独白

はあ。まあ私はこうして一生ブルシットの山とつきあっていくんだな、きっと。勉強になった。それはそれでいいかもしれん。これまでも大量のブルシットに悩まされてきたし、これからも悩んでいくんだろう。このブログの過去の記載を見ても、書いているのはブルシットなものについてばかりで、私はそういうものにしか興味がないのかもしれない。

あたりまえのことかもしれんが、ブルシットの一番も問題は、それを実際にほじくり返してみないかぎりブルシットかどうかわからん、というところなんだな。今回実地に確認させてもらった。とりあえず最初は「これはブルシットではなさそうだ」という構えでいかなくてはなにも得られない。もちろん、ブルシットの雰囲気をかもしだしているものからはすべて遠ざかる、という手もありそうだが、それではなにか手に入れるべきものを失なうことになってしまうかもしれない。「哲学」だの「思想」だのと呼ばれているもののほとんどはブルシットで、営み自体がブルシットを生産するだけのものなのかもしれない。われわれにできるのは意図的なブルシットを避けることだけだ、と言いたくなるが、ブルシットかそうでないかと見分けることさえ実際に触ってみなければわからんのであれば、意図的かどうかはなおさらわからん。


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