8:実際にはこれは本文中じゃ使ってなくて、twitter上で私が勝手な意味で使っている「ディス」なんですが。

*9:Music Rubber。音楽に粘着する人。

ジャズライブの楽しみ方レクチャー

えー、こんばんは。今日は久しぶりにジャズのライブハウスに来ましたので、yonosuke流ジャズライブの楽しみ方を超初心者向けにレクチャーしながら皆様といっしょに楽しんでみたいと思います。

箱は京都としては中ぐらいの大きさの~です。このお店は毎日ライブをしていて雰囲気もいいのでデートで使うのもいいですね。ただ食べものがあんまりないので、早めにご飯してからここでゆっくり酒を飲む、のようなコースにするとよいと思います。私も回転寿司食ってから来ました。

演奏者は今日は二人ですね。ピアノとベース。ピアノの~さんは何度か聞いているのですが、ベースの~さんははじめてです。どういう演奏になるのか楽しみですね。

開演は7:30ということになってますが、この手の店で時間通りはじまることは滅多にありません。適当にお客さんが集まってから注文とか一段落したところではじまる、ってのが普通ですね。それにしてもお客さんいませんね。こういうお店はいつも集客に苦労しています。

皆さんもご存知だと思いますが、ふつうのジャズの演奏はまあまずもとのメロディーというかテーマ(通は「ヘッド」とか言いますが)を演奏して、そのテーマのコード進行に従って勝手なメロディーをその場で作って演奏するアドリブが続き、最後にもう一度テーマを演奏して終ります。ハーモニーはそのままで、テーマとは違うメロディーをその場で作曲して披露しているわけです。

聞く側のポイントは、アドリブのもとになるテーマのメロディーとハーモニーの雰囲気と長さをおぼえておくことですね。少なくとも、どこが「頭」か、つまりコーラス/歌1回分の始まりの部分であるかを意識しておくのが重要です。だいたいの曲は8小節ごとのA+A+B+AとかA + A + Bとかの構造になっているので、これをその場で記憶します。超初心者は実際に数を数えてもいい*1

自分で作ったイントロやエンディングを加えることも多いですね。アドリブする順番は管楽器→ギター→ピアノ→ベース→ドラムの順ってことになってます。管楽器が複数いる場合は、一応トランペット→サックス→その他ということになりますが、実質的に偉い順ということになります。リーダーが最初に「この曲はこんなふうにやるのじゃ」と宣言して、子分たちはそれを参考にしたり真似したり反抗したりする、ってのがまあ正統ですな。このアドリブの上手下手を聞くのがライブの一番の楽しみ、ということになります。しかし今日は二人だけの演奏なので、そういうアドリブのキレとかよりは、二人の演奏がどういうふうに噛みあったりすれちがったりするかが聞きどころになります。

さて、始まりますね。

1曲目

簡単なMCのあとに最初の曲は、Bouncing with Budのようですね。バドパウエルという40~50年代に活躍した名ピアニストが作ったジャズスタンダート曲、ということになります。Bud Powell, _The Amazing Bud Powell Vol. 1_ という名盤に入ってます。アップテンポで典型的なビバップ様式ですね。こうメロディーが8分音符中心で細かくて分散和音とスケールでできている。

さて、ライブの楽しみの一つは、どういう曲をどんな風に演奏するか、ってことですわね。このBouncing~は超有名な曲なので、プロのジャズピアニストは必ず弾けるのですが、バップの曲のなかでもちょっと凝っているコード進行で、難曲とは言わないまでも、そんな簡単な方ではありません。基本的にはAA’BA形式の曲ですが、キメが入っているのでそこらへんも事前に相談しておかなきゃならなくて面倒なので、まあ普通はジャムセッションとかではやらない。まあ硬派を主張する曲なわけです。

こういう曲を1曲目に演奏することによって、今日のリーダーであるピアニストは元気よくはじめると同時に、「今日は正統派バップ~ハードバップでやるわよ、でも私はそこらへんのラウンジピアニストとはちょっと違うわよ」ということをアピールしているわけですな。演奏自体も完全にバップそのまんま、というわけじゃないところでさらに個性を主張しているわけですね。ベースの人のアドリブも流麗でなかなか楽しめそうです。

聞くときの楽しみは、どの程度ビバップの様式を消化しているかってことと、AABA形式の転調Bのところをどの程度はっきり印象的に弾くか、ってところでしょうか。

2曲目

MC(司会)が入りますね。へえ、MCって Master of Ceremoniesから来てるんですね。知りませんでした。まあ小さめの箱ではどういうMCをするかってのもその演奏者の個性が楽しめてよいものです。このピアニストの~さんはそんな話がうまい方ではないですね。まあジャズミュージシャンでMCおもしろいってのは聞いたことがない。ふつうは曲の紹介とか歌物スタンダードなら歌詞の内容の説明とかそういうのしますね。

次は Along Came Betty。1950~1960年代前半のハードバップ時代に活躍したベニー・ゴルソンというサックス奏者の曲ですね。Art Blakeyの _Moanin’_ に収録されているのが決定版。独特のやわらかくて暗い感じがする名曲ですね。コード進行が非常に複雑で、ハードバップという様式が爛熟している感じ。前のBouncing~とは複雑さがぜんぜん違ってて、15年ぐらいでジャズという音楽がこれくらい進んだ、とかそういうことを感じさせる曲でもあります。特に |A | Ab7 | G | Gb7 |半音ずつ下ってったりするところとか魅力的です。まあアドリブ初心者とかは弾けない。上級とはいわないまでも中の上以上の力が必要。この曲をやることによって、今日の方針が完全に決定されたわけですね。「難しい曲やるわよ」。まあそういうんで私はこのピアニストが好きなんですけどね。あとこの曲を聞くと誰でもブレイキーバンドの演奏を思い出すので、そこからどのような距離をとるか、みたいなところが聞きどころです。あとこういう難しい曲だと、さすがに演奏者もアドリブの途中で「うー」っとなることがある。そのときに伴奏者がそっちの顔見ていろいろコミュニケーションしたりする。助けあいしてるんですね。今日は二人とも達者なのでそういうとこはあんまりありませんでしたが。「へえ、そんな風に弾きますか」みたいな顔することもあるし。そういうのもライブの楽しみです。ベースの人のアドリブがすごくメロディアスで感心しますね。ボサノバにしてたのも印象的でした。

3曲目

ふたたびMC。このピアニストは最近CDを出してます。けっこうオリジナル曲を書く作曲家でもあります。作曲家というものはやはり自作曲がかわいいものなので、いろいろ語りたいことがあるわけですね。どんなところからインスピレーションを受けたか、みたいなのとか、自分というのはどういう人間なのか、みたいなことを語ってます。この曲は Enrico Pieranunzi というピアニストのCDのジャケットからインスピレーションを受けた、みたいなことを語ってます。イタリアの人ですね。なんかおシャレなCDジャケつけるひとなんで、なるほど、とか。それからそういうことを話すことによって、彼女自身の音楽的な好みとか出自も同時に語ってるわけですね。

曲はなかなか複雑で曖昧で、そのピエヌランツィとかブラッドメルドーとか90年代のジャズの音がします。理論とかどういうことを考えてこういう音になるのかは、私ぐらいの人間にはわからんですね。まあジャズも70年代からはアカデミックに勉強するものになって、二階建・三階建な感じ。パウエル→ゴルソン→自作曲、という順番でジャズの進化と深化みたいなのを聞かせてる感じなんでしょうね。

4曲目

1セット目最後の曲です。ふつうのライブハウスでは40分ぐらいの「セット」を休憩をはさんで2回か3回やるのが普通ですね。入れ替えはふつうありません。

Have You Met Miss Jones。リチャード・ロジャースというミュージカル作曲家による1937年の曲です。ふつうはリラックスしてスィングする感じでやりますか。難しいオリジナルをやったので、皆がよく知っているスタンダードで楽しい雰囲気で1セット目を終りたい、ということですね。でもスタンダードとしてはちょっと変わっているところがあって、AABAのAの部分はふつうなんですがBの「サビ」の進行が異常なんですね。 |Bb | Abm7 / Db7 | Gb | Em7 / A7 | D | Abm7 / Db7 | Gb | Gm7 / C7 | 。こうめぐるましく転調する感じがおもしろい。コルトレーンの演奏のアイディアになったとかいろいろいわくがある。そこをあんまり意識させずにさらっとやるか、意識させて目がまわる感じにするかとかそこらへんを楽しむ曲ですか。

この4曲で、一応演奏者たちは自己紹介を終えたわけですね。まあなんにしても「俺らは難しいことが大好きなプロフェッショナルミュージシャンだ」ですね。

休憩

休憩のときはミュージシャンもバーで酒飲んだりします。お金のあるオジさんはミュージシャンの人に「一杯どうぞ」とかやることも多いですね。ちょっとお話する権利を獲得することができます。音楽はできなくても「俺は音楽に理解がある」みたいなパトロン気分を味わうことができるのですね。私は滅多にしません*2

おや、へんなオジさんが来店。声がでかい。っていうか一人で喋りまくってます。ご機嫌。でもなんかやばい感じもします。ミュージシャンを捕まえてからんでいます。ミュージシャンは内向的な人が多いから外向的なオジさんにからまれるとたいへん。

まあこういうのって飲み屋さんではなかなか難しいですね。ふつうのバーとかでも、ナンパしたり隣の人に喧嘩売ったりする人いるしねえ。私は苦手です。でもそういうのも夜遊びの醍醐味ですよね。

2セット1曲目

いきなり大スタンダードのFly Me to the Moonでした。2セット目はわかりやすく楽しくやりますよ、という意思表示ですね。このピアニストの人はこういう曲を5拍子にしたりして遊んだりすることがあるのですが、今日はまあ普通にやってます。やっぱりベースの人のアドリブはわかりやすいメロディーで歌心があって素敵ですね。ベースでこういうソロをとる人はあんまりいない。やりやすい曲なので、いろいろインタープレイしてます。お互いに反応したり相手のフレーズを模倣したり。この二人はあんまり共演歴はないみたいだけど、だいぶんリラックスしてきた感じですね。

なんかオジさんは演奏中にもいろいろ叫んだりしていてちょっとあれです。まあでも演奏中にいろんな掛け声かけたりするのは基本的にはOKです。そこまでコミでジャズ。お客さんに人数が多いときは、一人のアドリブが終ったところで拍手したりして演奏に対する評価を表したりすることもあります。「イェー」とか叫ぶ人もいますね。でもまあこれもうまくやらないと邪魔だったり馬鹿にされたりする。

2セット2曲目

Like Someone in Love。これも大スタンダードですね。3拍子にしてる。途中で倍テンポにしたりいろいろ楽しませてくれます。

バース(Bars)とかもやってます。ふつうのアドリブはコーラス(AABAの歌詞一回りぶん)を何回かやるわけですが、それを細かく4小節とか2小節とかに区切って短いアドリブを交換するわけです。相手のフレーズにどう答えるか、模倣するかぜんぜん違うのやるか、まあ早い話が直接的に腕を競うわけです。なかなかの丁々発止。

非常に重要なことですが、ジャズというのは非常に競争的な音楽です。というかこの競争こそがジャズの中心にあります。他のミュージシャンよりもうまいアドリブをとる、より速く弾く、より高い音、より美しいフレーズ、より大きい音、より面白いリズムのバリエーション、より斬新な音を出し、フレーズの引用などによって多くの音楽的知識を見せる。バンド内で常に競争が行なわれているのです。

オジさんはさらにご機嫌に立ち上がったり演奏者の前に行って踊ろうとしたりしてます。演奏者たいへん。でもあんまり実害はない感じかな。

2セット3曲目

Polka Dot and Moonbeams。さらに大スタンダードバラード。もうこのセットは誰にでもわかる曲しかやらないよ、ということですね。オジさんはもっとアップテンポな奴をどんどんやってほしかったのかなんか不満げでもありますが、演奏自体はよいです。

2セット4曲目

こうなるともう季節的にも枯葉しかないですね。ちょっと凝ったイントロつけてます。この曲は基本的にマイルスデイビス(Cannonball Addaleyの _Something Else_ )やビルエバンスの有名な演奏とどれくらい距離をとるか、ってのがききどころになります。初心者から上級者まで誰でも弾ける曲だけど、新鮮に演奏するのは意外に難しい、っていう感じ。アップテンポにして快適でスリリングな感じになってます。両者ともに当然やりなれた曲なので、いろんな交流が見られます。かなり圧倒的な演奏で、もうオジさんが邪魔する余地はないですね。とてもよかったです。

休憩

オジさんの妨害にもめげずによくがんばったので一息ですな。ここでお客さんどんどん帰ってしまいます。まあここで10時ぐらい、女性たちなのでこんなもんでしょうか。オジさんに危険を感じたのもあるかもしれません。

これ難しいんですよね。基本的に、夜遊びしていて様子のおかしいお客さん、危険なお客さんがいる場合、さっさと帰るべきです。どんなトラブルに巻きこまれないとも限りません。

吉野家ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。

Uの字テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、

刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。

まあこういうのは酒場も同じですな。まきこまれないのが一番。君子危うきに近よらず。女の子だけだったり、女の子づれだったりしたらちょっとでも危険やトラブルの匂いを感じたらさっさと帰りましょう。

でもまあ私の若い頃にスナックのママから教えてもらったことがあります。「男の子がお客の少ない店で一人で飲んでいるとき、様子のおかしいお客さんが来たら、帰ってはいけません。」そのお店は基本的に女の子だけでやってる店だったし、小さなスナックとかでは時々強盗とかがあるんですね。80年代には木屋町で一人でお店しているママが殺された事件とかがあって、そういう店でよく飲んでいる男の子の仕事の一つは用心棒なんですね。まあ人数がいればへんなことにはならんし。

しかし私とオジさん以外のお客さんがぜんぶ帰ってしまいました。ピアニストがお愛想に来てくれたので一杯出しておきます。

この店はマスターがいるので帰ってもよかったのですが、まあもうちょっと聞くことにしましょう。

あれ、オジさんも休憩中に帰ってしまいましたよ。しかし、どんな箱でも最少開催人数1人ということになってるので中止はありません。ライブ続行です。(お客がいなってしまった店でどんなことが行なわれているかは知りません。どうすんでしょね。)

3セット1曲目

Billie’s Bounce。チャーリーパーカーのスタンダードなビバップブルース曲ですね。まあジャズミュージシャンは1晩に1回はブルース演奏しなきゃならんことになっているのだと思います。しかしブルースでもどの曲を選択するか、ってのが問題なわけで、同じパーカーでもNow’s the Timeとかだとダサい。モンクのStraight, No Chaserとかだと個性的で、ウェインショーターのFootprintsとかだとキレてる感じ*3。Billie’s Bounceはまあ「ブルースやろうか」ってなったときのふつうのファーストチョイス。ジャズマンなら必ずできるけど、初心者だとたいへん、これができるとジャムセッションに参加する資格を得られます、ぐらい。今回は二人でブルース腕競べしましょう、とかそういう感じ。

まああとブルースもどういうふうに演奏するかってのが問われるわけで、今回は最初はレニートリスターノ風に片手で中低音でニョロニョロしたフレーズを弾いたりして、「ふつうにはやりません」をアピールしてましたね。

3セット2曲目

オリジナル曲。ダークマターだそうです。もとのタイトルはAgonyって曲なのよっ、でもアルバムに入れるとき暗い印象を与えるから名前変えましたとかアピールしてました。まあなんかイライラすることとか苦しいことがあるんかもしれないですね。曲の構成とか複雑な現代風の曲で、まあやっぱりアドリブの腕を見せる他に、作曲で自分の美意識を見せる、ってのがジャズマンのもう一つの顔であるわけです。最初の方はエリントンのPrelude to a Kissに影響を受けたようなメロディーラインで、なんか関係あるのかもしれない。こういうジャズチューンの作曲ってのがどれくらい時間のかかるものなのかとか、どういうこと考えて作るのかとはあんまり想像つかないのでいずれ質問してみたい。ロックの曲なんかと違って、ちゃんとコンポジションって感じの作業なんだろうって気はする。せめて楽譜がどういう風に書かれているのか知りたい気がするな。自分作曲したものを他のプレイヤーに演奏してもらうのはうれしいもんでしょうなあ。

3セット3曲目

スタンダードでIt could Happen to You。これも大スタンダードっすね。ふつうは快適なミドルテンポでやる。プレイヤーの息も合ってる感じです。言いたいことは言ったので、ほんわか楽しくなって終りましょう、ということです。でもそれなりのプレイの応酬があります。

3セット4曲目

あれ、おしまいだと思ったのにこれで終らず Body and Soul。最後に大物バラードもってきますか。驚きました。

スタンダードバラードにもいくつか種類があって、こう単に「ロマンチックねえ」みたいなやつ(2セット目のポルカドットみたいなの)と、このBody and Soulみたいな重量級のがあるわけです。まあ歌詞の内容とかジャズミュージシャンの歴史上の名演みたいなのによってそういうのが決まってる。「涙なしには聞けない」みたいにしないとならん曲、きちんと気合入れないと弾いてはいけない曲ってのがいくつかある。これで終ろう、ってのはまあかなり意欲と勇気がないとできないはず。プレイヤー間でも必ず腕競べになるそういう曲。バドパウエルの名演でも有名で、他のスタンダードもパウエル関連のが多いわけなので、今日はバドパウエル先生への敬意を全面に披露した、という感じです。

まあ期待通り気合いの入ったすばらしい演奏っすね。

まあ全体として非常にハッピーでしたね。3セット聞くのはしんどいので、ふつうの人は1~2セット、ツウは2~3セットぐらいを聞くようになってるわけです。終ったあともっと飲むのも楽しいですが、私はだいたいそのころには酔っ払いなのでさっさと帰ります。ビール3杯、ウィスキー2杯ぐらい飲んでチャージ(演奏者に行く分)入れて5000円ぐらい。

ピアニストは笹井真紀子先生、ベーシストは荒玉哲郎先生、お店はLe Club Jazzでした。それでは皆様も楽しい音楽生活を送ってください。

*1:ところが実際のミュージシャンは、AABAの曲をAABAでひとかたまりで演奏すると単純でつまらないのでAAB|AAAB|AA|ABA|みたいな雰囲気にずらしたり、もっといろんなことをするわけですが。

*2:でもこのピアニストの人を初めてバンドで聞いたときはあまりに新鮮な気分だったのでバンドの人々におごったような。

*3:まあブルースやろうっていってFootprintsやる人はいませんが。

三条ハンソン

5月7日日曜に京都 二条nano http://www.eonet.ne.jp/~nano2003/

でワンマンライブするらしい三条ハンソン http://hanson.buzzlog.jp/ のデモ作り。

下のようなミニアルバムを作る。

  1. ちょっと前にあげた「三条ハンソンfrom hell」、http://www.yonosuke.net/yonosuke/20060415-hell.mp3
  2. http://www.yonosuke.net/yonosuke/20060504-birthday.mp3 唱歌「誕生日」完成バージョン。
  3. http://www.yonosuke.net/yonosuke/20060504-tagami-last.mp3 フォークソング「手紙」完成版。
  4. http://www.yonosuke.net/yonosuke/20060504-futon-last.mp3 せきららな「ふとん」再録音。
  5. 前にあげた「彼氏はゲイ」 http://www.yonosuke.net/yonosuke/20060504-gay.mp3
  6. http://www.yonosuke.net/yonosuke/20060504-69.mp3 題未定(「69-96」?)

昨日の曲が最後の曲になった。トラックはyonosuke的に気にいってるけど、女の子用にはキーが高すぎるみたい。キーはFかGにするべきだった。作りなおしたい。

私もライブハウス出たいなあ。nanoは1日借りても3万円ぐらいらしいしなあ。バンド組みたい。