犯罪被害を避ける(2) 押しつけに抵抗する

まあ女子大生とか立っていようが座っていようが、息を吸ってるだけで犯罪のターゲットになるような存在でたいへんだと思います。もっと安全な社会が来るとよいとは誰もが願っているわけですが、いまのところまだ人類はそんなに安全な社会を作り出すことに成功していません。日本なんか治安って点ではまちがいなく世界トップのはずですが、それでもいろいろたいへんですよね。

安全な社会を作り犯罪被害を避けるのが難しいのは、被害者になる可能性のある人々が用心するのに合わせて犯罪者予備軍の方々も知恵しぼってパワーアップしてきているからで、ここらへん軍拡競争みたいなところがあります。対策してもその対策を上回ったり逆手にとるようなワザを使われちゃったりする。犯罪被害を避けるってことは、他の人を被害者にして自分は逃げるみたいなところがあるのでなんかあんまり自分の身を守ることだけを考えちゃうもどうかみたいな感じもします。

よく使う好きな話にこういうのがある。

二人の男が森を探検していると、熊に出会った。それに気づいた一人は、靴をスニーカーに履きかえはじめた。「おい、そんなことしてどうなるんだよ、熊より早く走ることなんかできないよ」「なあに、君より早く走ればいいのさ」

まあ熊から逃げることを考えるより熊のいない社会を作ることを考えた方がいいのかもしれませんが、そうもいってられません。人間の集団にはどうしてもやばい奴が一定数入りこんでいるし、ふだんはまともな人でも金とかセックスとかからむとヤバくなっちゃったりするし。つかまえた熊は当局ができるかぎり処分してくれているわけですが、熊が熊だとわかるまえに食べられちゃう人がどうしてもでてきちゃうし難しいところです。

性暴力についてはずいぶん前に「性暴力を避ける」てのを書いたことがあります。こういうのはどうも「被害者非難」とかっていって批判されちゃうか心配でしたが、まあそれほど批判はされなかったみたい。でもまあそう言われてもしょうがないところが若干あるかもしれないのでいろいろ用心はしてます。まあ私はどっちかっていうと加害者予備軍だしねえ。羊の皮を被った狼とか言われてみたいとは思っております。ウルフ教授とか呼ばれてみたい。

 

さて、まあ暴力的犯罪を避けるってんでおすすめの本となると、

暴力から逃れるための15章
ギャヴィン ディー‐ベッカー
新潮社
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このディーベッカー先生の『暴力から逃れるための15章』ってのはおもしろかったです。

基本的なメッセージは、「自分のカンを信じろ」につきます。やばそうな気がしたら実際にやばい。人間どうしてもいろいろ考えちゃってそういう自分の危険や不安の感覚を無視してしまうわけですが、それが一番危険だみたいな話になります。

ディーベッカー先生よれば、「自然がつくった最高傑作とも言うべき人間の脳は、その持ち主が危機に直面したときに、もっとも有能に働く」そうで、まあ危険を避けるには直感を信頼するのが一番よい、みたいな。危険信号には私たちはけっこう敏感なんですよね。それが入学直後とか夏の海とかはじめてのダンスクラブとか海外とか、そういう新しい人間関係ができる場所とか、刺激的な場面では、「この危険信号はまちがいなんじゃないか」とか疑っちゃってひどいめにあっちゃったりするそうな。不安を感じるときってのはやっぱりそれなりに不安を感じる理由があるわけですから、スリルを求めているのでなければ、そういうところに無理してつっこんでいく必要はない。

んでまあ犯罪者の方は犯罪をうまくやるために、被害者に危険信号に気づかれないようにいろいろしているわけです。でもそれ自体が一つの危険信号になるからそういうのにあらかじめ備えておこう、みたいな話をディーベッカー先生は上の本の第4章でしてます。ちょっとだけ紹介してみる。

仲間意識の押しつけ
「あなたとわたし」を「わたしたち」にしちゃうテクニックですね。同じ境遇にいることを強調して仲間だと思わせる。「困りましたねー私も~なんですよー」っ言われるとなんか仲間な感じしますからね。こうされてから「~してもらえませんか」とか「いっしょに~しませんか」って言われると断われなくなる。ディーベカー先生はそういう場合に無作法に思えても断わってかまわんと言ってます。「一般的に言って、親密な関係を築こうとする行為は好感がもたれる。だがその行為の裏にあるのは、たいていは利己的な動機だ」(p.63)ってことらしいです。
魅力と親切
魅力も能力。人を騙す人は最初は親切そうなんすよね。それに魅力的な様子やふるまいをとることも修得している。それにそもそもイケメン・美人は好感をもたれやすく、他人を支配する力をもってます。私なんかなに言っても言うこと聞いてくれる人がいない。ははは。これもまあ対策は難しいけど「きっぱり拒絶しなさい」ってことらしいです。
余計なことをしゃべる
だまそうとする人は余計なことをべらべらしゃべるらしいです。「ウソをつくときは、その話がどんなにもっともらしいものでも、話している当人にはもっともらしく聞こえないのから、余計なことをしゃべるのである」(p.65)らしいです。なんかこれありますよね。私も自信のないことしゃべってるときはいろいろ言葉が増える。
レッテルを貼る
「批判的な表現を使って女性にレッテルを貼り、それに反発するように仕向ける作戦である」(p.66)。うまいですね。「君は恐いんだろう」「まあ僕なんかキモオタは君には不釣り合いだろうからね」みたいな感じですかね。これナンパのテクニックの本でも見ました。
高利貸し
親切にしてそれ以上のものを返してもらうんですね。セールスとかの基本テクニックですよね。ロバート・チャルディーニ先生の『影響力の武器』は1回は読んでおきましょう。
頼みもしない約束
勝手に約束する。「プロ野球ニュース見たら帰るから」 1)昔はプロ野球ニュースという超人気番組があって、絶妙な時間にはじまるのでいろいろ利用されたようです。 とかってやつですね 2)もっとひどい例文を先に思いついたんですが、書くと人格を疑われるのでやめました。「先っち」からはじまります。 。こういう約束はなにも担保がない。ディーベッカー先生は、相手が約束すると言ってきたら「なぜこの人は、わたしを納得させる必要があるのだろうか?」と自問してみようと言ってます。
ノーの無視
私はこれが一番興味深いと思いました。やばい人は相手の「ノー」を気にとめなかったり無視したりする傾向があります。「荷物もってあげますよ」「ノー」「いや、もってあげますよ。ほらほら」みたいな感じね。「「ノー」に耳を貸そうとしない相手はあなたをコントロールしようとしている人間なのだ」そうです。話聞いてるように見せて、実はぜんぜん聞いてない人っていますよね。こういうひとは男どうしの関係でもけっこういるし、女性はそういう人にからまれやすいかもしれません。

これにどう対応するかが難しい。ノーって言っても無視されるんだから「いやほんとにけっこうですから、この荷物軽いし私けっこう力あるし」とか説明する必要はない。どうしてもそういうこと言いたくなりますけどね。

恥ずかしそうにおずおず「どうも。でもけっこうです(「Thank you, but~」かな?)、一人でできます」みたいに答える女性は被害者になりやすく、近よってくる男をまっすぐ見て手で相手を静止しながら「いえ、結構です(NO, thank youだろう)と答える女性は犠牲になりにくい」(p.70)そうな。先生によれば、とにかくもう「ノー」で完結した答でありそれで終りなのだと自信をもってことらしいです。あとは完全無視でかまわん。どうしても「ノー」のあとには相手の気分を害さなかったかと気になっていろいろ言い訳したり、なだめたりしたくなるものですが、そういうよい人であろうとする努力が危険を呼んじゃう。さっさと立ち去ってかまわない。

断わり方練習しときましょう。映画であのかっこいい女性が手のヒラを見せて「ノ!さんきゅ」って言ってるやつね。映画見ないひとは勝間和代先生の本の表紙でもいいです 3)本の中身は読んでないので知りませんし、このポーズと表情でいいのかどうか……まあおそらくこの気合いなら大丈夫でしょう 。練習しましょう。

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか
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まあしかし

しかしまあこういう防衛的なことばっかり考えてると、行動が制約されちゃって、新しい人間関係を作りにくくなったり、人間の親切や人情に触れたりって経験をするチャンスを失なってしまうことになります。旅行行ったりできなくなっちゃう。人生に楽しみも潤いがない。人を疑ってかかるのもいやな感じ。なにより自由じゃなくなる感じ、不自由な感じってのはもういやなもんです。

山岸俊男先生という偉い社会心理学者の先生によれば、はじめっから防衛的になる「安心」を求めすぎる人はそういうわけであんまり成功しない。山岸先生は、狭い人間関係で「安心」を求めるだけじゃなくて、知らない人もとりあえずは「信頼」して協力していった方がうまく生きていくことができるだろう、みたいなことを提唱しています。ただしそういうのでうまくやってる人は、誰でもかれでも信頼してしまうんじゃなくて、相手が信頼できる人かどうかのシグナルに「安心」を求める人々よりも敏感であって、信頼できないとわかればさっさと縁を切る傾向があるそうな。まあ人を見るのはなにごとも基本。ある程度ケガしない程度の痛い目にあいつつ人々を見る目を養うのも一つの方針だと思います。

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ベッカー先生の本はタイトル変えて出し直されたようですね。おすすめ。
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References   [ + ]

1. 昔はプロ野球ニュースという超人気番組があって、絶妙な時間にはじまるのでいろいろ利用されたようです。
2. もっとひどい例文を先に思いついたんですが、書くと人格を疑われるのでやめました。「先っち」からはじまります。
3. 本の中身は読んでないので知りませんし、このポーズと表情でいいのかどうか……まあおそらくこの気合いなら大丈夫でしょう

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