京都新聞の書評欄

私が授業したりするレベルの大学・回生では、レポートや卒論で書誌データがちゃんと書けない学生がほとんど。典型的には下のようになる。(□は空白)

「生命倫理学と功利主義」□伊勢田哲治□著□2006年□ナカニシヤ出版

あるいは、次のように書く学生もいる。

書名:「生命倫理学と功利主義」
著者:伊勢田□哲治
出版社: ナカニシヤ出版
出版年:2006

なぜなんだろうとずーっと不思議に思ってたのだが、今日京都新聞の
書評欄を読んでたら気づいたことがある。

まず新聞レベルでなにもポリシーがないんだな。

今週はよくある「今年のお薦めは」なのだが、たとえば9面の井上章一先生の欄では

「壬申の乱」 (空白)吉川弘文堂・2625円。

という形であげられてて(タイトル部分ゴチック)、著者の名前は本文を読むまでわからない。

一方、9面左上の囲みでは

図説(空白)アルール・ヌーヴォー建築

橋本隆文著

になってて(タイトル部分ゴチック)、出版社とかは本部の最後に

(河出書房新社・1890円)

という形になっている。タイトルには括弧はつけられてない。その下の記事「年間ベストセラー」では、

坂東眞理子著「女性の品格」(PHP研究所・756円)

になっているが、その下の「新刊の本棚」では

日本のマラーノ文学
四方田犬彦(空白)著

著者名がゴチックになり、右の8面での「文庫の本棚」では

篠田節子著「秋の花火」

と全部ゴチックになっている。

つまりこの新聞は、8ー9面の書評欄でさっぱり統一されてないのね。

担当者が複数いるのだろうが、そういうものは統一されてないとかっこわるいとは思ってないわけだ。そりゃ学生もこれを習ってレポート書くわなあ。せめて署名は『』にしてほしいんだけど、まあ無理だわなあ。学生が「~著」にしたくなるのも、こういうのからだよね。

それにしても「お薦め」の最初に著者名が出てこないのは許しがたいな。著者よりもタイトルが重要とみるその意識のあり方が、なんか活字になっているものは信用できるっていう態度をあらわにしてしまっているような気がすんだわ。

ゼミなんかで「ふむ、その根拠は?」とたずねると、学生に「本に書いてありました」とかしれっと答えられてしまって、「いったい誰が書いた本なんだ!」とかイラっとしてしまう場面を思いだしてしまう。名無しさんが書いた本なんてのはありえない。書名より著者名の方が重要なくらいだろうよ。まあ新聞は文字数が限られたメディアだし、物理的に広い紙面で注目させるためにゴチック使ったりするのもわかるから、ある程度不統一はしょうがない。

でも英米の新聞の日曜版なんかだと、そういう場合でもとにかく文章のあとに詳しい書誌データ(総ページ数や文献リストの有無とかまで)があるような気がするが、ここらへんの違いがアレなのかもなあ。まあがんばれ京都新聞。(今日の毎日新聞には書評欄がなかったので比べられなかった)

 


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