酒飲みセックス問題 (10) 同意の文脈・文化

未成年女子に酒飲ませて公然わいせつした警官が女子から損害賠償訴訟起こされたようですね。このシリーズ、そういう実際の話のことは考えていますが、実際の事件についてなんか言おうというつもりはないです。

えーと、話は酔っ払った行為にも責任がないとはいえない、でも酔っ払ってした同意が、「有効な」同意なのかっていうのはすぐにはわからん、という話まで。

この問題はおそらく、その社会的文脈による、みたいな話になっちゃうんですよね。

まあたとえば私がけっこう酔っ払って木屋町を歩いているとして、「おにーさん、1杯だけどうですか?」みたいな呼び込みされることがあります。あれは数年前に条例かなにかで禁止したはずなのにまたたくさん出てますよね。うざい。「おっぱい、好きでしょ」とか。放っておいてください。ていうか酔っ払ってるときには家帰るのがせいいっぱい。

まあ酔っ払った人がそういう呼び込みに同意して呼びこまれちゃって「〜万円です」とか言われちゃったりしても、ふつうはお金払わなくていいってことにはならんですわね。酔っ払って道端で寝てるのを運びこまれてお金請求されたらこまるけど、飲み屋街のルールでは酔っ払っての同意はぜんぜん有効。むしろどんどん飲ませてどんどんお金をつかわせよう、みたいな感じじゃないでしょうか。おそろしいです。

一方、喉頭癌を手術で切るか放射線治療にするか、みたいな判断は酔っ払っている人の同意は無効ですわね。事故や急病とかの緊急のときでなければ、まともな判断して同意ができる状態の同意じゃなければ有効じゃないし、もしそういう判断ができなければ誰かが替わりに判断してあげないとならん。入れ墨とかもそういうもののはずです。

興味深いのはギャンブルですね。ギャンブルと酒は相性が悪い。あれはほんとうに悪いようです。ギャンブル本当に好きな人は酒飲まないみたいですね。私はパチンコとか麻雀とかはまったことないとは言いませんが、お酒飲んでる方がいいや。でもカジノは一回行ってみたいですね。アムステルダムの空港とかでは後ろで見学してます。本当はポーカーやってみたい。この前『ラウンダーズ』っていう映画のDVD見ました。youtubeとかでも大金かけたポーカー(テキサスホールデム)やってて、つい見てしまいます。ああいう心理の読みあいみたいなのは魅力あるなあ。豪華客船みたいなところでイケメン俳優がポーカートーナメントする、っていう映画があったと思うんですがタイトルわからなくて困ってます。知ってる人はおしえてください。

そういや京都でも裏カジノみたいなのが摘発されてますが、違法なことはやめましょう。こわいです。

話がそれましたが、カジノなんかではきれいなおねえさんがお酒とか運んできて無料で飲めたりするようですね。あれで「俺は酔っ払って判断力がなかったから賭けは無効だ」と言えるかどうか。どうも言えないようです。

一方には手術とかの飲酒の判断は無効だと考える文脈があり、一方には酔っ払ってても払うものは払えという文脈がある。ここらへんどう考えるべきか。ハートハイマー先生は、それはけっきょく我々がどういう制度を望むかってことに依存するのだ、っていうわけです。

酒飲みギャンブルを禁止して、酔っ払いギャンブルは無効だってことにするっていうのは不可能ではないわけです。カジノに入店する際に飲酒しているかどうか確かめたり誓約書書かせたり、カジノ内ではアルコール禁止したり。そういや、競馬場や競輪場ではアルコール不可みたいですね。競輪場は雰囲気が好きで昔何度か行ったことがあるのですが、あの魅力的な食べ物屋ではアルコール売ってなかった。まあ暴動その他のトラブルを避けるためだと思いますけど。

それじゃ、酒ありのカジノと酒なしのカジノのどちらに客が入るだろうか、ってことを考えてみようというわけです。まあ酒なしのカジノにするためにはお客さんをモニタしたり手間はかかるけどできないわけではない。でも酒飲めるカジノと酒飲めないカジノだったら、酒飲めるカジノの方にお客さんは行くだろう、ってワートハイマー先生は考えます。そっちの方が楽しいし、酒飲むかどうかは自分で決められる。自己責任ってやつですか。先生はそういうのが好きなのかもしれない。

セックスについてはどうか。セックスは手術や入れ墨のようにあとで後悔する可能性が高いものだから飲酒禁止にするか、あるいは人びとが酒飲んでセックスするのが好きだからOKにするか、みたいなことになる、のかもしれない。ワートハイマー先生自身は、けっきょくこれは人びとの行動と選好についての実証的な問題が大きいのだと主張します。人びと(特に女性)が酒飲んで酔っ払ってセックスするのが好きなのであればそれはそれで尊重するべきだろう。酔っ払ってセックスしたことに対する被害とか後悔とかがどの程度大きいか、とかってのはまああんまりセックスしてない人びとが頭で考えるよりは、広く調査してその結果を見るべきだ、みたいな感じです。そういうんで、この前紹介したDavis & Loftus先生たちの研究とか出てくるわけですね。

私自身は、こういうワートハイマー先生の立場は理解できるのですが、疑問もいろいろあるとは思いますね。まあ世の中にはいろんな「ルール」や「慣習」があって、男性や女性が酒飲んでどうふるまうことが許されるかとか、どういう意図を推定するかとかってのもそういう慣習とかの結果ですわね。たしかに合コンして酔っ払ってセックスする文化や慣習というのは一部には存在しているのかもしれない。私の思弁では、セックスにまつわるトラブルの多くっていうのは、そういう慣習を知らない新人がとそういう世界に入ってきたときや、文化や慣習が違う人びとが出会ってしまうことによって起こるわけですね。そしてその被害も小さくないかもしれない。人びとが飲酒とセックスにまつわる慣習についてどういう考えをもっているかという実証調査が必要だというのはその通りだと思うし、ひとびとがどのようなことをしているかを人びとに知らせることも重要かもしれない。でもセックスとかはじめるのがまだ判断力が十分に発達していない若い人びとだったりすることから考えれば、大学レベルとかではもう少し保護的な政策をとるというのは十分ありえるんではないかとういう気もします。若い人びとは酒の飲み方も知らんしね。でもここらへんまだよく考えないからわかんないや。ははは。

続くかもしれないしこれで終りかもしれない。いや、もうちょっと続き気がする。


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