セックス哲学史:サッポー先生に恋を学ぼう

古代ギリシアの恋愛詩というと女流詩人のサッポー先生が有名です。レスボス島に住んでて女性どうしてあれしていたのでレズビアンの言葉のもとになったとか。名前は聞くわりには作品を読むことめったにないですよね。断片しか残ってないからのようです。

下のは一番有名な断片31と呼ばれているやつ。呉先生が典雅に訳しちゃっててふつうの人は読めないので、もっと簡単な訳の方とそのうち入れかえます。

この詩がなんで有名なのか、ってのはセックス哲学史的にけっこうおもしろい課題です。まあギリシア語ですごく響きがよいんでしょうが、それはギリシア語知らない私にはわかない。そもそも私文学も文学史もよく知らんからたいしたことを語れるわけでなはない。でもこの前読んでみて思ったことを少しだけメモ。

男女が語らっていて、それを遠巻きに見ている女性がいて、その女性はさわやかに笑っている女性の方に目を惹かれ、男に対して嫉妬を感じている、っていう状況なんでしょうね。どうしてもレズビアンとしての側面に目が行ってしまいますが、私が注目したいのは、身体的な感覚の描写なんですわ。この詩は「草よりも蒼ざめて」って表現で有名なんよね。他にも胸はドキドキ、体の皮膚は真っ赤、へんな汗出てるし、みたいな。私はあの人に恋をしているのだわ、今気づいたわ!なんてこと!みたいな。こういう表現が新しかったんじゃないですかね。実際、そうした生理的な反応を感じるのが一番「恋」ってのと近いんじゃないかと思ったり思わなかったり。そういうのがなんにもないのはなんか恋じゃない感じするっしょ? たんなるほんわか「この人といると楽〜、ご飯も作ってくれるし」なんてのが「恋」と呼べるものなのかどうか。やっぱり身体的になにかを感じないと恋ではないのではないか。まあ私はよく知らんですが。嫉妬という感情によって恋を自覚するでってのもおもしろいですよね。

いまじゃどんなマンガだって「ドキ!」「胸キュン!」とか表現されるわけだけど、そういうのっていうのは実はすごく子どものころは気づかない。「ドキドキした?」って聞かれてはじめて、「あ、私ドキドキしてる」とか自覚するもんでね。まあドキドキより下半身への刺激を先に感じる人もいるかもしれんですがね。『なにわ友あれ』って名作ヤンキーマンガで主人公の友人が、「XXがXXしてるのを見たら、それまでXXだったXXがXXしたんやー!」とかやってて、恋にはそういう側面がある。まあヤンキーはヤンキーなりに純情だ。

よく知らないんですが、おそらくホメロスとか読んでても、こういう表現は出てこないんですよ。アキレウスは軍神アレースのごとくうんにゃら、とか三人称の観点から外面的な行動だけが描写されるんよね。でもこの詩では、一人称の人が自分の身体内部の感覚を語っている。この時点で人類は自己意識みたいなのを手に入れたんですね。

実はこの人類はごく最近(ここ2、3000年)になって自己意識を手に入れたのだ、みたいな話はけっこうおもしろいんですよ。ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』てのがトンデモも入っているけどけっこうおもしろい。

万葉集なんか見ても「君が好きさ」「いっしょに寝たい」「一人で寂しい」とか多いけど、こういうタイプのはあんまりなくて、今古〜新今古ぐらいになってでてくるんじゃないっすかね。知らんけど。

サッポー先生は伝統的にバイセクってことになってるらしく、この絵では若い歌手をうっとり見てます。盛んな人だ。もう少し詳しい解説は画像をクリック。

  その方は、神々たちにも異らぬ者とも
見える、
その男の方が、あらうことか、
あなたの正面に
座を占めて、近々と
あなたが爽かに物をいふのに
聴き入っておいでの様は、
また、あなたの惚れ惚れとする笑ひぶりにも。
それはいかさま
私へとなら 胸の内にある心臓を
宙にも飛ばしてしまはうものを。
まったくあなたを寸時(ちょっと)の間でも
見ようものなら、忽ち
声もはや 出やうもなくなり、
唖のやうに舌は萎えしびれる間もなく、
小さな
火焔(ほむら)が膚(はだえ)のうえを
ちろちろと爬(は)つていくやう、
眼はあつても 何一つ見えず、
耳はといへば
ぶんぶんと鳴りとどろき
冷たい汗が手肢(てあし)にびつしより、
全身にはまた
震へがとりつき、
草よりもなほ色蒼ざめた
様子こそ、死に果てた人と
ほとんど違はぬ
ありさまなのを。…………
(呉茂一訳『ギリシア・ローマ抒情詩選』岩波文庫)

サッポー先生の詩はこれに入ってます。

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解説はこれがものすごい名著。どうもサッポー先生は女子向け音楽学校みたいなのの先生だったのではないか、とかって話。宝塚っすね。

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