ナカニシヤ出版「愛・家族・性の哲学」を読みましょう (7)

相原征代「「男女不平等」としての結婚:日本とフランスの比較から」

フランス人は結婚しなくなってますが、日本人の学生様はいまだに結婚結婚言ってます、みたいな話。読みやすい。でも私が思うにこの論文はかなり注意が必要だと思う。(実はこのシリーズが授業に使えるかのテストとしてこの論文をゼミで読ませてもらった。コピーですましてしまいました、すみませんすみません。)

まずつっこんでおきたいのは、p.412 「どんな動物でもオスとメスがつがいを作り、その種を後世に残すために子どもをつくるイメージから類推して、人間界においても、「結婚や家族」がとても原始的・自然主義的であると思われがちだが、実はそれは近代化によって作られた概念である」っていう文章。

・一対のつがいを作る動物は非常に少ない。学生様にはネコやイヌはカップルになりますか?って質問するようにしている。なりません。つがいを作るのは哺乳類の3%だけだったと思う。ちなみにゴリラは一夫多妻ハーレム、チンパンジーやボノボは乱婚。鳥類は多いけど、一夫一婦の鳥も期間限定のツバメみたいなやつと生涯に渡るツルみたいなのの違いがある。バラシュ&リプトン先生の読みましょう。

・「結婚や家族」が近代的なものだ、っていうのの根拠にあげられているのはバダンテール先生やアリエス先生やイリイチ先生だけど、いかにも古すぎる。なんらかの形で結婚制度をもたない人類はほとんどないはずだし、たいていは核家族として生活しているはず。そりゃ父親は工場や会社に働きに行き、母親は家で育児だけする、みたいなのはもちろんものすごく近代的だけど、それと結婚や(核)家族そのものがものすごく古く普遍的な制度だっていうのは別の話。よい本はたくさんあるので、こういうのはちゃんとしてください。

最近のフランス女性は、男性に性的パートナーに求められる、親であることと、セックス相手であることと相談相手であることを別々にもとめるようになってます、みたいな。月〜金は子どもとすごし、週末は子どもが元旦那のところに行くので恋人とセックスして、たまにただの友達と話をします、みたいな。そういうのがおフランスでは普通になってきます。フランス女性かっこいいですね。元旦那は新しいパートナーがいるんでしょうなあ。でもこれただの友達はいつもどうなんすかね。気になる。ははは。

まあフランスと日本の比較はいいんですが、この「フランス人は結婚しない」ていうのは誤解をまねきやすいと思うんですわ。それは法的な「結婚」を指してて教会行ったり書類出したりするやつですわね。フランス人はそういうの面倒だしとくにメリットがないのでもうしない、ってことだと思う。特にカトリックで結婚するということは基本的に離婚できない、ってことでもある、って話を聞いたことがある。

でも、固定的なカップルになって(なるべく浮気しないで)セックスしたり同居したり子ども作ったりするのをやめたわけではないっしょ。「婚外子が増えた」とかっていったって、子どもの父親が誰だかわからない、っていう状態になってる人はごく一部で、その割合は他の国とたいしてかわりないんじゃないかと思う。つまり、それって単なる書類の問題でしょ。むしろフランスが法的な結婚制度をちゃんと時代に合わせて変えられなかった、ってことなんちゃうか、みたいな見方もできるんじゃないだろうか。まあかわりにPACSつくったからそれでいいか。

もちろんカップルの安定性みたいなのが弱くなってる、わりと簡単に別れて新しいパートナーを見つける、みたいなのはあると思うけど。でもそういうのをもってして、「フランス人は結婚しなくなってる」って表現するのは、それ自体は正しくても、ちがう方向に誤解されやすいのではないか。

特に日本の学生が「結婚したいー」とかって言ってるのと比べるのはどうなのか。日仏の学生とかの意識の違いを問題にしているけど、日仏の学生双方に、「結婚」ではなく、「固定したパートナーが欲しいすか、いずれいっしょに暮したいですか、セックスして自分たちの子どもほしいですか、子どもできてから別れたら相手に養育費払わせたり、その他面倒見せたいですか、」とたずねたら、そんなに大きな違いがでるかどうか。

相原先生は「(日本的な)結婚は不平等だ」って主張したいらしいけど、そこの記述も奇妙。

(結婚は)たとえるならば、「二人で一台の自動車に乗り込む」ようなものである。自動車では一人しか運転手になれない(二人がハンドルを奪い合うような状況は危険ですらある)が、一人でドライブするより、会話が弾んで楽しかったり、助手席で飲み物を手渡してもらったり、相手が免許をもっていれば、疲れて眠くなったときに運転を替わってもらうことすら可能である。しかし、車に乗り続ける限り、運転手(主導権)は一人である。運転手が運転を交代することに同意しな限り、自分が運転手になるには車を降りるしかない。結婚とはそのようなものであり、したがって、結婚の本質とは「不平等」にこそあるのだ。(p.50)

私はこれ読んで「はてなー?」ってなりました。結婚ってそういうもんだったのか!
学生様はどういう反応してたんだろう。「うんうん」って聞いてたんでしょうか。

結婚生活は二人(以上)でやるものだと思うし、車の運転のようにはなってないと思う。結婚の「主導権」ってときに、いったいどういうことを考えているのかわからない。「家を買うかどうか」みたいな判断をどっちかが一方的にすることがあるのだろうか。今夜セックスするかどうかをどっちかが勝手に判断するのだろうか。お金稼ぐってのだって別にどっちかだけがしなくちゃならないことではないだろう。いったい結婚というのをどういうものだと思っているのか、私には想像がつかない。結婚すると(特に女性は)自分の人生ぜんぶを(おそらく)男性に賭けちゃうことになるのだろうか。それだったらたしかに結婚なんかしない方がいいですわね。でもそれって相原先生の思い込みなのではないか。

まあ結婚生活は不平等、っていうか、子どもは女性しか産めないし、(おそらく)二人が分業して別々のことをした方がいろいろうまくいくってのはその通りだろうけど、それになんか問題があるとは思えないし、また、フランス人のカップルが、実際に生活のいろんなことを「平等」にしているとも思えない。

あとあっちこっちにフランス語が出てくるけど、なんのために表記しているのかわからない。たとえば「コインの両面」に le deux faces d’une méme pièce ってつけるのなぜなのかわからない。学生様はあちこち出てくるフランス語にビビらないようになってほしい。

 

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