ジャズ入門(24) モードはどーも演奏むずかしいらしい

マイルス先生がKind of Blueでやったこと、特にSo Whatでやったことってのはやっぱり衝撃的だったみたいですね。1960年〜61年ぐらいは腕に自信のあるミュージシャンは同じような曲をやってみたりしてる。Dm7がずっとつづいて一部だけEbm7になってDm7にもどる、みたいな曲。でもまああんまりよい演奏はない。

たとえばこんなん。……と思ってJimmy Smith先生のSugar Hillっていうひどい演奏を見せようと思ったけど日本では聞けないらしい。

かっこ悪いどうもみんな最初はなにやっていいのかわかんなかったみたいね。特にベースの人がなに弾いていいのかわかんなかったみたいで苦労したらしいです。

もちろんコルトレーン先生はマイルスのレコーディングにも参加していたのでよくわかっています。

So what やImpressionというタイプの曲は、一つのコードの上で一つのスケールでアドリブするのだ、とかって説明されたりしますが、この時期(1961)のコルトレーン先生はもうそういうふうには考えてないですね。

半音階使ったり、半音上や半音下に勝手に行ってみたり、勝手にII-Vを想定してそれをさらに分割したり。「一つのスケールで吹く」というよりは、いかにしてそっから脱出するか、どうやってスケールから「アウト」してかつかっこよくするか、ってのをみんな実験するわけです。

アルトのエリックドルフィー先生なんかなにやってるのかもうわからんです。こういうのがちゃんと筋道たてて考え方が分析されるのは70年ぐらいになってからちゃうかな。まあとにかくなんでもありになってしまった。もちろん、エリートミュージシャンの間ではいろいろ情報交換されてたんでしょうけどね。そういう情報にありつけるのはほんの一握りで、たいていのミュージシャンは旧来のバップのやりかたを続けたり、ファンキージャズしてたりしてた。

So whatやImpressionsみたいなそれ用の曲を作るんじゃなく、既成の簡単な構造の曲を一発にしてしまう、みたいなのも試みられた。コルトレーンの当り曲 My Favorite Things。もと曲が単純なのでこういうのがやりやすかったんでしょうな。一部進行しているけど、同じコードの上で長ーいソロをとる。

これもドルフィー先生の方が新鮮ですよね。きっとツアーとかで
「エリック、今日もすばらしかったよ。」
「ありがとう、ジョン。こんあすばらしいバンドで演奏できて僕もうれしいよ」
「あれどうやっての? マイフェイバリットのソロ」
「いや、好きなようにやってるだけだよジョン」
「いや、どういうふうに考えて吹いてんのか知りたいんだけど」
「いやほんとに何も考えてないよ。手癖手癖。」
「隠さなくてもいいじゃん。そろそろ教えろよー」
「いやー、僕もわかんないんだよ」
みたいな会話があったはず。


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